第14話 2人目の勇者

 復讐を終えた俺は、王に問う。


「なぁ王様。俺はもう行くけど、最後に言いたいことがあれば聞いてやるぜ?」


 骨を失い、闇の球体から出れば死ぬような状態である王は何を言うのか。それとも、何も言わないのだろうか。


「……おまま、お前は、何で……何故、俺を、私を……こんなななな目にあわせるなのから……」


 繰り返す悪夢により精神が壊れたようだが、恐怖は意志の放棄を許さない。故に精神が完全に壊れることはないだろう。

 そして王は、何故王を苦しめたのかを俺に問うているらしい。


「何で俺がお前に拷問まがいの行為をしたのか、それを聞きたいんだな?」

「そっそそうだだ……」


 王が最後に求めたのは自分がこんな目にあった理由か。それも当然だろう。

 だが――


「教えねぇよ」


 自らが死ぬよりも辛い目にあわされた理由を知ること。それを知ることである種の『納得』を得たいのだと思う。

 攻撃された理由を知れば、『あの時こうしていればよかった』だとか、『それなら攻撃されても仕方がない』だとか、『申し訳ないことをした』だとか、色んなことを考えるだろう。

 しかし、理由を知らなければどう思うか。その答えは簡単だ。

 未知という名の拷問。自問自答しても答えの得られぬ問いは苦痛だろう。

 それも俺の復讐の内。


(すべては俺の為に。俺の恨みを晴らす為に)


 復讐とは、正義であってはいけない。

 復讐とは、身勝手でなければならない。

 復讐とは、許されてはならない。


 もしかすれば王にここまでの行為をしたことで、誰かが俺に復讐するかもしれない。

 だが、それならそれでいい。好きに挑んでくるがいい。

 復讐なんてものは結局のところ、ただの憂さ晴らし。八つ当たりと言ってもいいだろう。

 復讐なんてのは殺しの言い訳だ。だって、殺しているという事実は変わらないのだから。

 俺は王を背に残し、部屋を出る為に出口へと歩く。


(王は死んではいない。だが正常な思考や判断は出来ないだろう。だがまぁ、人間の王なんて誰にでも出来る役割なんだと思う。だって、あんな王が、王という役割をしていたんだから)


 学も無ければ人徳もない。魔族を見下し、挙句の果てには俺のような存在を敵に回した。そんな能無しの代わりなぞ沢山いるだろうさ。

 俺が部屋の出口に着いた時、ニーナが俺を言葉で止めた。


「待て……!」

「何だ?」


 ニーナは俺が切り落とした腕の傷口を抑えながら、苦痛に顔を歪ませつつ言う。


「カイ……お前は何故、王をあんな目に合わせる……!?」

「……さぁ、何でだろうな?」

「はぐらかすな!!」


 ニーナは鬼気迫る顔で言った。そこまで俺が王に拷問まがいの行為をした理由が知りたいのだろうか。

 まぁ、構わない……かな。この距離ならば王に聞こえることもないだろうし、もしニーナが王にそれを告げるならば、それはそれでいいのかもしれない。

 もう俺の復讐は終わったのだから。


「……あいつの命令で俺の住んでた村が滅んだ。俺以外の村のみんなは騎士団に殺されたよ。皆殺しって訳だ」

「その証拠など――」

「証拠ならあるさ。殺した本人たちと、命令を下した本人の口から聞いたんだから」


 それも、殺したという事実を笑いながら言っていたのだ。まるで自慢でもするかのように。

 そいつらは気付かなかったのだろう。自分たちの発言が俺の神経を逆撫でしていたということに。


「だが、しかし……! あそこまでやることはないだろう……!! あれは、人道に反する!!」


 ニーナはもはや人間とは呼べなくなった王を見て言った。

 今の王は外見こそ変わらないが、人間としての体は脳と脊髄、神経しか残っていない。他のパーツ、肉体は闇に飲まれたのだから。


「人道なんか知らないよ。そんなものは俺の復讐に必要ない」


 消して死ぬことはない王は今、《ボルトサークレット》の雷と突き刺した槍により苦痛を与えられ続け、ひどい目にあわされた理由を知らされていないことによる内心の苦痛も感じているだろう。


(まぁ、光の魔法を食らえば死ぬけどな)


