第6話 決着!触手に最も愛された者



 岸の触手拳による猛攻、益美は覚えたての触手拳で必死に捌き切る。


 だが、益美は迫り来る触手を捌きながら、岸の思惑に気が付いた。

 岸は本気で攻撃をしていない。この猛攻は「指導組手」であるのだと。


 指導組手とは格上の指導者が格下の者に対してする組手である。

 指導者の攻撃をどう受ければいいのか、組手を通じて指導するのが、指導組手の本質である。


 生死を懸けた闘いであるにも拘らず、岸は益美に対して指導組手で攻撃しているのだ。


 本来であれば憤慨するところだが、益美としては触手の猛攻を捌き切るのに精一杯。怒りを覚える余裕すらない。


 余裕の無さもさることながら、岸の指導組手はとても合理的であり、触手の素人である益美にとっては、本来願ったり叶ったりの組手でもある。


 合理的とは言え、岸の猛攻は一手受け損じれば、そのまま触手に飲み込まれてしまう程の容赦無い猛攻。

 指導組手とは名ばかりの、スパルタ組手と言っても過言では無い。


 そのスパルタ組手を死に物狂いで受け捌く益美。

 一手受ける毎に強くなる実感を肌で感じながら、必死になって触手拳を身につけて行くのであった。







 …二時間の猛攻を凌ぎ切った時には、既に夜が明けていた。


 朝日が差し込む小屋の中で、岸と益美は汗だくになりながらも、変わらずに対峙している。


 益美はたった二時間の指導組手の中で、一廉の触手拳の使い手にまでに成長を遂げていた。だが益美の顔色は優れない。

 夜通しの組手による疲労困憊も原因の一つではあるが、勿論それだけでは無い。


 益美は強くなったのだ、触手拳によって。そして強くなることによって見えてくるものがある。


 それは相手の力量。


 岸の持つ触手拳としての力量、今はまだ益美よりも遥か高みにある。


 それでも努力すれば追いつく程の距離。これから触手道を邁進すればいいだけの事ではある。


 しかし、追いついたところで益美は岸に勝つことは出来ない。それを実感したからこそ、顔色が優れないのだ。


 力量等しくも勝てる見込みが無い。こんな理不尽な話があるだろうか?

 …残念ながら、触手拳にはその理不尽な物が存在する。



 益美が岸に勝てない理由。それは益美が女であり、岸が男であると言うこと。


 仮に男と女が力量等しい触手拳の使い手であったとしよう。この男女が勝負をすれば、必ず男に軍配が上がる。

 勿論、それは男の方が筋力があるからなどでは無い。


 男が必ず勝てる理由…それは、男が女よりも触手の本数が、一本多いと言うこと。


 この避けられぬ現実こそ、女である益美が男である岸に勝てぬ理由なのであった。




 益美は触手拳の真理に気が付いた。


『男は触手が一本多い。つまり、男は触手に愛されている。触手をどれだけ愛したところで、触手に愛されていない女では、触手拳で男に勝てる見込みなどない』


 そして今更になってセイシヲカケル、その真意を理解できた。


 先程からの組手の中で、岸には唯一使用してない触手があった。指導組手が故に、使う必要は無いと判断したのであろう。


 しかし、セイシヲカケル闘いともなれば、岸は間違いなくその触手を使って、益美の急所を狙ってくる筈。


 急所を触手で貫かれた事など無い益美にとっては、流血と激痛に見舞われる激しい闘いとなることは必至。





 勝てる見込みは無い。


 敗北が前提のセイシヲカケル闘い。


 不可避の流血と激痛。



 …いっそ逃げ出したい。諦めたい。それが益美の本音であった。


 だが目の前にある、雄々しく聳えたつ触手から逃げることが可能なのか?

 諦めて無抵抗のまま嬲られる事に耐えられるのか?


