第5話

俺は蹴飛ばさんばかりの勢いでドアを開けた。ドアの向こうには、打ちっぱなしのコンクリートで覆われた屋上が見えていた。周囲を金網で囲われただだっ広いだけの場所だった。

俺はスマホのマップを見た。目印の赤い旗は、明らかにこの屋上の中央に立っていた。

 ―― ミッションをクリアしたのか?

 ―― これで終わったのか?

だが、階段の下からは、どうやって校舎に入り込んだのか、ゾンビどもの低い唸り声が重なり合って聞こえてきた。かなりの人数のようだった。 俺はゾンビの唸り声に押されるように、よろめきながら屋上に足を踏み出した。

吹きっさらしの校舎は強い風が吹き付け、校舎の背後には、鬱蒼とした木々に覆われた山の黒い巨大な影が迫っていた。俺はよろよろと屋上の中央に進んだ。

「なぜだ! ミッションはクリアしたぞ! なぜ終わらない!」

俺は空に向かって大声で叫んだ。しかし、返って来たのは、大勢のゾンビが漏らす低い唸り声だった。俺は今出てきたドアを振り返った。そこからは、わらわらとゾンビが溢れ出していた。

スマホからは警告音が鳴り響き続けていた。俺はじりじりと屋上の端に追い詰められて行った。先週、ここから飛び降り自殺をしたという学生のことが頭に浮かんだ。手にはスマホを握りしめていたという、妻の言葉が耳に蘇った。

 ―― その学生は、面接先からの内定通知を待っていたんじゃない。

 ―― その学生もきっと、ゾンビ・ウォークをしていたんだ。

 ―― こうやって追い詰められて、ここから飛び降りたんだ!

疑念はどんどん頭の中に膨らんでいった。そして、俺も学生と同じように、屋上から飛び降りてまっさかさまに校庭に落ちて行くシーンが、脳裏にありありと浮かんだ。

 ―― いやだ、俺は絶対に飛び降りたりなんかしないぞ!

俺は必死で考えた。そして、ついに一つの仮説に突き当たった。

 ―― ゾンビが現れるときには、必ずその前にアラームが鳴る。

 ―― これはアプリがゾンビの出現を教えてくれていたのだろうか。

 ―― ひょっとしたら、むしろ、アプリがゾンビを生み出していたんじゃないだろうか。

そこまで考えた俺は、一つの賭けに出ることにした。どうせこのままじゃ、ここから飛び降りて死ぬだけだ。

全ての元凶は、このスマホのアプリだ。俺はそう結論付けた。俺はスマホの終了ボタンを力いっぱい押して、アプリを終了させようとした。しかし、アプリは終了しなかった。代わりに、地の底から響いてくるような、低い不気味な笑い声が返って来た。

 ―― くそっ、それならこうだ!

俺はスマホの電源ボタンを思いっきり押した。しかし、いくら押し続けても、スマホの電源は落ちなかった。スマホから響く低く瞑い笑い声は、さらにそのボリュームを増す。

回りから大勢のゾンビが足を引きずり、よろけながら迫って来る。

じりじりと後ろに下がり続けていた俺は、いつの間にか屋上の角の金網に背中を押しつけていた。俺は頭を上げて、周囲を見回した。俺の周りには、約2メートルの間隔を置いて、ゾンビどもがひしめきあっていた。すさまじい腐臭が鼻をつく。スマホから響く笑い声、鳴り続ける警告音、そしてゾンビどもの唸り声。俺の耳に耐えきれないほどの音の洪水が押し寄せていた。

俺は完全に追い詰められていた。しかし、俺は希望を失わなかった。まだ、最後の手段がある。

 ―― それならこうだ!!

俺は手に持ったスマホを裏返し、背面のパネルをむしり取った。バッテリが剥き出しになる。

もうゾンビは手を伸ばせば届きそうな距離に迫っていた。俺はそのゾンビどもを睨みつけながら、スマホのバッテリを引きちぎるように、スロットから剥がし取った。

「これでどうだっ!!!」

そのとたんに、俺の耳を覆い尽くしていた大量の音が消え去った。

周りを見回すと、俺一人取り残された屋上には、裏山から降ろしてくる風が、ビュービューと吹き渡って行くだけだった。

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