3. 【聴け、我らが反撃の狼煙】

「……今だ、投てき用意。――撃て」


 エリザベートが魔法を放つ瞬間、散開したゴブリン達が四方八方から何やら白い玉を投げつける。

 エリザベートは、魔力を一切まとってもおらず、無視しても問題無いとすぐさま判断したが、また服が汚れるかもしれないと片手を無造作に振るって撃ち落とす。


 白い玉は獣か何かの卵であったようで何の抵抗なく卵は砕け散り、中身がこぼれだす。それは、独自の臭いをかもし出す白い粉末だった。粉末は霧のように、彼女の周りを覆う。


「え? これって……。うっ、お、お、オヴェェエエエ。……に、にんにくぅぅうう!?」


 エリザベートは粉末を吸い込んでしまう。

 すると、瞬く間に、彼女の顔が青白くなり、先ほど見たヴラドと同じように、顔中から体内の液体を全て吐き出すかの様になるエリザベート。


 如何な日の光を克服した【日を征し夜の覇者デイ・ウォーカー】といえど、ニンニクまでは克服できてはいない。


 今にも放たんとした、魔法の制御が乱れ魔力が自身に逆流し、やたらめったらに体中を暴れ回る。まるで、体中の血管という血管が意志を持ち、好き勝手に暴れ出したかのような激痛に顔を歪める。


「ニンニクをすりつぶした粉末入りの卵爆弾だ。さすがに偉大なる【日を征し夜の覇者デイ・ウォーカー】様でもたまらんものだろ? 気に入ってくれたら幸いだ。なにせ、この手だ。作ってる最中に何度もダメにしてしまってな」


 「苦労しだぞ」と細かい作業の向かなさそうな、武骨でマメだらけの節くれだった手を見せつけながら笑う、顔に傷を持つリーダー格のゴブリン。


 彼は、先ほどまで見せていた観察対象の実験動物にでも向けるような顔を崩し、にやりと小馬鹿にしたように笑う。

 そして、片手で無造作に剣を構え、悠然とエリザベートに近づく。


 ゴブリンに小馬鹿にされたエリザベートは、いっこうにおさまらない、汁にまみれた顔を激しい憤怒で真っ赤にする。


 いまだに、体中を逆流した魔力が暴れ回っており、魔法の構成が少し不安定になっているがゴブリン相手には十分だ。

 先ほどの小細工がたまたま・・・・上手く成功したからといって、調子づいている目の前のゴブリンを一刻も早く壊す。ただ、それだけを考える。


 不安定な魔力をどうにかコントロールし、エリザベートは、これ見よがしに近寄ってくる顔に傷を持つゴブリンに疾風のごとく飛び掛かる。


「うがあああぁぁぁ!! 調子にっ、のんなああぁぁ!!」

「……本当に、お前らは愚かだ。己の力を過信して周りに注意を払うことさえない」

「――っ!? かっ、体が動かない!?」


 顔に傷持つゴブリンは、酷く冷淡な口調で呟く。それと同時に、金縛りにでもあったかのようにエリザベートの動きが空中でピタリと止まる。

 彼我の距離は、およそ一メートル。彼女は、何が起きたのかと慌てて周りを見渡す。


 すると彼女の周りに他のゴブリンが用いた魔術によって作られた手のひら程度の幅の水の流れ。


――これもまた、ヴァンパイアエリザベートの弱点。ヴァンパイアは水の流れる場所を通り抜けられないのだ。


 彼女といえども流石に魔術を使われれば気づいたはずであろう、普段ならば、だが。ニンニク入りの卵爆弾で視界を乱され、挑発によってただでさえ少ない思考能力を奪われた結果、彼女は気づくことができなかったのである。


