4.まずはイメチェンしようか

    15(アルテシア=day185607/1801pt)


 翌日。


 俺とカレンは、二人で盗賊達のアジトがあった山にやって来ていた。盗賊はクレルの号令で全員集めさせている。…………のだが、思ったよりも集まっている盗賊団の人数が多い。


 昨日は精々二〇〇人ちょっとかな? なんて思っていたのだが、今俺達の目の前にいる盗賊団の人数は、どう考えても五〇〇人を超えている。


 それも、女性や子供の比率がかなり多い。


 …………まぁ、考えてみれば当然だよな。


 クレルと盗賊達は今から五〇〇年くらいから集団で生活していたらしいし、それだけ長い間生活できるような共同体なら、ちょっとした集落くらいの人数の男女がいるよね。


 元々いたメンバーに加えてカレンみたいに突然変異で忌児として生まれた少女がいたら仲間に加えたりしていたんだろう。そうすればこのくらいの人数にはなりそうだ。


 というか、ここまで来ると単なる盗賊というよりは、『盗賊を生業にしている集落』と言った方が良いのかもしれない。


 盗賊団というよりは、クレルの民って感じの趣だ。


 多分、あのときは戦闘になる可能性も考えて女子供や最低限の男は残して行ったんだろうなぁ。


 ……そう考えると、五〇〇年間ずっとこれだけの人数の集団を統治してきたクレルって、かなり有能なのかもしれない。少なくとも、俺には全く想像できない領域だぞ……。


 ちなみに、この場に全員を集めるまでに、クレルとその神職者の長――教主とは話し合いを終え、当面の方針については完成している。


 そうそう、なんとクレルには神職者が一人ではなく複数存在していたらしい。長は教主と言って、俺で言うカレンみたいな役割を担っているんだとか。カレンみたいなって言うと、マネージャーみたいな感じだろうか?


「アルテシア様、そろそろ準備ができたようです」


 そんな風に回想しつつ目の前に集まっている集団を眺めていると、横のカレンがそう耳打ちしてきた。うん、やっぱりマネージャーだ。


「まず、お前らに言っておくことがある」


 俺はまず、そう切り出すことにした。


 ここが大前提であり、ここをしっかりと解決しないことには、俺達の考える『クレルの民を救う作戦』は実を結ばないと言ってもいい。


 それは――――、


「――――村人達は、お前達の敵ではない!」


 唐突な俺の宣言に、クレルの民はポカンとしてしまった。


 でも、わりとクレルの民にはそういう認識があると思うのだ。だって、そうでなければ普通の村人から略奪をしたりするのが集落単位で認められるとは思えないし。


 悪いことをしてる自覚があってやっているわけではないのは間違いないと思う。


「お前達の敵は民衆ではない。敵はお前達が『忌児』であるとする偏見を植え付けた先人であり、倒すべき害悪はその偏見だ。今生きている民衆もまた、先人に偏見を植え付けられた被害者でしかない」


 そこまで言って、俺は目の前にいる一つの民族を見る。


 …………反発については覚悟してきた。


 だって、俺の言ってることって『お前達が悪だと思ってきたヤツはただの被害者だから、殴るのやめろ』ってのと同義だからな。善悪観が根底からひっくり返りかねないし、そんな話を受け入れるヤツはいないと思う。


 それに、この中には忌児差別によって村を追われたり、辛い思いをしてきた人達だって大勢いるはずだ。そんな人たちに、『悪いのは先人であって差別した民衆も偏見を植え付けられた被害者だ』なんて綺麗事がそう簡単に受け入れられるとは思えない。


 でも、ここで躓くわけにはいかない。どれだけの反発があっても、どうにかして話を進まなくてはならない。その為のクレルである。


「………………………………」

「(……意外とリアクション薄いですね)」


 そう思って身構えていたのだが、カレンの言う通り、リアクションがわりと薄かった。


 というか、なんか納得している感じだ。意外と素直だな。


 …………ひょっとすると、事前にクレルが説得とかしてくれていたのかもしれない。さきの打合せでも、わりと喧々囂々けんけんごうごうの話し合いになると思ったけどあっさり決まったし。


 クレルの方も、ある程度こういう流れになるのは考えていたのかもしれない。


 安心した俺は、次にクレルに台詞を譲る。俺達の考えている作戦を達成する上で、クレルのカリスマは大いに重要だからな。ここで俺が全部進めちゃうのは、クレルの民的にもちょっと問題なのだ。


