そよ風の誘惑

「ふぁぁ……眠いなぁ……」

 今日もいつものように、教室の机にうつぶせになって昼寝をする。七高の昼休みは七〇分とたっぷりあるので昼寝には好都合だ。

 春の陽気が心地いい、四月もすでに桜が散る頃の中旬過ぎ、僕はいつものように昼休みに昼寝をすることを決め込んでいた。中学時代では味わえなかった、ゆとりと癒やしの時間だ。クラスの他の生徒が、部活動やら委員やらを決めている中、僕は何も決められない…正確には「決める気がない」で、入学から二週間が過ぎた。


 昭和五十八年四月、僕は、県立第七高校……通称・七高(ななこう)に入学した。紺のブレザーに赤いネクタイという「七高」の制服に袖を通し、ようやく七高の生徒になったという実感を得た。


 僕の住む県は、公立の高校の入学は他の県と違って独自の方式を取っている。入学試験よりも、中学二年に行われる「アチーブメント・テスト」……通称、ア・テストなる学力テストが重視され、そのテストの結果と中学三年の一学期までの内申書の内容で、行ける高校がほぼ決まってしまう。

 幸いなことに、僕は普段からそこそこ学年上位の成績で、(ただし、体育は最悪だったが)ア・テストの結果も良かったので、県内でも上位クラスの進学校である七高に入学できることが、中三の一学期早々には決まっていた。

 中学時代は校内暴力で荒れた学校で、しかも一時期いじめにあっていたということもあったので、高校に入ってからは平穏な毎日を過ごしたいと思っていたのだが……

 だがしかし、その希望はわずか二週間足らずで打ち砕かれてしまう。


 いつもなら、五時限目が始まる頃までぐっすり眠れるのだが、今日は何か違う。なんだか、宙に浮いている感覚がする……でも、さほど気にせず昼寝モードを続行する。春眠暁を覚えずとはよく言ったもんで、春先のこの時期はとてもよく眠れる。


「……きろ……ぉい……起きろ……起きろよ!」

 誰だろ、先生の声でも、友達の声でもないし。でも、もう授業が始まるので、誰かが起こしてくれているのだろう。僕は目を開ける。

「……えっ……何、これ?」


 僕は教室の机ではなく、ソファーのようなものに寝かされ、しかも、そのソファーにロープのようなもので体をぐるぐる巻きにされているのだ。


 そして目の前には、腕を組み仁王立ちした小柄な少女……どう見ても小学校高学年くらいなのだが、紺色のブレザーにスカート、赤いネクタイ……そして七高の校章バッジと、七高の制服を着ているということは、ここの生徒なのだろう。膝上の丈の校則通りのスカート丈、学校指定の白いハイソックスという、この学校では模範的な姿なのだろうが、なにせ高校生とは思えないくらい背が低い。髪を後ろでひとまとめにした、いわゆるポニー・テールの髪型だが、あまり手入れがされていなくて、しかもそのポニテの尻尾の部分がやたらと長いので、背の低さがより一層強調される。そして、左腕には「生徒会」の腕章が見える。


