怪しいパティシエールおじさんが私にトレビア~ンな贈り物くれました

明石竜 

Prologue

……中学の頃はずっと学年上位一割付近だったけど、この高校じゃ真ん中以下かぁ。

五月下旬のある日、北摂のとある伝統府立進学校、豊中塚高校一年三組の教室にて利川優利菜は眺めた瞬間しょんぼり気分に陥った。本日帰りのSHRで今しがた、クラス担任から一学期中間テスト個人成績表が配布されたのだ。

まあ私、高校入ってから勉強怠け気味だったから自業自得だよね。

優利菜は己の至らなさをひしひしと痛感する。彼女の総合得点学年順位は全九クラス三五六人中、二〇三位だった。

そんなわけで放課後、夕方四時頃。優利菜は親友と別れたあと、独りでやや重い足取りで閑静な高級住宅街に佇む自宅への帰り道を歩き進んでいくのだった。

私、スポーツ苦手だし音楽や絵の才能もないし、口下手だしお料理も下手だし。だらしない性格だし、めちゃくちゃかわいいってほどの顔でもないし、学力までこのざまじゃ情けなさ過ぎるよね。

 俯き加減で己のふがいなさを心の中で嘆いていたら、

「そこのマカロンのようにかわいいおかっぱのお嬢ちゃん、落ち込んでいるようだね。テストの結果でも悪かったのかな?」

 突如、彼女の背後からトーンのお高い男性の声が。

「わっ、私!?」

 びくっと驚いて振り返ると、そこには――背丈一六〇センチくらい。小太り、瓶底眼鏡をかけ、見るからにポンバシやアキバにいそうなオタクって感じの男がいた。

「ウィ、セサ。まさしくお嬢ちゃんのことだよーん。アンシャンテ♪ 本当は白馬に乗って颯爽と登場したかったんだけどねぇん、おいら、乗馬は大の苦手なのだよん」

年齢は三〇過ぎくらいだろうか? 服装は、なんとも奇抜だった。

男の人なのにメイド服着てるし……あまりに怪しすぎるよ。もろ不審者案件でしょ、このおじさん。

白のコック帽を被り、フリルのピンク色エプロンドレスを身に纏い、白のニーソックスと黒のコックシューズを履いていた。さらに右手にはホイッパー。

このおじさんとは絶対関わっちゃいけない。エッチなことされちゃう! 

そう直感し顔を若干強張らせていた優利菜に、

「おいらのことは、学力パティシエールとでも呼んでくれたまえ」

男はどや顔で言う。

「それ、パティシエールのコスプレだったんだ……すみません、私今、忙しいんで」

 ちょっぴり驚いた優利菜は走って逃げようとしたが、

「まあ待ちたまえ。微小時間で済む用事だから」

 男に左肩をガシッと掴まれ引き止められてしまった。

「あの、やめて下さい」

 優利菜は若干恐怖心を感じながら伝える。

「怖がらせてしまったようでジュシュイデゾレ。お嬢ちゃん、アニメ好きだよねん? ラビングライブのコニちゃん、はや松さんのチョコ松くん、ごちうなのチヨちゃんのキーホルダー鞄に付けてるし」

 男は中腰になってそのグッズをじーっと見つめてくる。

「うん、けっこう好きだな。中学時代にこういう系のアニメ嵌ったの。でもそのせいで高校入ってから成績ガタ落ちしちゃったけどね。中学まではテスト前だけの勉強で好成績取れてたんだけど、高校の勉強は甘くなかったよ」

 優利菜は不覚にもこの男に少し好感を抱いてしまった。ついつい悩みも打ち明けてしまう。

「オーララ。おいらもすごく共感出来るよん。お嬢ちゃんのお名前、としかわゆりなっていうんだね。優利菜ちゃんかぁ。いいお名前だね」

「なんで私の名前分かったの? あっ! 鞄に書いてあるんだった」

「おいら、お嬢ちゃんのこと、すこぶる気に入ったよん。学業不振に悩むアニメ好きなお嬢ちゃんのために、これ、無料で振る舞うよん。さあ、遠慮せずにボナペティ」

 男はにやけ顔を浮かべながら、エプロンドレスのポケットからマカロンやエクレア、マドレーヌなどのイラストが描かれたアンティーク調なブリキ製の四角い菓子箱っぽいものを取り出すと、優利菜に強引に手渡してくる。

