銀河中心点-アルマゲスト宙域-/三度笠

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第1話

――大宇宙の深遠には神が座すと言う。


 はるか大昔、人が初めて惑星上から飛び立った頃から船乗り達の間で伝わる言葉だ。
























■□■




 ヒムノス歴44792年夏。


 ダン・グレイウッドは二百人余りの同期生達と共にファシール合星国に所属する恒星系国家ラ・ムールの主星衛星軌道上にある軍港に降り立ったところである。

 これから行われる長期練習航海において大過ない成績を修める事が出来れば、この年の年末には合星国宇宙軍の術科学校を卒業できる。


 ダンと同期生達は期待に胸を膨らませていた。


「ゲムリード航海術科学校三五九期生各員は第四五格納庫に集合せよ」


 ダン達の持つ個人携帯情報端末タブレットに通信が入り、最優先命令事項欄に新規の命令が下達された。

 命令書には集合期限となる時刻の他に第四五格納庫の位置も記されている。あまり時間に余裕はない。


 恐らく集合場所では各員が練習航海に当たって乗り組む船が発表されるとともに、眠たくなるような校長からの訓示が行われるのであろう。

 三五九期生達は官給品の詰まった雑嚢を担ぐと、揃いのダークブルーの制服のままぞろぞろと第四五格納庫へ足を運んだ。


「でけぇ……それに誰だ、あいつら……?」

「他の術科学校の奴らじゃないか? 俺達みたいに実習の必要な……たとえば機関科とかさ」


 誰かが小声で会話をしている。

 確かに第四五格納庫はそこらの体育館など比較にならないほど巨大であり、更に彼ら三五九期生のような若い軍属らしい者達が先客として集合を済ませて整列済みであった。

 とにかく、ダン達が格納庫に足を踏み入れて指定された場所に整列して暫くすると、格納庫の奥、壁面の傍にあった一段高い台に数人の軍人達が登った。


――校長も居るな。


 少々遠いので顔まではよく判らないが、ダン達がビア樽と揶揄する大柄な体格で判断するに、壇上にはゲムリード航海術科学校の校長、ザムラル准将の姿も見える。

 他にも同様に将官らしい高級軍人の姿も認められた。

 校長達の訓示が始まると彼らの頭上には訓示者の三次元映像が巨人のように大きく映し出される。

 生徒達に威圧感を与え、卒業前の練習航海前にあたって浮ついた精神を引き締めるには良い演出ともいえる。


 訓示が終わり、練習航海のスケジュールについて説明が行われた。

 ダンを含む訓練生達は総計四〇隻にも及ぶ船に振り分けられ、それぞれ四ヶ月前後の期間に亘って長期練習航海が行われる。

 正規の練習巡航艦一二隻は四校ある合星国宇宙軍士官学校の生徒に割り当てられるので、ダンら術科学校の生徒達は旧式の軍艦や政府の別組織に移籍された元軍艦など、かろうじて超空間航行可能な艦船に便乗することで練習航海を行う。


