第5話

「はっはっは……」


 大通りでは、酔っ払いや客引きの声が聞こえる中、そこから少し外れた裏路地で一人の男が息を荒くしながら逃げていた。

 帰る途中で何者かに襲われ、逃げている最中だったのだ。


「おいおい、逃げんなって。新世代さんよぉ! お得意のギフトで戦ったらどうだぁ?」


 男を追っている集団の内の一人が下卑た笑みを浮かべながら、追いかけている相手を挑発する。


(くそ、それが出来るなら最初からそうしてるっつーの!)


 男は、逃げながら心の内で悪態をつく。

 彼のギフトは戦闘向きなので、悪漢に絡まれても難なく対処できるのだが、現在はとある理由で無様に逃げ回っていた。


(なんでギフトが使えないんだよ! こんな事、今まで無かったぞ!)


 そう、何故か・・・ギフトが使えなかった。

 今日も普通に使用できていたのに、謎の集団に襲われた時、何故か使えなくなっていたのだ。


「おらぁ!」

「ぐぁっ!?」


 逃げていた男は、後頭部に走る痛みと衝撃に思わず地面に倒れ込んでしまう。


「はっはっは、ざまぁねーな! 普段から新世代とかヒーローとか威張ってる割りに、しょっぺぇしょっぺぇ!」 

「そう言うなって。こいつらは、ギフトしか能が無いくそ雑魚なんだから。それが使えなきゃ、勝てるわけないんだって」

「ぎゃはははは! ちげーねぇ!」」

 

 謎の集団は、男を口汚く罵ると下品な笑い声をあげる。


「貴様らは……一体何者なんだ? なんで、こんな事を!」


 頭の痛みを堪えながら男が叫ぶと、謎の集団は笑いを止める。


「なんで、だと? 理由は、てめーら新世代が一番よく知ってるんじゃねーか?」

「何だと?」

「……なんかしらけちまったな」

「そうだな……」


 自分を襲う理由は分からないが、謎の集団の言動から彼らが去ってくれるだろうと察した男は、内心ほっとする。

 実際、ギフトが使えなければ、いくら鍛えていてもただの人間と変わらない。

 大人数に襲われれば、多勢に無勢で勝てるわけがない。

 

「そんじゃ、まぁ……」

「さっさとこいつをぶっ潰しますか」

「まっ……」


 ただならぬ雰囲気を感じて、男は制止しようとするが彼らは止まらなかった。

 ぐしゃりという肉の潰れる嫌な音が聞こえ、男はあまりの痛みに意識をそこで手放すのだった。



「ふぁ……あーあ……」


 翌朝、俺は欠伸をしながら起き上る。


「くそ、あの変な女のせいですっかり寝不足だ」


 俺は、自分の寝不足の原因を作った人物の事を思い出す。

機織 絡繰はたおり からくり。機織学園で俺の先輩にあたり、学園長の姪でもある。

 サポートアイテムの提供者として学園長から紹介されたのだが、これがなかなかの変人だったのだ。

 欠陥だらけのヘンテコアイテムを夜遅くまで紹介されたおかげで、俺の帰りが必然的に遅くなり、結果寝不足となったのだった。

「とりあえず、いくつか使えそうなアイテムがあったのだけが、せめてもの救いだな」


 俺は、チラリとテーブルの方を見る。

 そこには、数多の使えないサポートアイテムの中から、それなりに使えるものを見繕って受け取ったアイテムが置いてあった。


「っと、こんな事してる場合じゃないな。さっさと準備して学園に行かねーと」


 時計を見た俺は、ベッドから這い出ると朝食の準備をする。

 食パンをトースターに入れ、その間にコーヒーを用意する。チンッという音共に食パンが焼けたので、マーガリンを塗りたくり、コーヒーを飲みながら一緒に食べる。

 そして、テレビをつけて朝のニュースの確認をする。

 新聞はかさばるからと、俺は新聞を取っていない。つまり、俺の情報元はテレビかネットになるのだ。

 ニュースでは、ギフトによる犯罪の増加しているというような事を淡々と話している。

 ヒーローも増えているが、悪用する奴も増えており完全なイタチごっこで犯罪者の根絶には至っていない。

 ……まぁ、どうしても悪い事を考える奴は居るわけだから根絶は難しいとは思うんだけどな。


『続いて、昨夜起こった新世代狩りの事件についてです』


 テレビの中の女性ニュースキャスターの言葉に、俺はピタリと食事を止める。


『昨夜〇時頃……〇〇区の裏通りで、ヒーローの△△さんが襲われる事件がありました。△△さんは、ヒーローという事もあり、戦闘能力は一般人よりもあるのですが――』

「うわぁ……近所じゃねーか」


 新世代狩りのニュースを聞いて、俺はゲンナリする。新世代狩りとは、一ヵ月くらい前から度々起こっている事件で、文字通り被害者が全員新世代となっている。

 被害者の証言から、ギフトを持たない旧世代の犯行だと判明しているが、未だに捕まっていない。

 元々、新世代と旧世代には少なからず確執があったが、この事件で更に深い溝が出来ていた。


『いやー、しかし不思議ですよねー。なぜ、ギフトを持つ新世代の彼らがギフトを持たない旧世代の人達に一方的にやられるんでしょうか』


 テレビの中では、評論家らしき人物がそんな疑問を口にしていた。


(確かに、それは不思議だな)


