第7話 二人

 真は、自分が寝室に使っている部屋に籠っていた。


 きいろが消滅した悲しみにくれている中、北斗は一言いうなり、自分の部屋に行ってしまい、しばらく泣いた後、部屋へ行き、布団の上に体育座りをしたまま、じっとしているのである。

 

 部屋には、きいろの荷物は無く布団もしまわれていて、存在が消滅したという事実を嫌でも突き付けられるので、正直居るのは辛かったが、ダイニングキッチンには五人の思い出が多過ぎるので、あそこに居るよりはまだマシだったのだ。

 

 "僕は君を守らない"

 北斗の言い残した言葉は、きいろの消滅と同じくらい、真の心に深く突き刺さり、大きなしこりとなって残っていた。あのような言葉を口に出したということは、自分が守られる価値の無い人間だと宣言されると同時に、自身の存在を完全に否定されたようにも思えたからだ。

 

 「わたしなんか、守られる価値なんて無いよね」

 自虐的な言葉を吐くと、さらに心が重くなって、自然と頭が下がり、膝に乗せている腕の上におでこを置いた。

 あれから、北斗も部屋から出ていないのか、廊下からは音一つ聞こえてこなかった。

 もしかしたら、泣いているのかもしれないと思いもしたが、部屋から出て確かめようという勇気は無かった。

 

 薄暗い部屋の中でじっとしていると、自分のことも、親友のことも、世界のこともだんだんどうでも良く思えてきて、このまま闇に乗れてしまえば、全てが楽になるのではという絶望的な考えに陥り始めた。

 そうしている中、下の部屋に放りこまれたきいろは、ずっとこんな気持ちを抱えていたのかと思えてくると同時に、その気持ちが痛いほどよくわかり、なにもしないまま部屋に籠り続け、昼が過ぎ、夕方になり、夜を迎えた。

 

 思い出したように顔を上げた真は、窓の外から光が指しているのを見て、今何時なのだろうと、時計を探したが、電気を付けていない真っ暗な部屋の中では、どこにあるのかわからず、仕方なく窓の側へ行ってカーテンを少し開けて、外に目を向けた。

 そこには真夏の星空が広がっていた。

 窓越しからでもわかるほどの星の煌めきに、気付かない内に見惚れていた。今日一日暗い部屋の中に閉じ篭っていたので、天からの光を美しく感じるのもひとしおだった。

 

 「星・・・・・・」

 一言呟いた後、自分の右手の平を見た。

 手の平の表面には、選ばれし者の証である星の紋章が、星明かりに照らされ、はっきりと見えた。

 「初めは、五人だったのに、今は二人しか居ないんだよね・・・・・・・・・」

 居なくなった三人のことを思い出すと、また泣きそうになってきて、五人の絆を再確認するように、紋章に左手を重ねた。

 

 「二人・・・・・そうか、二人なんだ」

 紋章を持っている者が、自分と北斗であることを再認識したことで、自暴自棄に向っていた真の心境に変化が生じた。

 「一人じゃ、ダメなんだ。二人じゃないと」

 言い終わると、部屋から出て、バスルームへ行き、今日一日の汚れをしっかりと洗い落し、着替えを済ませた後、北斗の部屋の前に立ち、こみ上げて来る緊張を和らげようと、ゆっくりと深呼吸をして、ドアをノックした。

 

 一回目は反応は無く、二回目も反応せず、三回目の時には、これで反応しなければ、諦めようと思っていたが、願いが通じたのか、扉が開いて、北斗が顔を除かせた。

 「どうしたんだ?」

 その声には元気が無く、顔にも生気が感じられず、いつもの精悍さはどこにも見られなかった。

 

 「北斗君、一緒に寝よう」

 心に描く決心を口にした。

 「は、はあ~?!」

 普段の北斗からは、想像もできないほど、ひっくり返った変なトーンによる驚きの声を上げた。

 

 「だから、一緒に寝ようって言っているの」

 二回目になると、さすがに羞恥心も込み上げてきて、頬を赤く染め、視線を逸らしながら言った。

 「いくらなんでも年頃の男女が一緒に寝るのはまずいだろ。そもそも、どんな有効性があるんだ?」

 変に理知的な言葉が混じる辺りに、完璧な動揺が見て取れた。

 

 「大丈夫だよ。布団は部屋から持ってくるから」

 「そんなこと当たり前に決まっているだろ」

 「わたし、思ったの。一人じゃダメだって、この紋章を持っているのはわたし達だけなんだもの、一緒に居た方がいいよ。きいろちゃんだって、わたし達がもっと寄り添っていれば、あんな気持ちにならなかったかもしれないし・・・・・・・・・・・だから、お願い」