「重たっ! 中はお菓子が入ってるのかな?」

「ノン。こいつはgâteauじゃなくて、おいら自作の前代未聞の学習教材さ。国、英、数、社、理。芸術系スポーツ系を除く大学受験に対応出来る科目全て揃えてあるよーん。とにかくメルヴェイユでトレビア~ンな、百合&BL、アニメ好きな女子高生にはぴったりな教材だから期待しててねん。お嬢ちゃんの学力向上を祈ってるよん。では利川優利菜ちゃん、またどこかで会おうね。オルヴォワール♪」

男は微妙な発音のフランス語で別れの挨拶を告げたのち優利菜に向けて手を振り、体格に似合わぬ軽快なステップで足早に立ち去った。

 いったい何だったの? あの怪し過ぎるパティシエールコスのおじさん。明らかにこれから小学生以下の女の子に手を出しそうな雰囲気醸してたよね。見るからにロリコンっぽかったし。私の個人情報も名前だけだけど知られちゃったし、悪い人じゃなさそうだけどなんか怖いよ。あの動きの軽やかさは、声優さんのライブやコミケで鍛えられたみたいだね。これ、どうしよう? 私がちっちゃい頃、ママに知らない人からお菓子とか物を貰ったりしたら絶対ダメって注意されたけど、役に立つものかもしれないしなぁ……捨てるのは勿体無いよね? 

優利菜は甚だ不審に思いつつもプレゼント箱を鞄に詰め、持ち帰ることに決めた。


「優利菜、個人成績表配られた?」

「……うん」

「ほな見せなさい」

「分かったよ」

帰宅後、優利菜は個人成績表をリビングにいた母にしぶしぶ恐る恐る見せると、

「優利菜、何なのこの酷い順位はっ! もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ!」

 案の定、説教されてしまった。彼女の母はわりと教育熱心なのだ。

「ママ、まだ下に一五〇人以上もいるし、そんなに酷くはないでしょ?」

「優利菜は体育とかの実技系が苦手な子なんやから、筆記試験くらいは平均より遥かにええ成績維持せなダメなんよ」

「それは分かってるけど……」

うるさいなぁ。と心の中で鬱陶しく思いながら、優利菜は薄ら笑いを浮かべて不愉快そうに呟く。

「優利菜はやれば出来るめっちゃ賢い子やねんから、ここで本腰入れて頑張らなきゃね。今度の期末でも総合順位百位以内に入れてへんかったら、烈學館放り込むでー」

「えっ! 本気なの? その塾って、未だ昭和的なスパルタ式で講師が超怖いって噂のとこじゃん」

「本気よ♪ それと、あんたの部屋に大量にあるジャ○プとエッチなマンガ、全部捨てるからね」

「えっ! そんなぁっ。そこまですることはないでしょ」

「優利菜が成績悪なった原因は、絶対あれのせいやもん」

「それは全然関係ないって」

「大いにあります! 高校入ってからはますます重症化してもうとるで、あんた。勉強時間だって中学の時よりもだいぶ減ってもうとるやろ」

「……中学の時とは〝母集団〟が違うでしょ。私が通ってる高校、勉強出来る子ばかりが集まって来てるんだから、私の順位が相対的に落ちてくるのは当たり前でしょ。

「見苦しい言い訳ね。中学の頃は優利菜とそんなに大きくは成績変わらんかった実帆ちゃんは、今回は優利菜よりずっとええ点取ってたみたいやから学年順位もけっこう上位やろ?」

