第11話





 風見山。

 風見市の端に位置する巨大な山だ。

 市の中枢部は魔法文化が盛んな都市だが、風見山の周辺は未だに人の手が殆ど入っていない大自然が残っている。

 それ故に表だって活動出来ない組織が隠れ家を作るにはうってつけの場所とも言える。

 

「エルヴィナ様」


 風見山の大自然に隠されている研究施設内の一室。

 そこには巨大なモニターにいくつもの人が一人丸々入る事の可能なカプセルが並んでいる。

 明らかに非合法の研究を行っている事は誰の目にも明らかだ。

 研究施設を歩いていたエルヴィナと呼ばれた女は立ち止まる。

 エルヴィナは軍服のような服に腕や足、胸部等を最低限守る為の甲冑を付けており、軍人と言うよりも騎士のようにも見える。

 エルヴィナを呼び止めたのは身長が2メートルを超す大男と、男の腰程の背丈しかない少女だ。

 どちらもエルヴィナのような騎士や研究員には見えない。


「雄志、澪。何か?」

「例の物が送られて来たので」


 雄志と呼ばれた大男はエルヴィナに端末を渡す。

 端末には何かの名簿と思われるデータが映し出されている。

 それは風見ヶ岡学園魔法科の1年生の名簿であった。

 エルヴィナはそれをとあるルートから仕入れていた。


「その中に少々厄介な名前が……」


 雄志は名簿の中から一人の生徒の名を指さす。


「大神……鷹虎。誰なの? 聞いた事は無いわね」

「……私達の昔の仲間」


 澪がポツリと言う。

 エルヴィナも澪や雄志の昔の仲間と言うのが何を指すのか分かっている。


「そう」


 エルヴィナは余り興味を示してはいないようだ。

 彼女にとっては雄志や澪の過去の仲間がいようと大して問題ではない。


(炎龍寺総真……そろそろここも潮時なのかも知れない)

「如何します?」

「そうね……場合によっては始末しなさい」

 

 エルヴィナは二人に指示出す。

 雄志も澪も昔の仲間である鷹虎を始末するように指示をされても、動じた様子はない。

 彼らにとってはすでに過去であり、必要とあれば敵対する事も辞さない。

 

(これで少しは時間が稼げる筈)


 エルヴィナは今後の手筈を指示を出しながら今後の算段を付けていた。












 裏で起きている事なといざ知らず、風見ヶ岡学園魔法科1年の生徒を乗せたバスが風見山唯一の人工の建物である宿泊施設に到着していた。

 道中の川にかけられていた橋を渡った辺りから、風景はガラリと代わり、本当に同じ風見市内なのかも疑わしくなってきた。

 この宿泊施設は建てられてから相当な年月が経っているらしく、外観は古い建物だが、学園が使う時以外でも山小屋のようにも使われる為、人が泊まる分には十分な機能はある。

 宿泊施設に到着し、生徒達はそれぞれ、班に分かれて自分達に割り振られた部屋へと荷物を運ぶ。


「中々趣ってのがあるんだけど……」


 部屋に到着して早々、結愛が口を開く。

 部屋の広さは寮の部屋と大して変わらないが、6人部屋で部屋には2段ベットが3つもあって少々手狭だ。

 結愛自身は特別広い部屋である必要は無く、寧ろ多少手狭な部屋の方が落ち着く。


「……仕方が無いだろ。部屋は班で決まってんだから」


 部屋分は全て班で分けられている。

 当然、斗真と鷹虎も結愛たち女子と同じ部屋になっている。

 同じ寮で暮らすだけならいざ知らず、流石に男女が同じ部屋でと言うのは問題ではないかと結愛は抗議した物のその抗議は却下された。

 同じように男子のいるA班からは何一つ文句が出ていなかった。

 

「何かしたら殺す」

「流石に結愛にはしないって」


 結愛も始めは文句を言いながらも、これ以上文句を言ったところで意味は無く、ただ場の空気を悪くするだけなので、文句を言う事もない。

 それぞれが使うベットを決めて荷物を置いたら、集合場所である食堂に向かう。

 