「お前ら、ヴァンパイアは確かに強大な力を持っている……。が、同時に多くの弱点を抱えている」


 「ああ、もう必要なかったな」とぼやき、崩した顔を元の無表情に戻して、淡々と語る顔に傷持つゴブリン。

 しかし、その体は、この明確な隙を逃さんと、すでにエリザベートの懐に入っている。


「まっ、また、小細工をぉぉぉ!! 魔物くせにぃい! 人間みたいに! ひ、卑怯者! ズルよ、こんなのズルだわ!!」


 力こそが全てである魔物の世界において、真っ向からぶつからないものは卑怯者と断じられ、軽蔑の対象となるのだ。


「はっ、力がなければ生きていけない世界?……そんなものはクソ喰らえ、だ」


 無表情であった顔をわずかに、ほんのわずかにだが憎悪で歪ませる。そして、吐き捨てるようにそう呟いて、彼は魔力を剣に込めながら袈裟懸けさがけに振るう。


 その動きは、魔物達の力任せの技とは比較にならない、極限まで無駄を削った合理の剣、人の手によって体系化された武。‟武術”であった。


 エリザベートに避けるすべはない。しかし、彼女は身動きのできない体に焦りながらも彼の駆使する微小な魔力を見て、ほくそ笑んだ。


「あははは。バ~カ、あんた程度のチンケな魔法・・程度じゃ、幾らやったって私に傷一つだって―――」


 彼女の【鎧】は、いくらか魔力の暴走で弱まっていたとしても。ゴブリン程度が束になっても破ることはかなわない。しかし、それは彼が、同じ舞台に立った場合の話だ。


 彼が己の剣に施したのは、ゴブリンよりも尚、少ない魔力を待つ人間のすべ、魔術。

 これは、前回述べたように己の魔力を糧にして自然界に溶け散らばっている微弱な魔力をかき集め行う術である。


 それはまるで、磁石(己の魔力)を用いて砂場(自然界)から砂鉄(微弱な魔力)を取り出すことに似ている。


 かといって、たとえ幾らかき集めたとしても魔物の強大な魔力には比することはできない。結局のところ、塵が積もっても塵なのだ。だが、魔術には魔力にはないある特性があった。


 それは、自然界で溶け散らばっていた魔力を用いているが故に、魔術にはある程度の‟浸透性”を持つということだった。


 これにより、人類は魔物に対抗する術を得たのだ。魔物の【鎧】の最も薄い場所に、全力の【剣】で切り裂く。

 防御に回す余力などないので【鎧】などは用いない。そうすることで、とうとう、人類は魔物とするようになったのだ。


 【鎧】の隙間を切り裂くためだけに用いられる【剣】はさながら、ソレのみに特化した、切っ先の薄い頑丈な造り込みの短刀だ。この技が、人類の反撃の狼煙になった。

 故にこの技はその短刀にあやかってこう呼ばれる。


「――【聴け、我らが反撃の狼煙通し】!!!」


 顔に傷持つゴブリンは、変わらぬ無表情のままであるが、怒声のようでいて泣き声のような、そんなどちらともつかない大声とともに、剣を振り下ろしきる。


「つけら、……え? う、うそ。いやああああぁあああ!! 痛い、痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃ!! な、なんでぇえ!?」


 右肩から左脇を何の抵抗もなくばっさりと切られる。

 瞬間、何が起きたか理解できなかったエリザベートであったが、その後すぐさま訪れた、患部かきむしって捨てたくなるほどの痛みと、焼きごてを押し付けられたかのような熱さ、噴水のごとく流れる紫色・・の血痕。

 それら痛みで鈍る頭で呆然と見て、エリザベートは何が起きたのかようやく理解した。


 斬られたのだ、ただのゴブリン雑草に。理解した瞬間、沸騰する頭だったが、血が上ったのか胸の傷の出血が激しくなる。


 慌てて、魔力で止血を試みる。しかし、多少血が抜けたからと言っても、すでに十分過ぎるほど血がのぼった頭は冷えることはない。


 ギロリと下手人を睨みつける、その相貌そうぼうは悪鬼のごとく。最早、可憐な少女だった面影は微塵みじんもない。


 派手に動きすぎたせいか、自慢のフリルをあしらった服は影も形なく、体にこびりつている何かの布きれといった有様、なんとかきわどい所を隠しているのが不幸中の幸いと言えなくも無い。――もっとも今の彼女がそのようなことを気にすることはないだろうが。


 痛みに脂汗を流しながら、上手く力が入らないのかガクガクと震える足。腰まで届くきめ細やかで艶やかな金髪は、ぼそぼそと乱れ、艶を失い、年老いた老婆のごとくくたびれていた。


