エピソード02 「色々遭って僕は地下鉄で謎の美人と巡り会う」

ロンドン・ヒースロー空港のターミナル3


長い入国審査の行列をようやくやり過ごし、僕は到着ロビーへ通じる自動扉を潜り抜けた。




両サイドの手摺てすりに沿ってずらっと並んだ「迎えに来た人々」を一瞥いちべつする。


会社名と僕の名前を書いた紙を持って、ポール(協力会社社員、ロマンスグレーのダンディ)が待っていてくれてる筈…なのだが。


…どうやら見当たらない。


想像以上に人が混雑している。 京都の祇園祭ぎおんまつりの3分の一位だろうか…



その時!

いきなり誰かが僕の背中にぶつかって来た。


誰か:「Oh sorry!(あっ、スミマセン)」


それからその「誰か」(背が高くてがっしりした彫りの深い西洋人)は 迎えに来ていた美人と固く抱擁ほうよう、そして接吻キス


…何なんだ、この国は一体。 公衆の面前でキス?



何だか全体的に貧弱な僕は パンパンに中身の詰まった白いエースのスーツケースを押して隅っこの方に退避、


そしてしばし途方にくれる。



翔五:「困ったな。」


こっちで使える携帯はまだ持っていない。

どこかに公衆電話的なものが無いか辺りに目を配るが、…人が多過ぎて見つけられない。


誰かに訪ねれば良いのだろうが、…僕の「英語力HP」は先刻さっきの入国審査で使い果たし、ほぼエンプティを示していた。



…なんで僕はこんな所に来ちゃったんだろう、


深く溜息を一つ。







そのまま1時間が経過、…待てど暮らせど 声をかけてくれるロマンスグレーのダンディは現れない。 ますます人の数は増えていた。


…何かったのかな?

…もしかして僕、日にち間違えたとか?

…入国審査に時間かかっちゃったからな、まさか帰っちゃったとか?



不吉な空想ばかり思いついてしまう。

かく、何時迄もこうしていてもらちがあかない。


意を決した僕は ヴィクトリノックスのビジネスバッグから「協力会社の連絡先を書いた紙」を取り出して…住所と電話番号を確認する。



翔五:「どっかに公衆電話くらい…」


ガラガラと20kgオーバーのエースを転がしながら人ごみの中を彷徨さまよい…売店の近くでやっと見つける。



…あっ、小銭持って無い。


成田で交換した時に貰ったイギリスポンドは「お札」ばかりだった。


この電話機、クレジットカードでも使えるらしいが…説明書きは当然英語。

1分読んで、…断念する。




近くの「青い売店」?にもぐり込んで、

取り敢えずペットボトル入りのオレンジジュースらしきモノを手に取り、支払いの行列に並ぶ。



…要するにコンビニみたいなモノだろう。


周りの人々の会話が「白色雑音」にしか聞こえない、

頭の中にどんどんストレスが沈殿して行く。



…異世界に召還された主人公って、本当はこんな風に「情けない心境」になるんだろうな。



レジの人:「Next please.(次の人。)」


…何か言ってるが、多分僕の事を呼んだん だろうな。


と、僕はアイコンタクトで理解する。 そして持っていた「オレンジジュースっぽいモノ」をレジのお兄さんに手渡した。



レジの人:「How are you? Where are you from?(調子どう?何処から来たの?)」


翔五:「あ、はは、サンキュ、」


レジの人:「Do you need a bag?(袋要ります?)」

翔五:「あ、えっと、ノー、オンリージュース、」


…何言ってんだか聞き取れない。

…あんなに英会話教室通ったのに〜


苦笑いしか出来ない。



20ポンド札を渡して、10ポンド札と5ポンド札と小銭を幾つか受け取り、 剥き出しのままのジュースを手渡される。


レジの人:「Bye!(ごきげんよう。)」


…袋には、入れてくれないのか。



トボトボと公衆電話の前に戻る。

少しずつ、人の数も減りつつ有る様だった。


…どれが、1ポンド硬貨なんだ?


手渡された数種類の硬貨は、それぞれ好き勝手に絵やら模様やらが描かれていて、肝心の数字が、見当たらない。



…銀色の多角形は…多分、ペンスだな。

…恐らくこの分厚い黄色っぽい奴が、ポンドの筈。


眼を凝らして良く見ると、確かに模様の下に小さい字で One Pound(1ポンド)と書かれてある。



ほっと胸を撫で下ろして、機械に投入、


…えっと、0044は日本からかける時の国番号だから、此処は既にイギリスな訳だから、これはひっくるめて0に変わって、残りの番号を…、



受話器:「トゥトトトト…」


…あつ、通じた。



何だか複雑な気分、実は通じて欲しく無い…的な、



受話器:「Hi This is Lilac Automotive Technology …… …. May I help you? (こんにちは、こちらライラック・オートモーティブ・テクノロジーです、…途中省略…何か御用でしょうか?)」


…早過ぎて、何言ってんだか 全く判らん!