「――その上で、俺達が目指すのは村人との共存になる」


 クレルの言葉に、俺は頷く。やはり、クレルの民からも特にためらいや拒否感情は出なかった。やはり自分達の神様が決めたことっていうのは大きいのかもしれないな。


 もともと、盗賊稼業をするのが嫌だった、ってこともあるかもしれないが。


「今更村人達と共存することはできねぇだろう、と思う者もいるかもしれねぇ。……だが、それについては心配するな」


 クレルは、粗暴ながらもみんなを気遣うように穏やかな口調で説明しながら、あたりを見渡す。


 …………そう。


 普通なら、こんだけ色々やっているんだから今更共存なんてできるはずないだろう、と思うかもしれない。だが、実のところ盗賊達が村人に対して与えた被害はそこまで多くない。


 精々が、ガルムに畑を荒らさせた程度。山崩しは俺が露見する前に未然に防いだから、そこに関して村人達の悪感情は湧かない。


 そもそも、ここ最近のクレルの民は王都を欺く為に盗賊同士の争いしかしていないように見せかけていた。なんだかなーとは思われているかもしれないが、悪感情については小さくなっているはずだ。


 もちろん、相乗詠唱シナジーマジックによる巨腕の件についてはごまかしが効かない。あれだけのことをしでかしたのだし、共存は一筋縄では行かないかもしれない。だが――、


「……その摩擦は、俺とこのアルテシアが協力して軽減していく」


 そのへんは、俺とクレルがどうにかする。


 悪神扱いとはいえ、神様は神様だ。村人は忌児であるクレルの民を軽蔑することはあっても、神様であるクレルについては自分達を害する敵であるにも拘わらず軽蔑ではなく畏怖の感情を向けていた。


 敵対していてもそれなのだ。実際に味方になるとなれば、畏怖ではなく尊敬の念も芽生えるだろう。


 そこに、さらに俺が混ざる。一応、これでも俺は村の大恩人ってことになっている。間に入れば、両者の摩擦は大分軽減されるだろう。


 むしろ、それによってクレルの民が増長しないか心配になってくるレベルだが…………それについては気にしなくても良いだろう。


 自分の民にそういう『歪み』を出させるのは、多分他でもないクレルが許さないはずだ。


「(…………神様であることは隠すのでは?)」


 クレルと一緒になってどうにかする、と言った俺に、カレンが小声で問いかけてくる。あぁ、打ち合わせの段階では共存を目指すって話しかカレンにはしてなかったっけ。


「(もうバレてるし、今更だろ)」


 俺が神様であるっていう情報については、既に村中に拡散されている。もちろん表立って崇められることはないが、何となく接し方で分かってしまうのだ。みんなよそよそしくなってしまって俺はさびしい。


「で…………俺達も最大限努力はするが、お前達にも協力はしてもらう。いいな?」


 そう言って、俺はクレルの民を一瞥する。ここで初めて、民衆にどよめきが生じた。


 どんなことになっても受け入れる覚悟はあったんだろうが、何かをすることになるとまだ心の準備ができていないんだろう。


 まぁ、そんなに難しいことは要求しない。五〇〇人以上の集団に厳しいこと要求したら、絶対に瓦解するからな。軽いことを要求してやっとギリギリ、ってくらいだと考えた方がいい。


 要求というのは、



「イメチェンだ」



 …………………………。


 キメ顔でそう言った俺だったが、リアクションは最初と同じ『ぽかーん』だった。


 いや、あまりに唐突なのは分かるけど、それでももうちょっとリアクションしてくれよ。え? イメチェンって通じない? 死語になってるの?


 …………いや、仮に死語だとしても通じないのは有り得ないよね? だって神様の言語は勝手に通じるようになるって仕組みだし……。


「イメチェン、だっ!!」


 改めて、俺は言い直す。


 するとやっと意味を理解したのか、クレルの民にようやくざわめきが生まれてくれた。そうだよ、それで良いんだよ。リアクションがないと不安になるだろ。


「まず、俺が思ったことだが――――お前達は、ムサいのが多すぎるっ!」


 調子を取り戻した俺は、そう言ってクレルの民に指を突きつける。


 あっ、女性陣がちょっとショックを受けてる。


「女の人達は別だぞ」


 そう付け加えると、女性陣はほっと胸を撫で下ろした。


 女性陣は全体的に短髪な方々が多い。多分、色々と身体を動かすことが多いから長い髪はやっていけないのだろう。シニオン村の人達も髪が長い女性は意外と少なかった(長くても肩より少し下くらい)からなぁ。


