第14話 三分間待ってやると言ったな。あれは嘘だ

 

 

「おそらく、お主の心のありようが問題であろう。お主は自分を無職だと思っておる。人類の底辺、キングオブクズの代名詞だと思っておる」

「そこまでは思ってねぇよ、真剣な悩みなんだ。あと全国の無職の人に謝れ」

 

 ゾンビ退治の報酬を貰い、温泉で一息ついた後。

 十夜は、ニアに職業の事について相談していた。

 

「意外と本気で言っておるぞ? 自身が何者かなど、自分が決めてしまえば良い……ま、たしかにお主が冒険者かといわれると微妙じゃな。金になる仕事を選んでいるだけじゃし」

「仕方ないだろ、金が無ぇんだから。すべては貧乏が悪い。俺にもチーレム物の主人公みたいな補正をくれ。たまたま助けた馬車にお姫様が乗ってて、お金とヒロインと権力のトリプルゲッチューイベントとか」

「お主、人生舐め腐っておるのか? というか、聖女イベントならあったじゃろうに」

「あいつは空気が重そうだから嫌だ」

「なんというわがまま太郎」

 

 ちなみに、ゾンビ退治の報酬は銀貨28枚だった。基本報酬が8枚、ボス撃破ボーナスが20枚だ。

 一日の仕事で二週間分程度の生活費。かなりの高収入なのだろうが、ボス撃破がなければ四日分でしかなかった。

 一応命がけであるはずの仕事をして四日分の生活費。異世界チートトリップ物語としては、ずいぶんと地味なのではないだろうか。

 

 

「というか、冒険者ってのがよくわかんねぇんだよなー。クルカの仕事ぶりは何度か見せてもらったけど、あいつも冒険者っぽくないし。というか、職業が魔道王だったし。なんだよ魔道王って」

 

 それ以外の冒険者達の仕事ぶりを見たのなんて、さっきのゾンビ討伐が初めてだ。

 なんか色々準備をしたり連携を取ったりしていたような気もするが、印象に残っているのはライスがベロチュウされたシーンだけである。印象に残っているというより、それにすべて上書きされてしまったと言ったほうが正しいかもしれない。

 

「ふ、ふふ」

 

 と、唐突に。

 ニアが、含み笑いを漏らし始めた。

 また何か、よく無い事を考えているようだ。

 

「ならば、儂が見せてやろうではないか。冒険者の仕事ぶりというものを」

「ええー? お前が戦っても、山ごと魔物を殲滅するとかじゃないの?」

 

 冒険者というよりは、戦略兵器である。

 現れた魔物を退治するような戦術レベルの話ではなく。魔物達の住む大地を消失させ、今後魔物が現れないようにするような。

 

「儂を馬鹿にするでないわ。儂なら冒険者稼業も可能じゃ。やったことはないが」

「お前の根拠の無い自信を俺にも分けて欲しいよ」

「無理じゃな。自分を信じる事にすら根拠を求める者に、自信など沸きあがるはずがあろうか」

「哲学的だなぁー。ま、冒険者やってみるのはいいけど。できるだけ穏便にな」

 

 十夜は、ニアの言葉を全く信用していない。

 このハラペコ幼女の事だ。絶対なにかやらかすに違いないのだ。

 

 十夜は、世界の平和を心から願った。

 だが、ニアに祈りは届かなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二人は獣道を歩き続ける。

 畑を荒らすゴブリンを退治するためだ。

 十夜はニアにすべてを任せ、ひたすらその後ろに付いて歩いていた。

 獲物を狩るのに獣道を歩くのはあまり良くないのだが(人間の痕跡が残っていると警戒されてしまうのだ)、ゴブリンだしまぁたぶん平気だろうと十夜は何も言わなかった。

 ついでに道を間違えてもいるのだが、それも特に何も言わなかった。

 自分は一体どこに連れて行かれるのだろう?

