第5話 缶詰いろいろ。

 ミユとエレノワが居候する隣の部屋。

 ドアが大きく開け放たれている。

 ちらりと室内を覗くと、床に羊皮紙が広げられていた。

 その羊皮紙の表面に描かれる複雑な図形、おそらく魔法陣だろう。

 ふたりが初めて俺の部屋に現れたときと同じ図形のようだが、そのサイズは随分と小さい。面積は前の四分の一ほどだろうか。

 ふたりは真剣な表情で慎重に魔法陣の周囲に宝珠を配置している。

 ただの食いしん坊化しているふたりだが、こちらの世界にはない不思議な力を操る異世界人なのだ。


「なにしているところ?」

「あら、成彦なるひこさま。今日の夜は星の巡り合わせがよろしいので、転移魔法が使用できそうなのです。姫様の父君であるゲオルグ陛下も無事を案じておられますから」


 俺の存在に気づいて、慌てて一礼すると、エレノワは手短に説明してくれる。


「手紙とお土産を送るのじゃ」


 嬉しそうにはにかむミユ。

 俺にはよくわからないが、いつでも異世界と交信できる訳ではないようだ。


「導術ってやつで探ってもらうことはできないの?」

「もちろん導術師は継続的に探査しておりますが、ピンポイントに場所時間を指定して探ることはできないのです。断片的な情報をつなぎ合わせて推測するしかございません。おそらく姫様の後ろ姿を一瞬捉える程度でしょう」

「それにお土産は送れぬしの。なにを送ろうかのう? せっかくじゃ、喜んでもらいたいのう」


 そう言いながら、リズミカルに首を振るミユ、そのたびに美しい金髪が揺れる。迷っていること自体を楽しんでいるように見える。

 きっと家族にお土産を送ることが嬉しいのだろう。

 王女とはいえ、やはり家族愛はあるのだ。


「異世界の物を所有していることは国民に王の富と力を示すことになります。慎重に選ばねばなりません」


 エレノワはそう言うと、俺の顔を見つめる。

 どうやら助言を求めているようだが……。

 ……東京銘菓ひよこ? キングオブお土産の赤福?