 見るからに満身創痍、しかし倒れず、血走った鮮血のごとき瞳は血涙を流しながらも、力を失っておらず、口もとからはブツブツと怨嗟の言葉を並べ立てる。



「……驚いたな、男の方はこれで倒れたのだが。まだやれるのか、この化け物め……」


 彼女の生命力に驚きと多少の畏怖を感じた、顔に傷持つゴブリン。

 あまりに強大な‟個”に息を飲むが、すぐさまもう一太刀浴びせるために構えをとる。


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスゥ!! ただ、殺すだけじゃぁ気がすまない!! あんたの指を一本一本へし折ってぇ! 薄皮を一枚一枚ひんむいてぇ! 恐怖に糞尿垂れ流しながら、やめてくださいと懇願するまで! 抉って、砕いて、削って、すり潰して、切り刻んでぇ!!最後に生きたまま家畜のエサにしてあげる!! もう、油断なんてしないんだからぁ!!」


 今にも崩れ落ちそうな体を燃え尽きんばかりの憤怒でつなぎ止める。

 エリザベートは止血に用いる魔力のことも忘れて、自身の残りの全魔力を開放するのだ。

 その量は先ほどの比ではない。このまま魔法を使われればここ一帯だけではなく、この森全体すべてを、ことごとく破壊しつくすだろう。


 それを、彼女はたった一人・・にぶつけようとしている。当然、当たれば、骨一つ残さず消え去るので、残念ながら彼を生きたまま家畜のエサにすることは実行できないのだが、彼女は本気でそうしようと考えている。

 当の昔に、彼女の理性は飛んでしまっているのだ。


「……油断・・? 油断・・、か。……なあ、お前は、一体誰と戦っているのだ?」

「ああ!? 寝ぼけてんのか!! テメ―だよ、クソゴブリン!!」


 表情をピクリともさせず問いかける顔に傷持つゴブリン。

 その態度が、果てのない彼女の激情を、より一層と燃え盛らせる。止血していた傷が開き出血するが、もはや気にも留めない。彼女の目には、眼前のゴブリンしか映っていないのだ。


「ふう、呆れたものだな。つい先ほどの事だというのに、学習能力がないらしい。貴様は|俺と戦っているのではない。俺達・・と戦っているのだ。」

「なにを――っえ!?」

 

 気づけば彼女の視界、三百六十度にあふれかえる緑の物体。


 その全てが彼女を見据え、こちらに向けて手の平を向けている。そこから感じとれる魔力、今にも放たれんとしている魔法、いや魔術。


 数は百は下らず。何時から居たのか、今まで何処にいたのか、低下した思考能力では考えることもできない。


 逃げ出そうにも体が全く言うことをきかない。血を流しすぎたのだ。

 

、魔法を放とうにも間に合わない。彼らはとうに‟準備”を終えている。


 ゴブリンが百人いようが、千人来ようが、本来ならばものの数ではない、魔法の一つでも放ってやれば一網打尽だ。だったはず・・・・・なのだ。

 

 ――最初から、この数で来れば変に油断せず、殺し尽くせたというのに……。悔しさに唇を噛みちぎる。今の彼女でも理解できることだった。もう、ダメだ、と。


「あ、あ、ああああああああぁぁぁぁあああ!!!!」」


 エリザベートは、絶望と怒りに声にならない声で絶叫しながら。せめて、コイツだけでも、と玉砕覚悟で眼前の顔に傷持つゴブリンに魔法を放とうとする。


「――なあ、お前は、また油断したな」


 顔に傷持つゴブリンが、迫りくるエリザベートをまったく意に介することなく、何の感情もこもらない声で言い放つ。


 それとほぼ同時に、四方八方至る所から魔術による矢が、息のつく間もなく文字通り矢継ぎ早に放出される。

 

 至近距離で【聴け、我らが反撃の狼煙通し】を行うのと比べれば精度は低いが、数が数だ、エリザベートはおびただしい量の矢の雨を浴びて、彼に指一本さえ触れることなく体中を串刺しにされて息絶えたのだった。





 

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