「やっと起きたか、この寝ぼすけ野郎がっ!」

 その少女は女の子らしからぬ言葉遣いで、怪訝そうな顔で僕に向かって話しかける。


「えっ……何なんだ……これ……」

 僕は突然の出来事に、自分の置かれている状況が理解できなかった。

 なぜ、教室で寝ていたはずの僕が、いきなりソファーに寝かされロープで拘束されているのか…。

 とりあえず、僕は自分の置かれている状況が知りたい。目の前の小柄な少女に話しかける。


「あの……ここどこですか?」

 すると目の前の少女は言った。

「見りゃわかるだろ、生徒会室だよ」

 えっ…生徒会室? なんで? まだ僕は状況が飲み込めない。

 少女の両脇には、七高の生徒……おそらく先輩だろうか、ふたりの女子生徒が僕をじっと見ている。

 小柄な少女プラスふたりの女子生徒、で、男子生徒は僕ひとり……なぜかとてつもなく恐怖と危機感を感じる。


「あー……やっぱいきなり拉致ったからなぁーまずかったかなー?」

 拉致ったって、なんとも物騒な言葉を少女はあっけらかんと言い放つ。

 誰なんだ、このちっちゃい少女は…僕は思わず彼女に言った。

「きみ……誰?」

 と、その直後、


「パコーン!」

 おそらく四方100メートルは響いたであろう快音、少女の上履きが僕の頭上を直撃した。

 目の前には右足の上履きを脱ぎ、右手でその上履きをぎゅっと握りしめた、とても「少女」らしからぬ姿があった。なんか恐ろしい……


「アホかお前はっ!自分の学校の生徒会長も覚えていないのかっ! 入学式で壇上で挨拶しただろ! 生徒会長の寺崎小夜子だよっ! 2年だよっ!」

 そう、その小学校高学年みたいな小柄な少女は、ウチの学校の生徒会長だったのだ。そう言えば、入学式で生会長の挨拶あったような……僕はすっかり忘れていた。しかしまあ、小夜子なんておしとやかそうな名前とは真逆の上履きチョップ、とんでもない人が生徒会長だなと思いつつも、僕は

「ごめんなさいごめんなさいっ……僕……すっかり忘れていました。ごめんなさいっ」

 その場の状況を納めようと、とりあえずあやまった。なんとも情けない。

 だが、 ふと我に返った。なぜ僕は生徒会室なんかに連れて(と言うか拉致)こられたのだろうか。僕は、目の前のチビっ子「生徒会長の小夜子会長」に聞いてみた。


「えっと……僕、なぜ生徒会室にいるのですか?」

「いやぁー、寝てたから教室から拉致ったからだよ」

 と、またもやあっけらかんと言う。このチビっ子は何を考えてるのだか。

 とりあえず、僕は今すぐにでも自分の置かれている状況を知りたい。


「だから……僕は教室で普通に平穏に昼寝してただけで…なんでこんなところに連れてこられたのかと……」

 僕は普通に、ごく普通に聞いたつもりなのだが。


「パコーン!」

 またもやチビっ子小夜子会長の上履きが頭上に直撃……

「こんなとことは何だよ! れっきとした七高の生徒会室だっ」

 確かに、確かにそうなのだが、僕が知りたいのは、なぜに生徒会室に拉致されたのかということなのだが、この「生徒会長」小夜子にはとても聞ける雰囲気ではない。しかしまあ、昼寝している僕をどうやってここに運んできたのだろうと、さっきの宙に浮いている感じがそうだったのかと、今になって思う。それにしても、どうやって……と考え込む僕。


「どうやら説明が必要みたいですね」

 黒髪ロングヘアの女子生徒が僕に話しかけてくれた。

「わたしは生徒会副会長の千代崎優子、あなたと同じ一年生よ。よろしくね」

 どうやら、この人は普通の人だ、しかも僕と同じ一年生……僕は少し安心した。すると、

「あっ、お前っ、今あたしのことが普通じゃないと思ったよな! なっ! 絶対思ったよなっ!」

 と、チビっ子「小夜子会長」がまくし立てる。図星だ。さすがに言い訳できない。またアレがくるのか……


「パコーン!」

 今日三度目の「上履きチョップ」…予想通りだ。さすがに三度も喰らうと痛い。一度でも痛いけど。


「痛いですよぉー……」

 僕は思わず言ってしまった。すると、「生徒会長」小夜子は

「お前男なんだからこれくらいで痛がってるんじゃねーよ!」

 いや、男とかそういう問題でなくて……上履きで叩かれたら普通に痛いんですが。

 しかしまあ、これから僕…どうなるんだろ、今日無事に家に帰れるのだろうか……。


「すみません…あの……とりあえず、僕のこのロープ……ほどいてくれませんか?」

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