 いや、そういう普通のお土産じゃないか。魔法陣から赤福が浮上してきたら、なんか怖いし、あと、悪くなってそうだ。

 異世界に送って王の威厳を高めるお土産……。さっぱりわからん。


「うーん……、取りあえず街に出ようか」


 家の中であれこれ考えてもいいアイディアは出なさそうだ。

 こんな時は実際にいろいろ見て回った方がいいだろう。


   ◆


 駅前にあるデパート。

 俺たちはエスカレーターで五階、生活用品と電化製品のフロアへと向かう。

 専門店ほどの品ぞろえはないが、普段使いレベルの物であれば、たいていの物は手に入る。

 ミユはエスカレーターに大喜び。せっかく五階についたのに、今度は下りに乗りたがり、四階へ、また五階へと上り、また下る。

 これを数回繰り返して、ようやく目的のフロアに到着する。

 フロアには冷蔵庫などの白物家電やブラシなどの掃除用品、寝具などが陳列されている。

 俺にとっては見慣れた物しかないが、ミユにとっては世にも珍しい物で埋め尽くされた、宝の山である。


「わああぁーい! 夢のようじゃ!」


 バンザイして、小走りで駆け出していくミユ。

 俺はその姿に苦笑いしながら、後を追う。


「おおっ、これは。中村なかむら家にもあったのう。これなど、王の所有物に相応しいのう。名づけて〝覇王の泉〟じゃ」


 ミユが真っ先に喰いついたのはウォシュレット用の便座であった。

 覇王の泉……。残念ながら電気のない場所では使えない。


「うーん。電気がないとただの便座だから」

「なんと……。そうであったか。城に覇王の泉があれば、来客の者たちがさぞびっくりしたであろうに」


 ミユはなんとも悔しそうに自らの腿を叩く。


「これなどどうでしょう。名づけて〝賢者の杖〟」


 エレノワが持っていたのは押し入れなどで使用するつっぱり棒だった。


「城ってスペース余ってるんじゃないかな?」


 つっぱり棒を使いこなすと、王様の権威はだだ下がりな気がしてならない。


「おおっ! これも中村家にあったのう。これは非常にいい物じゃ。名づけて〝火竜の息吹〟」


 ミユが宝剣を掲げるかのように、天に向かって掲げた物。それはヘアドライヤーであった。


「それも電源がないと動かないよ」


 俺はミユに大変残念なお知らせをする。


「なんとっ! 父君が反乱を企てた不忠者の鼻に向かって、火竜の息吹をターボで吹きかけることはできぬのか!」

「できぬし、反乱を企てたにしては刑が軽いよ!」

「ぐぬぬぬ……覇王の泉に座り、右手には賢者の杖、左手に火竜の息吹。王たる威厳に満ちた姿、かなわぬのか……」


 便座に座ってつっぱり棒とドライアー持ってる王様……。

 ただの危ないおっさんじゃねーか!

 しかしミユはひどく落胆している。あんなにはしゃいでいたのにがっくりと肩を落として、とぼとぼ歩いている。


「父君にも電気の力を……。どうにかならぬかのう……おお、神よ……でんこちゃんよ」


 なぜでんこちゃんに祈る……。残念ながら、でんこちゃんはこういった問題にタッチしてくれない。

 ならば俺がなんとかしてやるしかないだろう。


「これならどう?」


 俺が手に取ったのは懐中電灯。電池さえあれば動くし、なによりリーズナブルだ。


「ほほう。これはなにかのう……」

「ここを押すと光を発する棒だよ。これは中に電池を入れればどこでも使えるし、夜に城の中を移動するのにいいんじゃないかな」

「成彦殿っ!」


 ミユは小さくジャンプすると俺の胸に飛び込んでくる。


「姫様、はしたのうございます」


 早速、エレノワにたしなめられている。王女としての立場を忘れるほど嬉しかったんだろう。

 懐中電灯でこんなに喜んでもらえるなら、こちらとしても嬉しい気分になる。

 せっかくだから電池を多めに買ってあげよう……。


「それにしてもミユはお父さんのことが好きなんだね」


 俺は懐中電灯を振り回して小躍りしているミユを眺めながら、エレノワに言う。


「はい。それはもう。父親としてだけではなく、国を統べる王としても非常に尊敬されております」

「エレノワの家族は?」

「ありがたいことに父も母も健在です。あとは五歳になる妹が」

「離れて暮らして寂しくない?」

「これもお勤めでございますから。こちらに来る時は妹に泣かれて困りました」


 エレノワはそう言いながらも、はしゃいでいるミユから目を離さない。

 案の定、自分のドレスの裾を踏んで、転んでしまった。

 すぐにミユに駆け寄るエレノワ。結局は妹の世話をしているかのようだ。


 懐中電灯と大量の電池を購入し、俺たちは地下の食品街へと向かっていた。


「父君、母君にやはりこちらの食べ物を味わってもらいたいのう……」


 ミユがそう言い出したのだ。

 さすが食いしん坊である。


「食べ物って、魔法陣で送れるの?」


 俺は詳しそうなエレノワに尋ねる。


「可能ではあるのですが、我々の転移魔法は安定性を欠きます。物は届くのですが、時間軸がずれることが問題で……。すぐに転移することもあれば、ひと月後になることも。ふたつの世界の進む時間が違いますので、一瞬で到着したように見えても、送った物質は一か月の時間が流れていることもございます」


