オペレーション・アンドロメダ!

伊丹巧基

プロローグ

プロローグ

『さあ、試合の始まりだ諸君。準備はいいかい?』


 第十三回MCB(マルチキャリアバトル)全国大会個人部門――の予選となる地区大会、の準決勝。コクピット内にアナウンスが響き渡る。

 ヘッドセット、よし。計器チェック、完了。エアスラスター、バッテリー共に良好。駆動系も問題なし。ボールグリップに手を突っ込み、動作確認。右手、よし。左手、よし。準備、完了。武装、ケミリアライフルにケミリアナイフ、全て装備済み。確認終了。後は試合開始を待つだけ。


 コクピットのモニタの前で、天川鈴音あまかわすずねは一人、気合を入れる。人の字を三回書いて飲み込む、おじいちゃんから教わったおまじない。緊張を抑える効果がある、とかなんとか。


 ここで勝利すれば、全国大会の出場権が手に入る。だが、地区の準優勝程度で私は満足する気はない。当然地区大会優勝で全国大会に行き、そして何としてもそこで優勝する。いや、優勝しなくちゃならない。パパの為に、おじいちゃんの為に。


 ちらほらと応援の声がスピーカー越しに聞こえてくる。マルチキャリアの地区大会準決勝くらいなら、観客の数も結構多い。カメラ越しにズームしていると、遠くにある応援席の一角にパパとおじいちゃんの姿があった。それに、工場の人も何人か来てくれているようだ。まだ工場の新型マルチキャリアの部品製造で忙しい筈なのに。時間を見つけて、こうして見に来てくれたのがとても嬉しかった。俄然やる気が湧いてくる。


 マルチキャリア。通称MC。人間とトラックの中間に位置する、運送や作業の全く新しい形。人間に近い腕部を搭載することで作業を効率化し、脚部にタイヤや履帯りたいを使うことで運送能力を持った、運送業の革命児。


 そして、人型ロボットがいるなら、当然バトルをさせたくなる。そんな趣味から始まったこの競技。試合形式はマルチキャリアが250m四方のステージで、特殊な粘着塗料『ケミリア』を内蔵した武器を用いて模擬戦を行うガチンコ勝負。

 模擬戦と言っても、数メートルの鉄の塊同士がぶつかり合うから、迫力も凄いが危険性もある。でも、宣伝効果を期待した大手MCメーカーが、予算を出して競技という形で大会を開催してから、その様子はびっくりするくらい変化した。

 年々大会の規模は拡大し、第一回大会は地区分けすらなかったのに、今では十の地区の予選大会が開催されるまでになっている。


 参戦メーカーも大手の大企業から町工場まで多岐に渡り、メディアでの宣伝も盛んだ。当然、優勝した機体のメーカーは多大な名声を獲得する。実際、前々回の大会で優勝した人が乗っていた機体の制作メーカーは、この2年で大きく躍進した。つまり、この大会での勝利は成功への第一歩となる訳だ。その為に各社が技術を競う。


 そして、と私は自分の機体を確認する。


 私の機体、『アンドロメダⅠ』。天川重工の作り上げた、最新鋭のホバー機構を導入した新型機。この機体はパパとおじいちゃん、そして工場の皆が一生懸命作り上げた天川重工の技術の結晶。

 この機体が優勝すれば、天川重工の技術は世間の注目を集める。それでアンドロメダが売れれば――パパとおじいちゃんの会社、天川重工も立て直すことが出来る。そのためにも、負けるわけにはいかない。


 準決勝の対戦相手は、冴えないオッサンだった。目の下のクマが目立つ、如何にもうだつのあがらなさそうな、中年オトコ。ぼさぼさの髪の毛や、ごま塩みたいに不揃いな無精ひげが、一層拍車を掛けている。


 そしてその乗機も、旧式のマルチキャリアだった。時代遅れの角ばった鈍重なデザイン。表面装甲も見るからに煤け、くたびれた雰囲気を醸し出している。誰だか知らないけど、こんなヤツに負けるワケ、ない。

 アナウンスが試合の開始を宣言しようとしている。さっさとケリをつけて、決勝に進むんだ。私と『アンドロメダ』には、それが出来る。試合開始を告げるアナウンスの声が聞こえる。勝ってみせる。絶対に、絶対に優勝する――




 数分後、そこには圧倒的大差で敗北した天川鈴音と『アンドロメダⅠ』の姿があった。試合時間はほんの数十秒。今大会最短記録となる。

 倒れたアンドロメダのコクピットの中で、唖然とする天川鈴音。ハッチを開け、這い出すように外に出ると、対戦相手の機体から余裕の表情で出てきた男が、冷たい目で彼女を見下ろしていた。

 混乱し言葉を失った彼女を尻目に、その準決勝対戦相手の男、『御舘立仁みたてたつひと』は、地区大会決勝で難なく勝利、全国大会に出場し――1ヶ月後、第十三回マルチキャリアバトル全国大会に於いて、個人総合優勝という快挙を成し遂げたのだった。



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