5.八百万と言っても過言では

    7(アルテシア=day185603/2796pt)



 早速入村した俺は、あることに気付いた。


 この村……看板がある。


 何とかの店はこの先右とか、そういったことが書かれた看板が入り口近くに建てられているのだ。いや、RPGとかじゃよくあることかもしれないが、実際の村にわざわざどこに何があるかなんて書かれた看板が立てられているものか?


 何キロメートル先〇〇、なんて標識じゃあるまいし、観光地でもないのにわざわざ店がどこにあるかなんて看板を立てる村はないと思う。


 明らかに、よそ者を意識したつくりだろう。……これも誰かしらの神が考案したものなんだろうか? あるいは、自然とそうなるような文化がこの世界に根付いてるってことか……?


「あ! アルテシア様、服屋さんありましたよ!」


 ……そして、服屋もばっちりあった。ローマ時代とかそのへんの時代をイメージしていたから、都市みたいなところ以外の暮らしはそこまで発達してないんじゃないかと思っていたが……よくよく考えてみれば五〇〇年前から神様がいたわけだし、文明の進歩度合いは色々と歪なことになってるよな。


 俺は辺りを見渡しながら、


「……しかし、意外と人がいるもんだな」

「そうですか? 私が暮らしていたところも、大体このくらいでしたけど……」

「……そうなのか」


 やっぱり、俺が想定してた時代よりも人口というか、生活の質みたいなものは高いらしい。この分だと……ひょっとすると、メイド服の件も意外と行けるかもしれないぞ……!


 …………と思ったのだが、



「金がないぃ? それじゃダメだね」


 意気揚々とお願いしてみたところ、店主のおばさんはあっさりとそう言った。吊り下げられている服から顔だけこっちに向けるという、ぞんざいな態度である。お金がないんだししかたないね。


 ちなみに、店に陳列されているらしき服の質はちょっと冗談にならないくらいよかった。多分、質だけで言えば明治時代とかそのあたりの水準は越えてるんじゃないかと思う。


 おそらく、これはそっち系の技術を文明供与エデュケイトで広めた結果だろう。今頃広めた神は信仰Pでうはうはだろうなぁ……。俺も変にビビらず文明供与エデュケイトにしとけばよかった。


「そこをなんとか……。足りない分は働きます。何か困ってることはありませんか?」


 過去の選択を軽く後悔していると、神職者のカレンが俺に代わって営業をしてくれていた。ありがたい。


「なんとかって言ってもねぇ……オタクら、冒険者さんかい?」

「冒険者?」


 冒険者って、なんかファンタジーにつきものなアレだろうか? 少なくとも、放浪者とか旅人とか乞食とかって言葉が出る前に、冒険者ってワードが出る程度には浸透しているみたいだが。


「知らないのかい。モグリだねぇ。冒険者ってのは、冒険の神ディレミン様が守護している、何でも屋のことよ~。強盗の神クレルを数百年前に山の向こうに追いやった、善なる神様よ。確か『王都』の方にギルド教団っていうのがあったはずなんだけど」

「冒険者も神様が守護してるのか……」


 なんかもう、主要な職業はあらかた守護されてるような勢いだな……。まぁ、神様プレイヤーからしたらそうやって宣伝すれば一定層の顧客は獲得できるわけだし、当然っちゃ当然だよなぁ。分かっちゃいたけどやっぱり相当出遅れてるぞこれは。


 ちょっと先行きが思いやられすぎてげんなりしている俺の横で、店主のおばさんは改めて問い直す。


「それで、アンタ達は冒険者なのかい? ……って言っても、その様子じゃあ……」

「ええ。こちらは神……、」

「ちょ、ちょっと待て!」


 口を滑らせそうになったカレンに、俺は慌てて止めに入った。


「(……なんですか?)」

「(いや……俺が神だってことはあまり広めないでくれ。もしかしたら、争いごとの種になるかもしれないから)」

「(……分かりました)」

 釈然としていなさそうな顔で頷くカレン。納得はしていないっぽいが、とりあえず承知してくれはしたらしい。


 いやね、此処が他の神の信仰圏内だったとしたら、教えにない神が現れたら絶対警戒すると思うんだ。


 言うなれば、サッカーの試合で相手チームのサポーターが陣取ってるところに、自分のチームの応援グッズをしこたま持ち込んで行くようなイメージだ。そんなん絶対タコ殴りにされるって。


「……内緒話は済んだかしら?」

「はい、すみません。こちらはの冒険者なのでそんじょそこらの冒険者とは違います、と言いたかったんです」


 言いながら、カレンは俺の方に視線を向けてきた。……話を合わせろってことだろうか。


「おい! だから適当な事を言って安請け合いするなって……」

「あはは、まぁ威勢がいいのはいいことだよ! それじゃあアンタ達に頼もうかねぇ」


 俺がわざとカレンを窘めると、店主のおばさんは笑いながら話を先に進めてくれた。上手く誤魔化せたらしい。


「……実はね、一週間くらい前から、何故か山の向こうから魔物が村に来てねぇ……」


 店主のおばさんは、そう語り始めた。


 魔物っていうのは、魔法を操る人間以外の生物だ――とルールブックには書いてあった。人間と違って生態に密着した魔法を行使する傾向が強いらしい。多分、火を噴くドラゴンとかそういうのをさしてるんだろう。