 その後も詳細な説明を受けるが、俺にはさっぱり理解できない。とにかく日持ちするものじゃないと腐っちゃうってことらしい。

 ならば……缶詰だろうか。

 俺はふたりを引き連れ、スーパーの缶詰売り場へと向かう。

 ずらりと並ぶ缶詰。

 エレノワはそれをどこか不安げな顔で見つめている。


「あの、成彦様、缶詰とはこちらの世界の保存食であると聞きました。陛下、妃殿下のお口に合う物なのでしょうか」

「缶詰を舐めちゃいけない」


 俺は自信を持って即答する。

 たしかに缶詰は保存食、しかしその誕生から二百年を超え、缶詰は進化した。

 現在の日本の缶詰を持ってすれば、異世界の王様の舌も必ず満足させられるはずだ。

 俺は自分のお気に入りの缶詰を見繕い、次々とカゴに放り込んでいく。


「この迷いのない動き、どうやら成彦殿は自信があるようじゃの。にわかには信じがたいが、この世界には美味しい保存食もあるのかもしれぬ」


 ミユはなおも不安げなエレノワに向かってそう言うが、ミユ本人もどこか不安げ。

 おそらく異世界の保存食はあまり美味しくはないのだろう。


「安心して、ちゃんと味見用のも買うから、味見して納得したら送ったらいいじゃん」

「ふむ、そうであるか……」


 普段なら自分も食べられることに大喜びするはずのミユ。

 今回はいまいちテンションが上がっていない。

 しかし、俺の缶詰を選ぶ手には迷いは生じない。俺は信じているのだ。イナバを。マルハニチロを! そして食べ物に関する俺の嗅覚を。

   ◆


 家に戻ると早速俺はキッチンに向かい、鍋に水を入れ、湯を沸かす。


「成彦様、自らが料理を……、なんと光栄な」


 エレノワが感激してくれているが、別にそんな大したことはしない。

 単純に缶詰を湯煎するだけだ。

 大体の缶詰はお湯で温めると美味しさが五割増しくらいになる。

 それからネギくらいは切っておくか……。

 ネギを切り終えると、お湯も沸騰し、沸き立つ鍋の中で缶詰が踊っている。

 ……さて、どれから試してもらうか……。

 俺はトップバッターとしてマルハのサバの味噌煮を選択する。

 クラシカルかつスタンダード。まずはこれで缶詰のなんたるかを知ってもらうべきだろう。

 俺はサバ缶を開けると、皿に盛り、ミユたちの座る食卓へと持って行く。

 大きな目でしげしげとサバの味噌煮を見つめるミユ。


「ほほう。これがサバ缶であるか。導術師の報告によると、こちらの世界の貧しき民はサバ缶を好むとされておる」

「貧しくなくても好むよ!」

「……ふむ、見た目は破壊された街に似ておるのう」

「そうですね。土属性の攻撃魔法により崩壊した街にそっくりでございます」


 ひそひそとささやき合うミユとエレノワ。

 土属性の魔法で崩壊した街がどんなのか知らないが、少なくとも褒めてはいないだろう。


「たしかに盛りつけはちょっと失敗したけど、味とは関係ないから食べてみなよ」


 俺に促されて、恐る恐る箸を伸ばす。

 破壊された街の一部を箸で切り取り、口へと運ぶ。


「こ、これは……、美味じゃのおおう! 実にまったりとして、口の中で廃墟がほろほろと崩れて……、まことに美味じゃ」


 ミユの顔が一気に明るくなる。

 先ほどまでの警戒が嘘のように上機嫌。サバの美味さはまさに魔法レベルである。

 続いてエレノワもひと口食べると、やはり、うっとりとした表情を浮かべる。


「この土属性のエキスもなんとも香しくて、不思議な美味しさでございます」

「土属性のエキスじゃなくて味噌ね」


 俺は訂正しつつも、サバの味噌煮の上に、ネギを盛り、そこにごま油をさっとひと回しする。

 たったこれだけでサバの味噌煮が圧倒的に美味くなる。

 ミユは鼻を近づけるとクンクンと匂いを嗅ぐ。


「これは実にいい香りであるのう……なんとも蠱惑的な香りである」


 今度は躊躇なく箸をつけるミユ。


「パワーアップしておるのう! 土属性エキスと先ほどの油がからまり、絶妙である。それに成彦殿がかけてくれた植物もシャキシャキとして、さっぱりとした味わいがアクセントとなるのう。美味である。これは美味であるのぉぉぉぉう!」


 ミユはサバをひと口食べる度にぶんぶんと拳を振り回す。まさに大興奮である。


「種類は違うけど、とんこつラーメンのときのネギだよ。こっちは長ネギ。ごま油も保存が利くから一緒に送ったら? ネギは無理だけど」

「なるほど。我々の国にも似た植物はあるかのう?」

「イヌゴロシがこのような味かと」


 エレノワもひと口食べ、しばらく考えた後に答える。


「そうであるか。ならばイヌゴロシを添える旨、書にもしたためよう」


 ……物騒なネーミングだけど添えて大丈夫なのか!? 