 必死に自分の思いを口にしていった。


 「わかったよ。その前に部屋を片付けて、シャワー浴びてくる」

 「え?」

 「そ、そういう意味じゃない。今日一日、ここに居たから、変な臭いがしたら困るだろうと思っただけだし、この中けっこう汚いから女の子を入れる為に、綺麗にするんだよ」

 「そ、そうか、そうだよね。うん」

 北斗が、部屋の片付けを済ませ、シャワーを浴び終えた後、布団を持ってきて、部屋に敷いた。


 「北斗君の部屋って、こんな感じなんだね」

 部屋は、十畳ほどで、エアコン、ベッド、机に大きな本棚には、ぶ厚い本がギッシリ詰まっている一方、漫画本にゲームといった高校生が好む娯楽要素は、ほとんど無いなど、博学を自称する北斗のイメージ通りの内装だった。

 

 「無駄なものは一切置いていないからな」

 「もっと、いっぱい本があるのかと思っていたけど、そうでもないんだ」

 「大事な本は、押入れにしまってある。あの二人に下手にいじくられでもしたら、大変だからな」

 「そうだったんだ。ごめん、変なことを聞いて」

 「いいよ」

 「ゴミ箱いっぱいだね」

 真は、視線の先にあるゴミ箱を見ながら言った。中は大量の紙で溢れ返っていた。


 「変なところに目を向けないでくれよ」

 「つい、目に入っちゃって」

 「・・・・・・・・・もう寝よう」

 「うん」

 北斗が、リモコンで部屋の電気を消すと、真っ暗になるかと思われたが、窓から差し込む月明かりによる独特の明るさに包まれた。


 「不思議な感じだね」

 「夏はいつもこうしているんだ。この光加減がけっこう好きでね」

 「なんか、意外」

 「そうか、僕としては光の美しさに魅了される感性くらい持っているつもりなんだけど」

 自然に話していている中、ふと、布団を並べていることによる顔の近さを、今更ながらに認識した二人は、どちらというわけでもなく、顔を背け合った。北斗が、真と同じ条件で寝ると言って、布団を敷いて隣に寝た結果である。

 

 「ねえ、わたし達って、こうして二人だけで、お話することってあんまりなかったよね」

 「そうだったか? ここ数日は話していただろ」

 「帰ってきてからはそうだけど、十年前はほとんど無かったよ。北斗君、いつもみなみ君と武君の後ろに居たから」

 「そういう君だって、いつもきいろの後ろに居ただろ」

 「そっか、わたし達、後ろ者同士だったんだね」

 「そうだな」

 「それと、わたしのこと、一回も名前で呼んでくれたことない」

 「そんなはず無い」

 「そんなはずだよ。いつも君だし」

 「別にいいだろ」

 「良くない。そうだ。この機会に呼んでよ」

 真は、顔の向きを変えて頼んだ。

 

 「いやだ」

 背中を向けたままの返事だった。

 「いいでしょ。お願い」

 「やだ」

 北斗は、頑な態度を崩さなかった。

 「もう、いくじなし~」

 真は、おもいっきり嫌味を吐くように言ってやった。


 「真」

 小さな声が聞こえた。

 「何?」

 「真」

 まだ、後ろを向いていた。

 「後ろを向いたままじゃ、よく聞こえないよ」

 「真」

 振り返りながら、大きめの声で名前を呼ばれた。

 「満足か?」

 やや恨みがましい視線を向けながらの言葉だった。

 「うん、よろしい。じゃあ、寝るね」

 とっても満足した後、布団で顔を覆い隠して、目を瞑った。心臓は物凄くドキドキしていたが、一人で居る時よりもずっと安心でき、知らない間に寝ることができた。


 「あれ? 北斗君」

 翌朝、目を覚ましてみると、隣の布団はしっかりと畳まれていて、北斗の姿はどこにもなかった。

 布団を自分の部屋に戻して、二階の洗面所に行って、顔を洗い、着替えをして、ダイニングキッチンに行くと、先に起きていた北斗が、いつものようにコーヒーを飲んでいた。

 

 「おはよう」

 いざ顔を合わせると、昨日自分がしたことを思い出して、ちょっと頬が赤くなった。

 「おはよう」

 北斗は、顔を赤らめてこそいなかったものの、視線をやや逸らし気味に挨拶を返した。

 「朝ご飯、食べる?」

 「お願いするよ」

 「すぐに作るね」

 支度に取り掛かり、十数分後には、食卓に朝食が並んだ。

 「いただきます」

 お互いに、食事をする前の挨拶をして、食べ始めた。

 