 女として、格闘家として、逃げることも諦めることも、選択肢として選べるわけが無いのだ。


 どんなに強大な敵が現れようとも、全力で闘う以外の選択肢などあり得ない。それが真の格闘家。


 だからこそ、益美は言い放つ。




「いい加減、全力でかかって来い!私は逃げも隠れもしない!これはセイシヲカケル闘いだろうが!」


 …虚勢でしかない。



 しかし、例えそれが虚勢であろうとも、その意思を汲んで全力で闘うのが真の格闘家である。



 岸は益美の覚悟を受け止め、指導組手から本気の構えに移行。

 再び益美に触手の猛攻をくり広げた。


 益美も懸命に闘った。全力を尽くし、必死で闘った。

 だが本気になった岸の触手の前には、五分と持たなかった。













 ズシュ‼︎



 岸の触手が益美の急所を貫いた。







 予想通りの出血。






 予想通りの激痛。






 予想以上の快感。






 このまま蹂躙されて敗北するのだと益美は予感した。

 それも悪くないと思ってしまうのが、触手の良いところであり、悪いところ。


 益美は歯を食いしばり、目をギュッと閉じた。蹂躙される覚悟は既に完了している。だが、一向に岸は動かない。


 恐る恐る益美は目を開けた。


 目の前にいる岸は勝ち誇った顔をしているのかと思いきや、青ざめた顔をして何やらブツブツと呟いている。



「そ、そんな…そんなまさか…ミミズかっ⁉︎ミミズが千…いや、触手…触手が千本っ⁉︎」



 驚愕の事実であった。


 終始傲慢な態度をとり続けてきた岸をここまで動揺させるとは、一体誰が予想だにしたであろうか?


 当の益美は岸の反応にキョトンとしている。


 それもそのはず、益美は生まれながらにして触手に愛された者でありながら、その自覚を持ち合わせてはいなかったのだから!


 益美の体内には千の触手が存在した。極小の触手とは言え、千もの触手である。


 女であるが故に触手に愛されていないと思っていたのは、益美の大きな勘違い。愛されていないどころか、益美ほど触手に愛された者など、存在しないのであった。


 岸は愚かにも眠れる獅子…いや、眠れる触手を不用意に目覚めさせてしまったのだ。


 益美も岸の反応を見て、すぐに己の中にある触手の存在に気が付いた。


 生まれながらにして持つ、触手の存在に驚きを覚えるよりも先に、益美は今迄見えなかった僅かばかりの勝利への活路を見出せたことに歓喜。



 益美の中に芽生えた勝機に、岸もすぐに気が付いた。

 慌てて益美の急所から触手を引き抜こうとするが、それを見過ごすほど益美は甘くない。


 益美に覆い被さる様にしていた岸が、触手を引き抜こうと上体を起こす。

 その動きを利用せんとばかりに、益美は岸の動きに合わせて起き上がる。


 そして、そのまま岸を押し倒し、立場が逆転した。


 岸の上に馬乗りになる益美。必死で抵抗しようとする岸の両腕を、益美の触手化した両腕が捕らえて放さない。


 時間をかければ益美の触手を振りほどくことは、岸ならば可能。だが、その様な時間を益美が与えてくれるわけが無い。


 お互いに両腕を使えない状態にし、馬乗りになった時点で1000本の触手と1本の触手が相対することとなる。

 1000対1の戦いに持ち込んだ時点で、形勢は逆転したのだ。


 そして益美は笑う。不敵な笑みなどでは無く、観音菩薩の如き慈悲と慈愛に満ち溢れた…最高の笑みを!




 いかなる衆生シュジョウをも漏らさず救済しようとする観音菩薩は、千の手を以ってそれを救わんとする。


 そんな観音菩薩の笑みを益美が浮かべているのだ。岸にとって、これ程悪い予感は無い。


 そして岸の予感は現実のものとなる。

 益美は万感の思いを込めて…触手拳が奥義を繰り出すのであった!







「奥義!セン触手観音ショクシュカンノン!」


 益美の千の触手が岸の雄々しい触手へと襲いかかる。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!負けるか!」


 岸も必死になって千の触手に立ち向かうが、如何せん多勢に無勢。

 益美の慈悲と慈愛に満ち溢れた千の触手に対抗出来るわけも無く、岸の雄々しい触手は益美の触手にいい様に嫐られ続ける。


 益美と岸の雄叫びと、1000本の触手と1本の触手が激しくぶつかり合う音が、朝靄のかかる山林にこだまするのであった。




 …一時間程の組手の果てに益美が我に返ると、岸は既に動かなくなっていた。


 白目をむき、泡を吹いて倒れこんでいる岸の凄惨な姿は、益美の繰り出した奥義の破壊力を改めて思い知らされるのであった。


「…私…勝ったの?」


 無我夢中で奥義を繰り出し続けた益美。その時のことはあまり覚えてはいない。


 只々、この勝機を逃さんと、触手を責め続けるしかなかった益美。故に我を忘れて攻撃をするのは仕方のない事であろう。


 あまりにも気持ちが良かったから、我を忘れていたのかも知れないが、そこは割愛。



 我に返り自分の勝利を理解した益美は、そのまま岸の上に倒れ込み寝息をたてて爆睡。


 長い長い激闘の夜は終わり、触手拳もまた新たなる夜明けを迎えるのであった。




 後に世界中の格闘界を席巻する触手拳。


 その覇道とも呼ぶべき道のりは、二人の天才格闘家同士の激闘によって、いま始まるのであった!


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