 訓示が終わるとダン達の持つ個人携帯情報端末タブレットに再び通信が入り、それぞれに対して割り当てられた練習航海用の船の情報が転送されて来た。


――これは……運がいいのか悪いのか……。


 ダンに割り当てられたのは予想していた通り正規の軍艦ではない。

 国土省で惑星開発調査船として就役している「クイジーナ2」という名の船である。

 データによるとクイジーナ2は元々軍の大型輸送艦であり、就役直後から度々機関トラブルを起こしたためかなり早期に退役している。

その後、国土省へ移籍されて大規模な改造を受けた元軍艦であった。

 だが、そんなことはデータを見るまでもなく知っていた。


 クイジーナ2は軍艦でなくなって以降の方が宇宙軍の中で有名になっていた船であった。


 曰く、幸運の船――過去の惑星調査では三度も大きな発見をしていること。

 曰く、糞溜まり――指導役の船員が非常に厳しく、訓練生達の扱いが人間以下の糞のようなレベルであること。

 曰く、訓練生潰し――他の船と比べ、練習航海の終了と同時に自主退校する練習生の割合が異常に高いこと。

 曰く、熟練養成船――練習航海後に自主退職しなかった者は、以降に配属された船では即戦力級に役に立っていること。


 既に両親と祖父母を亡くしているダンとしては、今更他に行き場がある訳ではないので何があっても辞めるつもりなどない。

 むしろ、熟練養成船と異名を取る船で鍛えられ、食らいつきさえすれば他人よりも早く一人前になれそうであるために幸運と言えないこともない。

 早く一人前の軍人となり、同様に軍人であった両親を殺した敵国、ヴェルダイ連邦との前線に出て、両親の仇を取りたいという気持ちも強い。

 だが、やはり歳相応の若者であるためか、糞溜まりとも揶揄される程に厳しそうな指導役が居そうな船は嫌だった。


 タブレットに送られた情報を確認すると、クイジーナ2は二四番桟橋に係留されているらしい。

 また、指定されている乗船時刻まではあと二時間もない。


 ダンは彼と同じくクイジーナ2に乗組を命ぜられた術科学校の同期生達五人と一塊になって二四番桟橋へと急ぐ。




■□■




 二四番桟橋までは歩いて行ける距離ではないので連絡シャトルバスと連絡艇シャトルボートを乗り継ぐ必要がある。


 連絡シャトルバスはすぐに目的地行きのものが来たが、連絡艇シャトルボート乗り場では三〇分近く待つ羽目になった。


「あ、売店がある。今しか買う機会ないだろうし、折角だから買っていこうぜ」


 同期生のミッシュが乗り場の売店で菓子を物色し始めた。

 それを見たダン達も「確かにそうだ」と思い、売店へと群がる。

 売店には他の術科学校の生徒達も居り、それぞれ最後の自由時間を満喫するようであった。


「お? チョコミント味なんての出てたのか……」


 術科学校に入校する前にダンがお気に入りだった菓子の新製品が陳列されている。

 どうやら最後の一袋らしい。

 手を伸ばして袋を掴む。


「あ……」


 ダンのすぐ隣で小さな声が上がった。

 背の低い、ライトブルーの制服に身を包んだ同年代の男が少しはにかんだような顔で同じ袋に伸ばしていた手を引っ込める。


「悪いな。俺が先だった」


 少し申し訳無さそうな表情を浮かべながらも袋を握ったままのダン。

 どうしてもチョコミント味の薄切り揚げ芋ポテト・チップスを食べてみたかったのだ。


「いや、いいさ。気にしないでくれ。ところでその制服、どこの?」


 声を掛けられたためにダンが背の低い男を見ると、手に下げた籠にいろいろな菓子を詰め込んでいる。

 ダン達同様に最後に許された僅かな空き時間で買えるだけ買い込んでおこうという要領の良さが垣間見える。


「ゲムリード航海術科学校だ。君は?」


「ん、バルナス術科学校の機関科だ」


 バルナス術科学校は合星国宇宙軍の中でも歴史のある学校で、機関科の他には経理など事務関係の主計科、補給事務を担当する補給科など、多くの術科を要する規模の大きな術科学校である。

