第14話 暮らし万事休す         

僕の前に穴はない 僕の後ろに穴はある ああ、美人よ 乳よ

僕を独り勃ちさせる豊満な乳よ 僕から目を離さないで守る事をせよ

常に乳の気迫を僕に充たせよ この尊い童貞のため この尊い童貞のため


『ぶわははははははははははははは!!!!!!!』


 かの著名な文化人の詩を捩った僕の新作『童貞』はその場に居合わせた全員を爆笑の渦に巻き込んだ。


「さすがもも先輩ですなー。天才的なセンスですぞ」

「進路希望に歌人と書くべきでしたね」

「人間国宝ならびに文化勲章ものですな」


 僕はみんなからの絶賛(その場のノリ)を浴びながら、腕を組んで満面の自慢顔で椅子に座りながらふんぞり返っていた。


 僕が所属している、ここ新聞校報部の拠点となるパソコン室はいつも馬鹿ども(褒め言葉)で賑わっていた。ゲームや漫画、下ネタなんだろうとフリーダムなオタク集団である。


 一応は、学校のホームページの運営や各部活から要望された印刷物の作成や配布などの校報活動を担った部である。でも実態は変態予備軍(褒め言葉)の巣窟と化していた。もちろん、やるときはやります。


 特に今は大きなイベントや行事もなく、暇を持て余していた僕らは、誰が発案したかも分からぬ各々がパソコンのワープロソフトで作成したバーリトゥードな替え歌を印刷して交換し合うという、地球にも誰にも優しくない遊びを行っていた。


 僕も一応は引退という扱いなのだが、結局は放課後に入り浸り、一年生と二年生を含めても6人ばかりの部活動だが、学年や序列などは殆ど関係のないある意味で汗臭い青春を謳歌していた。


 こいつらとの日常も、あと半年もすれば味わえなくなる。そう思うと寂しさが込み上げるが、今はそんなことを考えずに素直に連中と遊び騒ぎたかった。


 結局、鯨武さんが来なかった昼休み後の授業を無気力に(いつも以上に、いつも以上に)過ごした僕は、嫌なことは忘れるべく放課後に部室へと向かい力で想像力とボキャブラリーを働かせていた。


 ひととおり皆の力作替え歌を披露し合ったのち、満場一致で僕の作品は最優秀賞に選ばれた。大いにウケを取ってからの後始末として、先生にバレて怒られないように室内の隅にある書類用シュレッダーで作品の証拠隠滅をはかる。その際、僕はそこでもシュレッダーに書類を挿しこみながら「紙はバラバラになった!」とレトロゲームのRPGネタを披露して更なるウケを得た。


 なんとも無駄に絶好調な放課後を過ごす僕だが、むしろこれが普段の自分なのですよ。甘酸っぱい青春など無縁に、男と男のラブゲームを行きずってこそ我が生きる道、のり過ぎたのはお前らのせいよ。


「百式先輩、優勝した記念に全員にジュースを奢って祝勝会を開きましょう」

 後輩の一人が、ここぞとばかりに都合よく人を煽てようとする。


 僕は「調子に乗るな」と後輩の頭を軽く叩くなどそんな馬鹿なやり取りをする中、部室の入り口の扉からノック音が鳴る。そして扉はすぐに開くとともに「失礼します」と言いながら二人の女子生徒が入室した。


 透き通った女子の声を聞いた瞬間、先ほどまでの盛り上がりが嘘のように全員一斉にピタリと静かになる。お前らはコオロギか。しかし、ここに居る連中は普段から女子とは話さない連中なので仕方がない。


 とりあえず僕は後輩の一人に用件を聞いてくるよう軽く指示をする。今までにも何度か印刷、配布物の作成依頼で女子生徒が訪れることはあったが、やはり誰もがその都度、女子の前では実力を発揮できずにいた。僕だって鯨武さんと接してきた経験がなければ、きっとこいつらと同じようにドキドキしていただろう。


「百先輩~。この人たち、先輩に用があるらしいですよ~」

 女子生徒の用件対応を指示して少し経ってから、後輩が大きな声で僕を呼びながら戻ってきた。


 はて、一体何だろうか。見たところ、僕は彼女たちのことは知らない。ただ、シューズの色で僕と同じ三年生であるようだ。二人とも派手でも地味でもない、凛とした風貌である。一人は肩まで伸びた髪ロングヘアーがとても似合う清楚な雰囲気、もう一人は鯨武さんほどではないが短めのセミショートで、軽く色染めしているようだ。二人とも誰だろう。


「えっと…何でしょうか?」

 僕は部室の入り口で待つ彼女たちの所まで赴き訊ねる。心なしか二人に観察されたような気がした。


女子生徒たちは互いに顔を見合わせる。しばらくして、ロングヘアーの女子が口を開いた。


「えっと百式君だよね?今日だけど、昼休みに由美…えっと鯨武由美に会えなかったでしょ?」 

 突然出た鯨武さんの名前に僕は驚きを隠せなかった。あまりに予想外な展開に、僕は声を出す前に思わず二、三度頷いてしまった。どうやら彼女たちは鯨武さんの友人のようだ。


「実はね。今日は由美、少し具合が悪くて学校休んでたの」

「え、そうなんだ」

 