 闇は光以外の全ての魔法と攻撃を受けない。光だけが闇を払うことが出来るのだ。

 しかし、光の魔法を使える者は希少なので、現時点で王を殺すことが出来る者は少ない筈。

 まぁ俺の復讐は済んだからもう王が殺されても構わないんだが、残念ながら俺は光の魔法を使えない。王が死を望むのならば、誰か光の魔法を使える者を探すしかないだろう。


「お前は……人間、なのか……?」

「ああ。種族は、な」


 残念ながら俺は人間だ。

 魔族のような高い身体能力を持たないし、魔族のような翼や尾、牙や爪、触覚などの身体的な特徴を持たない。

 だが、俺は自分を魔族だと思って生きているし、今でもそう思っている。

 そんな俺は、魔族を見下す人間があまり好きではない。


(ニーナみたいな強い意志と力を持ってる奴は嫌いじゃないけどな)


 意志が強い者はそれだけで素晴らしい。そんな奴を殺すのは惜しいだろう。だから俺はニーナをすぐに殺さず、生かしたのだから。

 無論、だからといってニーナを特別視するつもりはない。俺の邪魔をする者は俺の敵だし、邪魔をする者は殺す。

 ニーナが今も生きているのは、妹が助けに来たり、俺が王に復讐することを優先したからだ。つまり、運が良かっただけに過ぎない。


「……しかし……! 王をあんな目にあわせたお前をここで逃がす訳には……!!」


 ニーナはふらふらしつつも立ち上がり、拳を構えた。


「ダ、ダメだよお姉ちゃん! あの人と戦ったら次こそ死んじゃうよ!」

「黙れ。私は騎士として、カイをこのまま行かせる訳にはいかんのだ……!!」


 ニーナは片腕の傷口から血を流しながらも俺を睨む。


「……ニーナ、分かってるんだよな? その状態で俺と戦えばどうなるのか」

「無論だ。しかし、それでも私は騎士なのだ」

「……そっか」


 どうやら、ニーナの決意は固いらしい。


(なら、俺もそれに応えよう)


 今のニーナは敬意を払わなくてはならない強い人間だ。ここで加減をする訳にはいかない。それは、ニーナへの侮辱になる。


「いくぞニーナ。本気で来い」

「ああ。では……勝負!!」


 ニーナは地面を蹴って駆ける。その速さは先程までとは違い、まるで別人のようだった。


(後を考えなくなったのか……)


 今のニーナは生き残ることを考えていないんだと思う。死んでも俺を拘束する覚悟をした、ということだ。

 しかしそれでも、俺には届かない。

 物心ついた時から魔族と戦闘訓練をしてきた俺には、敵わないのだ。


「ハァッ!!」


 今までで最も速いニーナの拳が放たれる。それは真っ直ぐな迷いのない拳だった。

 故に、読みやすい。


「……甘い」


 ニーナは意志だけでなく、その攻撃も真っ直ぐなのだ。それ故に読みやすく、避けやすい。

 速さもあるから大体の奴は避けられないんだろうけど、速さに目が慣れている俺からすれば最も避けやすい攻撃だと言える。

 俺はニーナの拳を受け流し、そのまま心臓を抜き手で抉ろうとした。

 しかし突然、地面が大きく揺れる。おかげでタイミングを見失ってしまったので、俺は距離を取った。

 揺れは続き、何やら轟音も聞こえる。


(これは……何の音だ?)


 下から聞こえてくるのは大きな音。注意して聞くと足音のように聞こえるが、それならばここまで大きな音はしないだろう。

 その音は段々と近付いてきているようだ。一体、何の音なのだろうか。


「この音、まさか……!?」


 ニーナは音のする方向を見て言った。


「おいニーナ! この音の正体を知ってんのか!?」

「この音は、多分――」


 ニーナが言い終わる前に、この部屋の壁の一部が音を立てて壊れた。そこから出て来たのは、1人の若い女。

 赤い瞳を持ち、桃色の長髪を頭の右横にまとめている。両腕には肘まで覆っている巨大な手甲をはめており、背には巨大な盾を持っているようだ。


「侵入者がいると聞いた為、来たぞ!」


 その女は間抜け面で言い放つ。


「やはりこのバカだったか……」


 ニーナは片手で額を抑えながら軽く俯いている。何やら呆れているようだ。


「おお、ニーナではないか! 侵入者がいると聞いたので飛んできたぞ!」

「文字通りに飛んでくるな。お前が今回、どれだけ城を壊したのかと思うと頭が痛くなる……」

「フム、大変そうだな! ……おお? お前が侵入者か!?」


 女は俺を見て、大げさに驚きながら言う。


「そうだけど、お前は誰だ?」

「私はフレア・ブリンガー! 今代の勇者の1人だ!」


 その女は名乗りを上げ、自らを勇者と呼んだ。

 どうやら俺以外の4人の勇者の内の1人らしい。


「侵入者は捕まえる! それが決まりらしいので、覚悟しろ!」

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