 まあ、向こうの世界のことは俺にはわからない。俺にできることは美味しい缶詰を選んで送ってあげることだけだ。


「もうひとつ送るんだったら、これかな」


 俺が選んだのは〝缶つまレストラン ムール貝の白ワイン蒸し風〟だ。

 サバ缶に比べるとちょぴり値段が高いが、これは美味い。

 そもそも、この缶つまレストランシリーズは大体美味いのだが、缶詰としての珍しさも踏まえると、このムール貝だろう。

 缶を開けると少し白濁したスープの中に浸されたムール貝が整然と並んでいる。

 それを興味深そうにのぞき込むミユ。


「なんだか、水属性の魔法によって滅ぼされた街のようじゃのう」

「それはいいから! とりあえず食べてみな」


 ミユは俺に促されて、ムール貝を口へと運ぶ。


「これは……食べたことのない味じゃ……滋味あふれる深い味わいじゃのう。これが蒸し風であるか……」


 ミユは目を閉じムール貝をしみじみと噛みしめる。

 何度も、「ふーむ」「むしふうーむ」などと、ため息を漏らすミユ。

 たしかにこれはじんわりと来る美味さだ。俺としては〝蒸し風〟部分よりは、ムール貝と白ワインの要素を感じ取ってほしいが……。

 主人であるミユが食べ終えたことを確認し、続いてエレノワも箸を伸ばす。


「ひと口噛むごとに、口の中が旨味で満たされます。なんと幸せな……。見事な蒸し風でございます」


 エレノワもじんわりとした美味さに目を細めている。

 なんとも幸せそうな顔だ。


「これが保存食であるとは……。こちらの兵士は幸せであるのう。我々の国では長期行軍の際にはカチカチに干した肉か、……あとは略奪であるのう」

「まことに。これさえあれば、略奪をせずとも済むのですが……」


 ムール貝の白ワイン蒸し風と略奪の落差が凄すぎて、コメントに困る。

 略奪はさておき、このムール貝の白ワイン蒸し風だが、汁が美味いのだ。

 ぎゅっと旨味の詰まった貝のお吸い物のような味わい。

 これを生かすには、誰がどう考えてもパスタである。

 先ほど湯煎と同時に沸かしておいたパスタ鍋のお湯もいい感じに煮立っている頃だ。


「ちょっと待ってて」


 俺はキッチンに戻ると、パスタを茹で、フライパンに刻んだニンニクと唐辛子を少々、そしてオリーブオイルを投入する。ニンニクの香りが十分にオリーブオイルに移ったところでパスタを絡める。要するにペペロンチーノなのだが、ここに例のムール貝の白ワイン蒸し風を投入する。あとはバターをひとかけと冷蔵庫にあった水菜を適当に刻んで投入する。