 対してゲムリード航海術科学校は航海科しかない規模の小さな術科学校だった。三六〇年ほど前にバルナス術科学校から分校する形で分かれたのだ。


「ところで、ここに居るってことは君も練習航海だね。俺の船はクイジーナ2なんだが、君の船は?」

「へぇ!? クイジーナ2! 俺と一緒だな。同期実習ってことになるのか。俺の名はバーハッヅ。ゲイン・ファグリア・バーハッヅだ。ゲインでいいよ」


 ダンが船名を口にすると背の低い男は被せるように大声を上げ、勢い良く手を差し出して来た。


「あ、ああ。俺はダン・グレイウッド。ダンでいい。これから四ヶ月、宜しくな」


 差し出されたゲインの手を握り返しながらその勢いに押されがちに答えるダン。


「ちょっと、邪魔なんだけど。どいてくれない?」


 二人が菓子棚の前の細い通路で新たな友情を確かめ合っていると背後から冷たい声が響く。


「あ、申し訳ありません……」


 声を掛けてきたのは黒髪と見紛うばかりの濃い焦げ茶ブルネットの少し長目の髪をした冷たい目つきが印象的な女性だった。

 年の頃は二十歳のダンやゲインより少し年下に見える。

 服装は動きやすそうな平服。軍服を着ていないので軍施設内では珍しい民間人のようだ。

 勿論、軍施設内とは言えど、桟橋に行くターミナルなので民間人自体は居ても不思議ではない。


 二人は身を縮めて女性に通路を譲る。

 女性が通り過ぎる際、買い物カゴの中身が見えた。

 タオルなど日用品類の間に埋もれてチョコレートなどの嗜好品が覗いていた。

 出港する家族への付け届けだろうか。

 適当に棚から菓子を買い物カゴに放ると、女性は整った顔付きによく似合う律動的な歩みで自動精算機の方へ立ち去っていった。


「いい匂いがしたな、ダン。ありゃ軍にはちょっと居ないタイプのいい女だ」


 蕩けたような表情を浮かべてスンスンと鼻を鳴らすゲイン。

 確かにゲインが言う通りに垢抜けた容姿や格好といい、術科学校の同期生達とは異なって懐かしい娑婆の香りのする女性だった。


「ん……まぁ、否定はしないが、俺はちょっと苦手かな」


 苦笑いを浮かべながらダンが答える。

 彼女がダンやゲインを見た目つき。

 それを正面から見てしまったダンに苦手意識を植えつけたのだ。

 あからさまに見下すような感じはしなかったが、軍や軍人に対してあまり良い印象を持っているようではなかった。


――ま、軍の存在それ自体を否定する人ってのはどこにでもいるものさ……。


 あまりにも長く続いているヴェルダイ連邦との星間戦争。

 双方とも泥沼のようにいつまでも続く戦争にはとっくに倦んでおり、少なくともファシール合星国を構成する各星系では厭戦派とでも言うべき停戦、終戦を願う声も多い。

 しかしながら、未だ停戦にすら至っていないのは、両国共にお互い過去に取られた星を奪還するまでは停戦すら許さないという派閥も根強く存在する為である。

 彼らにしてみれば奪われたのは父祖の地であり、いかなる犠牲を払ってでも奪い返さねばならないと主張するのは当然のことであった。


 ダンはと言えば、単に両親や船乗りだった祖父の仇であるというだけで軍に志願する理由としては充分だった。


 本当は航法などではなく、直接的に戦闘に携わる機動戦闘艇のパイロットや砲手、はたまた降下猟兵を希望していたのだ。

 しかし、ハイスクール卒業前に受験した士官学校は不合格。

 なんとか引っ掛かった下士官養成の合星国宇宙軍兵学校で一年間の基礎教育を受け、そこそこ優秀な成績で修了。

 その後の兵科適正検査でゲムリード航海術科学校への入校が決まった。

 なお、希望していた機動戦闘艇のパイロットへの門は、あまりにも狭すぎて弾かれていた。

 また、砲手や降下猟兵にするには学科の成績が良すぎたようだ。


「じゃあ、俺は行くわ」


 ゲインが同期の生徒に呼ばれたようだ。


「ああ。じゃあ、後でな」


 ダンも返事をして再び菓子棚に向き合う。

 四ヶ月もの練習航海の間、買い物をすることは出来ないだろう。

 今のうちに買えるだけ買っておかねばならない。




■□■




 クイジーナ2は船齢二〇〇年に満たないそこそこに新しい船である。


 船型は全長約四㎞、全幅約一㎞、全高約五〇〇mにも及ぶ。

 大きさだけなら戦艦や機動戦闘艇母艦よりも大きな船だ。

 勿論元は単なる大型輸送船なので装甲類は一切施されてはいないが。


 合星国宇宙軍では同型艦も多数が現役で使用され続けている。

 宇宙軍在籍時代に頻発していた機関故障については国土省へ払い下げられて以降、不思議な事にぱたりと起きなくなっており、それが宇宙軍では忌々しく思われている。

 宇宙軍時代には輸送艦四〇九六号という味も素っ気もない艦名だったが、国土省に惑星開発調査船の母体として払い下げられた際に今の船名に変更された。


 初代のクイジーナ号は五〇〇〇年程前に老朽化のために廃船になっていたが、惑星の可住化など、開発において幾つもの功績があった船である。

 国土省の業務において栄光あるクイジーナの名を引き継いだのは単なる偶然だが、クイジーナ2の功績も決して引けをとってはいない。

 転籍以降、現在まで長短含めて一〇〇〇回近い航海に出ているが、将来可住化可能な惑星を三つも発見している。しかもそのうちの二つはここ十年以内に立て続けである。この引きの良さは、正に幸運の船の名に恥じない実績であると言えるだろう。


