小春日和に勝負事

「あー……ひなたぼっこは……やっぱりいいなぁ……」

 僕は、生徒会室の窓側にしゃがみ込み、窓から差し込む午後の陽だまりを楽しむ。今日は十一月に入ったというのに、日差しがぽかぽかと暖かい。

 気持ちいいなぁ……いつまでもこんな空間続かないかなぁ……


 放課後の昼下がりの生徒会室……今日は僕の他には小夜子会長と優子ちゃんがいるが、さっちゅん先輩はまだ来ていない。おそらく、また運動部の助っ人でも頼まれたのだろうか。


「まったく……トモはなーんか猫みたいだなぁ……いつもぼーっとて眠そうだし、なんか甘ったれてるし、ちょっと脅かすとビクッと飛び上がって逃げるし……」

 小夜子会長が「ひなたぼっこ」をしている僕を見て言う。


「猫……いいですよねぇ……僕も猫になりたいにゃあ……」

「トモっ、そこは否定するとこだろ! まったくこいつは情けないやらなんやら……」


「だってー、猫ですよぉ……もふもふで、ふわふわで、ほんわかして……僕も猫と一緒に昼寝したいなぁ……」

 僕は素直に、正直に言ったつもりだ。すると、


「おい優子、このバカをなんとかしてくれっ!」

 小夜子会長の無粋な一言……いくらなんでもひどい言われようだ。


「なんとかと言っても……トモくんは男の子なのにおっとりのんびりさんだからねぇ……」

 優子ちゃんは、いつもの笑顔で僕の方を見つめる。


「まあな……よく考えたらシャキっとしたトモなんて気持ち悪いだけだからなぁ……コイツはぼんやりしている方が似合ってるし」

 小夜子会長が呆れた顔で僕を見る。まあ、僕はまわりからはいつも「ぼーっ」としてると見られているのも事実だし……不本意だけど、反論出来ない。



「みんなー、おまたせー」

 さっちゅん先輩が僕たちより一時間ほど遅れて生徒会室に入ってきた。


「さっちゅん先輩、今日もまた運動部の助っ人ですか?」

「そうだよトモっち、あたいは今日は女子バスケ部の助っ人でね、で完全勝利っ、ぶいっ!」

 そう言って、右手でVサインをする。


 背が高く、力持ちでスポーツ万能、しかも柔道の有段者でもあるさっちゅん先輩は、よく部活……それも運動部からの助っ人の依頼がくる。運動が苦手の僕としてはなんだか別世界の人のようだが、いつも生徒会室に「元気」を持ってきてくれて、そして何かと頼りになる先輩だ。


