人工知能考察会話


 プログラとの衝撃的な出会いから、数日が経過した。

 あれ以来暇な時があればプログラを呼び出すようになった。

 といっても、学校など目立つ場所で遊ぶのは色々な意味で問題があったし、何よりプログラ自体がどうも外では動作しないよう設定されているようだった。

 AR上の物体は情報を共有しない設定にすれば、他人のグラスに表示される心配もないのだが、その抜け道はいくらでもある。

 だからいつもプログラと遊ぶのは自室の、俺の部屋に限られた。

 はじめのうちは仮想の存在とはいえ、同じ年頃の女子が自分の部屋にいることに若干の抵抗もあったが、そんな些細なことはすぐに気にならなくなった。

 プログラの学習能力の高さと、その多彩な反応に夢中になったから。

 彼女は言語や音に関わる物以外にはほぼ完璧に対応できた。スポーツは基本的になんでも出来た。サッカー、バレー、バトミントン、などなど。

 もっと広い部屋が欲しくなるぐらいには、ルールや遊び方の理解度、その動作も遊ぶ度に洗練されていった。といっても室内で出来るスポーツには限界がある。

 今度は道具を使った遊びを試すことにした。

 オセロやトランプなどゲームもプログラはすぐに理解していった。

 それなら、と思い今度は小学生レベルの計算をさせてみる。

 彼女の現状の知識がどのくらいかを知りたかったからだ。

 簡単な足し算や引き算など、両手で表現できるものならすぐにこなせた。

 ただ、両手だと表現できるものがあまりにも限定されてしまう。

 だから紙とペンを持たせてみたらどうだろうかと思いついた。

 いくつかの計算をさせてみると、どうやら彼女は小学生低学年ほどの知識しか持っていないようだった。

 コンピューター内部ではもっと複雑な演算処理を行っている。

 だというのにそれが創り出した目の前の彼女は、小学生レベルの計算も上手くできないのがなんだかおかしかった。

 教えればすぐに小学生レベルの計算もこなせるようにはなったが。

 なんとなく違和感じたけれど、それが見た目とのギャップかそれとも根本的なものに起因しているせいなのか、いまいちはっきりしなかった。

 それに、そんな疑念も新たな思いつきですぐに頭から消え去った。

 紙とペンが使えるなら、このまま数学の学習を続けるよりも面白そうなことができる。

 たとえば、絵が描けるのかどうか。

 AR上に、プログラでも使えるよう設定した白い紙と各種の色のペンを作り、彼女に渡してみた。

 反応が鈍いので、まず俺が彼女のお手本になるように紙の上に絵を描く。

 下手くそな風景画。

 絵本によく描かれているような太陽と、大地と、何故かいる牛。その動作と絵で納得したのか、自分のペンで絵を描き始めた。構図自体は俺と同じものだ。

 だがその細部が違う。線の弾き方も、太さも、レイアウト自体は変わらないのに、幼稚園児が描いた絵が小学生くらいが描いた絵になっていた。


「……俺より上手いのかよ」


 プログラが不思議そうに首をかしげる。

 彼女は絵を描くという行為が気に入ったのか、描くことに夢中になった。

 その様子が面白かったので、好奇心から空間上に直接落書きできるペンを渡してやると、更に部屋中に落書きをし始めた。

 一人暮らしの寮、その辛気くさい部屋の中がカラフルな蛍光色で彩られていく。

 以前何かの映像で見たネオン街を彷彿とさせる光景だった。



 これまで見てきたプログラの振る舞いから推測するに、確かにプログラは学習して、それを即座に反映しているのは間違いのない。

 石崎は言語についてまだ学習し切れていない、という趣旨のことを言っていた。

 だがこれだけの認識能力があるのなら、教えることも不可能ではなさそうに思えた。

 それならばと、俺はアプリを操作して自分のペンを作り出した。

 試しに、声に出しながら文字を描いてみる。

 すばる

 空中に俺の名前を浮かべた。プログラを誘い、いつものように動作を教え込み、いつものようにプログラが頷く。

 すばる