 ちなみに、クレルの民(男)は盗賊生活が長かったせいか、毛むくじゃらばかりだ。打ち合わせの時にクレルに理由を聞いてみたところ、『動物と似たような理由だ』とのこと。


 なんでも、戦闘沙汰が多いから毛むくじゃらにすることである種の盾みたいにしていたらしい。牙や爪くらいなら、ヒゲや髪のお蔭で急所を外してくれたりすることがあるんだそうな。


 あと、それ以外にも威嚇の効果があるんだとか。まぁ、毛むくじゃらで強面なムキムキマッチョがいたら俺だって怖い。神様じゃなかったらチビってると思う。


 そんな感じで五〇〇年続けていたからか、男達はもう毛が濃いのが遺伝されちゃっているらしい。


 だが、野生の知恵も威嚇能力も村人生活には必要ない過去の遺物だ。むしろ共存の邪魔になるのだから、そういうのは切り捨ててもらうしかない。


 だから――、


「まずはお前ら、ヒゲとか全部剃れ!」


 ビシィ! と宣言してみた。


 三日ほど村で過ごしたが、ヒゲ生やしてる人はいたけど最低限顔のラインは分かったぞ。顔のラインがモジャるほどのヒゲはなかった。盗賊っていうイメージを払拭する為にも、そのへんの特徴的なヴィジュアルは排除すべきだ。


 ちなみに、髪型についてはわりと多様化してたが、伸ばし放題っていうのはなかった。ひょっとするとヘアスタイルにうるさい神様もいるのかもしれないな…………。


「もちろん、お前達の生活習慣や文化を全て取り上げたりするつもりはない。なるべく尊重したい。でも、何もかも尊重してたら共存なんて夢のまた夢だ。どこかしらで折り合いをつけなくちゃいけない」


 俺がそう言うと、クレルの民は一様に頷いてくれた。


 …………よかった。民の中で毛のモジャモジャ感がセックスアピール文化になってるとかだったらかなり根強い反対が出てきかねないって思ったんだけど、幸いにもそういうことはなかったらしい。


 まぁ、トップであるクレルやその周辺――神職者は比較的さっぱりとしているから、その影響もあるかもしれないが。


「俺からも、頼む。俺はこれが、みんなを幸せにできる唯一の方法だと思ってる」


 そうクレルが言うと、クレルの民はどっと沸いた。


 …………さっきの俺とは比べものにならないリアクションだ。やっぱりホーム(?)ってことなのかな……。まぁ俺は外様みたいなもんだしな……。


「(アルテシア様、元気出してください。あなたの民は此処にいますよ)」


 ………………うぅ、うちの巫女が天使すぎる…………。



    16(アルテシア=day185607/1797pt)



 それから一時間ほど。


 クレルの民(男)の毛むくじゃらがなくなりました。みなさんさっぱりした自分達が新鮮なようで、『お前誰だ!?』『お前こそ誰だ!?』という微笑ましいやりとりをしている。


 ちなみに、毛むくじゃらではあるが、彼らは不潔ではない。そこのところは元現代人であるクレルがいるのである意味当然かもしれないが、水魔法があるから湯浴みは貧しさとは関係なくできるのだ。


 水道代とガス代がただで済むとか、異世界ライフは貧困にも優しいな……。魔法が使えるのが前提だけど。


 あとは服装だが…………彼らの服装は、村人のそれよりも若干ボロボロだ。


 水魔法があるから洗浄はできるが、劣化まではどうしようもない。服飾に詳しい者もいないから、盗賊稼業で賄わなくてはいけなかったらしい。


 まぁ、村人との共存が上手く行けばいずれは服も手に入るだろう。あとは威嚇だけはしないように気をつけてほしいと思う。


「…………それじゃあ、俺はこれから交渉してくる。お前達はクレルと一緒に待っていてくれ。話が終わったら挨拶回りしに行くから」


 と、俺は村長の家の裏手でこのために選抜したクレルの民に指示を出していた。


 村長の家は、村の北に存在しているでっかい屋敷だ。聞いた話だとここは首相官邸のようなものらしくて、村長に選ばれた者の家族はここで暮らしたりするらしい。


 村長になる前の家は普通に残されていて、任期が終わるとそこに戻るんだそうな。家をきれいに保つ為の仕事もあるらしい。


 で、このシステムを提案したのもシニオン神だとお肉屋のオッサンが言っていた。いまいち意図が分からないが…………まぁ腐敗を防ぐ為の措置ってことなんだろうか?