「君たちには今日から2泊3日ここで生活をしてもらう。普段から寮生活をしているから代わり映えがしないと思っているようだが、ここでの生活は最低限のサポートは私もするが基本的


には君たちで行って貰う」


 普段寮では基本的には朝食と夕食は食堂で取り、昼食も申請をすれば弁当を用意して貰える。

 生活する上で必要となって来る事の多くは学園側が用意してくれる。

 しかし、ここでは生徒達が自分達で力を合わせて用意しなければならない。

 そうする事で互いの事を良く知り信頼関係を築く事がこの林間学校の目的だ。


「まずは今夜の夕食作りからだ。食材は最低限の物は用意してある。他は山なり川で用意するように」


 すでに時間は昼を過ぎている。

 まず、斗真たちがするべき事は夕食作りのようだ。

 風見山は自然が多く残っている為、山には山菜を初めとした食材が多く取る事が出来る。

 火凜の説明が終わり、生徒達は割り振りを話し合う。

 入学してから1か月も経てばクラス内での力関係もある程度は構築されている。

 話し合いは自ずと総真が中心となって各班の割り振りを決めていく事になる。

 そして、割り振りもどの班も特に不満が出る事なく円滑に決まり、各々の班はそれぞれ行動に入る。

 話し合いの結果、危険を伴う可能性のある山に入るのはある程度の戦闘能力を持つA班とE班となり、残りの班は宿泊施設の付近での作業が割り振られた。


「この山で採れる食材に関してはこの炎龍寺穂乃火に任せて貰います!」


 山に入り少しすると、穂乃火は班の先頭に立ち宣言する。

 穂乃火は事前に風見山の事を調べており、この辺りに生息する動植物に関する知識は一通り覚えて生きているようだ。


「流石です。お嬢様」

「でもさ、わざわざそんな事しなくても炎龍寺君が全部分かってんじゃないの」


 気合が十分な穂乃火に同じA班の東雲涼子である。

 A班は魔法の名門炎龍寺家の総真と穂乃火、二人に付き従う晶の3人が目立っているが、A班の中でも目立たない二人の片割れだ。

 涼子はいかにも年頃の女子を体現し、普通の高校ならばクラス内でのカーストでは上位に位置するだろうが、班の中では普通過ぎて目立つ事はない。

 もう片方の神代照は彼女にあだ名を付けるなら10割に近い確率で「委員長」と名付けられるだろう。

 涼子ですら目立たない為、更に地味な照がA班である事は余り知られてはいない。


「兄さんにばかり負担を掛ける訳には行きません! 炎龍寺家の娘としてこの程度の事は当然の事です!」

「まぁ良いけど……それよりも何で私まで山に入らないといけない訳……何かでそうなんだけど」

「場所によっては魔獣が出るみたいだけど」


 照が事前に火凜に渡された冊子を見てそう言う。

 冊子には風見山の大まかな情報が書かれており、場所によっては魔獣が出る為気を付けるようにと書かれている。

 魔獣とは人間が魔力を持つように魔力を持った獣の総称だ。

 魔獣は魔法を使う個体はまだ確認されてはいないが、普通の野生動物よりも獰猛で戦闘能力も高い。

 

