夏の昼下がり

「おいっ、トモっ! 暑いっ! なんとかしろっ!」

「会長……なんとかしろと言われても……僕にはどうしょううもないですよぉ……」


 七月も中頃の今、まだまだこれから暑い日が続くというのに、生徒会室の冷房が故障してしまった。とりあえず僕が午前中にメーカーに修理依頼の電話をしたのだが、早くても今日の午後四時頃になってしまうらしい。まあ、今日中に来てくれるだけでもありがたいのだが、小夜子会長は納得してくれない。

 もっとも一般の教室や部室では冷房なんかないから、今の状態が普通なのかもしれないが……それにしても、暑いことには違いない。


「暑い~、暑い暑い暑い暑い、暑い~……」

「会長……暑いって言うと余計に暑くなりますよ……」

「うっさい! 暑いから暑いって言ってんだっ! 文句あっか」

 小夜子会長の不機嫌さは、もう爆発寸前だ。


「暑い……ですね……」

 いつも優しい笑顔の優子ちゃんも、今日のこの暑さでぐったりしている。


「暑い……よぉ……」

 いつも元気印なさっちゅん先輩も、これまた今日のこの暑さでぐったりしている。


 僕はふと、あることを思い出した。

「会長、ちょっと待っててください」


 そして「資料室」の鍵を持ち、生徒会室から出る。

 生徒会役員だと、普段は一般生徒が入れない場所にも普通に入れるのは、便利で何かと助かる。



「確かここにあったはずだよね……」

 僕は資料室の中を見回す。

「あっ、あったー!」

 そこには年代物であろう、誰が持ち込んだのかはわからないが扇風機があった。デザインからして昭和三十年代のものだろうか……以前からずっと放置されていたので、ちょっと拝借することにする。


「ううっ……これ重いなぁ……」

 年代物の扇風機は、今では考えられないがほとんどが金属製なので、かなり重い。でもまあ、今の生徒会室の状況や、小夜子会長の怒りの爆発を考えると、これを使うしかなさそうだ。


「たっ……ただいまですー……」

 僕はやっとのことで生徒会室にたどり着く。重い扇風機を手にして。


「会長、これ使ってみましょう」

「トモっ、おまえいいモノ持ってきたなぁ」

 珍しく会長が僕を褒めてくれる。ちょっと照れくさい。


「さてさて、これでちったぁ涼しくなるかな」

 小夜子会長が扇風機のスイッチを入れる。すると、ゆっくりと羽根が回り始める。


「ブーン……」


 年代物の扇風機は音こそ勇ましいが、風量はあまりなく涼しいとは言えない代物だった。


「トモー……これ涼しくないぞ……」

「会長ー……これでもあるだけマシなんですよぉ……」


「そうだ、アレやってみっか!」


 ぐったりしている僕たちをよそに、小夜子会長は何を考えたんだか扇風機の真正面に近づく。そして


「ワレワレワー、宇宙人ダー……」


 小夜子会長もそれやるんだ……なんとなく予想できたけど。


 せっかく僕が持ってきた扇風機も、小夜子会長が遊ぶ以外にはあまり役には立たなかったようだ。



「お茶淹れましたよ~」

 優子ちゃんこの状況に気を使ってくれたのか、みんなにお茶を淹れてくれてきた。しかし、さすがにこの暑さの中ではお茶は正直ちょっとつらい。と思っていたら


「今日はアイスティーですよ~」

 優子ちゃんは暑い中、気を利かせてくれたようだ。


「おおっ、優子! でかした!」

 小夜子会長が早速、優子ちゃんの淹れたアイスティーに飛び付く。


「優子ちゃん、僕もいただきます」

「優子、ありがとねー」

 僕とさっちゅん先輩も、アイスティーを飲もうと優子ちゃんの方を向く。しかし、


「なっ、なんだこりゃ?」

 小夜子会長が驚くのも無理がない。優子ちゃんがトレイに乗せて持ってきた「アイスティー」なるものは……グラスではなく、どう見ても理科室にある「ビーカー」に入っていた。


「あのー……優子……ちゃん……これって……」

 僕も思わず声を出してしまった。さすがにこの「ビーカー」なる入れ物では、どう見てもアイスティーではなく何か危険な薬物にしか見えない。すると優子ちゃんは


「グラスなかったから、似たようなので淹れてきたの……あっ、おろしたての新品だから変な薬品とかも付いてないから」

 いやっ、そういう問題ではないような……

 優子ちゃんも、もしかしたらこの暑さで壊れてしまったのだろうか……


「トモっちー……」

 さっちゅん先輩が僕に向かってふらふらと近づいてくる。まさかこの暑い中、僕のことを抱っこさせてとか言うのでは……


「トモっち……抱っこ……」

 やっぱりきたか……でも、そう言ったと思ったら、


「あついー……」

 さっちゅん先輩はまるで電池でも切れたかのように、丸テーブル横の椅子にぐったりと崩れ落ちる。



 時刻はもう四時過ぎ……そろそろ冷房の修理の人が来てもよさそうな時間だ。と言うか、来てくれないとそろそろ小夜子会長の怒りが復活しそうだし。

 しかし、なんだか静かだ。小夜子会長のいつもの騒がしい声が聞こえない。


 ふと見ると小夜子会長は、僕がここに拉致されて縛られたときにも使われた、あの来客用ソファーの上ですやすやと寝ていた。よほど暑さで疲れていたんだろうか、まるでいつもとは別人みたいな、幼子のような無垢な表情で……

 僕は思わず、小夜子会長の寝顔に見とれてしまった。


「会長……寝ちゃいましたね……」

 僕が言うと、優子ちゃんとさっちゅん先輩は、人差し指を縦に口に当て「しーっ」というポーズをした。僕も静かにしないと……ね。


 しばらくすると、

「トモ……暑いぞ……」

 いきなり小夜子会長の声がする。

 どうやら寝言のようだ。いったいどんな夢を見ているのか気になる。


 それにしても、寝ているときの小夜子会長は、普段と違ってと言ったら怒られそうだが、意外とかわいい。こんな顔もするんだなぁと……


 そう思ってたとき、

「すみませーん、冷房の修理に来ました-」

 ようやく冷房の修理が始まることとなった、が……

 修理の作業自体は十数分で終わった。なんでも電源系の基板を交換しただけとのこと……なんともあっけなかった。


「今日は本当にありがとうございました」

 冷房の修理が終わり、僕は修理の人に丁重にお礼を言った。


 さっそく、修理を終えた冷房の電源を入れる。ようやく、いつもの快適な生徒会室が戻ってきた。

 僕と優子ちゃん、さっちゅん先輩が、いつもの丸テーブルでくつろぐ。


 しばらくすると、


「トモ……もう修理終わったのかー……?」

 小夜子会長がようやく起きた。


「修理終わりましたよ、会長」

「トモ……よくやった、偉いぞ」


「会長ー……僕は何もしてませんよ……メーカーの人がやってくれただけで……」

「でも、手配したのはおまえだろ?」

「まあ、確かにそうですけど……」

 すると、小夜子会長が僕が座っている横に寄ってくる。そして、僕の頭に手を当てる。


「よしっ、いい子いい子……」

「会長ーっ、僕を撫でないでくださいよぉ……」


 みんなの笑い声が沸き上がる。


 昭和五十八年七月中旬……夏休みも近い頃、今日も賑やかな生徒会室だ……

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