 誰でも思いつく無難なアレンジではあるのだが、美味いのだから仕方がない。

 早速、完成品をミユとエレノワの待つ、食卓へと持って行く。


「これは……細長いのう……」

「姫様、これはパスタでございます。以前、食したラーメンにも匹敵する、有名な細長き食べ物であるとの報告がございます」

「あの、ラーメンと肩を並べるのであるか。それは細長いのう。こちらの世界の民は細長い物が好きなのであろうか……」

「おそらく。こちらの料理人は味、香り、そして細長さを追求して日々努力を……」

「いいから早く食べろ!」


 俺はミユとエレノワの細長トークが待ち切れず、ツッコんでしまう。

 ようやくミユがパスタを口に運ぶ。


「おおおおおぅ。 なんということじゃ……。成彦殿は料理の達人であったか! コック長であったか!」


 ミユは俺の手を両手で握りしめると、ぶんぶんと振る。

 なんだか感激してくれているようだが、俺はコック長ではない。


「でも本当に美味しいです。もちろん先ほどの貝のお味なのですが、ほんのり、まろやかな風味が感じられます。その秘められた新しい要素が味に奥深さを与えているのです」


 エレノワの言う、秘められた要素とはバターなのだろう。まったく大げさな表現だ。


「これは……噂に聞く、隠し味に違いあるまい」


 ミユはエレノワに向かって小さくうなずく。


「異世界に伝わるという伝説の技法。隠し味。そうなのですか、成彦様!」

「まあ、そうと言えばそうだけど……」

「成彦様が隠し味の使い手だったなんて! さすがでございます」


 エレノワは熱烈な拍手を俺に送ってくれるが……、どうも大げさだ。ただバターを入れただけなんだけど。


「隠れておるのう。完全に隠れておる」

「はい。味を隠させたら成彦様の右に出る者はいないでしょう」


 ふたりはパスタを頬張りながら、口々にヘンテコな賛辞を送ってくれる。

 まあ喜んでくれているのなら、それでいいのだけど……。

 さらには、いなばのタイシリーズから〝とりそぼろとバジル タイガパオ〟を選ぶ。

 これはご飯にかけても美味しいし、サラダに乗せても最高だ。

 異世界の食材はわからないが、こいつならなににだって合うだろう。

 せっかくだからホテイのやきとり缶たれ味も。

 これも永遠のスタンダード。異世界でも戦える味だ。


 結局、ちょっと試食するつもりが、いろんな缶詰をつまみ、パスタまで作ったせいで、満腹になるほど食べてしまった。本来は俺たちが食べるのではなく、ミユの父である異世界の王様とやらに送る品である。

 満腹によりまったりムードになりながらも、ミユとエレノワの部屋へと戻り、段ボールに懐中電灯、電池、そして缶詰を詰める。

 見た目はただの宅配物だが、こいつは世界の境界を越えるのだ。


「ふむ、これで間違いはないのう」


 ミユは魔法陣の周りに配置された宝珠を細かに確認し、小さくうなずく。

 あとはこの段ボールを閉じ、所定の位置に置くだけだ。


「ちょっと待って、これは俺から、エレノワのご家族に」


 俺はミユが送る缶詰一式と同じものをもうひとセット段ボールに詰める。


「えっ、わたくしの家族に……!?」


 エレノワは驚きのあまり、言葉の途中で口をぽかんと開けたままになっている。

 ミユとエレノワは王女と従者。異世界の習わしはわからないが、エレノワの家族にお土産がないのがどうも気になっていたのだ。


「あとこれ。妹さんに。甘くて子供にも食べやすいと思うよ」

 

 いなばのタイシリーズの秘蔵っ子〝かぼちゃとココナッツムース〟だ。

 タイカレーシリーズはグリーンカレー缶、レッドカレー缶あたりは一時期ブームになったが、実はスイーツ系も出ているのだ。珍しいので、食べずに取っておいたのだが、いまこそ使い時だろう。これも段ボールに追加しておく。


「成彦様……、わたくしのような身分の者に……もったいないです」

「身分とか俺はわかんねーし。固いこと言わなくてもいいんじゃない?」

「……姫様、よろしいでしょうか?」


 エレノワは恐縮しきりの表情でミユの様子をうかがう。


「転移魔法はタダではない。この宝珠にひとつにしても家がひとつ建つほどの値段じゃ……。従者が私用で使うなど許されぬこと……」

 

 ミユの口調はいつになく厳しい。


「もちろんそうでございます」


 ミユに向かってかひざまずくエレノワ。

 そんなエレノワの肩にミユが優しく手を触れる。


「とはいえ、成彦殿のたっての希望とあれば、やむを得ぬのう。私からも一筆添えておこう」


 そう言うと、ミユはいたずらっぽい笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます! 姫様、成彦様。妹も喜びます!」


 エレノワが目に涙を浮かべながら、俺の胸に飛び込んでくる。

 ミユがしたときはたしなめていたのに……。

 まあ、それだけ嬉しいのだろう。

 ……って言うか。缶詰を送るだけだぞ。独り暮らしの大学生にお母さんが送るような段ボールだぞ。そこまで感動されても!

 俺はエレノワの肩を控えめに抱きながら、苦笑を浮かべるのだった。

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