第43話 夏の訪れ

中間テストを受け終わり、テストが返却される頃にはすっかり梅雨もあけ、ジージーとセミの声がそこかしこから聞こえてくる季節となった。

全ての結果が返されたので、報告会とお疲れ様会をかねて茉莉花達4人は夏休み直前の放課後に自習室に集まった。


「王崎君、本当にありがとう!教えてもらったおかげで赤点ひとつもなかったよ!」


ほら、と百瀬が解答用紙を扇形にして机の上に置く。軒並み60点台の試験結果を見て、王崎が返事をする前に速水がからかいの言葉をすばやく挟んだ。


「なんだ、平均点ばっかじゃねーか」

「もう、私王崎君にお礼言ってたのに!そういうけーちゃんはどうなの?」


さぞかしいい点数だったんでしょうね、とジト目で見つめる百瀬に少し頬を赤くして目線を逸らしながら速水もバサリと解答用紙を置いた。


「英語80点、数Ⅰ96点、数Ⅱ98点、現代文70点、古文78点、日本史94点、世界史90点、生物92点、化学90点…。何これ、なんでこんなに点数いいの!」


半ば悲鳴のような百瀬に、速水はふふんと得意気な顔をする。

同じく彼の試験結果を見て王崎も感心のため息をついた。


「すごいな、放課後の勉強会を見ると、かなり基礎的な内容から始めてたのに良い結果だったんだね」

「授業の内容が少し抜けていたから基礎的な内容から始めたのだけれど、速水君吸収はやくて」

「いや、茉莉花ちゃんの教え方も上手かったんだろう。俺も教わりたかったな」


残念、と笑う王崎の点数は茉莉花と同じくどの教科もほぼ満点だ。

茉莉花に教わるまでもない。


「王崎君も茉莉花ちゃんも、私達に教えて自分の時間をあまりとれなかったはずなのに、すごいなぁ。それにけーちゃんだって…」


自分の点数を見て肩を落とす百瀬に、速水がぎくりと表情を強張らせる。

かける言葉を探しているうちに、王崎が百瀬を励ました。


「俺は百瀬さんに教えることによって復習できたから、テストだっていつもより万全の状態で臨めたよ。それに、百瀬さんだってこの一週間すごく頑張ってたじゃないか」

「でも平均点しかとれなかったもん…」

「テストの点数より、その努力の方が大切だよ」

「それに、今回間違えたところは、復習して次に活かせばいいんじゃないかしら。テストは自分の理解度を測るものにすぎないのだから」

「王崎君、茉莉花ちゃん…」


うるうると涙を溜める百瀬に、茉莉花は箱を渡した。

茉莉花に促され箱を開けると、そこには星が散りばめられた長方形のケーキがあった。

涙ぐんでいた百瀬はパッと光が弾けるように表情を明るくし、歓声をあげた。


「うわぁ、お星様のケーキだ!かわいい!!」

「マスカットのアップサイドダウンケーキよ。マスカットの透明なゼリー部分の上の星はスターフルーツなの。勉強会お疲れ様ってことで4人で食べようと思って作ってきたから、どうぞ。七夕はすぎちゃったけど」


持ってきたスプーンを百瀬、王崎、そして落ち込んでいる速水に手渡す。


「スターフルーツって果物を星型に切ったの?」

「スターフルーツはもともカットをすると自然と星型になるフルーツなの。スムージーとかサラダにも使えるフルーツよ」

「ほんのり甘くて、さっぱりしておいしいな。ありがとう茉莉花ちゃん」

「…いいえ、私のほうこそ美味しいって言ってくれてありがとう」


王崎に最後にお菓子を渡したのは、百瀬が家庭科部に入る前だ。

久しぶりの反応に、なんだか胸の辺りにぽっと灯りがともるような気持ちになった。緩んだ頬を見られないように王崎から1人静かな速水に顔を向ける。

先ほどまで、またしても大人気ない対応をして、更にフォローの機会を失ってしょげていた速水は、「うまい」と呟きながらばくばくとケーキを食べて元気を取り戻しているようだった。食欲旺盛な彼に和やかな視線を送りながら、茉莉花もようやく自分の作ったケーキを口にした。


アップサイドダウンケーキは型の底にフルーツを敷いて、上からケーキ生地を流し込むだけの簡単なレシピだ。しかし、ひっくり返して型から外すことで、底に敷いていたフルーツがケーキの表側となり、お手軽な割りに見た目が華やかなケーキとなる。

今回だと、スターフルーツを型の底に敷き、水に溶かしたゼラチンを流し込み、しっかり冷やすだけで完成だ。

「ケーキ」ではあるがゼリー部分が本体にあたるため、オーブンさえ使わず非常にらくちんなスイーツだ。

なお、水にゼラチンを溶かす際に、マスカットとレモン汁を混ぜる一手間が茉莉花流だ。スターフルーツだけでは味が単調になってしまうため、という意図もあるがそれだけではない。ただのゼリーでは透明になり、そこに浮かぶスターフルーツが寂しくなるため、マスカットの淡い自然なグリーン色でケーキ全体の色を華やかにしようとしたのだ。

この一手間のおかげで、ゼリーが固まった後にひっくり返してみれば、マスカットの淡い透き通った薄緑色のゼリーを背に、星の形のスターフルーツが一面に広がっており、華やかさと清涼感のあるケーキができたのだった。


保冷剤のおかげでひんやり冷たいケーキを、茉莉花はつるんと飲んだ。

これからの季節はさっぱりした口当たりのいいスイーツが一番だな、と考えていると、百瀬がそういえば、と何かを思い出したかのように話しを切り出した。


「夏祭りも楽しみだけど、王崎君や皆は臨海学校どうするの?」

「ああ、8月の終わりにある1泊2日の行事だね。任意だけれど、俺と茉莉花ちゃんは学級委員長だし参加するつもりだよ」


ね、と王崎に微笑まれ茉莉花は頷いた。


任意というのは、当然学級委員長である茉莉花達にも当てはまる。

参加はあくまで任意であるが、参加する際は学級委員の役目を果たしてくれるとたすかる、と数日前に担任の萩原から二人は説明を受けていた。

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