 今回、そんなクイジーナ2に乗り組んだ生徒はダンを始めとする航海科で五人。ゲインの所属する機関科で一五人、保安課から四人の合計二四人である。

 この他に実習監督官として各科で一人ずつ、三人の教官も乗り組む。

 クイジーナ2は宇宙軍に所属する正規の軍艦ではないため、他の科員については宇宙軍所属の正規の軍艦が優先されているのだ。


 勿論装備だけは軍艦であった頃と同じものも残されているので、その気になれば他の科員を乗せることも可能ではある。

 しかし、例えば火器などは強力なものはエネルギーの無駄なので流石に取り外されている。

 残されている最強の武装も大型のデブリ破砕用に小口径のエクサイマー・レーザー砲が僅かに四門のみ。その他、小型デブリ蒸散用にこちらも小口径の中間赤外線レーザー砲も数門を残されているが、こちらは民間の貨客船でも持っている程度の装備だ。

 大出力の光学兵器や電磁加速砲、自律誘導弾などはそもそも巡航艦以上の大型艦か、艦隊型駆逐艦にしか装備されていないため、仮にクイジーナ2が現役の軍艦であってもそういった武装について扱う機会などは存在しなかった。


 従って砲雷科の教育の場としては不十分な装備しか持たず、補給や輸送任務を行う訳でもないのでそういった科の人員についても練習航海については正規の軍艦が優先されている。

 が、長期に渡る単独航海を行うために操舵や航法、機関の運用や保守点検、艦内規律の維持などについては充分に実習可能であると判断されていた。


 但し、軍艦とは異なり、特徴的な装備としてたねと呼ばれる特殊な装置を八個、船の下面に装備している。

 この為にクイジーナ2は大改装をして船倉の大部分をたねの格納庫としている。


 たねは惑星の調査や可住化の改造に使う為のもので、新しい惑星の調査や開発とは切っても切っれないほど重要なものだ。

 先の尖った円柱形をしており、太さは最大部で四〇〇m程、全長は一㎞弱もあるので一見するとずんぐりとした巨大な杭のような形をしている。


 勿論、意味もなくこんな形状をしているのではない。

 使用する際は対象となる惑星の地表に対して文字通り打ち込むのである。

 未使用時はこれが一列四本ずつで二列、船底に半格納状態で爆弾のようにへばりついているため、装置の使用前は同型艦と見た目はあまり変わらない。


 しかし、使用時にはこれらがヘアブラシのように杭の先端を下にしてために、その際のみは異形とも言える船型になる。

 過去の惑星開発調査船はこのたねをせいぜい二本程度しか装備することは出来なかった。


 このように、大型輸送艦を改造することで同時に八本の装備を実現した為に、惑星の改造を行う際にも船団を組む必要がない。

 単独での運用が可能であるのが大きな売りである。


 そんなクイジーナ2の船員食堂に練習航海を控えた生徒や教官が集合していた。


「この船は軍の所有物ではない。だが、元は軍艦だからな。乗組員は基本的に退役将兵が中心だ。全員、諸先輩方に失礼の無いように」


 退屈な教官の説教が始まる。


 この後は船長を始めとしてクイジーナ2の主要な乗組員の紹介と挨拶があり、指定された船員室に荷物を放り込み、各員が持ち場である実習場所の案内を受ければ今日の予定は終了である。

 出港予定は明日の朝であり、それまではまだ一六時間程の猶予がある。

 それまでの間に船内通路で自分の関係のありそうな場所を歩きまわり、頭に叩き込んでおく必要もある。


 とは言え、航海科に所属するダンは最低限、実習場所になるであろう船橋と旧戦闘指揮所、シャワー室、トイレ、この食堂、そして自分の塒の場所さえ覚えれば当面の間は困らないであろう。

 機関科のゲインの方も巨大なエンジンルームの把握には多少手間取るだろうが、さしあたってはダンとそう変わりはない。

 対して保安科の生徒には気の毒な一六時間になりそうであった。

 彼らは船内全ての通路や構造を頭に入れねばならないのである。


「やぁ、待たせたかね?」


 ピシリとアイロンの利いたシャツの上に上着の前のボタンまでしっかりと留め、隙のない船長服に身を包んだ紳士然とした熟年の男性が入室してきた。

 しかし、一緒に入ってきた数人は薄汚れて洗濯すら碌にしていなさそうな制服をだらしなく着崩している者が殆どだ。


 一斉に起立して敬礼する教官達に習って、ダンやゲインら生徒達も敬礼を行って出迎えた。


「私がこのクイジーナ2の船長、バーグウェルだ。諸君らは下士官として将来の合星国宇宙軍の屋台骨を支える貴重な人材だ。前途洋々たる諸君らの最終教育を担う場を提供することは我々の喜びである。