 ギフト、というのは超常的な力の総称だ。個人差はあれど、戦闘向けのギフトを持っていればそれだけで一般人とは埋められない差が出来る。

 そして、襲われているのは戦闘系のギフト持ちばかり。


『襲われた被害者達は、全員が急にギフトを使えなくなったと言っていますが……そういった事は可能なのでしょうか?』

『うーん、少なくとも私は聞いたことがありませんね。そうなったら、ヒーローは役立たずになってしまいますよ』


(ギフトが使えなくなる、ねぇ……ありえんのかな)


 俺は、トーストを食べながらそんな事を考える。

 彼自身もそう言った事を聞いたことが無いので、被害者達の証言は半信半疑だった。


(学園長なら何か知ってるかもしれないな……あ)


 と、そこで俺は時計を見て固まる。

 時計は、既に登校時間ギリギリを示しており、今から急がなければ遅刻確定だった。


「しまった! ニュースに夢中になってた!」


 俺は、急いでトーストを口の中に押し込み、コーヒーで流し込む。

 そして歯磨きと洗顔もそこそこに制服に着替えると、サポートアイテムを装備し、急いで登校するのだった。



「……」

「よー、犬落瀬。朝から死んでるけど、どうした?」


 朝の教室でHRの後、机に突っ伏している俺を見て、狼森が話しかける。


「……お前には関係ないだろ。放っておいてくれ」


 遅刻しそうになったから全速力で急いだ。

 そう素直に答えようとした俺だったが、本来の清司はクラスメイトと距離を取っていたという事を思い出し、心を鬼にしてあえて冷たく接する。


「んだよー、そういう言い方ってないだろ? ったく、昨日は珍しく歩み寄って来たかと思えば、いつも通りの犬落瀬に戻っちまったよ」

(ごめんな、狼森。俺は……バレるわけにはいかないんだよ)


 ぶつくさと文句を言う狼森に対し、俺は突っ伏したまま心の中で謝る。俺としても、折角手に入れた念願の生活を手放す訳にはいかなかったのだ。

 例え、それが本物が戻るまでの仮初の生活だとしても、少しでも長く今の状況を享受して痛い。


「そういえば、知ってるか? 犬落瀬」


 冷たくあしらわれているにもかかわらず、狼森はめげずに俺に話しかけてくる。

 うーん、なんというか見た目に反して人の良い奴だな。

 おそらく、孤立している俺となんとか交流しようとか考えているのだろう。

 ……もっとも、何も考えていない可能性も普通にあるけどな。


「昨日、また新世代狩りがあったらしいぜ。しかも、被害者はヒーローと来たもんだ」


 そのニュースは俺も、今朝ニュースで見たので知っている。

 しかし、一度冷たくあしらってしまった手前、迂闊に答える事が出来ずにいた。


「犯人は旧世代らしいじゃん? ギフトを持ってる奴がギフトを持たない奴にやられるなんて、どうなってんだかねー」


 それは、確かに俺も不思議に感じていた。

 何故、自分と変わらないはずの旧世代が新世代を襲えているのかが。

 襲われた新世代達は、急にギフトを使えなくなったからと言っていたが、それも定かではない。

 もし、旧世代でも新世代に勝てるくらい強くなれる方法があるのなら、是非ともそれを知りたいと俺は思っていた。


(そうすれば……わざわざ犬落瀬清司のフリをせずに武子誠二として、ヒーローを目指せるのかな)

「おらー。お前ら、静かにしろー。一限目を始めるぞ」


 なんていう事を考えていると、半眼の眠そうな顔をした教師が入って来たかと思えばそんな事を言う。

 俺は、朝から疲労困憊な体に鞭を打ち無理矢理起き上がると、一限目の授業の用意をする。

 それからは、特に何の問題も無く授業は進むのだった。



「清司ー! 居るー!?」


 一限目が終わり、休み時間になると教室の扉を開けて入ってくる女子生徒が居た。

 本当の清司の幼馴染であり、十傑の一人でもある紙生里 緋衣かみあがり ひいである。


「あ、緋衣ちゃん。清司なら、授業が終わるなりどっかに行っちまったぞ」

「はぁ、またなの? どこに行ったかは分からない?」

「いやー、わかんねー。気づいたら居ねーんだもんよ」


 緋衣の質問に対し、狼森はフルフルと首を横に振る。


「あの野郎……一体、毎度毎度どこに行ってるのよ……」


 緋衣は、ギリッと歯ぎしりをしながら清司の席をギロリと睨む。

 そこには、主の居ない机と椅子があるだけだった。


 清司の様子がおかしいというのは、昨日の昼から感じていた。

 いつもは、自分の能力をコピーして熱さを無効化するのに、昨日に限ってはそれが無かった。

 それが、緋衣にとって不思議だったのだ。

 ……そう、緋衣は清司のギフトの本質を知っている数少ない人物の一人である。

 だからこそ、尚更昨日の事が彼女にとって腑に落ちない出来事だったのだ。


(顔は確かに清司そのものだったわ。だけど……何かが違う。実際にどこが違うとか言われても困るんだけど……幼馴染の勘が、あれは本当の清司じゃないと告げているわ)


