第29話 旅立ち

 早朝、目を覚ました俺は手早く準備を済ませ、宿の部屋にあった本を適当に選んで読み始めた。そしてしばらくすると、隣のベッドで寝ていたクレインが目を覚ます。


「あれ、早いねカイ君」

「まぁね。俺は眠りが浅いから」


 クレインはベッドから降りて服を着替えはじめる。


「俺としてはもう今すぐにでもこの町を出てユルベルグに向かいたいんだけど、行けるか?」

「やっぱり今すぐ行く気なんだね……」

「先延ばしにする必要は無いからな。やることは速めに、だ」


 出来るだけ早めにフレアを自由にさせたいと思いと、ユルベルグの王や権威者たちに対するイラつきが俺の行動理由である。

 加えて言うならば、人間を知るという俺の目的遂行の為、他国の王を知ることは無駄にはならない筈だ。


「まぁそれなら隣のメルトとフレア様が起きてるか確認しないと――」

「だったら俺が行く」


 俺は部屋を出て隣の部屋のドアをノックする。しかし答えはない。まだ寝ているのだろうか。


「行動が速いよカイ君!」


 俺の後を追ってクレインが近寄って来た。何かと俺を視界に入れようとするこいつは正直に言って苦手だ。ユルベルグへの案内人でなければ殺していただろう。


「さっきも言ったろ。決めたら即、行動だ」

「言い忘れてたけど、メルトはまだしもフレア様は朝が弱いんだよ。だから昼まで寝てると思う」

「叩き起こす」


 俺は宿のドアを蹴破った。そこにいたのは鎧の手入れをしているメルトと、ベッドで気持ちよさそうに眠るフレアであった。


「え!? ちょっ……!?」


 俺は驚くメルトをよそにフレアが眠るベッドまで近付き、フレアの頬を思い切り引っぱたいた。しかしそれでもフレアは微動だにしない。


「やっぱりこれくらいじゃダメか……。冷たき飛礫を地へ落とす。気高き冷気を漂わす《アイシクルフェード》」


 俺は魔法で氷の飛礫を出し、それでフレアを攻撃した。


「「えええええええええええ!?」


 なにやら2人分の驚く声が後ろから聞こえたが、そんなものはどうでもいい。これで起きなければもう少し威力の高い魔法を使うとしよう。

 なに、フレアはこんなものでは死なないし、手傷を追うこともしないだろう。俺にはある種の確信がある。


「む~? なんだ……? おお、朝か……」


 俺の魔法を操る能力は自分で言うのも何だが、かなり高い。故に俺はベッドや部屋を傷付けることなくフレアにだけ魔法を当てた。その為ベッドは無事だ。

 その無傷のベッドの上でたった今目を覚ましたのはフレア。予想通り傷といった傷はない。


「おはようフレア。すぐに準備しろ。ユルベルグに行くぞ」

「おお、そうであったな。少し待て」


 のそのそとベッドから這い出たフレアはクローゼットを開けて中から服を取り出した。


「ちょ、ちょっとフレア様! 下着、下着!」

「ぬ? 下着なら穿いているではないか?」


 確かにフレアは今、胸と腰回りに下着を穿いている。何か問題があるというのだろうか。


「そうじゃなくて! 男連中が見てますって! ほらあなたたち! あっち向いてなさい! というか部屋から出なさい!」

「ご、ごめんなさい!」


 クレインは両手で目を隠しつつ、何やら慌てて部屋から出て行った。


「カイ君も!」


 メルトはものすごい剣幕で言う。


「何でだ?」

「何でって……フレア様が着替えるからよ!」

「着替えればいいじゃん」

「あなたがいたら出来ないでしょう!?」

「そうなの?」


 俺はフレアに問うた。


「別に変わらんが」


 フレアは言う。特に構わないと。


「だ、そうだけど」

「あなたたちは本当に年頃の男女なの……? 本来ならクレインの反応が普通なんじゃないの……?」


 何やらメルトは呟いているが、何のことかさっぱりだ。もしかすれば人間社会は魔族のものよりも複雑なのかもしれない。


「む。着替え終わったぞ」


 そうこうしている内にフレアの着替えが終わったようだ。


「んじゃ行くぞ。荷物はまとまってるのか?」

「元より荷物など殆ど無いぞ。手甲と脚部装甲。後は金と非常食だけだ」

「んじゃ町で旅の準備をしてから行くか。俺もいくつか買っておきたいものあるし」

「うむ!」


 フレアは俺の後に続き部屋を出る。


「ちょっと待って! 置いてかないで!」


 俺としたことがメルトのことを忘れていた。


「早くな?」

「ちょっと時間ちょうだい!」


 そして少しして、メルトは部屋から出て来た。


「んじゃ俺の荷物を回収して――」


 俺は部屋に入る。そこではアンバーが俺のことを待っていてくれたらしく、クローゼットの中にしまっていた俺のカバンと小物がアンバーの足元にあった。


「おお、集めといてくれたのか。ありがとな」

「ガル」


 俺はアンバーの足元にある小物をカバンに入れ、そのままカバンを背負った。


「ちょっと待ってくれカイ君! この状況にツッコミはないのかい!?」


 アンバーに踏まれているクレインは唐突に叫んだ。


「何がだ?」

「何がって……どうしてフェルグラントウルフに踏まれているのかだとか、痛そうだとか色々とあるだろう!?」

「どうせアンバーが怒ることでも言ったかしたんだろ?」

「私は好きでやっているのかと思ったな」

「ちがーう!!」

「んじゃ何でだよ?」


 クレインは咳払いをしてから話し出す。


「コホン……フレア様とメルトの部屋から出た僕はこの部屋に戻って来たんだ。そしてカイ君が戻って来るのを待っていた。そして少し時間が経った後にフェルグラントウルフが急にクローセットの中を開けてカイ君の荷物を取り出したのだ。僕はそれを止める為にフェルグラントウルフにとびかかって何とかそれを止めようとしたのだが、流石はフェルグラントウルフ。僕では全く相手にならず、そのまま床に倒されてしまった。そしてこうやってフェルグラントウルフに踏まれたままの姿で君の帰りを迎えることになってしまったのさ」


 クレインはようやく話し終わったのか、一呼吸した。


「長い。それにどうでもいい。行くぞアンバー」

「ガルウ」

「え!? ちょっと待ってくれカイ君! 少しは僕の心配をしてくれたって――」

「うるせぇ。時間がもったいない」


 そうして俺たちは宿を出て町に出た。町は昨日のユルベルグの騎士たちの侵略で少し傷付いてはいたが、侵略が始まる前とあまり変わっていないようだ。

 その理由は単純に、ユルベルグの騎士たちは町の住民には紳士的な対応をしていたからだったらしい。それ故に人的な被害もゼロに近く、言ってしまえば騎士以外は特に変わらずにこれからも生活できるようだ。