 プログラが俺の名前をひらがなで描いた。

 文字を認識して真似をすることはできる。

 ここまではよし。

 次に俺は自分自身を指さした。そしてそこにもう一つ動作を付け加える。

 すばる

 声に出しながら再び同じ文字を描いた。俺はすばる。そう動作で示したつもりだ。

 このパターンを何度か繰り返す。

 プログラは頷いて自分自身を指さす動作をすると、空中に文字を描いた。

 すばる

 予想していたものと些か違う結果が返ってきた。

 現状ではなんとも言えないの、。とにかくもう一つ実験してみる。

 俺はプログラを指さして、次にぷろぐらという文字を描く。これを学習させる。

 彼女は笑顔で自信ありげに頷いた。

 そしてプログラは俺のことを指さすと、空中に文字を描いた。

 ぷろぐら

 俺は諦めなかった。何度か繰り返し学習をおこない、そして発展させれば俺がで、自分がだということを理解する筈だ。

 そう信じて何度も何度も繰り返してみるが、思うようにいかなかった。

 何故こんなにぎこちないのだろう?

 他の動作に関しての認識や学習は驚くほど早い。

 人と同じように考え、あるいはそれよりも素早く物事を学んでいる様子だった。

 だというのに、言語が関わってくるとプログラは驚くほど理解が鈍くなってしまう。

 以前にも似たようなことがあった。

 その時の俺は動作によるコミュニケーションを色々と試していた。

 そしてふと、手話を使って会話をすればいいことに気が付いた。

 俺自体は手話に明るくなかったので、グラスに見本を表示させて、それを参考にプログラに見せるように手を動かしてみる。

 質問に答えられるのかどうかを、まず試してみた。

 今日 天気 何?

 当のプログラは首を傾げる。何度か繰り返してみたが、やはり戸惑うばかりだ。念のため世界標準のものや、別の国の手話もいくつか試してみたが、同じ事だった。

 この時はプログラを動かしている人口知能、つまりカグラ本体に手話という知識が存在していないのだと思った。手話が情報として蓄積されていないのだと。

 なら俺が教えてやればいい。

 情報が存在しないのであれば、俺が新たに覚えさせればいいのだ。スポーツやさまざまな動作から、かなり高い学習能力を秘めているのは間違いない。

 そう思い、天気に関する動作を片っ端から覚えさせていった。

 その意味するものについても、映像や身振り手振りで教えたつもりだった。

 しかし結局は断念せざるをえなかった。動作を覚えるところまではできる。

 だが動作は覚えても、それが意味するものをまるで理解できていないようだった。

 リンゴを見せても、それがリンゴだと認識できないかのように。

 文字を描く実験についても同じ事が言える。

 どうも俺のことをすばるだと認識しているわけではなく、自分を指さす行為がすばるという文字を描くモーションに。

 相手を指さす行為が、ぷろぐらという文字を描くというモーションに繋がってしまっているらしい。言語が関わってくるとプログラは本当に鈍くなる。

 そもそもプログラには、名詞や動詞などを含んだ品詞という概念そのものが存在していないかのようだった。単純に言語でのやりとりができないのか。

 しかしこれまでの実験の結果から動作を介したコミュニケーションは成立しているように思える。スポーツや道具を使用した遊び、絵を描くことはユーザーの周囲の状況を映像で認識しているからこそできた行動だ。

 つまり本体のカグラが映像から入力を得て、それに相応しいものをプログラの反応として出力している紛れもない証拠だ。

 そして手話や絵を描いたコミュニケーションも、その延長線上にあるはずだ。

 だというのに言語が関わった途端に意思の疎通が難しくなった。

 まるで意図的に制限されているかのように。

 これは脳に備わっている知能そのものに関わる問題なのだろうか? というよりも実際は内部的に複雑な処理を行っているわけではなく、今までコミュニケーションが成立していたように振る舞っていただけに過ぎないのか。

