第20話 共同戦線

「ところで、せりちゃんのことはいいんですか?」


 ここまで勢いで流されてきたけれど、ずっと思っていた疑問を口にする。


「ああ、それな。別にええ」


「え!?」


 あっさりとそう言って笑う。それでいいの? わたしはせりちゃんを庇う立場だけどせりちゃんは人を殺している。あの惨状をみなとさんも目にしたはずだ。それなのに別にいいだなんて。そんな簡単に流していいものじゃないと思う。


「不服そうやね?」


「そ、そりゃそうですよ! せりちゃんのことで呼び出されたんだと思ってたんですから!」


 一番気にしていたことが徒労に終わった。ホッとする場面なのだろうけれどそれみなとさんが不自然だと感じてしまう。


「せりがしたことは許されないこと。そう思っとるな?」


「え……、それは……」


 せりちゃんを見る。目を逸らすでもなく、強く、見つめ返される。せりちゃんは自分の罪を認めている。間違えたことをしたと、偽りなく思っている。


「せやけど、仕方ないことだった。理由があった」


 そう、せりちゃんには理由があった。母親に虐待されていて、復讐をするためにあんなことをした。事情を知っていれば、その行為は悪だとしても、その全てを非難することはできない。


「だったらええやないか」


 そう言い切ってみなとさんは続ける。


「うちが嫌っとるのは理不尽なことや」


「理不尽なこと……、ですか?」


「ああ、理不尽な不幸、不運、不平等。うちが嫌なんはそういうもんや」


 だったら、せりちゃんはその理不尽を受けた側だ。だから、みなとさんが敵視する対象に入らない。そういうことなのだろう。


「分かりました」


 不満などない。ないはずなのに。みなとさんがせりちゃんを敵視しないのならそれに越したことはない。なのに、何なのだろう、この気持ちは。わたしは、みなとさんにせりちゃんを責めてほしかったのだろうか。いいや、違う。わたしはせりちゃんが救われてよかったと思っている。だから違う。


「せりちゃんとみなとさんが戦うことにならなくてよかったです」


 今は一度、この違和感は飲み込む。


「でも、どうしてせりちゃんに理由があるって分かったんですか?」


「んー、勘?」


 笑ってはぐらかすみなとさん。


「その辺にしましょう。それより、標的の魔法少女の話をしましょう」


 追及しようとするわたしをせりちゃんが諫める。どこか違和感が残っているけれど、これ以上追及しても仕方ない。みなとさんはせりちゃんを敵視しない。だったらそれでいいじゃないか。


「せやな。日陰、あんたも混ざりな」


「嫌」


「せりが気に入らないんか?」


 もしかして鳶崎さんは納得していないのだろうか。


「そっちはどうでもいい」


 そういうわけではないらしい。ということはわたしか。


「協力するんや。あんたのわがままばかり聞いとるわけにはいかへんよ」


 みなとさんは鳶崎さんを嗜める。鳶崎さんは不満そうな態度は崩さないが、仕方ないといった具合で話し合いに加わる。


「じゃあ標的のことやな。小詠には前にも伝えたが龍鳳院 やなぎ、こいつや」


 みなとさんは写真を取り出してわたしたちの前に広げる。腰まで伸びた髪。艶があり、手入れが行き届いていることが分かる。凛としていて、それでいて温かみのある瞳。まるで人形のような印象を受けた。


「魔法は想獣召喚イマジネーション・コール。想像した生物を召喚する」


 鳶崎さんは淡々と説明を続ける。


「最大四体。一体一体が魔法少女一人に匹敵する。だから、日陰だけじゃ無理」


 不服そうに言う。魔法少女相当の敵が四体。確かに一人では勝てない。一体目はどうにかなったとしても二体目は無理だ。自分の魔法に有利な相手を作られては勝ち目がない。それにあと二体もいる。小難しいことをしなくても同時に四体、単純に魔法少女四人分の戦力をぶつけられて勝てる魔法少女はいないのではないだろうか。