「大丈夫。東雲さんも神代さんも自分が守るから」


 晶はそう言って腰につけている刀を見せる。

 山に入るに辺り、魔獣に遭遇する危険性がある為、A班は魔道具を持って来ている。

 晶は腰に刀、穂乃火は両足の太ももに掌サイズの銃、照は両手の人差し指に指輪を付けている。

 A班の中で総真と涼子だけは魔道具を持って来てはいないが、総真は必要ないと言い、涼子は自分用の魔道具を持っていない。

 その為、涼子は山で魔獣に襲われたとしても碌に魔法を使う事が出来ない。


「晶君……私は?」


 穂乃火は少しむくれながら、晶を問い詰める。

 晶は先ほど、涼子と照を守ると言っていたが、その中には穂乃火は入っていない。

 穂乃火としてはそれが不満のようだ。


「いえ……お嬢様は自分が守らずとも十分に戦えるのではないですか」


 晶が穂乃火を入れなかった理由は単純に穂乃火はそれだけの実力を持っているからだ。

 無論、晶も立場的には穂乃火を守らねばならないが、それを面と向かって言う必要がある程、穂乃火も弱くはない。

 一方の涼子は魔道具を持っていない為、戦力外で照も単体での戦闘よりもサポート向けである。


「いやいや。剣崎君も乙女心を言う物をまるで分かってない。顔は可愛いのにそれじゃ持てないわよ」


 穂乃火としては例え実力的には問題が無くても、守ると言って欲しかったのだろう。

 特に気になる異性からは特にだ。

 穂乃火が兄である総真の事を誰よりも慕っているのと同時に晶に対して好意を持っている事は付き合いが1月程の涼子にも分かる程にあからさまだが、晶にはそれがまるで分かっていな


い。

 

「可愛げと言われても……」

「それよりも炎龍寺君がいないわ」


 照がいつの間にか総真が消えている事に気が付く。

 照に指摘されて穂乃火達も周囲を見渡すが、見渡す限り木々が広がり人影はまるでない。

 

「……まさか。炎龍寺君は完璧超人に見えて方向音痴って特技を持っていたりする?」

「そんな特技等兄さんは持ち合わせていません! 兄さんにかかれば風見市の全体の地図が完璧に入っています!」


 流石にそれは無いと涼子は反論しようとするが、あの総真ならあり得そうだと反論する事を止める。

 すぐに穂乃火は携帯を取り出して総真に電話をかけようとする。

 この風見山は山とはいえ携帯の電波は十分に届く。


「おかしいです。県外に……」


 総真に連絡を付けようにも携帯は県外で使えない。

 試しに涼子たちも自分の携帯を見るが、全てが県外と出ている。


「お嬢様。あの若様の事です。何か考えがあっての事に違いありません」


 総真が居なくなり、連絡も付かない事で最悪の事態を思い描き青ざめていく穂乃火を晶が励ます。

 状況的に事故とは考えられない。

 つまりは総真が意図的に姿を消したか、何者かに攫われたかのどちらかだ。

 穂乃火は最悪の事態として後者を考えたが、晶は敢えて楽観的に前者を指摘する。


「そう……よね。兄さんに限って」


 穂乃火は自分にそう言い聞かせる。

 今はただそう信じるしかなかった。

 そんなやり取りの事等知りもしない総真は班を離れて単独で移動していた。

 涼子が言うように迷子でも事故ではぐれた訳でも無く、晶の言うように総真は自らの意志で単独行動をしている。

 穂乃火が張り切り先陣を切っている事で、気配を消して班から離れる事は容易だった。

 総真は一人になり、山を歩きながら当たりの捜索を行っている。


「そう簡単に見つかる訳が無いか」


 総真はそう言いながら道なき道を進んで行く。

 班から離れてまだ少ししか経っていない。

 そんな短時間で行方不明事件の手がかりが見つかる訳が無い。

 風見山で登山者が行方不明となった時に当然、警察の方で捜索隊が編成されて捜索されている。

 その際に怪しい物が見つかったと言う報告はされていない。

 

「……と言う訳でもないか。俺に何の用だ?」


 宿泊施設を出てから総真は視線を感じていた。

 その視線は山に入ると次第に強くなり、単独行動になった時点で視線が殺気へと変わった。

 

「何者?」


 総真が明らかに自分の存在に気が付いていると判断した澪は総真の前に姿を現した。








 A班が山に入るのと同時にE班は魔道具と釣竿を持って川まで来ていた。

 釣竿は宿泊施設に常備している物で、近くの川で魚を釣る為だ。

 E班の担当は川で魚を釣って来る事だ。


「よっしゃ! 魚を100匹でも200匹でも釣って炎龍寺の奴の度肝を抜かせてやろうぜ!」


 結愛が釣竿を掲げて意気込む。

 尤も、必要なのは人数分で100匹も釣り上げる必要はない。


「何で毎回、炎龍寺に張り合うんだ? 本郷の奴」

「まぁ模擬戦でもコテンパンにやられてるしな」


 相変わらず、総真に対しては対抗意識を燃やす結愛に鷹虎は呆れるしかない。

 