 

「見つからないのぉ。見つけたら即、儂の剣の錆にしてやるのじゃが」

「本当に大丈夫? 惑星を輪切りにしちゃったりしない?」

「さすがの儂でもそこまでのパワーは無いわい」

「ならいいけど」

「全力を出した所で、せいぜい星の半ばまで切り裂く程度であろう」

「お前、全力出すの禁止な」

 

 十夜はニアに視線を集中し、今の状態のステータスを確認する。

 

 

 名前:イオニア

 種族:リンクス

 職業:管理者

 レベル:394

 干渉力:8790

 

 

 幼女形態のニアは、どうやら十夜と同程度の力を持つようだ。

 つまり何かあったとしても、せいぜいが山を切り落とすぐらいのものであろう。

 それなら安心だ。

 

「安心できるか馬鹿野郎」

「いないのぉ、ゴブリン」

 

 二人は、間違った道を歩き続ける。

 十夜はもう諦めの境地だ。たまには道に迷うのも、人生を迷うのもいいだろう。路頭には迷いたくないが。

 十夜はぼんやりとしながら、風景を眺めた。

 木々の間を抜け、少し開けた場所に出る。太陽の光がぽかぽかして気持ちいい。日本のようにはっきりとした四季があるわけではないらしいが、一応今の季節は冬である。日陰は少し、寒かった。

 道中でミカンっぽい果物を見つけたりもしたが、あまり食べる気にはならない。人の手が入っていない以上、それほど美味しくはないだろう。あと簡単に取れるところにある果物が無事な時点で、この獣道を生息域にしているゴブリンはいないと確信できる。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あっ、ゴブリンじゃ!」

 

 たっぷり四時間ほど歩き回った後、二人はようやくゴブリンの巣に到着した。

 ニアの視線に捕らえられた哀れなゴブリン達は、まだ自分の運命に気づいていないのか、ゲッゲッゲと薄気味悪い笑いを浮かべている。

 

 

 種族:ゴブリン

 職業:斥候

 レベル:11

 干渉力:57

 

 

 弱い。宿屋のお姉さんより弱い。

 単純な戦闘能力なら、雑魚もいい所だ。

 

 十夜は、悪魔の気まぐれで惨殺される生贄達に向けて祈りを捧げた。

 お前達の死は無駄にはしない。お前達を討伐した金で、美味しいものを腹いっぱい食べてやる。

 お前達の死は、自分の血となり肉となり生きていくのだ。

 だから、安らかに死ね。

 

 

 こちらに気づいたゴブリン達が、「ヤメラレナイ、トマラナイー」「イエス、タカスクリニー!」とよくわからない叫び声を上げつつ武器を掲げた。そして、こちらに一直線に突撃してくる。

 やる気は満々のようだ。

 

「とー!」

 

 そこに飛び込み、なんだか間の抜けた叫び声を上げて剣を振り下ろすニア。

 スピード自体はあるが、動きはへろへろだ。おまけに、攻撃がゴブリンの所まで届いていない。

 ゴブリンの方もニアを舐め腐っているのか、ゲゲゲと笑いながらその姿を眺めていた。

 

 

 ズドン、と。

 

 

 ニアの振るった剣が地面へと突き刺さる。

 

 いや、正確に言えば。

 

 ニアの振るった剣は、大地を真っ二つに切り裂いていた。

 底が見えない。深遠なるその黒を目にしていると、引き込まれてしまいそう。地獄の底まで繋がっていてもおかしくはない。いや、ゴブリン達にしてみれば、文字通り地獄に繋がっているのだろうが。

 

「ゲェェェェェ!?」

 

 ゴブリン達は、目ん玉が飛び出るんじゃないかというほど目を剥いて驚き、地面を転がるようにしながら慌てて逃げ出した。

 だが、無駄である。大魔王からは逃げられない。

 

「はっはっは、どこへ行こうと言うのかね」

 

 見ろ、ゴブリンがゴミのようだ!