 特定の入力に対してモーションを複数用意し、それらの中からランダムで選び出す。その結果観察しているユーザーが、そこに勝手に人間らしさを見出ししまう。

 その方が開発を行うにも圧倒的に楽な作業で済むだろう。

 しかしこれだと俺と石崎が目指していたものとはなんだか方向性が違う気がする。

 だが、と、それらしく振る舞っているのと、どこが違うというのか。

 コミュニケーションが成立するなら、他の人間から見れば何も変わりがないじゃないか。

 そもそも同じ人間同士だって、認識の仕方が根本的に違う可能性だってある。グラスからの映像は見れても、他人の脳からの映像を覗くことなんてできないのだから。

 そうやって俺は泥沼のような答えのでない問題について延々考えた。

 考えれば考えるほど頭が痛くなった。人間の認識に関わる分野についてまったく知識がない。もしそうなのだとしたら、俺が答えを出せるわけがなかった。

 石崎達開発者以外に。それなら、石崎本人にカグラの妙な挙動と一連の出来事と、その諸々の疑問をぶつけてみるのが一番手っ取り早い。

 学校で適当な時間を見繕って質問してみると、石崎はこともなげに答えた。



「あぁ、まぁだいたい君の推察の通りだよ」

「え?」

「プログラの言語認識の機能は意図的に制限されてるってこと。本当はもう少し賢いし、君が教えたレベルならすんなり学習できる筈だよ」


 知能というシステムの根本に、どっしりと横たわっているような問題だと思い込んでいたのだが、あっさり答えが返ってきた。

 俺が頭を悩ませた意味は一体なんだったのだろう。

 しかし肝心の制限する理由がよく分からなかった。


「……なんでだよ。理解出来ても、上手くプログラのモーションに反映できないとか?」

「んーまぁそれも一応あるけど、制限してる意図はもっと別なところにあるんだ。それについては、今君が触れているプログラそのものについて説明しないといけないね」


 石崎は腕を組んでまるで演説をするかのように話始めた。

 長い話をする時のお決まりのポーズだ。


「そもそも君はスポーツやゲーム、落書きをすることから、プログラが意味や行動を理解して繋ぎ併せたり、別の行動を絡め合わせて発展させる、いわゆる学習をしたと思ったわけでしょ」

「あぁ、まあそうだな」

「プログラが本気を出せば、野球選手並のホームランや、ピカソみたいな画、というかそのものが出力できる」

「な……」


 驚いてから俺は考えた。

 言われてみればその通りだった。別におかしなところなどない。

 俺の部屋で最初に見せたあの美しい宙返りのように、機械的な学習を繰り返せば、いずれはそんなこともできるようになる筈だ。

 俺は頷いた。


「それは理解できる」

「本当に?それなら、その先も想像できる筈だ。繋君はプログラを、彼女と一緒に遊んでどう思った?」

「どう思ったって、俺が教えたことを自分で覚えて、考えて、学習しているように思った。……それが何か関係してるのか?」

「その様子じゃ、やっぱりまだ理解できてないみたいだね」


 からかうでもなく、石崎は素で言ってる様子だった。

 どう説明したものかしばらく考え込んだ後に、石崎は口を開いた。


「結論を言ってしまえば、プログラは僕たちが目指している人工知能ではないんだ。繋がりはあるけど、そもそも別物なんだよ」

「……どういうことだ?」


 不穏な気配を感じた。まさかとは思うが俺が離れてからプロジェクト自体が変化してしまったのだろうか。


「少なくとも俺には学習しているようにしか見えなかったが、あれはやっぱりただの見せかけだったってのか?」

「うーん、当たらずも遠からずってとこかな。でも、そこが重要なんだ。まるで君が、つまりユーザー自身が自分で知能を、AIを育てているかのような体験。それがプログラの本質なんだよ」

