第16話
「うぼおおおおおお!」
「ひいいいいいいっ!?」
|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君が雄たけびを上げながら勢いよくフルスイングしてくるので、俺はそれを間一髪で避ける。
俺の上を横切るバットは、そのまま壁に叩きつけられるとズガンッと激しい音を立てる。
……それ、明らかにバットの音じゃねーだろ。
「うぼあああああ!」
「せええええい!」
その後も、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君はがむしゃらにバットをぶん回し続けるが、俺はそれを間一髪で避け続ける。
くくく、これでも俺は避けること、逃げることに関しては新世代に劣らないと自負している。
伊達に、緋衣から毎日逃げ続けてはいない。
「ぐがあああああ!」
俺が何度も避けるのを見て|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君は苛立っているのか、傍にあった柱に何度もバット叩きつける。
……あの柱は確か……。
「やっちゃえ、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君!」
「十傑とか目じゃねーよ、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君!」
俺と|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君の戦闘を見て、俺にとっ捕まった奴らは好き勝手にそう叫ぶ。
「おい、おめーら! こいつ、明らかに新世代だろ! 黒巾党はノーマルの集まりじゃなかったのか!?」
奴は、どう考えてもノーマルの枠には収まらない。
新世代だと言われた方が、よっぽどしっくりと来る。
「ぶ、ぶおおおおおおおん!」
すると、俺の叫びが聞こえた|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君は、突然大声で泣き始める。
「な、なんだ?」
「馬鹿野郎! 彼は、とっても繊細なんだぞ! 高慢ちきな新世代に間違えられて泣いてるんだ!」
「謝れ! |菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君は立派なノーマルなんだぞ!」
「「「あーやまれ! あーやまれ!」」」
突如始まる謝れコールに、俺はただただ困惑するばかりだった。
俺のすぐそばでは、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君がその巨体を縮こまらせながら泣いてるし……。
「ぶぉ……ぉぉぉぉん!」
「えーと……|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君?」
「……ぶお?」
頬を軽く掻きながら話しかけると、体育座りしていた彼は顔を上げてこちらを見てくる。
なんで被っているかは分からないが、ホッケーマスクが異様に怖い。
「あっ……と……その、なんかごめんな? うん、君は新世代じゃなくて立派なノーマルだ」
「ぶ、ぶおん! おぉぉん!」
俺がそう声を掛けると、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君は嬉しそうにコクコクと首を縦に振る。
おぉ、どうやら許してもらえたようだ。見た目の割に心が広いな。
怖いけど。
俺と|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君はお互いに頷くと、ガシッと握手を交わす。
「「「おぉ……」」」
その光景を見て、周りの奴らから感嘆の声が上がる。
新世代(のフリ)とノーマルが和解した瞬間である。
ミシッ
「ん?」
俺と|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君が熱い握手をしていると、なにやら不穏な音が聞こえてくる。
何の音だ?
俺が首を傾げている間も、それは断続的に聞こえてくる。
そして、パラリと何か粉のようなものが降ってきたかと思うと柱が勢いよく倒れてきた。
……|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君の頭の上に。
「うんばっは!?」
|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君は、奇妙な叫び声を上げたかと思うとそのままパタリと倒れ込んでしまう。
(し、死んでないよな……?)
俺は、恐る恐る様子を確認すると、わずかだが呼吸をしていた。
しかし、気絶はしているようで起き上がる様子は無かった。
どうやら、意図せず|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君を倒したらしい。
柱の根元を確認すると、そこには強酸でもかけたのか溶けている跡があった。
言うまでもなく、俺が絡繰先輩から借りているサポートアイテムである。
本当なら、攪乱用に柱を倒すだけの予定だったのだが、意図せず攻撃用になってしまったらしい。
まぁ、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君が派手にぶっ叩いてたしいつ倒れてもおかしくなかったが。
こうして、和解したはずの新世代とノーマルの和解は一瞬にして崩れ去ったのだった。
「ひでぇ……」
「ん?」
俺が倒れた柱について考察していると、ぽつりと呟く声が聞こえてくる。
「油断した|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君の頭に柱をぶつけるとか……」
「悪魔だ……」
捕まっている黒巾党の奴らは、なんだかドン引きした表情でこちらを見ている。
……どうやら、これを俺の仕業だと思っているらしい。
いやまぁ、柱を脆くしたのは確かに俺なんだが、これは意図してなかったというか不幸の事故というか……。
まぁ、そこら辺を弁解したところで柱が倒れたのは事実だし、誤解を解くのは難しいだろう。
ならば、このままあえて誤解させておこう。
新世代と敵対しない方がいいと思わせておけば、今後襲うような馬鹿な真似はしないはずだ。
まぁ、より一層復讐心を燃え上がらせるという危険もあるが、そればっかりはこいつら次第なのでどうしようもない。
「さてと……残りはあいつだけか」
あとは黒巾党のリーダーである槻木だけだ。
こいつらを消しかけてから姿が見えないが、一体どこにいったのか……。
まあ、とりあえずこの工場内を捜してみるか。
俺はそう考えると、工場内で槻木を捜し始めるのだった。
●
「はぁ……はぁ……っ」
俺は、物陰に隠れながら息を整える。
「馬鹿な……なんで、あいつには指輪が効かないんだ……!」
俺は、自分の指にはめている指輪をジロリと睨む。
あの男の話では、新世代ならば例外なくギフトが封印されていると言っていた。
しかし……しかしだ。実際はどうだ?
十傑の序列一位である犬落瀬にはまるで効いている様子が無い。
この間会った時は結局ハッタリだったから、てっきり効いているものだと思っていたのだが……。
騙された事への復讐に犬落瀬の幼馴染である紙生里を襲って誘き出したはいいが、これは完全に計算外だ。
しかも、奴はあろうことかうちの一番の戦力である|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君を油断させ、どういうギフトを使ったかは知らんが故意に柱を倒して気絶させやがった。
いくら、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君が頑丈とは言え油断しているところへのあの一撃は堪ったものじゃない。
彼は、以前その見た目から新世代と勘違いされ度々ノーマルからいじめを受けていた。
そこを俺がたまたま助け、恩を感じた彼は黒巾党に入ったという訳だ。
今まで、彼には何度も助けられ、彼が居なければいくらギフトが封じられるとはいえ新世代狩りもここまで上手くはいかなかった。
そんな彼もやられ残るは俺一人……。
「槻木―! どこだー!」
「ひっ……」
犬落瀬の声が聞こえ、俺の心臓は跳ね上がる。
今の俺にとって、奴の声は地獄からの誘いの声にしか聞こえない。
「神様仏様……頼みます、俺を助けてください……!」
朝、ちゃんと早起きします歯も磨きます親孝行もしますから……!
ギフトが使える新世代と戦った所で、ノーマルが勝てる確率はほぼゼロ。
俺達が今までやってこれたのは、この不思議な指輪のお蔭だ。
しかし、それが効かないとなれば俺には敗北の道しか残されていない。
俺が出来るのは、犬落瀬が俺を捜すのを諦めて帰ってくれることだが……。
「……?」
俺は目をつぶって必死に祈っていたが、ふと足音や声が聞こえない事に気づく。
もしや、諦めたのか?
そう思いそっと俺は目を開ける。
「……見つけた」
目の前には、悪魔のように微笑む犬落瀬の姿があった。
「ぎゃああああああああああ!?」
そして、その光景を最後に俺は意識を手放すのだった。
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