 これから四ヶ月、諸君らにとっては初めての外宇宙を舞台とした長期航海となる。普段の訓練の総仕上げに当たる大事な、そして最後の実習の場となる。心して学んで欲しい」


 そう言うとバーグウェル船長は一緒に連れてきた船員たちの紹介を始めた。

 ダンに直接関係するのは航海長であるマシュー・ラングーンという四十代の男だった。

 マシューは背の低い、歳相応に少し腹が出ているのはいいとして、ぎょろりと睨む大きな目が印象的な中年男である。

 紹介が終わると船長は一人の船員から袋を受け取り、それを教官の一人に手渡した。

 中身は教官や生徒達のIDカードらしい。


「さて、最後に同乗者を紹介しておく。今回の航海目的は過去に発見済みである可住惑星に打ち込み済みのたねからのデータ収集と、先頃に新しく発見された可住惑星であるルーグ2-4へのたねの打ち込みだ。たねの打ち込みについては滅多に無い機会でもあるので、国立ウィングール大学の造星科から数名が学術調査隊として同行する」


 船長が手に持っているタブレットをタップすると食堂の出入り口が開き、数人の男女が食堂に入ってきた。

 ダン達は敬礼をして迎える。

 ダン達の前に横一列に並んでいた船員たちも少し奥に移動して彼らのスペースを作る。


 まず、柔らかい雰囲気を纏った細面で中肉中背の男性。

 頭髪には白い物が混じり始めているようだが、五十歳にはなっていないであろう。船長からは学術調査隊の代表者、ファクナー教授であると紹介された。


 以降はファクナー教授が調査隊の面々を紹介し始めたのだが、ここでダンは見知った顔がいることに気がついた。


――あの女の子……売店にいた子だ……。


 彼女を目にした男性の生徒達の間から僅かなざわめきに似た波動が起こった。

 相当に整った顔立ちであったのが原因だろう。


――確かに美人だね。さっきの印象がなけりゃ俺も同じ気持ちだったろうな……。


 男性の生徒から発される憧れの視線に貫かれながら、女性は凛として列の端に立っていた。

 教授は一人ひとり紹介している。

 しかし、ダンは他の生徒とは違った視線で彼女を見つめていた。


――……なんか、普通だな。売店での目つきは俺の見間違いか?


 無表情に見える中にほんの僅か、愛想笑とも取れる薄い笑みを浮かべており、一見しただけだとさっきの冷たい目つきが嘘のように感じられる。


――向こうは俺のことなんか覚えちゃいないって感じだな。


「……と、最後か。エリスナー君」


 一番最後に紹介されると、女性は一歩進み出て「カミラ・エリスナーです」とだけ言ってすぐに列に戻った。

 他の人はもう一言二言、何か言っていた。

 尤も「航海中、なにかとお世話になることもあるかと思いますがよろしくお願いします」とか「新発見された可住惑星を是非見てみたい」とか当たり障りのない言葉ではあるが。

 それに対して名乗るだけに加えて素っ気ない言い方が気の強い性格を思わせる。

 教授が言うには今回の調査隊では最年少のメンバーであり、研究室の大学院生であるとのことだった。

 飛び級制度で進学した、稀に見る程の優秀な学生だという。


――はぁーっ。俺と同い年か少し下にしか見えないぞ? それでもうウィングール大を卒業してるってのかよ……。大したもんだ。


 ダンとしては素直に感心するしかない。


 何しろウィングール大学と言えば合星国国民であればその名を知らぬ者を探す方が難しい、合星国を代表する最高学府である。

 卒業者は政府機関や民間企業などの中枢メンバーとなる者が多く、過去にも数え切れないほど大統領を輩出している。


 また、在籍の教授陣には高名な研究者も多く、大学で行われている研究分野は非常に多岐にわたっており、その道の第一人者は大抵がこの大学の教授や助教授であった。

 勿論、なまなかな学力では入学試験を突破する事すら難しい。

 毎年入学シーズンには「今年はうちの星系から三人もウィングール大に入学した」とか言われるほどの難関中の難関大学だ。


 その研究チームが実習を兼ねた調査目的で同行するという。

 クイジーナ2は元々が大型輸送艦なので多少人数が増えたところで船内には十分にスペースが余っている。

 九割以上の武装が減らされた分、定員もかなり減っている事に加えて、船倉も大部分がたねの格納庫へと改装されているため、補給科や輸送科の人員も必要なくなっているからだ。