 「昨夜は、真があんな行動に出るとは思わなかったよ」

 「あ、あれはその~二人の絆を深めようというか、確かめようというか、ものの弾みというか・・・」

 気が動転している真は、自分でもいったい何を言っているのか、さっぱりわからなくなっていた。

 

 「まったく、部屋を訪ねてくるなり何を言うのかと思えば、一緒に寝ようだなんて、心臓が飛び出すかと思ったよ」

 「わたしも驚いたよ。北斗君のあんな表情見たことないから」

 「いったい僕をなんだと思っているんだ? これでも十七歳の思春期真っ只中の高校生だぞ」

 「それを言ったら、わたしだって十七歳の女の子だよ」

 「その女の子の方から、寝ようって言ってきたんじゃないか。女の子を部屋に入れたのは、真が初めてだよ」

 「そうだったんだ。そういえば、ここに遊びに来た時は、いつも別の部屋だったね」

 二人は、昨夜の一件を中心に話を弾ませた。


 「真、デートしよう」

 食事終わりに北斗が切り出してきた。

 「ええ~?!」

 唐突の申し出に驚くあまり、真は荒い物を落しそうになってしまった。

 「そう、それそれ、その顔だよ。僕も昨夜はそんな顔をさせられたんだ」

 北斗はいたずらっぽい微笑み全開で、言葉を口にした。

 「わたしをからかったの~? ひっど~い」

 「悪い。悪い。けど、デートの申し込みはほんとだ」

 「わ、わたしでいいの?」

 「昨日、ずっと家に居たから、外に出たいんだよ。出るのなら真と一緒がいいと思ったんだけど、どうかな?」

 「い、いいよ」

 恥ずかしそうに、顔を下に向けながら承諾の返事をした。

 「ありがとう」

 北斗は、心から嬉しそうに言った。

 洗い物を済ませた後、部屋に戻って支度に取り掛かった。

 

 「ど、どうかな?」

 替えのワンピースを見せながら聞いた。

 「凄く似合っているよ」

 「良かった」

 「行こうか」

 「うん」

 家を出て、玄関の鍵をしっかりかけると門へ向った。

 「自転車に乗らないの?」

 「今日は歩こう。この時間もいつまで続くかわからないし」

 そう言って、浮かべた微笑みには、これまで見たことのない寂しいものだった。

 「わかった」

 

 入道雲が、そこかしこに浮かんでいる青空に昇った太陽は、暑い日差しを存分に降り注ぎ、周囲の木々に止まっているセミ達が、自身の賛歌である鳴き声を響かせているなど、世界は真夏を謳歌していた。

 二人は、その中をできるだけゆっくりと歩きながら、小学校など、初日に五人で来なかった場所を中心に巡っていった。

 互いに、言葉数は少なかったが、居心地は悪くはなかった。

 その一方で、みなみと武の家族には会わないよう互いに気を配った。

 

 「このまま、逃げようか?」

 駅の近くに来たところで、北斗が唐突に口にした言葉だった。

 「逃げられるのかな?」

 「この町を離れれば、もしかしたら逃げられるかもしれない。僕達にかけられた取り決めがこの町に限っていればの話だけど」

 「ねえ、それって・・・・・・・・・」

 その先の言葉を言うのは、なんだか辛く、口に出すことはできなかった。


 「冗談だよ。ここに居ると変な気持ちになりそうだから。他の場所に行こう」

 北斗は、駅に背中を向けるなり、逃げるように歩き出した。

 「うん」

 真は、北斗に急いで追い付いて隣に並んだ。あの寂しそうな背中を見ていると、心配でならなかったからだ。

 昼食は、適当に入った店で済ませた。駅でのことがあってから、北斗はほんとんど話さず、真も何を言っていいのかわからず無言のデートになっていった。

 

 「何をしているの?」

 町の中心にある広場に行くと、大勢の大人がなにやら大掛かりな準備をしているのが見えた。

 「夏祭りだよ」

 北斗が、静かな返事をした。

 「そうか。今くらいだったよね」

 「ほんとなら、五人で見るはずだったんだけどな」

 「そうだったね」

 「けど、良かったのもしれない」

 「なんで?」

 「今夜から明日の夕方まで雨になる確率がかなり高かったんだ。そうなったら、お祭りは中止になるからね」

 「そうだったんだ。今日の天気予報見ていないから知らなかった」

 「いいんじゃないか、所詮確率は確率で、当たるとは限らないよ」

 それから、何度も会話を弾ませようと声をかけたが、元々話しが得意な方ではない真は、きっかけすら掴めず、無言のデートは続き、初めの心地良さもすっかり失せてしまった。

 