「100匹はともかく、全く釣れずに帰るのもなんか悔しいから最低限の人数分は釣りたいよな」


 手頃な場所に到着すると各々が夕食の食材を釣る為に釣りを始める。

 それから1時間が経過する頃にはそれぞれの性格が出始める。

 すでに美雪は近くの日蔭で休憩に入っている。

 ライラは一人黙々と続け班の中では最も魚を釣っている。

 斗真は余り釣れてはいないが、ある程度は釣れている為、それなりに楽しんで釣っている。

 鷹虎と結愛は未だに一匹も釣れてはいないが、鷹虎は魚が釣れずとも必要以上に動かないでいられる為、のんびりできて苦痛には感じてはいない。

 だが、問題は結愛だ。

 結愛は元々、常に動いていなければ気が済まないタイプで、じっとしている事自体が苦痛だ。

 これで多少なりとも釣れていれば気も紛れたのだが、魚も結愛の気迫を感じているのか一向に釣れる気配がない。


「ああもう! やってられるか!」

 

 そして、遂に結愛が切れた。

 結愛は靴を脱ぎ捨てると靴下も抜いて素足となる。


「どうした本郷? いきなり脱ぎ始めて」

「こんな事やってられるか! アタシは素手で捕まえる!」


 結愛はそう言い川に入って行く。

 釣りをしている川は比較的流れも緩やかで、深さも膝くらいまでで、結愛のように制服のスカートなら濡れる事もない。

 結愛は川に入ると魚を直接狙う為に狙いを定める。


「まだ春先だってのに良くやるな」

 季節は春だが、まだ川に入る程の気温ではない。

 この辺りは山だと言う事もあって少し肌寒いくらいだ。

 しかし、結愛はその辺りは気にしていないようだ。


「まぁ好きにさせておけばいいだろ」


 最低限のノルマは果たせそうである為、結愛を止める理由もない。

 結愛が川に入り、魚と格闘し少しすると川の上流で大きな音と共に水飛沫が上がる。


「何だ?」


 魚と格闘していた結愛も川から上がって様子を確認する。


「久しぶりだな。鷹虎」

「……雄志なのか?」


 鷹虎は思いかけない再開に驚きを隠せない。


「何だ? 大神の知り合いか?」

「……それより何でお前がここに?」


 斗真たちは相手が鷹虎の知り合いと言う事で警戒を説くが、逆に鷹虎はこんなところで雄志と再会した事で警戒を強めている。

 鷹虎もかつて施設に居た仲間達の現在の所在は殆ど知らない。

 雄志が風見山に居る事自体は決してありえない事ではないが、鷹虎はどこか警戒をしなければならないと感じてい。


「答える必要はない。鷹虎……お前に恨みはないが消えて貰う」

「やばい……皆逃げろ!」


 鷹虎は明らかに雄志が自分達に敵意を持っていると確認する。

 その理由は分からないが、今はそんな事はどうでも良い。

 鷹虎は普段からは想像できない程、焦り声を上げる。

 だが、遅かった。


「……魔導装甲」


 雄志がそう呟くと、雄志を中心に魔力の嵐が吹き荒む。

 

「何なんだよ!」

「くそ!」


 魔力の嵐が収まると、そこにいた雄志の姿が大きく変わっていた。

 全身を魔力の鎧で覆われており、頭部には牛を思わせる鋭い角が二本生えている。

 その姿はとても人とは思えない。

 まさに化け物と呼ぶのに相応しい姿であった。


「グォォォォォォオォ!」


 姿を変貌させた雄志は雄叫びを上げる。

 かつての仲間との再会は鷹虎にとっては忌むべき過去と再び向き合う事となる。

 

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