第25話 罠だらけ

「へ!?」


 走っていたら足元がなくなった。踏み外した、のではない。確かに踏んだ地面はそのまま下に向かって落ちていった。それと一緒に、わたしも落ちていく。


「落とし穴!?」


 落ちていく。ディモの触手がネットのようになってわたしを受け止める。助かった、が、それで終わらない。迫りくる巨大な岩。落石。二段構えのトラップだったのだ。ディモに余裕はない。だから、わたしの魔法を使わないと。


「えいッ!」


 落石を斬り裂いて事なきを得る。だが、次の脅威が迫ってくる。炎を纏った巨大な鳥。不死鳥。そう、わたしはこいつから逃げていたんだ。足を止めてしまったならば追いつかれるのは自明の理。


「もったいない!」


 刀を振るう。3回目。7回しか使えないのに。不死鳥は真っ二つに斬り裂かれるがまたしても炎に包まれ、何事もなかったように蘇ろうとする。


「コヨミ、走るよ!」


「うん!」


 触手で落とし穴から脱出し、再び走り出す。どうしよう。このままではジリ貧だ。トラップだってこれ一つではないだろうし、あと何度、あとどれくらいの時間、不死鳥の追撃を凌げるのだろう。後ろを振り返る。幸いにも不死鳥のスピードにもはあまり速くない。魔法少女になって強化された身体能力でなら引き離せないにしても追いつかれずにいる。体力も全然切れる気配がない。トラップだけに気をつければ逃げ続けることは難しくない。問題はそのトラップに気をつけなければならないことだけど。


「……!?」


 風切り音。わたしが気づくよりも先にディモが気づいて、触手で飛来してきた矢を打ち落とす。


「ありがとう、助かった」


「礼には及ばないよ」


 止めかけた足を再び動かす。少し距離を詰められてしまったが、まだ追いつかれるほどではない。けど、落とし穴のような大きな足止めだけではなくこういった小さな足止めでも積み重なれば追いつかれてしまう。注意しなければ。そう思った矢先、踏みしめた地面に違和感。――落ちる。


「コヨミ!」


 ディモが触手を伸ばす。もう一本を木に繋ぎ、落ちるわたしを引っ張り上げる。何とか地上に戻ったところで、ディモの触手が音を立てて引きちぎれる。


「最初に攻撃を受けたときに消耗してしまっていたみたいだ。しばらく触手は使えない」


「そんな!」


 いよいよ罠に引っかかるわけにいかなくなる。ディモのおかげでやり過ごせていたのが不死鳥に追いつかれることになる。もう余裕はない。絶対に罠にかからないようにしないと。


「――あ」


 二度の落とし穴。だから足元にばかり注意していた。頭上から降って来たネット。斬って外すのは簡単だけども魔法を1回使ってしまう。そうしたとしても止まってしまった足。もう不死鳥は目前まで迫ってきている。2回の使用は免れない。


「このままじゃ……! どうしよう! どうすればいいの!?」


「落ち着くんだ。近くから戦闘音がする」


「誰かが戦ってるの? 誰が?」


 ネットを斬り裂き、続けて向かってくる不死鳥を斬り裂きながら尋ねる。


「さあ、でも状況を変えるにはそこに行くしかない」


「うん、案内して!」


 ディモの先導に従って走り出す。音の方に向かって走り出してから少しするとわたしにも戦闘音が聞こえるようになった。


「こっちだよ」


 少し森が切り開かれた場所。離れた場所からでもそれの姿は目視できた。巨大な亀。山のように大きく、その甲羅は鋼鉄のようだ。


「ちぃ、硬すぎへんか。うちじゃ突破できへん」


「みなとさん!」


 そこでその亀と戦っていたのはみなとさんだった。その固い甲羅を、みなとさんは素手で殴りつける。しかしあまりの硬さに逆にみなとさんの拳から血が噴き出す。それをみなとさんは自身の魔法ですぐさま治し、攻撃を続ける。亀は尻尾のようになっている蛇でみなとさんに絶え間なく攻撃をしている。亀と蛇、玄武というやつだろうか。そう言えば、龍鳳院 やなぎの魔法で呼び出せる生物は4体だったっけ。ならわたしを追っているのは朱雀、と言うことなのだろうか。