「だからあんたらと手を組みたかったんや」


「分かったわ。なら、あなたたちの魔法も教えて頂戴」


 みなとさんと鳶崎さんの魔法の情報。共闘するなら知っておく必要がある。


「……せやな。共闘するなら必要な情報や」


 みなとさんは少し悩んだような素振りを見せた。


「うちの魔法は身体修復フォーム・リペア。触れたり、魔力をぶつけたりした相手の傷を治す。昔っからの傷や生まれつき以外ならだいたい治せる」


 治癒系の魔法。あまり戦闘向きではない。そうなると一つの疑問が浮かぶ。


「じゃあ、みなとさんはどうやって魔物を?」


 尋ねるとみなとさんは自分の右腕を指して言う。


「幸いにも傷はすぐ治るんや。魔法少女になって強化された腕力があれば大抵の魔物は殴り殺せる」


「な、なるほど……」


 力技であった。確かに魔法少女に変身すれば身体能力はかなり強化される。魔法は魔物には過剰だと思っていたし、傷がすぐ回復できるのならそれで十分なのかもしれない。


「次は日陰やな」


「……」


 そっぽを向いてしまう。言いたくないらしい。けれど、教えてもらわなければ困る。これから共闘していくのだからお互いの魔法は把握しておかないと。


「はあ……。日陰の魔法は炎や。変身したら出てくる剣から炎を出して操る」


 呆れたようにみなとさんが代わりに答える。それでいいのだろうかと鳶崎さんに目を向けるがそっぽを向いたまま。自分の魔法を勝手に教えられたことに抗議する様子はないようだ。


「じゃあ……」


 最後はわたし、と自分の魔法を話そうとした瞬間。せりちゃんが割り込んで静止する。


「小詠の魔法はなんでも斬れる剣よ」


「やっぱりか。この前の時から予想はしとうたけどとんでもない魔法やな」


 でも、7回しか使えない。そう言おうとするのをまたしてもせりちゃんが止める。


「何かリスクはないんか?」


「ないわ。そうよね、小詠?」


「え……? あ、うん。ない、です」


 せりちゃんの勢いに押されて言われるがままに流されてしまう。どうして嘘を。そう聞く暇もなくみなとさんは次の話に移る。


「じゃあ小詠と日陰が攻撃の要やな。怪我したらうちが回復して――」


「私が守るのね。いいわ」


「せやね。頼んだで」


 トントンと話が進む。日陰ちゃんも特に異議を唱えることもなく、わたしもせりちゃんが嘘をついた理由に気を取られてしまい特に意見を言うこともなく進んでいく。


「こんなところでいいかしら」


「ああ、頼んだで」


 概要をまとめるとこうだ。みなとさんは龍鳳院 やなぎの居場所に調べがついていた。隣町の神社。そこの一人娘で普段は巫女をやっているらしい。そこに明日の晩、強襲をかける。けれど、無関係な人に被害を出したくはないのでまずはせりちゃんの魔法で一般人を隔離する。その過程で気付かれてしまうだろうけどそれは仕方がない。犠牲を出さないのはわたしもみなとさんたちも同じ目標なのだから。戦闘はせりちゃんが魔法で障害物を作り、わたしと鳶崎さんで攻め込む。傷を負ってしまったらみなとさんが回復する。せりちゃんは余裕があれば攻撃にも参加する。せりちゃんの負担が大きい気もするけど、問題なく引き受けると言ってくれた。心配事はわたしの魔法が7回しか使えないこと。それをみなとさんたちは知らない。話し合っている最中、小声で言わなくていいと耳打ちされたが、本当にいいのだろうか。


「なら、これで失礼するわ」


 行きましょう、とせりちゃんに腕を引かれる。その手が少しだけ強引に感じた。


「待ちや。もう遅いし夕飯食ってきいや」


 引き留められる。できれば早くせりちゃんと二人で話をしたかったところだけど、ここで断るのも不躾だ。


「せりちゃん、どうする?」


「……そうね。せっかくだしいただいていきましょう」


 そう言ったのせりちゃんの表情は険しいように感じた。

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