 閑話休題。


 クレルの民に言い含めた俺は、カレンを伴って村長の屋敷に入る(もちろん、アポはとっているぞ)。


 屋敷の中では――――、



「お待ちしておりました、神様……!」

「えっ」



 なんか村長らしき四〇代くらいのオッサンが、土下座して待機していた。


「この度は村に襲い掛かった災厄を打ち払ってくださり、まことにありがとうございます。村民一同、アル様のご神徳に感激しております」


 呆然としていた俺に、村長のオッサンはさらなる感謝の言葉を叩きつけてくる。


 てっきり対等な交渉をするつもりだった俺は、思わず頭の中が真っ白になってしまった。ええと、ここからどう俺の思い描いていた流れに持って行けばいいんだ……?


「――――面を上げなさい」


 と、ぼやぼやしていた俺の横で、カレンがそんな風に言った。すると、村長はおそるおそる顔を上げてカレンの方を見た。


 っていうかカレン、いつの間にそんな貫録を……?


 …………そっか、客観的にみると力関係は『神様>神職者』で『神様>>>普通の人』くらいだから神職者であるカレンの方が村長より立場が上になるわけか。


「まず、こちらはアル様ではなくアルテシア様。アルというのは、世を忍ぶための仮の名前です。そして、アルテシア様は交渉の席を求めています。ここでこうしているのは、アルテシア様の望むところではありません」

「は……はっ! 失礼しました! これはこれは!」


 カレンが懇切丁寧に俺の意図を代弁してくれると、村長の人は顔を青くしてすぐに立ち上がり、居住まいを正した。


 ……いちいちオーバーな感じでどうも落ち着かないが、これが神様の普通デフォってことなんだよな。早く慣れないとな……。


「で、ではご案内いたします」


 そう言って、村長のオッサンは俺達を客間のようなところまで案内してくれる。


 屋敷の中は、けっこう和風な雰囲気だ。石造りとかはただの村では厳しかったのかもしれないが、これはこれで現代的な趣を感じる。武家屋敷って感じだな。


 これで床が畳だったら完璧だったんだが……流石にそこまでは(おそらく)シニオン神もこだわりきれなかったらしく、普通に板張りだった。


「そちらにおかけください」

「どうも」


 俺とカレンが腰掛けると、遅れて腰掛けた村長のオッサンは座ったままで改めて深々と頭を下げた。


「重ね重ね、このたびは本当にありがとうございました。は、記念にお祀りさせていただくつもりです」

「…………災厄の残骸?」

「あの、巨大な腕です。アルテシア様に打ち倒していただいた」

「……ああ…………」


 どうも、村長及び村の人達はあの腕を災害か何かと勘違いしているらしい。まぁ、相乗詠唱シナジーマジックはクレルの民が開発した技術っぽいし、普通の人達からすればあんなの神様でもなければできないよなって感じだし。


 さて…………どうするかな、これ。ここを勘違いしてくれてたら、クレルの民への悪感情って大分減ると思うのだが……………………。


 …………、……いや、言っておくか。


「実はそれ、災害とかじゃなくて盗賊――――クレルの民の仕業なんだよね」

「な、何ですと!?」


 予想通りの驚愕を示してくれた。わりと憤慨も混じっているようだが。


「やはり……忌児の集団だからな…………」

「私も忌児ですが?」

「…………!!!! も、申し訳……!」


 カレンがさらっと言った言葉に対して、村長のオッサンは顔を思いっきり青褪めさせる。見ていて不憫なレベルだ……。


「いや、良い。謝ってくれるならそれで充分。しかし、そうだな……。その『忌児だから』というのはやめにしないか?」

「…………と言いますと……」

「お前達は、忌児は魔物に近い存在だから忌まわしいと言うが……ぶっちゃけ魔力の多寡なんて、今の時代どうとでもなるだろ?