 続けて話す彼女の言葉に僕は即答した。そうだったのか。確かに鯨武さんが休みなのは心配だが、不謹慎にも今日は屋上に現われなかった理由に少し安心をしてしまった。反省、反省…。


「それで、休み時間に由美の家に電話してみたらさ、B組の百式君に一言謝っていたと伝えてほしいって頼まれたの。それで探してたんだけど、B組の人に多分ここにいるからって聞いて」


 彼女たちはわざわざをそれを告げるために、僕のところに訪ねてきてくれたのだった。僕は彼女たちにお礼を言った。するともう一人の女子も口を開き、僕に向かって話し始める。


「ねえねえ、百式君って、由美のこと好きなの?」

その言葉に僕の思考ならびに空気は一瞬停止する。そして…


「ええ、ええ?うえああああ?と、ととっと突然何をさ?!??言うさ?」 

僕はどう見ても微塵も隠しきれていない、動揺と興奮で返事をした。


「最近、由美が昼休みにゲームで遊んでるっていうのは知ってたんだけど、先日、土曜日に会ったときにゲーム好きの男子の相手してるって聞いたの。それで百式君のことも少しは気になってたんだよね」


 いや、ごもっともだと思います。鯨武さんのような大らかな人が僕のような変態オタクと会っているとなれば、気になるでしょう。だけど僕は決してやましい気持ちとかはなくて、純粋に彼女との交友を楽しませてもらっていると言いますか…


 よく分からない言い訳、言い分を心の中で整理するが、何と答えるのが正解なのか。でもとにかく、これだけは言える。僕は彼女たちに『悪い奴と思われたくない』という気持ちで必死だった。


「でも、最近、由美とても楽しそうだよね、明日香」

「だね。あの子、ゲーム好きだけどじっくり遊んでくれる友達はいなかったから」

 と、セミショートの女子はロングヘアーの女子に話しかけた。


「というわけで、百式君。君にはチャンスがあるかもなのだよ」

「もう、美鈴ったら。からかったら失礼でしょ」

 不適な笑みを浮かべながら、クイズ番組の終盤で逆転優勝を煽るように僕に話しかける美鈴さんと、それを静止するように、でも楽しんでいるな態度の明日香さん。だけどその二人を見て、これがあるべき理想の女子高生の姿だなと、僕は味を噛み締めていたのは態度に出さないようにしていた。


「じゃあ伝えたから。それじゃあね」

「あ、ちょっと待って」

僕は、その場から去ろうとする彼女たちを呼び止めた。


「えっと、今日はもう鯨武さんに連絡したりはしないかな?」

僕が彼女たちにそう告げると、少し間を置いて美鈴さんが一歩前へ出る。


「なんだったら私、お見舞いついでに由美のところに立ち寄るから、約束は出来ないけど、言づてしとくよ。何?愛の告白?」


 美鈴さんに大いにからかわれて僕は動揺しそうになる。まあ、成功率100%ならばぜひともお願いしたいけど、生憎、僕のような小心者は『命中率99%』でも信じられないのでご遠慮願いたい。

 僕は美鈴さんに「そんな大したことじゃないよ」と、はぐらかすとともに小さな用件を告げた。美鈴さんは一瞬「なんのこっちゃ」と言わんばかりの表情を見せたが快く引き受けてくれた。そして改めて彼女たちは部室を去って行った。


「百式殿、今の方々は?何やら楽しげな空気に思えましたが、もしや!」

「さすが百先輩、三号生ともなると貫禄が違いますぞ」


 急な来客が去ったその途端、いつもの賑わいと活気を取り戻した後輩たちが僕に興味津々で詰め寄って来る。

 流石に今の時点で、鯨武さんとの関係を話すのは恥ずかしいし、何より現段階の日々でも裏切り者のレッテルを貼られることを恐れた。


 『そう かんけいないね』で済ましてくれるとはまずないし、羨んで『ゆずってくれ たのむ!』であれば可愛いものだが、最悪は『コロしてでも うばいとる』と逆上して、悩みつつも幸せな僕の青春に終止符を打つ可能性もある。

 もちろん、そんな馬鹿な行動をとるような連中でないことは重々承知しているが、今はやはり話すときではないと思った僕は、ただクラスの関係での印刷物を頼まれただけだと後輩たちに説明するとともに、気分を一新して言葉を続けた。


「みんな、外に出よう。好きな物を飲ませてやるよ。さっきの祝勝会だ」


     ◆


―――「楽しそうなことやってたんだね。特に替え歌」

 興味を示すのはそこですかと、思わず妻にツッコミを入れそうになる。


「とにかく、あの場にいた全員が童貞だったし、二次元に命を賭けていたからね」

 僕だって妻に出会う前は(出会ってからもだが)、やっぱり現実の女子はまだまだ崇高なる存在でしたとも。


「もし私があの部活の場に居合わせたら、もしくはあなたと出会う前にあの部活の実態を知っていたら、付き合ってはいなかったかもしれない。絶対とは言い切れないけど」

 引き気味なことを示唆しながらも、妻のキャパシティにはまだまだ余裕があるように僕は思えた。


(つづく)

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