「さて、最後になるがここには船に慣れていない方々もいるので予め言っておく。我がクイジーナ2の船内では船長である私の言葉は絶対だ。勿論、意見を聞くこともあるし、要望も聞く。その内容によっては希望に沿うよう、可能な限りの努力をする事は約束する。しかし、何事に於いても最終的な決断は私が下すし、その決断に異を唱えることも許さない。……宜しいですな? ファクナー先生」


 軍人であると同時に船乗りであるダン達にとっては至極当たり前の事だ。

 しかし、学者先生が我侭を言う前に釘を刺しておいた、というところであろうか。


「勿論です。私達はあくまで惑星改造の現場を見学し、研究データを収集するのみの便乗者であることは理解しております。お仕事の邪魔をするつもりは毛頭ありませんよ」


 ファクナー教授は全く動じた様子もなく柔らかい口調で応じた。

 船ではいかなる場合、どんな理由があろうとも船長の命令が絶対に優先されるのは理解しているようだ。


「ご理解が得られて何よりです。さて、それでは私は失礼させてもらう。出港は明日のマルキューマルマルだ。おっと、九時だ」


――軍隊風の言い方が自然に出たという事は、船長は元々軍人だったのか?


 そう思ったダンだったが、すぐに「そうでなければ俺達みたいなのを任せる訳がないよな」と思い当る。そもそもつい先程教官に「乗組員は基本的に退役将兵が中心だ」と言われたばかりである事でもあった。


「では諸君、明日の朝までに船内の自分に関係の有りそうな場所、その位置関係や転送機に頼らない移動方法について学んでおいてくれたまえ」


 転送機とは超空間航行の技術の元になった移動設備である。

 尤も、せいぜいが数百㎏の物を㎞単位の近距離でしか転送することしか出来ない上に、転送元と転送先の座標も設備の位置に固定されてしまう。

 双方向での転送も可能だが、同時使用も出来ないなど不便な部分も多い。

 だが、便利な移動手段として大きな建物の内部やこのように宇宙船内などで活用されることも多い。

 流石に個人で所有するには設備に必要な体積や動作に必要なエネルギー量から無理筋ではある。

 勿論、セキュリティ上の問題から船内でも決まった場所にしかその設備はない。


「船内図は船内ネットワークにアクセスして一番上の階層にある。また、移動可能圏内についてだが機関室と船橋、旧戦闘指揮所への立ち入りのみ禁ずる。それ以外の場所は特に制限を設けていない。日付変更時に必要な者に対してのみこれらの制限を外す。以上、解散」


 船長達は食堂を出て行き、ダン達と学術調査隊の一行が取り残された。


「夕食はこの食堂で一八〇〇ヒトハチマルマルの予定だ。現在時は一四三六ヒトヨンサンロク。あと三時間以上あるからそれまでは各科毎に別れて船内を行動する」


 航海科のロッシ教官が言うとダン達は素早く三つのグループに別れる。


「よし。貴様ら航海科は当然ながら船橋と旧戦闘指揮所への立ち入りも許可される筈だ。特に船橋についてはメインの実習場所になるからな。まずは貴様らの塒に行って荷物を置いたら船橋に行くぞ。全員船内図を開け」


 タブレットを使って船内ネットワークにアクセスすると船内図はすぐにわかった。

 船内図を呼び出し、すぐに現在地ボタンをタップする。


 周囲ではゲインの機関科や保安科、それに学術調査隊の一行もそれぞれ固まって船内図に目を通しているようだ。


 暫くタブレットで船内図を見回し、現在地から各自に割り当てられた船員室への行き方を検索する。

 だいたいの順路について頭に叩き込んだダンは足元に置いてある自分の雑嚢を肩に掛けた。


 ふと顔を上げると件の女性と視線が交錯した。

 ダンが愛想笑いを浮かべようとする間もなく、ツッと視線を外されてしまった。

 僅かに表情が動いたようで、売店での冷たい印象がダンの心に蘇る。


――覚えていたのか……でも、店の通路で油を売っていたくらいでそこまで嫌わなくてもよかろうに。


 意識せずとも愛想笑いは苦笑いに取って代わり、ダンは一つだけ肩を竦めた。

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