 ルールブックにはなかったが、クレルがやっていたように魔法技術ってのはかなり進歩しているし、やり方によっては魔力の量なんて簡単に覆せる。それなのに魔力が多く生まれた子供を忌児と言って忌避するのは、ナンセンスな時代がそろそろやって来そうなはずなのだ。


「たとえば――背が高い子供と背が低い子供がいたとする。背が高い子供は魔物の大きさに近いから、忌避する。これはおかしいだろう?」

「確かに、それはそうですが…………しかし……」

 村長の返事はどこか納得がいかなそうだ。まぁ、そうだろう。今までは当然の価値観だったんだしな。神様とはいえ、言われたからってすぐに偏見が直るわけじゃないだろう。


 まして、実際に『忌児は盗賊になる』というデータが目の前にあるわけだ。


 たとえそれが、『そうやって忌児を差別するから盗賊になるしかない』のだとしても、因果関係の全体が見えていない人に言ったって仕方のないことだ。


 人間、感情を排して合理的に全てを正しく判断することなんてできない。俺だってできない。そんなことができるなら、前世で宗教問題だの民族問題だのは起こらなかっただろう。


 こういう問題は、それこそ年単位でやっていく必要がある。それでもしこりが残ってしまうかもしれないんだ。だから、ここではそんなにしつこく言うつもりはない。


「まぁ、それに心配するな。件のクレルの民達は、俺が調伏し改心させた。今はもう、誰かを傷つけようとはしない。安心してくれ」

「それは本当ですか!? 流石は神様です……!」


 話を変えるように言うと、村長は顔を明るくして食いついてきてくれた。忌児で盗賊だから、多分村的にはかなりの脅威だったんだろうなぁ。


 …………まぁ、その先の『交渉』は村にとっては厄介でしかないかもしれんが……。


「ついてはクレルの民をこの村に移住させたいんだが」

「えっ」


 そう言った瞬間、村長の顔が真顔になったのが分かった。うん、想定の範囲内だ。でも、ここで諦めるわけにはいかないんだよ。


「…………そ、それは流石に……。この村には盗賊団が移住できるほどの土地はなく……」

「それは大丈夫だ。俺が作る」


『リフレクトキャノン』とかでな。


「しかし、畑がありませぬ。畑がないことには、食糧もなく……」

「畑も作らせるし、食糧は備蓄がある」


 なんでも、この先一、二年は食べていけるだけの備蓄は用意できているらしい。


 …………ただ、彼らとしては一、二年しか食べていけない備蓄は殆ど死にかけも同然なんだとか。まぁ盗賊だし、常に食糧が手に入るわけじゃないからな。不測の事態ってのも考えないといけないし。


 そりゃ、クレルも村を潰そうと焦ったりするわけだなと変に納得してしまった。


 すらすらと問題を解決していくと、いよいよ村長としても断る理由がなくなってきたのだろう。非常に嫌そうな顔をしながら、言いにくそうにこう言った。


「…………申し訳ないのですが、正直なところ、盗賊達を大量に村に入れるのは……」

「心配は要らない。神たる俺が、お前達の安全を完璧に保障する」


 だが、そこで押される俺ではない。ゴリ押しで胸を張ってやる。


 …………無責任も良いところなのだが、実際に村を救った俺が言うと説得力も倍増するらしく、村長の気色が少しよくなった。


 ここぞとばかりに、俺は畳みかける。


「あと、クレルも協力してくれるぞ」

「…………!?!?!?」


 今日一番の驚き顔が見れた。


「クレルの民を改心させる過程で、クレルを説得してな」

「なんと…………」


 もう、驚いて声も出ないって感じだ。

 まぁ、ずっと前から悪神としてならしたクレルが味方になるというのだから、村長の驚きもひとしおだろう。俺は前世でも宗教とのかかわりが薄かったから、その感覚がどんなものかは分からないが…………。


 …………好きなアニメキャラの属性が急に変わった、とかそんな感じだろうか?


「もちろん、この話はお前達にとっても悪い話じゃないと思う」


 トドメを刺すつもりで、俺は村長の目を見て言う。


「クレルの民は強い魔法の力を持つ。彼らを村の経済に加えれば、その魔法技術が手に入るってことだ。そうすれば生活はより向上する」


 土魔法を使った土木工事とか、火魔法を使った仕事の効率上昇とかな。水魔法の治水技術も大幅に向上するだろう。風は…………ちょっと思いつかないな。風車を回すとか?