「さっちゅん先輩って、本当にスポーツとか得意なんですね。僕はとてもああいうの出来ないなぁ……」

「あはは、トモっちは本当に運動音痴だからねぇ……ボールも取れないくらいだし」

「だって……僕は……ボール飛んできたら怖いですし……」

 そう、僕は飛んできたボールが取れないくらいに運動の類が全くダメだ。


「トモは本当にトロいからなぁ」

 小夜子会長が小馬鹿にしたような感じで言う。まあ、言われても仕方ないくらいに「運動」「スポーツ」の類や、体動かすことが苦手なのは事実だ。


「トモくんはスポーツとかより頭脳派だよね……成績も割といいし……いつも学年二十位以内だしね」

 優子ちゃんは僕をかばってくれているようだが、僕よりずっと上位の、学年でいつも首位の成績の優子ちゃんにフォローされても、説得力はあまりないような気がする。


「そうだ、トモとあたしら女子で腕相撲で勝負してみないか?」

 小夜子会長が、いつものことだが妙ななことを思いつく。


「腕相撲? ……どうして僕がみんなと?」

「いくら体力ないおまえでも、腕相撲くらいはできるだろう?」

「まあ……やれと言われればできますけど……」

「それじゃみんなと勝負だっ! あっ、おまえ負けたらあたしらの言うことひとつずつ聞いてもらうからなっ! 覚悟しとけ!」

 覚悟って……いつものことだが、小夜子会長はいきなり無茶なことを持ちかける。


「まずは、さっっちゅん対トモといくかー」

「会長~……これってやる必要あるんですかぁ? 僕とさっちゅん先輩って……さっちゅん先輩が勝つに決まってるじゃないですかぁ……」

「トモっ、おまえはいつもやる前から無理とか決めつけてどうすんだよ!」

「でっ……でもー……」

 そういう僕をよそに、小夜子会長は僕とさっちゅん先輩の右手を組ませる。


「それじゃ、さん、にー、いち、ファイトっ!」

 そう小夜子会長が言った瞬間だった。


「バンッ」


 僕の腕は一秒と持たず、さっちゅん先輩に引き倒されていた。まあ、予想通りだったけど。


「トモっちは男の子なのに弱いなぁー」

 いやっ、さっちゅん先輩が世間一般の女の子より強いだけなんですが……僕は心の中で呟いた。


「よっしゃー、次はあたしと勝負だっ!」

 次は小夜子会長が相手だ。さすがに僕も自分より背も低くて体も小さい女の子には負けないとは思ってたけど……


「さん、にー、いち、ファイトっ!」

「あっ……あれっ?」


 僕の腕はほんの数秒で、またしても簡単に引き倒されてしまった。


「やったー! あたしの勝利っ! トモのいじり権ゲットだぜい!」

 僕は小夜子会長にまで負けてしまった。


「次はわたしね」

 優子ちゃんとも腕相撲……さすがに優子ちゃんには勝てるかなと僕は思った……が、


「さん、にー、いち、ファイトっ!」

 最初はなんとか互角か、僕が少しだけ有利だったはず……が、

「えっ? ええええええっっ??」

 優子ちゃんの思わぬ反撃で、僕の腕は十秒ちょっとで倒されてしまった。


「トモくん、わたしの言うことも聞いてもらうからね」

 僕は優子ちゃんにまで負けてしまった。もう情けないやら何やら……



「さてさて、あたしらの言うこと、ひとつずつ聞いてもらおうかなぁ~、トモっ!」

 僕は彼女たちの「願いごと」を、ひとつずつ叶えてあげることになってしまった。


「あはは、トモっちの抱っこで独占できるなんてー、あたいはなんて幸せなんだー」

 僕はさっちゅん先輩に「お姫様抱っこ」をされている。何度されてもこれは恥ずかしい。

「さっちゅん先輩ーっ、いつまで僕はこうやって抱っこされてるんですかぁ……?」

「んーとね、あと一時間くらいかな」

「そっ……そんなぁ……」


「さっちゅん先輩ー、僕をずっと抱っこして疲れないんですかぁ?」

「あたい、トモっちを抱っこできるんならぜーんぜん疲れないよっ!」

「でっ……でもぉ……」

「あー、もうほんとにトモっちはかわいいなー」

 そう言うと、僕をぎゅっと抱きしめる。

「さっ……さっちゅん先輩っ! 苦しいっ……苦しいですって……ギブギブ……」


 一方、小夜子会長は……

「わおー! ノリノリになれるなー、これ!」

 僕のヘッドホンステレオで音楽に酔いしれている。よほど聴きたかったんだろうか。おそらく小夜子会長のことだから、きっと電池切れるまで聴いているんだろうなぁと……ただでさえ単三のアルカリ電池高いのに……あれ、二本で三百円もするんだよなぁ……


「トモっ、クロスオーバーなんとかというのもけっこうノリノリになれるもんだなぁ-」

「会長……今日僕が持ってきたテープはフィラデルフィア・ソウルですよぉ」

「フィラフィラ? またなんか訳分からんなぁ……」

「えーと……アメリカはシグマスタジオでつくられた音楽で……いやっ、もういいです……」

 僕はこれ以上小夜子会長に説明しても無駄だと思った。


「トモっ、お前の聴く音楽は歌がないのとか、わけわからん横文字とかばっかだなぁ」

「その割には会長、ノリノリですよねぇ」

「うっ……うっさい!」


 そして、優子ちゃんは……


「やっぱりねー、このチョコ最高だわー」

 この前僕が封印した「危険なチョコ」を食べている。せっかくの封印も、わずか一週間ちょっとで「解除」されてしまった。

 そして優子ちゃんはすでにちょっと顔が赤い。もうすでにチョコが一箱分も食べてしまったようだ。


「トモくーん……なーんでこんなに美味しいチョコを封印したの~、ねぇ~?」

「だっ……だって……優子ちゃん……それ食べるとぉ……」

「だいたい、そもそもそのチョコ持ってきたのわたしなんだけどねぇ……なーんでトモくんが封印するんですかぁ~」


 そう言ってるうちに、二箱目も空になってしまった。残りの三箱も全部食べてしまうんだろうか……

 もう、これだから……優子ちゃんにはこのチョコ食べさせたくなかったんだよね……


「トモっ!」

「トモくーん」

「トモっち」


 三者三様の僕への呼び方、そして今日も僕は三人の女の子に振り回されている。まあ、彼女たちが笑顔でいてくれるなら、僕もまあいいかなと……


 昭和五十八年十一月……窓から差し込む陽は柔らかくて、とても長い。そして、笑顔の彼女たちを照らす。

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