第8話 世界線と時間軸
「世界線というのは無限の可能性よ。進化の過程によって外惑星やこの時間軸でいうところの冥府や神界にまで辿り着いているものもある。独自の魔法体系を持つ世界や滅亡に瀕しているものまで。世界の主たる住人がこの時間軸でいう人間ばかりとも限らないの。私はこことは別の世界線の住人」
「異次元ってやつか?」
「まぁ、あなたにとって分かりやすい言葉で解釈したらいいわ。時間軸というのは、同じ世界線上の別の可能性ね。ある人物がある選択をした場合、あるいはしなかった場合、それだけで時間軸は分裂するわ。複数人の間で絡み合って、それこそ無数に分裂するわ。可能性は無限大なの。あなた、この世界線の人間ならクロノス時間とカイロス時間は分かってるわね」
分かってるわねって、断定されても知らない。クロノスが時間の神だというのを聞いたことがあるくらいだ。
どうやら知らないと見るや、エクソシストは盛大に溜息をついた。
「この世界の教育はどうなってるのかしら。世界線の異なる私ですら初等教育で習うっていうのに。それともあなた、やっぱり劣等生なの?」
神話体系なんて余程興味のある人間しか知らないよ……。
「で、その何とか時間って、何なんだ?」
「クロノス時間は一方向に全員平等に流れる時間のことよ。時計の針と思いなさい。これは不可逆的で逆行することはできない。カイロス時間っていうのは個人の中での時間。可逆的である地点に戻ることもある。死神が利用するのはカイロス時間よ」
時間について考えたことなんてなかった。ただ、昼はまだかとか、授業が早く終わらないかとか、見たい番組が始まるだとか、その程度のものだ。
「カイロス時間では過去も未来もないわ。停止することさえある。それに囚われることもね。死神はこのカイロス時間を以って時間の逆行や移動を行うことができるのよ。契約者と一心同体化することでその個人のカイロス時間に介入することができるの」
「一心同体化……ということは、死神が死んだら契約した『僕』はどうなるんだ?」
「滅せられるわ」
事も無げに言う。
「それってつまり、未来なら未来の僕の死は確定するっていうこと?」
「時間軸が違うもの。この時間軸のあなたには影響しないわ。契約者の時間軸でのあなたの存在は契約した時点で空洞になっているけれどね」
空洞。
「あなたに成り替わる以外に後戻りは効かないってことよ」
僕は『僕』が少し気の毒な気がした。帰る家がないようなものだ。初日……かどうかは不明だが、僕の家に現れたのも帰る家を欲していたのかもしれない。
けれど、そうまでして取り戻したい、あるいは得たいものって何なんだ?
この時間軸の僕は、何ひとつ特別なものを持ってやしないのに、なぜこの時間軸のこの僕が成り代わり先として選ばれたんだ?
謎だらけだった。そして、こうしたことは『僕』とコンタクトすることがないエクソシストに聞いたところで分からないだろう。釈然としない想いを抱える。
エクソシストは、飲みなれない紅茶が口に合わなかったと見えて、最早口をつけようともしなかった。
二人の間で紅茶が冷めていくばかりだった。この紅茶が冷める現象は、熱化学による室温との熱量の均一化と、それから、クロノス時間によるものなのだろう。
僕と紅茶の時間は平等に過ぎ去っていた。
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