 「高台へ行こう」

 足を止めた北斗が、小さな声で切り出した。

 「けど、あそこは・・・・・・・・」

 五人との思い出が多い場所だけに、正直行きたくは無かった。

 「嫌か?」

 「行きたくは無いかな」

 正直な気持ちを伝えた。

 「そうか、なら、僕一人で行く。君は家に帰るなり、好きにしていい。ほら、鍵」

 ポケットから、鍵を取り出して、目の前に差し出した。

 言われるまま、鍵を受け取ろうとして、手を止めた。ここで北斗を一人にしたら、取り返しの付かないことになるだろうと思えたからである。

 「やっぱり、わたしも行くよ」

 行きたくない気持ちを押し殺して承諾した。

 

 徒歩での山道は楽ではなく、午後の日差しと相まって、二人にかなりの暑さを与えたが、無言で歩き続けた。

 目的の場所に着くと、誰も居なかった。星空が綺麗に見えるというだけなので、こんな暑い日に来る物好きは居ないからである。

 景色は、みなみが居なくなった後に四人で来た時と何一つ変っておらず、タイムカプセルを掘り起こした穴も缶も、そのままだった。


 「結局、手紙になんて書いてあったのか、三人のわからなくなっちゃったね。自分のも読み返していないからわからないけど」

 真は、缶を拾いながら言った。

 「僕は最低だ」

 背中を向けている北斗が、一人言のように呟いた。

 「今、なんて言ったの?」

 急な不安に襲われた真は、北斗の正面に回って声をかけようとした瞬間、手の紋章が輝き、二人は奇攻機の格納庫に来ていた。

 

 先ほどの言葉が気になった真は、隣に立っている北斗を見ると、グリーンジャックを見上げたまま小さく震えていた。

 「北斗君、どうたしの、大丈夫?」

 「僕は・・・・・嫌だ。もう戦いたくない!」

 北斗は叫ぶなり、後ろを向いて走り出し、セロの脇を通って、格納庫から出て行ってしまった。


 「早く追った方がいい。前にも言ったと思うが、わたしから離れ過ぎると、別次元に迷い込んでしまうぞ」

 セロの言葉を受けた真は、走って格納庫から出ると、鉄製の階段を駆け上がり、駅の構内を抜けてホームに出た。


 その時点で、肩で息をしなければならないほどに呼吸は乱れていたが、北斗を追うべく、左右を見回していくと、一本しかない線路の左側を走っているのが見えた。


 すぐに線路に降りて追いかけるも、体力や体格の違いから距離はどんどん離され、走っている背中は小さくなっていった。

 「北斗君、待って~!」

 その呼び掛けに応えるわけもなく、このまま追い付けないのではと思った瞬間、目の前の風景は一変して、何色もの絵具をかき混ぜている途中のような不快なものになった。


 「これがセロの言っていた別次元なの? 北斗君もここに居るのかな」

 周囲を見回すと北斗はすぐに見つかり、両手両膝を付いたような姿勢だった。地面らしきものがないので、そのように表現するしかなかったのだ。


 刺激しないようにゆっくりと歩いて近付き、勇気を振り絞って声をかけた。

 「北斗君、いったいどうしたの、何があったの?」

 「僕がさっきなんて言ったのか覚えているかい?」

 振り向いた北斗は、昨夜部屋を訪れた時と同じように、生気の無い顔をしていた。

 

 「わからない。よく聞こえなかったから」

 「僕は最低だって言ったのさ」

 「なんで、そんなこと言うの?」

 「みんなを死なせてしまったから」

 「それって、どういう意味?」

 「意味? 意味なんてわかるだろ。戦場で偉そうに指示を出してきたのに、戦いの度に仲間を死なせてきてしまった。計算外れもいいところだ。何が博識だ。仲間を守れない知識なんて、なんの意味も無いじゃないか」

 話していく内に、声は震え始めていた。

 「そうして、二人だけになってしまった。今度死ぬのは僕のか君なのかはわからないけど、もしまた計算を間違えて君を死なせてしまったらと思うと、不安でいたたまれなくなって、あんなことを言ってしまったんだよ・・・・・・・・」

