2.冒険者とは

「今日で入学して一ヶ月です。みなさん、学園には慣れてきましたか?」


 教壇に立つ森人類エルフの女性が、目の前の学生達に問いかける。

 この女性は、ヴァイス達が所属する冒険科一年担任のマリア・フォルス。薄いグリーンのロングヘアに優しい眼差しを向ける碧色の瞳。また、特徴的なのが長く尖った耳だ。森人類は種族的に美男美女が多いと言われているが、マリアも例外ではない。

 その容姿と穏やかな性格から学生からの人気は高く、さらに自身も優秀な……ランクAの冒険者である事から、学園からの信頼も厚い教員なのである。


 先程のマリアの問いに、学生達の中でも活発な者が、元気に返事を返していた。

 教壇に立つマリアの対面には、並べられた椅子と机に冒険科の一年が座っていた。聖王国クロスギアは常人類ヒューマンの王が治める国であるため、国民も常人類が多く、そのため学生達も半分以上は常人類だった。それ以外には獣人類ワービースト、森人類が多く、地人類ドワーフも数人居る。


「みなさんにはまず、今日から冒険者見習いのFランクが与えられる事になりますが……まず冒険者について改めて話をしておきましょう」


 教壇に立つマリアが、一度学生達を見渡し、皆が自分に視線を向けている事を確認してから言葉を続ける。


「冒険者というのは、一言で言うと何でも屋ですね。各地にある冒険者ギルドから様々な依頼を受け、それを達成する事で報酬を得ています。依頼は沢山の種類がありますよ。魔物退治から商隊の護衛任務、遺跡の調査なんてモノもありますね」


 そこで一度区切り、マリアは教室内を見回す。学生達は、マリアの話を熱心に聞いているようだ。

 それを確認しながら、マリアは話を続けた。


「冒険者はこれらの依頼から好きな物……自分のランクに合う物に限られますが……それを選び仕事をしていく事になります」


 そこで、マリアは一本指を立て、皆に強調するように言葉を続けた。


「ここで大事なのは、基本的にどの仕事をするかは冒険者の自由という事です。ひたすら魔物と戦う者や、護衛の仕事を続けて世界を渡り歩く者、一攫千金を夢見て迷宮を探索する者、様々な冒険者がいます。みなさんも、色々な目的があって冒険者を目指している事でしょう。ぜひこの学園で知識と技術を身に付け、皆さんの目指す冒険者になれるよう、頑張ってください」


 そう笑顔で締めくくるマリア先生に、何人かの学生が元気に返事を返していた。皆がその目を輝かせており、本当に、冒険者というモノに憧れているのがよく分かった。


「はい、それでは冒険者については、まずはこれくらいにして、話を戻しましょう」


 そう言うと、マリアは金属質のカードの束を取り出し教壇に並べだした。


「まず、みなさんは見習いのFランクとなります。これは冒険者の身分証明証である、ギルドカードです。魔力を通せば情報が浮かぶようになっています。これからみなさんに配りますが、大事な物なので無くさないようにしてください」


 そういって、その金属のカードを学生に配布する。みなキラキラとした目で、受け取った自分のカードに魔力を流し見つめている。

 ヴァイス達も、自分のギルドカードを感慨深い目で見ていた。なぜか自分ではなく、魔力を貯蓄する魔言列マギグラムが彫られた指輪で魔力を通すヴァイスに周りの学生が冷ややかな目を向けるが、今は気にならなかった。


「これで学園支店のギルドから、依頼を受けれるようになります。Fランクなので街中の雑用ぐらいしかありませんが、大事な仕事なので馬鹿にしないでください。依頼を一定数こなし、実力が認められれば、在学中でもランクは上がります。他の仕事も請けれるようになりますよ」


 依頼を受けれると言う話に、一部の学生がワッと湧いた。しかし、雑用の言葉に、貴族の子だろうか、別の身なりの良い学生達が不満顔を見せていた。それらを何処か微笑ましそうに見つめながら、マリアは続ける。


「さらに、学園の迷宮にも入れるようになります。一年だけでは一層までしか入れませんが、魔物も生息していますので、戦闘訓練に活用してください」


 迷宮の言葉に、戦闘に自身がのあるのだろう学生達が、不敵に笑みを浮かべている。


「また、依頼に成功すれば当然報酬を受け取れます。それで道具や装備を整えるのもいいと思います」


 学園内だというのに、冒険科の敷地内には、武具や冒険用の道具を扱う店まで存在する。もはやここは、大きな冒険者ギルドと言っても問題無いような場所だった。


「授業のある時間以外は基本的に自由時間ですので、各々の判断で活動してくださいね」


 その話を聞いて、学生のざわつきが大きくなる。見習いとはいえ、ほとんど冒険者と同じ環境だ。興奮するなというのが無理だろう。

 しかし、そんな学生達を見たマリアが、パンッと手を鳴らした。大きな音ではなかったが、なぜか学生たちはその音に引き付けられ、一斉にマリアの方へと意識を向ける。


「では最後に、一番大事な話をします」


 そう言ってマリアは、先ほどまでの穏やかな表情を消し、真面目を通り越し冷徹ともいえるような表情を見せた。今迄の、優しい教師としてではなく。それは、高ランクの冒険者としての顔だった。


 途端に発せられた威圧感に学生達が息を呑むのを確認して、マリアが話を続ける。


「冒険者には常に危険が付きまといます。自分の力量を見極め、無茶はしないよう心掛けて下さい。学園内なら怪我をしても、治癒術を使える先生がいますので、すぐに治療が出来るのですが……、学園外や迷宮ではそうも行きません。ほんの些細な事から命を落とす事など、冒険者なら珍しくないという事を、肝に銘じておいてください」


 マリアの言葉に、学生達の浮かれた気分は急速に薄れていった。緊張から喉を鳴らす者もいる。


 魔物との戦いは命懸けだ。それを生業とする冒険者は常に死と隣り合わせであり、儚くも命を落とす冒険者は少なくないのだ。

 学園に入学したばかりの学生達は、一部例外を除いて其の現実を分かっていない。過去の英雄達の輝かしい活躍にばかり見惚れてしまい、その裏にある、それ以上の悲劇を見ていない者がほとんどなのだ。


 そして、そんな彼らに現実を教えるのも、マリアの大切な仕事なのだった。

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