 しかし、証拠が無い。

 この学園に通っている者で、清司と同じ顔の生徒なんて居ないのは緋衣も知っている。

 そして、姿形を模倣するギフト持ちの生徒が居ないのも。

 そもそも、清司になりすますメリットが無いのだ。

 清司は、十傑の序列1位。地位だけで見れば、確かに成り替わりたいと思う立場ではあるが、その分厄介事も多い。

 清司のフリをすれば、確かに序列1位という称号は手に入るかもしれない。

 しかし、あくまでそれは仮初であり、第三者からは複数のギフトを持っていると認知されている清司がまともに戦えないと知られれば、すぐに偽者だとバレる。

 しかも、本人が実在しているので、尚更成り替わるメリットが無い。

 そもそも、この学園の学園長である機織轌ノ目が見逃すはずがない。

 緋衣は、そう考えているからこそ清司の正体が気になっていた。


(今の清司が偽者だとして、本物の清司はどこ行ったの? あいつが、やられるなんて想像もつかないし……それとも、何かが原因でギフトが使えない?)


 そうなると、なぜギフトが使えない理由を自分に教えてくれないのだろうか。

 コミュニケーションアプリであるRIMEライムで連絡しても既読すらつかない。電話も通じないで、完全に連絡手段が断たれていて本人に直接聞こうにも、行方が分からない。

 緋衣の苛立ちは募るばかりだった。


「ちょ、緋衣ちゃん! 髪が赤くなってきてる! 抑えて抑えて!」


 感情が昂り、髪が赤くなる緋衣を見て狼森は慌てて彼女を制止する。

 彼女の髪が赤くなるという事は、緋衣自身の温度が上昇していることを差す。

 十傑である彼女のギフトは炎。もちろん、上昇する温度の上限も普通より高いので放っておくと大惨事になってしまう。


「あ、ご、ごめんね。清司の馬鹿の事を考えてたらムカついちゃって」


 我に返った緋衣は慌てて気分を落ち着けながら、狼森に謝る。


「まあ、確かに犬落瀬の事は気になるよな。昨日から変だし……」

「それなんだけど、他に何か気になる事なかった? その……脱走の事とか」


 学園脱走計画。

 これは、犬落瀬清司が前々から計画していた事だったが、幼馴染である緋衣には何一つ伝えられていなかった。

 それ故に、緋衣はショックを受けたし、何故自分に相談してくれなかったのだと憤りもした。

 彼女を巻き込まないために黙っていたのか、単純にバレれば止められると思ったから教えなかったのか……それは、犬落瀬清司本人にしか分からない。


「いやー、俺もチラッと聞いただけだからなぁ……。脱走するって言って、結局あいつは普通に登校してきてるし。失敗したのか、そもそも計画を中止したのか、それすらもわかんねーよ」


 狼森は、申し訳なさそうにしながらそう答える。

 そもそも、何故幼馴染の緋衣が知らないのに、狼森が知っているのか?

 それは、単純に狼森の知り合いに、脱走に必要なギフト持ちが居て、橋渡しをしてもらうために犬落瀬清司が話したにすぎなかった。


「そもそも、犬落瀬って俺達とあまり話さないから、緋衣ちゃんが気づかなければ、俺達も気づかないと思うぜ」

「そっか……ごめんね、変な事聞いちゃって。そろそろ授業始まるから戻るね?」

「あいよー」


 時間を確認した緋衣は、手を振りながら狼森と別れ自分の教室へと戻る。

 そして、それと入れ替わるように清司が戻ってくるのだった。



「あ、おい。犬落瀬。さっき、緋衣ちゃんが来てたぞ」

「……そうか」

「そうかって、お前……。あんまり緋衣ちゃんに心配させるなよ。幼馴染なんだろ?」


 俺にとっては十傑の一人という認識でしかないので、いきなり親しくしろと言われても、ただただ困惑するだけだ。

 そもそも、親しくしたら俺が偽者だと絶対にバレてしまう。

 

「……善処する」


 色々考えた結果、それが俺に出来る精いっぱいの返事だった。


(紙生里緋衣……か。彼女の事も、どうにかしなきゃなぁ)


 今の所、休み時間になる度に男子トイレの個室に隠れている俺であったが、それもいつまで続けられるか分からない。

 このままでは、便所飯という最悪の状況も招きかねない。


(はぁ……憂鬱だ)


 俺は、どこぞのラノベの主人公のような事を考えながら盛大にため息を吐いて窓の外を眺めるのだった。

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