 君を守らないという言葉の意味をここにきて初めて理解した。


 「それから部屋に籠って、色々な計算に明け暮れたけど、なに一つうまくいかなくて、ほんとにどうしていいのかわからなくなって、気が狂いそうになる時さえあったんだ」

 「ゴミ箱に入っていた紙は、戦いの為の計算をしていたものだったんだね」

ゴミ箱の意味も理解した。

 

 「そうだよ。そうしてほんとにおかしくなりそうだったところへ真が来てくれて、あんなことを言ってくれたのが凄く嬉しくて、物凄く救われた気になって、僕なりの勇気を振り絞ってデートにまで誘ったのに、町を歩いている内に真まで失ってしまったらと思うと、また不安が大きくなってきて、あんな酷い態度を取ってしまったんだ」

 北斗は、言い終わると、また両手両肘を付くなり、表情を崩し、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 その姿を見て、真は、北斗が辛い気持ちを抱えてきたことを改めて感じた。


 「最低だ! 最低だ! 最低だ!」

 言いながら、下に向かって拳を振り始めた。

 「やめて、そんなことをしても意味が無いよ。昨日、自分でもきいろちゃんに言っていたじゃない」

 「それでも僕は自分が許せないんだ!」

そうしている内に、拳から血が滲み始めた」

 「そんなことないよ!」

 拳の動きを止めようと、北斗の両腕を掴んだものの、腕力に耐え切れず、自身の腕を下に撃ち付けるこになった。

 

 「真?」

 その行動に驚いた北斗は顔を上げ、ようやく腕の動きを止めたのだった。

 「わたしだって、最低だよ」

 北斗にしっかりと目線を合わせながら言った。

 

 「え?」

 「わたしだって、最低だって言ったの」

 「どこが最低なんだよ。なにもしていないじゃないか」

 「それだよ。わたしもミラクル☆5の一員なのに、なにもできなくて、誰も守れなくて、みんなをあんな目に合わせちゃった~」

 声を出していく内に、真も両目に涙を浮かべて、泣き始めた。

 「お互いに泣いてばかりだな」

 北斗は、泣きながら微笑んだ。

 「いいんだよ。わたし達最低同士なんだから、泣いたって全然問題無いよ」

 真も同じような表情を浮かべていた。

 それから二人しておもいっきり泣いた。端から見た人間が居たら、なにがあったのかと思うだろうが、生憎ここには異次元、誰も居ないのだ。

 

 泣き終った二人は背中合わせに座っていた。顔を合わせるのは気恥しく、だからといって互いの存在を感じられないのは嫌だという気持から取った行動だった。

 「これから、どうなるのかな?」

 初めに言葉を発したのは、真だった。


 「セロの言葉を信じるのなら、後二回で終るんだ。その戦いに勝ち残ればいいんだよ」

 「後二回か、なんだか五人が揃って過ごす日数に合わせているみたいに感じる」

 「セロが僕達の為に仕組んでいるっていうのか?」

 「それはわからないけど、なんというか都合が良過ぎというか」

 改めて考えてみると、腑に落ちない点が多い気がした。

 「その点についてはあまり考えたことは無かった。現実的に考えれば、おかしな話ばかりだけどな」

 「巨大ロボットに乗って戦っている時点で相当おかしいよ」

 「それもそうだな。きっと、僕等の思考領域を遥かに超えたものなんだろ」

 「北斗君でも諦めることがあるんだ」

 「諦めたわけじゃない。今は、考えが及んでいないだけだ。いずれ、解明してみせるさ」

 北斗が、いつものきりっとした顔を向けながら言った。

 

 「やっと、いつもの顔を見せてくれたね」

 真は、心からの笑顔を見せた。

 「真は凄いな。こんな状況で、笑顔を引き出せるなんて」

 北斗は、ほとほと感心したように言った。

 「そんな大したことじゃないよ。わたしは自分にできることをしているだけだよ」

 「そういう風に思えることが一番大事なのかもしれないな」

 「うん、二人で一緒に夏祭りを見に行こうよ」

 「そうだな。五人でできなかったことを、僕等でやろう。それと真、もう一度言わせてもらう」

 「なに?」

 「僕は君を守らない」

 「それって」

 不用意な言葉に、思わず体を強張らせた。

 

 「だから、君が僕を守るんだ」

 「どういうこと?」

 「これからの戦いでは、僕が前面に出て戦うことになるだろうから、君を守っている余裕は無い。だから、君が僕を守るんだ」

 「うん、わかった。北斗君を守ってみるよ。だから、計算もしっかりしてね」

 「最高の結果を出して見せるさ」

 これまでに無いくらいに自信に満ち溢れた表情を見せた。

 「任せた」

 「任せろ」

 二人は、手を取り合いながら、声を出した。

 