 ニアは短気だから、三分も待ってはくれないだろう。

 一分と待ちきれずカップラーメンの蓋を開けて食し始めそうなハラペコ幼女、それがニアだ。

 

 ニアは危なっかしい剣さばきでゴブリン達に襲い掛かる。

 威力とスピードはともかく動きがウンコなので、ゴブリン達もなんとか回避を続けていた。

 が、さすがに体力が持たなかったようだ。

 ニアは、ゴブリン達を一匹、また一匹と仕留めていく。

 

 

 すべてのゴブリンを倒し終わったニアは、なんだか腑に落ちないような表情で十夜に向き直った。

 

「しっかし、あれじゃの」

 

 手にした剣をしまいこみ、代わりにアイスを取り出してペロペロと舐め始める。

 

「なんか、弱い者いじめしているような気がするの」

「気がするんじゃない。事実そうなんだよ」

 

 今更すぎる。

 まぁ、人を襲う以上は弱い魔物だとしても放置する気もないが。

 

 やがてアイスを食べ終わったニアは、十夜の袖を引いてこう言った。

 

「十夜、十夜」

「なんだ」

「クレープが食べたい。儂はクレープを所望するぞ」

「そっか。なら、帰るか」

「おうとも」

 

 そして、いつものように帰路につく。

 

 いつものように。

 いつのまにか今の状況が、はやくも十夜の日常となりつつあった。

 

 

 

 

 なーんて。

 強引に平和そうな方向性で話を終わらせようとした十夜だったが、そうは問屋が卸さない。

 

「なんか、地鳴りがするんですけど」

 

 大地の脈動。星の息吹。

 十夜はなんとなくこの先の展開が見えた。

 そしてニアを抱えて、全力ダッシュを開始する。

 走れ十夜! まだ見ぬ平穏を追い求めて走れ!

 

 

 十夜の後方で、爆発が起きた。

 ここは温泉町のある山だ。

 つまりは、火山である。

 

 

 ドドドドドド!!

 

 

 ニアが切り裂いた大地から、勢いよく溶岩が噴き出す。

 急速に冷えて固まりつつあるが、固まった表面の殻を破るようにして新たな溶岩が飛び出し、十夜達に迫った。

 黒煙が周囲を覆う。視界が悪い。鼻に付く硫黄臭。呼吸をすると妙に喉がヒリつくのは、熱さのせいか。それとも、火山性ガスの影響だろうか?

 あまりの熱に、周囲の木々が自然発火を開始する。まさに地獄と呼ぶに相応しい光景だ。

 

「どおおおおおお!? 熱いぃぃぃぃぃぃ!!」

「おおー、燃えとる燃えとる」

「アホか! お前のせいだろ。さっさと何とかしろ!」

「そうじゃの。このまま町が溶岩に飲まれでもしたら洒落にならん」

「俺が溶岩に襲われるだけでも、洒落で済ませてもらったら困るんですけど」

 

 十夜に抱えられたニアが、手を溶岩に向けて掲げる。

 指先に集中するのは、地獄の冷気。

 

「言っとくが『やりすぎちゃった。てへぺろっ☆』とかいう展開になったらお前の食事にワサビを混入するからな」

「安心しろ。大丈夫だ、問題ない」

「それ死亡フラグだから! その言葉のどこに安心する要素があるの? お前自分の今までの行動を反省した事とかないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「嘆きの川に虚ろう古の万霊よ、裏切りの対価を今ここに。悔い改めよ、天の国は近づいた――コキュートス」

 

 本気で洒落にならない所まで溶岩が迫っていたので、ニアは十夜をおちょくるのを止めて魔法を発動した。

 

 広がるのは氷結地獄。

 燃えさかる木々も、溶岩さえも。一瞬にして氷の棺に囚われ、その活動を停止する。

 世界は、氷の白で塗り潰された。

 

 とは言っても、溶岩が噴き出す穴を中心にしてだ。

 ちょうどいい具合といえる。

 

「おお。ニア、お前やればできるんじゃないか。見直したぞ」

「お前は儂をなんだと思うとったんじゃ」

「ばっか、お前。それを俺の口から言わせる気なの?」

「下僕からの扱いが酷い件」

「……あれ。もしかして下僕って俺の事?」

 

 一仕事終えたアホ共は町を目指す。

 今日も、元気一杯に。

 

 

 

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