翔五:「あの、アイアムジャパニーズ、マイネームイズホシダ、…えっと、カワナカサン、プリーズ、、」


よくもこんな調子で長期海外出張に来れたモノだ…と我ながらつくづく情けなくなって来る、、



受話器:「…Oh, Mr. Hoshida! You must be a new Japanese person. Is everything OK? …    …two second please.(あらホシダサン、新しく来る日本人ね、どう、問題ない?…途中省略…ちょっと待っててね、)」


…通じたんだろうか、それすら判らん、



受話器:「Hello、もしもし、星田さん? 川中です。」

翔五:「かわなかさん…、川中さん! 良かったぁ、居てくれて。」


知らず知らず、涙が頬を伝っている…。




川中:「さっきポールから連絡が有って、M4(高速道路の一つ)から空港に抜けるジャンクションで事故が有ったらしくって、車が全然動か無いんだって。」


コレまでの事情を説明した僕に、川中サンが日本語で回答してくれる。

意味の有る情報が、脳と心に染み渡って行く…快感、



翔五:「それじゃあ、此処で待ってれば良いですか?」

川中:「ところが、ポールはこの後 家族との予定があるから、引き返して家に帰らないと行けないみたいなんだ。」


翔五:「じゃあ、僕はどうすれば?」

川中:「ヒースローから君のアパートがあるボンドストリートまでは電車で行ってもそんなに遠く無いんだ。 私が迎えに行くからヒースローの地下鉄の駅で待ち合わせしましょう。」


翔五:「助かります。 ご面倒かけて、スミマセン。」

川中:「いやあ、日本人同士お互い様だよ。」


川中:「これから向かうから、そうだな、一時間半くらい見てて。 今から私の携帯の電話番号を伝えるから、何か有ったら 其処に電話して下さい。」

翔五:「…はい。…はい。」


安堵(あんど)と共に、どっと疲れが押し寄せて来る。


…そう言えば電車の駅って、何処に有るんだ?







その後もすったもんだ遭った挙げ句、

漸く僕は、ヒースロー空港内の地下鉄乗り場に辿り着く、


…何だか日産自動車のマークみたいだな。


地下鉄のマークは、丸に長方形が組合わさった日本の自動車会社のマークに似ていた。

チョット親近感が湧いて、思わず口元が緩む。



ピカデリーラインと言うのが地下鉄らしい。 コレ以外にもヒースロー・エクスプレスらしきモノが有って、そっちにも大勢の行列ができている。


取り敢えず、壁に押し付けたエースのスーツケースに寄りかかり、先刻さっき買った「オレンジジュースらしきモノ」を飲んでみる。


…ファンタじゃん。



美女:「貴方、」


日本語が聞こえて…

ふと目を上げると、綺麗なお姉さんが僕の事をしげしげと見つめていた。



翔五:「…はい、…何か、…、」

美女:「何だかさっきから挙動不審だったから、少し気になって。」


瑠璃色がかった濡烏ぬれがらすの髪、芯の強そうな眼差し、華奢スレンダーで黄金比なスタイル。 身長は160cm位だろうか。 神の贔屓ひいきとしか思えない美貌。 そしてこの女性 人の心を惹き付けて離さない不思議な匂いがする。



美女:「大丈夫なの?」


多分、…大丈夫じゃない。

何故なら、…こんな綺麗な女性初めて見たから、それに話し掛けられたから、


綺麗なお姉さんは、僕の心を見透かしたかの様に優しい微笑みを見せる。




我に帰る!

そうだ、これはただの日本人同士の助け合い。

其処には一切、特別な感情等 介在する筈は無いのだ。



翔五:「だい、丈夫です、 知り合いを待ってる所。」

美女:「そう、なら良いわ。」


自分でも恥ずかしくなる位、顔が熱い、多分赤い。



美女:「お仕事?」

翔五:「…ええ、」


美女:「どちらに滞在するの?」

翔五:「…ロンドンの、ボンドストリートって言う所です。」


綺麗なお姉さんは、さらさらした髪をで上げて…、

僕は胸の奥までえぐられる様なあらがい難い薫りに 自分を見失いそうになる。



美女:「あらそう、ウチはオックスフォードサーカスだから直ぐ近所よ。 また何処かで会えるかも知れないわね。」


翔五:「…そうですか。」


なんだろう、ずっと嗅いでいたい…。手放したく無い…。

それは初めて嗅いだ女の子のシャンプーの匂いにも似ていて、これ迄の不安とか憂鬱ゆううつとか諸々を「どうでも良い事」に変えてしまう。


そんな安っぽい僕の気持ち等「全てお見通し」かの様に、

お姉さんは、一歩 後退あとずさる。



美女:「じゃあ、またね。 ショウゴさん。」

翔五:「はい、それじゃあ また。」


綺麗なお姉さんは、もう一度 優しげな微笑みを僕に見せて、それから人ごみの中へと紛れて見えなくなってしまった。


僕は、自分の胸の鼓動が恥ずかしいくらいに早まっている事に、そこで漸く気がついた。




だから僕は、そんな風にすっかり動揺してしまっていたから、

何故かその綺麗なお姉さんが「僕の名前」を知っていたって事、

ずっと後になるまで気付かなかったのだ…。

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