 「そうは言っても、ここじゃなにもできないよね。どこに居るのかもわからないし」

 「僕達のロボットの名前を呼んでみるっていうのはどうだろ?」

 北斗らしからぬ提案だった。

 「どういうこと?」

 ストレートに疑問をぶつける。


 「ほら、ロボットアニメとかだと、主人公が名前を呼ぶとロボットが来たりするじゃないか」

 「みなみ君の家で見たロボットアニメの中で、そんなのがあった気がするけど、あんまり覚えていないな」

 「とにかくやってみよう。なにもしないよりはマシだ」

 「そうだね。それじゃあ、一緒に呼ぼう」

 「グリーンジャック!」

 「ブルロボ~!」

 各々のロボットの名前を叫んだ。


 少しの間の後、前方に小さな光が見えたかと思うと、急速に近付いてきて、それは二人の愛機グリーンジャックとブルロボであり、二体の間にはセロも居た。

 「ほんとに来た~」

 「やってみるものだな」

 自分達の前に降り立った愛機を見て、二人は安堵の表情を浮かべた。


 「セロが見つけてくれたの?」

 「見つけたのは奇攻機の力だ。君等の声に反応して動いたので同行させてもらったんだ。奇攻機と君等の繋がりは思っている以上に深いからね。それで戦うことはできるのかな?」

 セロの問に対して、二人は無言で頷くと、紋章を翳して機体に乗り、それを見届けたセロが右手を振ると、二機は幻想宇宙の中に居た。


 「敵はあそこだね」

 二機の前方には、奇攻機と十数倍の身長差がある二体の巨人ダークマーダラーが幻想宇宙を破壊し、虚無の幅を広げていたが、二機の存在に気付くと向きを変え、向かって右側の二本角は両手に青龍刀に似た剣を、左側の一本角は弓矢を持っているのがわかった。

 二本角は、先行するように迫ってきて、二機よりも巨大な剣を勢いよく振り回し、 二機がバーニアを駆使して攻撃をかわす中、一本角は弓矢を構え、弦を引く姿勢を取ると、真っ赤な光で構築された弦と弓矢が現れ、手を離すと、二機に向かって、レーザーのように勢いよく飛ばしてみせた。

 

 「まったく、うまい具合に近距離と遠距離攻撃に別れているわけか」

 北斗は、弓矢をかわしながら皮肉交じりに苦笑した。

 「どうするの? 別れて戦った方がいいんじゃない?」

 「いいや、それこそが敵の狙いだろ。ここは一緒に戦おう」

 「それで、どっちから倒すの?」

 「遠距離攻撃をしている奴にしよう。真はバリアを張りながら、奴に向かってくれ。剣を持っている奴は、僕が背後に回って、攻撃しながら近付けさせないようにするから」

 「わかった」

 真は、機体に飛行ポーズを取らせ、前方に広範囲のバリアを張って一本角へ向かい、その後方に付いて背中合わせになったグリーンジャックが直衛に回った。


 向かってくる二機を見た一本角が、弓矢を放つと矢は五本に別れて、飛んできたが、バリアによって無効化された。

 その後に放った矢は、十本に別れたが、それもブルロボがさらに広範囲に広げたバリアによって、全て防がれた。そうしている間二本角は、二機に攻撃しようとするも、グリーンジャックの火器攻撃によって、近づくことはできなかった。

 一本角は、それでも攻撃方法を変えず、弓矢を放った。矢は先ほどと同じく十本に別れ、二機に向かうかと思われたが、バリアを避けて背後に流れていった。

 

 「どういうこと? 別の方向に飛んで行ったけど」

 「わからない。けど、無意味なこととは思えないから油断するな」

 北斗が言い終えるなり、矢は百八十度向きを変えて、バリアの及んでいない二機の背後に迫ってきた。


 「最初の蠍みたいに矢の方向を変えたの?」

 「くっそ~! これが狙いだったのか」

 真は、ブルロボにバリアを展開させたまま、向きを変えて、後方からの攻撃を防いだ。

 しかし、その隙を狙っていたかのように、一本角は、正面に十本に別れる弓矢を放った。

 「この状態じゃ全部防げない!」

 「任せろ!」

 向かってくる弓矢に対して、エースレッドの機能である両目ビームとグリーンジャック自身の火器による同時攻撃で、消そうとしたが、実弾系の武器ではレーザーを消すことはできず、半分以上を残す結果となしってしまった。