 魔物の存在は人類にとっては大きな脅威らしくて、ルールブックには『魔物退治は信仰Pを集める近道かもよ』なんてことが書いてあった。確かに、魔物退治をしまくればその評判で信仰Pが集まるかもしれないしな。


 まぁ、それで食っていけるようになる手間を考えると、いまいちやる気が起きないが……。


「畑をよく荒らすから柵を立てたんだけど、どうにも効果がいまひとつでねぇ……。多分どこかに巣があると思うんだけど、そこを潰してくれたらお礼に服を作ってあげるわ。村のみんなも迷惑してるのよ~」


 困ったように言うおばさんに、カレンが自信ありげに答える。


「お任せください。ここにいらっしゃる方は先程も言った通り途轍もない凄腕なのです。ねぇ、アルテシア様?」

「…………、……あ、ごめ、いま聞いてなかった」

「…………ア、ル、テ、シ、ア、さ、ま?」

「は、はい……そうです、良く分からないけど、この子の言う通りです」


 若干ドスが利きはじめたカレンの声に、俺は思わず気圧されてしまった。……危ない危ない。ちゃんと話は聞いておかないとな。魔物退治すればいいんだと思って気が抜けてた……。


「ハハハ、そっちの従者の方が強いくらいだねぇ。じゃ、頼んだよ。よろしくね」

「……あ、その前にこれ。一応見ておいてほしい」


 そう言って、俺は道中で拾った木の板みたいなものを店主のおばさんに差し出す。


「これは?」

「デザインの依頼表みたいなものだ。完成までは時間がかかるだろうけど、時間は無駄にしたくないし」


 木の板には、石で彫ったメイド服のイラストが刻んである。流石にCGイラストみたいに綺麗な出来にはならないが、それでもどういうデザインなのかくらいは分かる感じになってるはずだ。絵心があるって便利だね。


 ちなみに、イラストにはちゃんと正面、側面、背面の三種類が描かれてる。


 採寸とかもあるだろうから作り始めるのは依頼を終わらせてからってことになるだろうけど、材料とかデザインについては前もって教えておいた方がスムーズに仕事ができるだろう。俺は人事を尽くすタイプなのである。


「……………………あの、アルテシア様、これはいつの間に……?」

「ああ、カレンが話してる間に作った」


 疑念をあらわにするカレンに、俺は胸を張って答えた。実は描きはじめたのは昨日の夜からだが、それはカレンには秘密だ(ちょっと見栄を張った)。いや、イラストがないと説明するのも手間だし、どうせ魔物退治は余裕だからと思って話をしている間に完成させたのである。


 そう、魔物についての話が始まったあたりから描写が聴覚頼りになっていたのは、俺がイラストに集中していてあたりをちゃんと見ていなかったことの伏線だったんだよ!!


「んなことしてる暇があったら話を聞いててください」

「はい、すみません」


 バッサリと切り捨てられた俺は、素直に謝ることにした。カレンは怒らせると怖い。


 そんな俺達のやりとりを見て、服屋のおばさんはけらけらと笑う。


「ハハハ、倒すのは当たり前って感じだねぇ。心強いよ。それじゃ、あたしはこいつを預かって服を作る準備をしてるから」

「ああ、任せておけ。良い感じに蹴散らして来るから」


 そう言って、俺達は服屋を出る。


「あ、でもガルムには気を付けるんだよ。連中、下手な悪ガキより知恵が働くからね」


 了解了解――――と、俺は店主のおばさんの忠告に手を振りながら答え、その場を後にした。


 …………後にして思えば、この時おばさんの忠告をもう少し真面目に聞いていれば――――あんなことには、ならなかったかもしれない。



    8(アルテシア=day185603/2859pt)



 神の身体能力は人間と同じだが、干渉無効により反作用を受け付けないので実質的には人間のそれを上回る――――という話は、前にもした。


 で、実際にどのくらい上回るのかという話だけども…………、


「…………アルテシア様、何をしてるんです?」

「……いやぁ、だいたい二倍くらいかなぁって」


 ぴょんぴょんとスキップをしながら、俺は怪訝な表情のカレンに答える。


 反作用を受け付けない――とはいえ、別に反作用が生じないというわけではないらしく、反作用分だけどうも作用する力が増えているような感じなのだ。お蔭で跳躍力は体感で二倍くらいである。体感なのでかなりいい加減だが。


