8. それが正しいことだと信じながら

 

 

 

 日が暮れ、世界が闇に覆われていく、戦闘を終えたゴブリン達は村の民家に各々陣取っていた。

 村に備蓄されていた酒をあおり勝利を喜ぶ者、民家にあったベッドに倒れこむように寝る者、死した仲間に思いはせる者、彼らは思い思いの方法で戦いの勝利を実感していた。


 その中で、彼らのリーダー格であるヴィレ、サン、そして五人の幹部格のゴブリン達は休む暇なく、今回の損耗具合等の作戦結果報告デブリーフィングや今後の展開を話し合っていた。


「……村の襲撃日の前日に冒険者が訪れるというイレギュラーがあったが、問題なく現行の戦力で対処できた。予想以上の被害がでたが、今回得られた冒険者の情報や装備品の数々にはその価値が十分あっただろう。……何か意見は?」

「はい。あたし、あるわ」

「…………サン、なんだ」

「もちろん、ヴィレが『手を出すな』なんて言いながら、あたしの魔術がなければ死んでいたことよ。あなた、もしかしてトップとしての自覚がないんじゃないのかしら? ねえ、わかってるの? あなたの言葉を信じて、あたしたちはここまで来たのよ。他の誰でもないあなたがあたしたちに希望の光を見せてくれたから……。そんなあなたが油断して死にました、じゃ話にならないのよ? わかってる?」


 口調は穏やかではあるが、サンの目は笑っておらず、額にはあおすじを浮かべていた。彼女の並々ならぬ怒気に、ヴィレ以外の幹部たちは頬を引きつりらせ、常に表情を崩さないはずのヴィレも、心なしかバツの悪い顔をしている。


 睨めつけるサンをどうなだめすかして事を為そうかと考えるヴィレに、助け舟を出したのは、幹部格の一人、突撃部隊の長バトリオだった。


「お、そうだ、大将。オイラもあるぜ! あんな、今回の戦闘で俺たちは冒険者にも勝てるって事がわかったじゃねえか? ならよ、もう、こんなしけた王国を獲るなんてみみっちいこと言わないでよ、もっとでっかく、大陸中を支配するのはどうだ! 派手に暴れてやろうぜ!! 巣に残ってる奴らも一緒にやりゃあ、一発よ!」


 バトリオは鼻息を荒くして述べる。村に冒険者が訪れるという予想外の展開に急きょ、奇襲作戦に変更され、華々しく先陣を飾る予定であった突撃部隊バトリオたちの出番が無くなったせいか、彼は不完全燃焼の体を持て余している様だった。

 彼の意見に、周りの幹部達も一理あるとうなずく。しかし――


「いや、それは無理だ」


 ヴィレは数舜の迷いもなく、バトリオの意見をはねのけた。有無を言わせないヴィレの迫力にバトリオは思わずたじろぐ。


「そもそも、お前達は勘違いをしている」

「……な、何のことだ、大将?」

「俺達は確かに強くなっただろう、それこそ亜人型の魔物や冒険者を相手取るほどにな。だが、それだけだ。……なあバトリオ、人間の力とはなんだ?」

「ああ? そりゃあ、あれだろ? 大将が教えてくれた‟知恵”ってやつだ。ぶじゅつ? やら、まじゅつ? とかだろ」


 バトリオは今回の戦利品であり、既に彼のお気に入りとなった、巨大なグレートソードを片手で持ち上げながら答える。しかし、ヴィレの答えは否であった。

 バトリオは、他に何があったのかと頭をひねるが出てこない。

 彼は元々、考えることを苦手としているため、すぐにお手上げだと肩をすくめ、、助けを請うようにサンに視線を向ける。


 バトリオの視線を感じたサンはため息と共に「もう、ヴィレを責める雰囲気じゃなくなっちゃたわね」とぼやいて、ヴィレに向かって自身の答えを述べる。


「あのヤロウ共の力ねぇ。……数じゃないかしら? 気持ち悪いほどいるでしょ?アイツら」


「そうだ、数だ。人間はこの大陸中に何千、何万と存在する。対して、俺達は集落に残した非戦闘員おんなこどもを合わせても五百を超えるかどうかだ。足りないのだ、圧倒的に戦力が。だから、イヴァール王国この国が主要の都の防衛以外の戦力がほとんど出払っているこの状況がなければ、今も俺達は冒険者や魔物に怯えながら細々と生きていくしかなかっただろう」