 「後はわたしがやる!」

 後方の弓矢を防ぎつつ、右手のバリアを一旦消し、左手のバリアはそのままに、右手を正面に向けてバリアを張り直すことで、残った正面の弓矢を無効かした。


 「すまない」

 「ううん、北斗君が数を減らしてくれたからだよ。なに、あれ?」

 安心したのも束の間、前方に巨大な剣が迫ってきて、機体を上昇させて回避したかと思った次の瞬間には、頭上から別の刃が振り下ろされてきて、ブルロボは前方に、グリーンジャックが後方にと、二手に別れることで、どうにか回避することができた。

 「今の敵の剣みたいだったけど」

 「剣を持っている奴はどこだ?」

 周囲を見回すと、二本角は二機の後方に一定の距離を置いた状態で立っていて、本体が動かない中、腕だけが激しく動いていて、どういうわけか肘から下が、切り取られたかのように見えなくなっているのだった。

 二人が、不思議に思っている中、どこから現れたのかわからない二本の刃が迫ってきて、回避している最中に弓矢まで迫ってきて、当たる直前でバリアを展開することで、直撃は免れたものの、二機は後方に吹っ飛ばされた。

 「あれって、どういうことなの? 体はあるのに剣だけが出てくるなんて」

 「腕を異次元かなにかに通して、こっちに出しているんだ。まったくデタラメな奴等だ」

 その後も、敵は同じ攻撃を繰り返して、二機を攻め続けた。


 「どうしよう。このままじゃ、攻撃を避けるので精一杯だよ」

 「別れて戦おう」

 「それって、まずいんじゃないの?」

 「この場合は、それでいいんだ。真はバリアを張って弓矢の攻撃を防いでくれればいい」

 「北斗君は、どうするの?」

 「あのうざい二本角をやっつけてくる」

 余裕の微笑みを浮かべるなり、グリーンジャックをブルロボから離していくと、一本の刃が、真っ二つしようとするように、縦軸に降り下ろされてきた。


 「北斗君!」

 「そこだ!」

 北斗は、剣を握っている手の位置を視認すると、グリーンジャックを素早く手に向かわせて、機体の両手両足をその巨大な手に絡ませ、その後引かれる手と一緒に異次元を通って、敵の至近距離に出ることに成功したのだった。

 「チェックメイト!」

 敵の眼前に行くなり、手持ちの二丁ライフルを撃って、顔を破壊し、動けなくなったところで、全身の武装ハッチを開いて、内蔵されている武器とビームを一斉発射して、体の半分以上を破壊したのだった。

 自身の仲間が、半壊するのを目の当たりにした一本角は、動揺するように攻撃の手を止めた。


 「そこ!」

 真は、その隙を見逃さず、ブルロボに太いビームを撃たせたが、それに気付いた一本角に回避され、撃破こそできなかったものの、弓矢と左半身を吹き飛ばすことに成功したのだった。


 大打撃を受けた一本角は、その場から急速に離れ、二本角の残骸の近くに行って、手に取るなり、体に押し付けるようにして吸収すると、損傷した箇所から二本角の上半身が生え、自身も左右の手に剣を持つ奇妙な姿になった。

 「別の形になった」

 「油断するな。どんな攻撃をしてくるのか、わからないぞ」

 敵は、各々の口を開けると、中から巨大な光弾を発射して、その弾が二機の上下の位置に達すると、分裂して無数の矢となって降り注いだ。

 真は、ブルロボに両手を広げさせると、球体状のバリアを形作って、攻撃を防いだ。


 それを見た敵が、剣を持っている腕を異次元に通すと、刃はバリアの内部から出てきて、二機を攻撃し、グリーンジャックは片方のバーニアを、ブルロボは左足を失った。

 「どうして、バリアの中まで攻撃できるの?」

 「バリアは次元を遮断しているわけじゃないから届くにちがいない。とにかく、ここから一旦離れるぞ。ここに居ては奴らのペースに飲まれてしまう」

 「わかった。わたしのロボットに捕まって、二体一緒ならスピードも出せるから」

 「すまない」

 グリーンジャックが、ブルロボの肩に手を置いたことを確認した二人は、各機のバーニアを全開にして、その場から離脱した。


 敵が、二機を見逃すはずも無く、後を追い、ビームと剣による同時攻撃で、損傷を重ねさせ、じわじわと追い詰めていった。

 「このままじゃ、なぶり殺しだな」

 「でも、あの攻撃を続けられたら、どうしようもないよ」

 「そうだ。ホワイトクイーンの機能は引き継いでいないのか?」

 「飛ばせるパーツは、使えるけど、この状態じゃうまく飛ばせるか自身無いよ」 「今は、そんなことを言っている場合じゃない。それぞれの顔面に飛ばして、レーザー攻撃だけでも、どうにかしてくれ」