「どういうことだよ」


 一体何の話をしようとしているのだろうか。

 まだ話の終着点が俺にはよく見えなかった。

 石崎がにやりと笑って、こめかみに指を当てた。


「プログラを動かしている人工知能……カグラは大規模なサーバーにある。そしてプログラを実際に動かしているのはカグラ。君はそう思ってるんだよね」

「……違うのか?」


 俺を見て、石崎は応えずに話を続ける。


「君は、プログラが知らないことはカグラも知らないと、そう思い込んだんだね、でも実際には違う。プログラはいわばカグラの派生物なんだよ」

「……カグラとプログラは別物ってことか?でもお前、最初に説明しなかったよな」


 俺の質問がまるで聞こえていないかのように、石崎は目をつぶって言葉を選んでいる様子だった。スイッチが入ってしまったようだ。


「実際には、カグラ本体は僕たち開発者が大量にデータを入力して、学ばせて、たいていのことを学習済みなんだよ。プロ並みに野球をしたり、絵を描いたり、踊ったり、戦ったり。既に学んだことはなんでもできる。機械的に入力したモーションをそのまま真似るのではなく、ね。実を言えば君が教えた行動は、僕たちがとっくに教え込んだものの一部にしか過ぎないんだ」

「なら……」


 石崎は俺の目の前に手のひらを伸ばし、質問を遮った。


「繋君をはじめとするユーザーに提供されるプログラは、基本的には子供のような知能を持った存在として振る舞う。提供される知能レベルは中学生ぐらいのものだったり、高校生ぐらいのものだったり、大人だったり、柔軟に対応することもできる」

 このままだと一方的にしゃべり続けそうだったので、俺はなんとか横やりを入れた。

「だから、なんでそんなことをする必要があるんだ?大量の知識を溜め込んだ人工知能がいるなら、それをそのまま提供すればいいじゃないか。リソースの問題……ではないな。ユーザーごとに変更を加える方が、余計な手間や処理が必要だろうし……」

「じゃあもう一度質問をするよ。繋君はプログラと遊んで、彼女が学習して成長するのを見て楽しかった?」


 ぼんやりとだが、会話を続けている間に石崎が何を言いたいのかが分かってきた。


「……あぁ、楽しかったよ」

「さっきも言ったけど、そこがプログラの本質。一番重要な仮想体験なんだよ。つまりね。プログラは人工知能カグラプロジェクトの、ネットワークサービスの一環なんだ」

「あー……」


 ようやく得心がいった。


「要は自分で人工知能を育てよう!って、ARを使った商売でも始めるつもりってことか?」

「そう!そんな感じ!ユーザーは自分が選んだプログラと、一緒に遊んで、学んで、成長するんだ。そしてユーザーはAIを学習させる楽しさに価値を見出すわけさ。その体験こそが人工少女プロトカグラそのものなんだよ」


 相変わらず回りくどい言い方だったな。

 俺は心の中でそう毒づいたが、すんなり理解できたのは間違いなかった。


「つまり、俺が見たプログラは学習しているわけではなく、学んでいるように振る舞っていただけだってことか」

「その通り!」


 嬉しそうに叫んだ後に石崎はばつの悪そうな顔をして、騙すつもりはなかったんだけどねと付け加えた。

 そして、ここからが肝心な部分だと目を輝かせながら話を続ける。


「プログラは何もマニアに向けただけのネットワークサービスじゃないんだ。対象ユーザーにあわせて姿や形、そして学習状況や学習速度も変化できる。ユーザーが子供なら同い年くらいの姿にして一緒に学ぶことや、教職者なら生徒に学習させる疑似体験をすることだってできる。これってすごいことだと思わないかい?しかも将来的には人間の姿だけじゃなく、犬や猫みたいなペットとして、もっと根本的に違うものとして、提供することも考えているんだよ。専用のモーションも必要だけど、決して不可能じゃないんだ。カグラは学習すればするほど知識をより吸収しやすくなるし、学習データが集まれば更にその幅も広げることができる。つまりこれが意味することは、プログラはあらゆるサービスに繋げられる可能性を秘めているってことさ。しかも今すぐにでも新しいビジネスに繋げられる。需要だって一杯あるんだからね!」


 石崎が力説した。熱をこめた演説を披露する石崎とは対照的に、俺は気後れしていた。

 つまりカグラプロジェクトは、プログラという存在にすり替わってしまったということだろうか。

 もう、カグラプロジェクトは存在しないのだろうか。

 郷愁にも似た気持ちが俺の心を占有していた。

 

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