 とはいえ王がいなくなった以上は何かしらの不便があるかもしれないが、王以外の宰相などが頑張れば酷いことにはならないだろうよ。国としての役割は果たせる筈だ。


「んじゃ手っ取り早く買い物するか。どうせあんまり時間は掛からないだろうから各々で好きな所に行ってよし。集合場所は町の北門だ」

「うむ!」

「分かった」

「了解よ」


 そうして俺たちは散開した。俺にとって必要なのは剣やナイフの手入れの為の砥石、鉱石と手入れ布。あとは鉄の針、糸、鉄線、薬、包帯、非常食、水――こんなところか。

 これだけあれば何があっても大抵は何とかなるし、揃えるのも簡単だ。俺はアンバーと共に雑貨屋、鍛冶屋、食品屋を次々と周り、俺が必要だと思った物を買い揃えた。

 そしてこれから北門へと向かおうと考えた矢先、俺の腹の虫が鳴る。


「……腹減ったな」


 考えてみれば俺はまだ朝食を食べていない。腹が減るのも当然だろう。となればどこか適当な店に入ればいいだけなのだが、俺はある店の存在を思い出した。


「……あそこにするか。アンバー、四番街に行こう」

「ガルウ」


 俺はアンバー共に四番街にある料理店に向かい、その店に入った。


「こんにちは」


 店は開店して間もないのかまだ客がおらず、今は店主と俺1人だ。昨日は繁盛していたところを見るに人気はあると思うのだがな。


「いらっしゃいませ。おや、あなたは……」

「どうも。昨日ぶりです」


 俺がやって来たのは昨日立ち寄って食事をした店だ。


「はい、覚えていますよ。昨日よりも、何やらスッキリとした顔をされていますね。良いことがあったようで、何よりです」

「ありがとうございます。それで俺、今日この町を出るんですけど、今日のオススメを貰えますか?」

「かしこまりました」


 店主は店の裏に行こうとする。


「あの、もしよかったらでいいんですけど、表に俺の友達がいるんです。そいつの分も作ってやってくれますか?」

「おや、お友達ですか。この店には入ってこられないのですか?」

「そいつはその、フェルグラントウルフなんです」


 俺が人間領に入って1週間経った。この町に来るまでにいくつもの村を訪れたおかげで、モンスターが人間の店に入れないというルールを理解したのだ。

 それで俺はアンバーに店の前で待っていて貰うことにした。


「おや、珍しいですね。ですが、私としては構いませんよ。入店されても」

「いいんですか?」

「私の作ってものを召し上がってくれるのでしたら私にとっては等しくお客様です。たとえモンスターであろうとも、それは変わりません」

「ありがとうございます!」


 俺は急ぎ表に出てアンバーを呼ぶ。


「アンバー、店に入っていいってよ!」

「ガル!」


 俺はアンバーを店の中に案内した。大きさで言えば人間より少し大きい位のアンバーだからこそ人間の店にも普通に入ることが出来る。


「おや、これがフェルグラントウルフですか。良い毛並みと表情ですね」

「ガルウ!」


 心なしかアンバーも嬉しそうだ。


「では少し待っていて下さい。今日のオススメを作ってまいります。お2人とも同じもので宜しいですか?」

「はい!」


 そうしてアンバーとしばらく待った後、テーブルの上においしそうな料理の数々が置かれる。そして店主はアンバーの為に同じメニューを床に置いてくれた。


「ベージテュールのソテー、アムーデのポタージュ、ライクフィッシュのムニエルです」


 それらは昨日とは全く違ったメニューだが、等しく美味しそうだ。先程から口の中でよだれが止まらない。


「では――」


 俺は店主の作ってくれたメニューを次々と平らげ、あっという間になくなってしまった。アンバーもそれは同じだったようで、もう皿の上に料理は残っていない。