 「やってみる!」

 ホワイトクイーンの羽パーツを出現させて、敵に向かって飛ばしていったが、攻撃を回避しながらなので、うまく飛ばすことができず、届く前に多数破壊され、顔に到達した時には、三基ほどしか残っていなかった。


 「目を狙うんだ」

 北斗の指示通りに、両目を狙って攻撃すると、レーザー攻撃が一時的に止んだ。

 「いいぞ」

 そう言いながら、グリーンジャックをブルロボから離していった。

 「どうするつもり?」

 自殺行為とも取れる行動を目にして、思わず叫んだ。

 「こうするのさ」

 真正面に突き出された刃を前にしても、グリーンジャックを微動だにさせなかった。


 「北斗君!」

 「今だ!」

 刃が届く寸前で、グリーンジャックを左右に分離させることで攻撃をかわし、その後すぐに合わさることで、機体そのもので刃を挟み、敵がまだ二体だった時と同じく、刃が引かれる要領で異次元を通って、敵の眼前に現れるなり、元に戻って肉薄したのだった。

 

 「さっきと同じ手に引っかかるなんて、学習能力が無いんじゃないのか?」

 そうして、ビームとライフルとミサイルを一斉発射して顔の一つを破壊すると、上昇しながら、足底の隠しナイフで体を切り刻んで、その傷口に攻撃するというえぐいことをした。

 「真、剣を投げる準備をしておけ。僕が離れると同時に剣を投げて、突き刺さったところで、ビームを撃ってエネルギーをぶち込むんだ!」

 「わかった」

 右手に剣を出し、エネルギーを充填しながら、北斗が離れるのを待つことにした。


 「これだけ近づけば、お前も攻撃できないだろ。ぐは~!」

 攻撃を続行する中、背後に大きな衝撃が走ったので、見てみると敵は持っている剣でもって、グリーンジャックごと自分自身を刺したのだった。

 「おいおい、こんなの有りかよ。自分刺すとか計算外過ぎだろ・・・・・・・」

 「北斗君、早く逃げて!」

 「駄目だ。縦じゃなくて、横向きに刺していやがる。これじゃあ、分離できない。真、このまま攻撃して敵の注意を逸らすから、僕ごとこいつを倒せ。剣にビームのエネルギーを込めれば、エースレッドと同じビームソードを出せるはずだ」

 言い終わると、機体の動かせる部分を動かして攻撃し、敵の表面に無数の爆発を発生させた。


 「そんな・・・・・できないよ。できるわけがないじゃない!」

 真は、操縦桿から手を離して、頭を左右に振った。

 「早くしてくれ。そんなに長くは持たないんだ。うあ!」

 話している間に、二本目の剣がグリーンジャックに突き刺さった。

 「ほんとに早くしくれよ。痛くて堪らないんだ・・・・・・・・・」

 北斗の腹から下には剣しかなく、一本目は上半身と下半身を二本目は右腕を分断させていたのだった。


 「うう~・・・・」

 真は、操縦桿を握り直すと、充填したエネルギーを剣に込め、発光状態になったところで、ブルロボに両手で持たせ高く掲げさせると、刃から身長を超えるほどの青い光の刃が構築された。

 「真、好きだ・・・・・・・・大好きだ」

 「北斗く~ん!」

 名前を叫びながら、操縦桿を動かすと、パイロットの意思を受け取ったブルロボは剣を振り下ろして、北斗とグリーンジャックごと敵を一刀両断した。

 真っ二つにされた敵は、切り口から凄まじい発光を生じた後、大爆発してグリーンジャックごと跡形無く消え去った。


 爆発が収まった数秒後に光に包まれて、格納庫に戻ると、自分とブルロボとセロしか居なかった。

 「次で最終決戦だ」

 セロは、それだけ言うと右手を振って、真を三次元へ戻した。


 高台に戻ってきたのは、真一人だけだった。立ち尽くしたまま動かないでいると、空に暗雲広がっていって、大粒の雨による土砂降りとなった。

 「雨だ。北斗君の計算通りになったよ。だけど、こんなことだけ当てないでよ。わたし、一人になっちゃったよ~!」

 真は、地面に伏して大泣きし、雨に負けないほどの大粒の涙を地面に落とした。

 世界はそれに追い打ちをかけるように、真の背中を雨で打ちのめし続けた。

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