 元がか弱い女の子の膂力しかないから、岩とか木とか砕けたりするほどのパワーはないが……逆に、か弱い女の子だから身軽さに関してはかなりのものっぽい。


「はぁ……まぁいいですけど」


 カレンはどこか呆れた感じで、溜息を吐く。そんな顔するなって。俺としてもさっさと自分のステータスを把握しておくのは急務なのだ。


「そんなことより、これからどう信仰Pを集めるのか考えないと、ですよ。今は……私の格好がこんな感じですからそれどころじゃないですけど、ちゃんとした格好になればいよいよ準備が整うわけですし」

「ん~……どう集めるのか、って言ってもな~…………」


 俺はスキップをしながら唸ってみせる。

 俺としても、まぁ全く考えていないというわけじゃないのだ。


 旅をしつつの信仰集めでは、どう考えても基盤がなさすぎる――というのはまぁ、誰でも分かると思う。少なくとも『継続的信仰P』に関しては、感情の積み重ねだからな。旅している身分じゃよほどのことがない限りは集めづらいだろう。人助けとかで信仰を集めるにしても、アレはちょっと難易度が高いから難しい。


 だから、一番良いのはどこかに腰を落ち着けて、そこで神様として人々を助け、それで信仰Pを集める……というのが一番良いんだろうけども、それはそれで問題がある。


 神様同士のの問題だ。


 俺以外の神様は五〇〇年前から活動しているわけで、既に大まかな領土みたいなものは出来上がっているだろう。そんなところに新入りの俺が入り込んだら、どう考えてもトラブルになるに決まってる。


 それを避ける為には、前もってその土地を管轄している神様の配下神とかになるしかないんだろうが…………それはそれで面倒がありそうなんだよなぁ。何より、俺は神様になってまで誰かにへーこらして生きていたくはない。


 なのでそれは最終手段にするとして、とりあえず他の神様が手をつけていない土地を探してみたいのだ。なに、五〇〇年程度ならまだ神様が誰もいない土地とかあるって。大丈夫大丈夫。


「…………アルテシア様、真面目に考えてますか? 信仰Pを集めるのが神様の仕事なんでしょう?」

「大丈夫、それなりに考えてるよ」


 心配そうに言うカレンに、俺はスキップをしながらいたって気楽に答える。


 それに、カレンが普通に暮らせる街か村を探さないといけないしな。


「それより、カレンはガルムって魔物について何か知ってるか? おばさんの話だと、人間の子供並の知能はあるらしいけど」

「ガルム……ですか。少しだけなら……」


 俺が話を振ると、カレンはそう言って話し始めた。


「ガルムというのは、狼のような魔物のことだって聞いたことがあります。大きさは人間よりも大きいとか……」


 人間よりも、か。曖昧だが、とりあえずデカいんだろうなぁ。


「ですが、それより詳しいことはよく分かりません。……すみません、私が住んでいたところではガルムは出なくて、盗賊が話しているのを聞いたことがある程度なんです」

「いや、狼みたいだってことが分かれば十分。殴る相手がどんな姿か分からないんじゃ、話にならないからな」


 …………というか、俺はガルムっていう魔物がどういう存在かすら知らなかったんだよな。カレンが知ってるだろうし別にいいだろって思ってたけど、我ながら行き当たりばったりだ。


「ただ、盗賊の話だとガルムは高地に巣を作って、低地には滅多にやって来ないということだったんですけど…………なんで村まで降りて来てるんでしょう?」

「さぁ……山の食べ物だけじゃ足りなくなったんじゃないか?」


 前世じゃたまにあった話だ。山に棲む熊や猪が、食料を求めて街へ降りて来る――みたいな事件。異世界でもこういうところの事情は似通ってるのかもしれないな。


 スキップをしながらあたりをつける俺に、カレンが静かな調子で怒りだす。


「っていうか、さっきからいったいいつまでそうして跳ねてるつもりですか? 思ったより高く跳べて嬉しいのは分かりましたから、とりあえず落ち着いてくださいみっともない」

「は、はぁ!? べ、別に高く跳べてるのが嬉しいわけじゃねーし! これは単なるスペック確認であってそれ以上の意味はねーし!」


 唐突に核心を突い…………いや、見当外れなことを言いだしたカレンに、俺は慌てて訂正を入れる。そんな、俺がホッピンジャンプするのが大好きな子どもみたいな言われようは心外だ。さっきも言ったように、今は俺のスペック確認がだな……。


「だいたい、そんな風に跳ねてたらどこかで足を滑らせて大変な目に遭いますよ」

「そこは大丈夫だって。神様は怪我しないか、」


 ずるっ、と。


 スキップしながら心配性なカレンに言い返していた俺の言葉は、唐突に傾いた視界に気を取られて停止してしまった。


 一体なにが、なんて言う余裕すらなかった。


 俺の身体は、草むらの中に隠れていた大きな穴の中に吸い込まれて真っ逆さまに落ちてしまったのだった。


 …………うん。確かに神様はどんな高さから落ちても怪我をしない。


 ………………。

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