 焦り顔で弱々しく反論する優利菜に、母は得意げな表情で訊く。

「確かに。今回も総合十六位だったし。でも実帆ちゃんは私とは地頭が違うから。難易度が中学の時とはわけが違う高校のテストでは大きく差がついたのは仕方ないことだと思うんだけど……」 

優利菜は迷惑そうに振る舞い、個人成績表を取り返すと足早にリビングから逃げていった。

実帆ちゃん、フルネームは光久実帆。優利菜のおウチのすぐ近所、三軒隣に住む同い年の幼馴染だ。学校も幼小中高ずっと同じ。お互い同じ高校を選んだのは、家から一番近いそれなりの進学校だからというのが最たる理由だった。

私、本当にそろそろ本気で勉強しないと近大ですら入るの無理になっちゃいそうだよね。

優利菜が一応は反省しつつ階段を上っている途中で、

ピンポーン♪ と玄関チャイムが鳴り響いた。

「はーい」

 母が玄関先へ向かい、対応する。

「こんばんはー」

訪れて来たのは、実帆だった。噂をすれば影がさすのことわざ通りだ。丸顔ぱっちり垂れ目、細長八の字眉。ほんのり栗色な髪を小さく巻いて、フルーツのチャーム付きシュシュで二つ結びにしているのがいつものヘアスタイル。背丈は一五五センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気の子なのだ。学校がある日は毎朝八時頃に優利菜を迎えに来てくれて、いっしょに登校している。さらに芸術選択で共に書道を選んだのが功を奏したか、クラスも今は同じである。部活は違うので帰りは毎日いっしょってわけでもないけれど。

「こんばんは実帆ちゃん、困った顔してどうかしたのかな?」

「あのっ、おば様。優利菜ちゃんに酷い成績を取らせてしまってごめんなさい。わたしの教え方が悪かったみたいで」

「実帆ちゃんは全然気にせんでええんよ。相変わらずテスト前でもジャ○プやマンガばっかり読んで勉強サボった優利菜が悪いんやから」

 自責の念に駆られていた実帆を、母は爽やか笑顔で慰めてあげる。

実帆はとても心優しい子なのだ。

ママ、私、ジャ○プ本誌は一冊も持ってないんだけど……。

二人の会話が自然に耳に飛び込んで来た優利菜は、心の中で突っ込みつつ二階の自室に足を踏み入れた。

広さ八帖のフローリング。窓際の学習机の上は教科書やノート、筆記用具、プリント類などが乱雑に散りばめられていて、勉強する環境には相応しくない有様となっている。机棚にあるヒツジさんイルカさんトナカイさんの可愛らしいぬいぐるみ、サンタクロースと雪だるまのお人形。チョコやクッキー、ケーキ、パン、ドーナッツ、シュークリーム、アップルパイ、アイスクリームを模ったスイーツアクセサリー、造花なんかはきれいに飾られてあるのだけれど。

机だけを見ると普通の女の子らしいお部屋の様相と思われるだろう。しかし、それ以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせる光景が広がっているのだ。 

本棚には児童・少年・少女・青年コミックスや雑誌、同人誌、ラノベ、絵本、児童書などが合わせて五百冊以上は並べられてあるものの、普通の女子高生が読みそうなティーン向けファッション誌は一冊も見当たらない。優利菜の所有する雑誌といえばアニメ・声優・漫画系なのだ。アニソンCDも何枚か所有しており、専用の収納ケースに並べられていた。DVD/ブルーレイプレーヤー&二四V型液晶テレビも置かれてある。

本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュアが合わせて十数体飾られていて、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

こんなプチ腐女子的なプライベート空間を持つ優利菜は、背丈は一四四センチくらい。丸っこいお顔、くりくりした目、ほんのり栗色なおかっぱ頭をいつもメロンなどのチャーム付きダブルリボンで飾り、小学生に間違えられても、いやむしろ女子高生に見られる方がもっと不思議なくらいあどけない風貌なのだ。

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