「小詠か、あんたもここにおったんやな。せや、ちょうどええ、あんたの魔法ならこの亀、倒せるんとちゃうか?」


 わたしの魔法なら防御力は関係ない。倒せると思うけれど。背後から迫る朱雀に意識を向ける。


「わたしも、追われてるんです!」


「なら、そっちはうちが引き付ける。亀を頼んだで!」


 そう言ってみなとさんはわたしが来た方に駆け出す。それを追う蛇をわたしは刀を振るって斬り落とす。あの朱雀の不死という特性。みなとさんの魔法ではどうにもできないと思うけど、引きつけてくれるだけでもありがたい。それに、亀を倒せば朱雀に対してみなとさんと2対1になる。わたしの魔法に回数制限がある以上、みなとさんと一緒に戦えるのは心強い。朱雀をどうやって足止めするのかは分からないけれど、ひとまず後ろは任せて、目の前の敵に意識を向ける。


 助走をつけて大きくジャンプする。地上から斬りつけても、この大きさでは一撃で斬り裂けない。だから空中から亀の甲羅を真っ二つにしようと飛び上がった。亀はもう再生したらしい蛇を使ってわたしを迎撃する。魔法の無駄遣いはしたくない。それに、みなとさんと合流できたということは多少の怪我なら治してもらえる。蛇による攻撃を空中で体を捩って躱す。躱しきれずに脇腹に攻撃を受けてしまう。僅かに肉が引きはがされた。あまりの痛みに耐えきれなさそうになるが、歯を食いしばって耐える。再びの追撃。今度はそれを見切って、刀の束で殴って弾く。玄武に攻撃が届く距離まであと少し。再度、蛇の追撃。でも、もう間に合わない。刀を構え、身体を回転させる。その勢いのまま、甲羅ごと玄武を斬り裂いた。これで、6回目の魔法。


「やった!」


 斬り裂かれた玄武はそのまま絶叫を上げ、絶命した。光の粒子となって消えていく。不死という特性が龍鳳院 やなぎの魔法の特性でなくてよかった。魔法少女と同等の力を持つ生物を作り出すということは朱雀の魔法は不死であって、玄武の魔法は硬さだったということだろう。そうだ、朱雀は。みなとさんは大丈夫だろうか。急いでみなとさんの後を追う。


「……やったんか?」


 驚くべき光景だった。みなとさんの右手には朱雀のくちばしが突き刺さっている。燃える炎もみなとさんの右腕を燃やしていた。その状態でみなとさんは朱雀を抑え込んでいた。


「みなとさん!? それ……!?」


「ん、ああ、大丈夫や。自分に治癒をかけ続けとる。まあ、痛みは感じんのやけど」


 自分に回復魔法をかけ続けている? それでそんなことができるのだろうか。確かに壊れると同時に治し続ければ右手に突き刺さったくちばし以上傷は開かないのだろうけれど、みなとさんの言っている通り、痛みは感じ続けている。手のひらに穴が開く痛みと右腕が燃やされる痛み、さらには高熱も感じているだろう。そんな苦しみに耐えられるなんて、尋常じゃない。


「まあ、こっちに来たということは終わったんやろな。なら!」


 そう言うとみなとさんはくちばしが突き刺さった右手を上にあげ、朱雀を投げ飛ばした。


「終わったか」


「いえ、そいつ不死身なんです」


 雄たけびをあげ、朱雀が蘇る。それを見たみなとさんもさすがに顔が引き攣る。


「よし、逃げるか」


「はい」

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