「マジかよ……。いや、待て大将。足りねえったらよ、増やせばいいんじゃねえか? こう、ポンポンとガキ孕ましてよ。ガキなんて一回ヤッたら十人くらい生まれるじゃねえか」

「ガ、ガキ!? 孕ます!? そっ、それって!!」


 バトリオは下品にも腰をカクカクと小刻みに動かす。それを見たサンは顔を蒸気が出るかと思う程真っ赤にして、何を思ったのか視線をチラリとヴィレに向けるが、彼が気づくことはなく、バトリオの問いに答える。


「確かに、俺達は一度に大量に子をす。だが、子が大人になるまで、最低何年かかる? 人間のすべも一朝一夕に身に付く事など出来ないだろう? 何より、一度に子を育てる為には安全な寝床と、大量の食糧がいるのだ、到底今のままでは無理な話だ。」

「――っ。そう……だけどよぉ」

「大陸の支配は、人間や魔物の掃討は、俺達の子孫が成し遂げるだろう。俺達がその始まりを築く。俺達の、俺達だけの理想郷くにがそのいしずえとなるのだ」

「はぁ、わかったよ。大将が言うんだ、それが一番なんだろう? もう、無駄に考えるのはやめだ。オイラには体を動かすことがしょうにあってっからよ」


 変わらぬ無表情で平坦な口調であるのだが、サン達は長年ヴィレと共にいた古株だ。彼の意志は固く、揺るがないことを。そして、彼が仲間達のことを一番に考えていることを理解していた。

 故に、彼の選ぶ道こそがゴブリンじぶんたちの進む道だと信じているのだ。

 

「そうか。では、今後の事だが――」


 バトルオの言葉に軽く頷き、すぐさま話題を変えるヴィレに、皆「ヴィレらしいよ」と呆れ半分の顔をしながら、月の光を背に闇夜の会議は続いていったのだった。






 

 夜も更け会議も終わり、酒を飲みどんちゃん騒ぎをしていた者達も皆、すっかり寝静まり、月明りのみが世界を照らす夜の時間。

 一人、会議のあった部屋にいるヴィレは闇夜に響く虫の声を聴きながら、窓枠に腰かけ、爛々らんらんと輝く月を眺めていた。

 

「王都から離れている村や町から順々に襲い、物資を補給、情報収集を繰り返して戦力を整える。そして、王都を占領し俺達の理想郷くにを築く。皆が傷つき、苦しむ必要のない理想郷くにを。それが、俺の復讐。全てを失った俺が、ちっぽけなただのゴブリンが、できること。なあ、そうだろう? ……エイナ」


 自分に言い聞かせる様に、誰かに語り聞かせる様に、ヴィレはとうとうと語る。それは、日が顔を出すまで続けられていった。


「……ヴィレ」


 そして、サンはそのヴィレの姿を木陰から痛ましそうに見つめるのだった。




 



 ヴィレと冒険者、【朝日迎える、五枚の花弁モーニング・グローリ―】との戦いから、数か月後。


 その間に度重なる襲撃を起こし、ヴィレは数々の村や町を攻め落とした。

 とうとう、国もヴィレ達を脅威とみなし、本格的な討伐を考え出したそのとき。 民達の間でもまことしやかにゴブリンの噂が流れていた。


 


――それはある日の昼下がり、“英雄”の生まれた街でのこと


「――え?」


 少年は今聞いた言葉が信じられず聞き返す。

 目の前の黒髪を肩まで伸ばし、二つに縛っている少女は、さとすように一言、一言、ゆっくりとしゃべる。


「だからね、ラッヘ。その【日を征する夜の覇者デイ・ウォーカー】は最近噂のゴブリンの軍勢にやられちゃったって話なんだって。……だからもう、ラッヘの仇はいないの。わかった? だからさ、もう危ないことはやめよう? これからは、アリサが付いていてあげるから、ね?」

「そんな、そんな、だってそれじゃ――」


 少年はブツブツと壊れたように呟く。緋色の髪を振り乱し、かつて宝石のようにきらめいていたはずの緋色の瞳を絶望に染める。



 




――その日、【不倒の狂気テネシティ・ハート】ラッヘ・フリーデンは仇を失ったのだ。



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