「これはこれは、綺麗に召し上がって頂けたようで何よりです」

「美味しかったです!」

「ガルルウ!」

「それはよかったです」


 店主は本当に嬉しそうにほほ笑んでいる。


「それにしても、昨日この町に来たばかりというのにもう行ってしまうのですね?」

「俺にはやることが色々とありますから」

「……成程。それでは頑張ってください。陰ながら応援していますよ」

「ありがとうございます。それでお会計ですけど、いくらですか?」

「……300コルで結構ですよ」


 それは昨日提示されたのと同じ金額。


「……いいんですか?」

「ええ。あなたの心が晴れたようなので、お祝いです。しかしまだ完全に晴れた訳ではないようですね?」

「……」


 店主は俺の中にあるユルベルグの王や権威者たちへのイラつきに勘付いているのだろうか。フレアを不当に扱うその人間たちへの怒りに。


「ですので、あなたの心が完全に晴れた時、また食べに来てください」

「……はい、また来ます」


 俺とアンバーは店を出た。

 考えるのは人間についてだ。この店主やニーナ、レンフィーエンにフレアといった良い人間がいることは理解した。しかし大多数の人間が俺にとって悪に等しいという事実は変わらない。

 そんな俺に、父さんは何を望んでいたのだろうか。今となっては謎でしかないが、いずれ俺にそれが分かる時が来るのかな。


「ガルウ?」

「なんでもないよ。さぁ、北門へ行こう」


 俺とアンバーはそのまま北門へ向かう。そこには既にクレインとメルトがおり、俺を待っていたことが分かる。2人は荷台と牽引用のモンスターを2体購入したらしく、そこそこ大きなモンスターが2体控えていた。


「すまん、待たせたみたいだ」

「構わないよ。それより、後はフレア様だな」


 そうしてしばらく待ったが、フレアが来る気配はない。既にかなりの時間が経っており、朝といえる時間を過ぎてしまっていた。俺がここに来た時は朝と昼の間ぐらいであった為、かなり時間が過ぎたというのは分かる。


「遅いわね」

「ああ」


 クレインとメルトは顔には出していないが、口調と口数からかなりイライラしていることが分かる。そんな俺もだんだんイライラして来た。いくらなんでも遅すぎはしないだろうかと。

 いくら買いたいものが多々あっても、既に全部買い終わっていてもおかしくない時間だ。というより、これだけの時間があれば北門から南門へ行って帰って来られるだろう。

 そしてイラつきにより速度を上げた俺の思考が、ある1つの事実を思い出す。昨日聞いた情報を。


「……そういえばさ、フレアって方向音痴なんじゃなかったっけ?」

「「あ」」


 クレインとメルトもやっと気付いたようだ。


「忘れてたー!!」

「そうよ、そうだったわ! 私としたことがそんなことも忘れてたなんてー!」


 2人は何だかパニックになっているようだ。しかし迷子ならばやみくもに探すのも無駄になる可能性があるので、ここは野生の力を借りることにする。


「アンバー、フレアの匂いって覚えてるか?」

「ガル」

「んじゃ頼んでもいいか?」

「ガル!」


 アンバーは走り出す。そして少し時間が過ぎ、アンバーに乗ってフレアが登場した。


「スマン、迷った」

「「「……」」」


 無表情で謝るフレアに俺たち3人は怒る気にもなれず、そのまま溜め息を吐いた。


「……んじゃ。行こうか?」

「ああ……」

「そうね……」

「ぬ?」


 俺はアンバーに、クレイン、メルト、フレアの3人はモンスターに繋げた荷台に乗り、道を歩き始める。ユルベルグへの道を。

 ユルベルグに着くまで、およそ1週間か。まぁいいだろう。その間に少しフレアと話でもしよう。

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