 ここで、さっきの『巨腕』の話が活きてくる。


 あれだけのものを作ることができるのだから、きっと魔法の技術は凄まじく進んでいるのだろう、という『期待』を村長に持たせられるわけだ。敵だと怖いが味方だと頼もしい。そんな感覚である。


 そして、こんなのは序の口だ。


「さらに、クレルの民はガルムを扱う方法も知っているという。ガルムが襲ってくる以前から獣害はあったろう? ガルムを使役することで、それらを全てゼロにすることができる」


 他にも色々あるぞ。クレルを引き入れることで神様の加護も増えるし、大幅な技術力の向上は外部からの観光客増加を促し、村の経済も活発化する。イイコト尽くしだ。


「――――アルテシア様の望みとあれば、我々は喜んで受け入れますぞ」


 と、利点を色々と説明したからか、あるいは俺の願いだったからか、どっちもか、最終的に村長は笑みすら浮かべながら了承してくれた。


 わりとゴリ押しだったが、綺麗に納得してくれたようで安心した。


 …………ホント、神様って凄いよな。俺が人間だったらここまでスムーズにはいかなかっただろうし。こういう扱いをしてもらえるのも、先人たちが『尊敬されるような神様で在った』ってところなんだろうな。


 感謝しよう。特にシニオン神。


 …………そして、多分最大の問題はそこなんだよな。


「ただ、シニオン神の村で、こんな好き勝手をしていいのかってところが気にかかるが……」


 そう。


 此処はシニオン神の縄張りなわけで、勝手に色々やったらシニオン神の面目丸つぶれだ。それは流石に忍びない。


「いえ、シニオン様でしたら名前をもらっているだけで、別に支配をしていただいているわけではありませんので、そこは別に」

「それは本当か!?」


 ……と思っていたら、わりとフランクな回答が帰ってきたので、逆に俺が驚いてしまった。


 これは…………チャンスだな。シニオン神に遠慮してクレルや俺はあくまで信仰の対象くらいにして、あまり村の運営には関わらない方針でいたが…………そういうことなら、グイグイ食い込める。


 カレンが期待しているのが、視線だけでも良く分かるぞ。


「そういうことなら渡りに船だ。これからは、この村を守護してくれるだろう」

「おいコラ、アルテシア様コラ、信仰者獲得のチャンスコラ」


 ――――言い切った瞬間、カレンに腕を掴まれて部屋の隅まで引っ張られてしまった。あまりの怒りに、ちょっと日本語が高次元になりすぎている。


 なんかこう、ヤクザ的な雰囲気すら感じさせる引っ張り具合だった。ちょっとビビっちゃったぞ俺。


「なんだよカレン。今良い感じだったじゃん」

「あのですねぇ、アルテシア様。今、力関係としてはクレルよりも貴神あなたの方が上なんです。ここで『この村は俺が守護する、クレルは部下だ』って言えばこの村の住人+クレルの民を信仰者にして継続的信仰で信仰Pがガッポガッポですよ? 時間をかけて信仰を育てたり、神職者を増やせば継続的信仰だけで一日の信仰Pが賄えるようになるかもなんですよ?」


 凄まじい勢いでまくしたてられた。


「いや、このタイミングは色々とデリケートだろ? ただでさえクレルの民は生活環境が変わるんだし、余計なところで刺激したくないんだよ」


 そう言うと、カレンは盛大に舌打ちした。この子、たまにガラ悪くなるよね。


「…………分かりました……。余計な口を挟んですみませんでした……」

「いや、ありがとう。気持ちは嬉しいから」


 ……うーん。たまにはカレンの言うことも聞いた方が良いのかなぁと思ったりもするんだけど、まぁ今回に関してはちょっと譲れない部分でもあるから仕方ない。


「…………だ、大丈夫ですかな?」

「あ、うん。ごめん。大丈夫だ。そっちも、何か問題は?」

「いえ! 滅相もありませぬ。早速準備を始めたいと思っておりますが、何分準備にも時間が……」


 少し困ったように言う村長に、俺は慌てて口を挟む。


「あぁ、村側からは別にそんなに人手を回してくれなくても良い。そうだな、村長一人で良い。どのあたりを開拓するかって話だけすれば十分だから」

「…………? はぁ、良く分かりませんが」

 俺の言葉に、村長は狐につままれたような表情をしていた。


 まぁ、分からなくても仕方がない。村長はじめ村人たちには、まだ『痕跡』しか見せていないしな。


 いい機会だし、見せてやろう。


 俺の、神様としての格好良いところをな…………!

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