弱者は正義を語らない

えくぼ

第1話 プロローグ

 とある世界では科学技術の代わりに魔法が発達した。魔法は公害が起こることが少なく、それでも起こる魔法の弊害の多くはやはり人間が背負った。さまざまな種族が繁栄していた。魔族、龍族、獣人……


 数多の種族は長年戦うことも戦わないこともあった。いずれの時代も決して仲が良いとは言えなかった。お互い、求めるものも足りているものも違ったからだ。


 花には精霊が宿り、森には魔獣が群れる。そんな世界で一人の少年は表向きは平和を願って、旅に出ることを決意した。ただ、彼は――――魔法も剣も苦手だった。




 ◇


 俺たちはギャクラの王都から旅立った。勇者候補の資格を受け、その援助で馬車を借り受けている。


 勇者制度というのは一般に、「対魔族、魔物に関する問題において有用であると認められた人物に対して、国から補助を与える」制度のことである。正式名称は別にある。しかしそれは暗黙の了解のようになっていて、国に仕えるものに対しても「勇者候補」と言うと通じてしまうため、ほとんどの人は勇者候補と呼ぶ。

 そもそも勇者候補という肩書き自体が曖昧なのだ。


 のどかな風景に、馬車の音が空へと響く。草原の中に整地された道にわだちをつけて進んでいく。


「魔物が出たぞ」


 俺は馬車の中でうつらうつらとしていたところを仲間の一人に呼び起こされた。

 言われて外を見ると、進行方向より少し右にゴブリンが十匹ほどいる。子供ほどの大きさに裂けた口と長い耳、ゴツゴツした肌の魔物である。数は多いが一匹一匹は驚異ではない。

 なんだ、ゴブリンか。と安堵と落胆の合わせたような気持ちで投げやりに返事した。


「どうする、降りて戦うか?」

「轢き殺せ」

「無理だ」


 馬が怯えるから突っ込ませるのは無理だと言われてしまう。言ってみただけだ、とぼやく。まあ半分は本気だったが。

 隣の赤い髪の少女が言った。彼女の名前はアイラという。アイラが「私が倒そうか?」と聞いてきた。じゃあ頼む、と言い終えるよりも早くアイラは銃を取り出した。それはこの世界にはまだ普及していない武器である。

 連射性能がないぶん、銃そのものの数を増やすことで対応していた。激しい音と煙の臭いが立ち込める。

 一分と経たぬうちにゴブリンの死体だけが残った。回収するのも面倒くさいと焼いて死体は放置。なんとも行儀の悪いパーティーである。


 俺たちはまた、平常運転に戻った。

 平和なものだ。魔物の少ない道ばかり選んでいるとはいえ。


「大丈夫だろうか」


 ふと遠くの山を見ながら言った。するとロウが旅そのものに不安を持っていると思ったのか、軽く笑いながら聞き返した。


「今更か? そもそも、不安があるならギャクラにいててもよかったんだろ? お前ならどこでもやっていけただろうしよ」


 まあそうとられてもおかしくはなかったが、そうではない。


「旅は出るさ。約束をしたんだ。また会うってな」

「じゃあ何が?」

「俺は両親を――生みの親を殺している。そんな俺が約束の相手に会うのがなんだかなーってだけだよ」


 それを今更どうこう言うほどではないのだけれど、約束の相手が相手なだけに少しばかり不安はある。


「何言ってんだ? レイルの親父はあの厳めしいおっさんじゃねえか。まだ生きてるじゃねえか」

「お母さんを?」


 確かに俺には母親がいない。それはまた別の理由だが。

 今まで寝ていた黒髪の美少女が目を覚ました。何の話をしていたのかを察したらしい。私も気になる、というように少し身を乗り出した。


「いや、文字通りの意味だ。知ってるかもしれないが、俺と父上との間には血縁関係はない。そのことも含めて話そうと思ってたんだ」


 自嘲気味にそう言うと、ぽつりぽつりと三人と会う前のことを話しだした。それは俺がこの世界に生まれ、そして彼らと出会うまでの話だった。


「俺には前世の記憶がある。この世界とは違う、魔法も魔物もいるなんて思われてなかった。そんな世界に俺は生きていた」


 仲間になるなら必要な儀式だと思ったからだ。

 三人は黙って聞いてくれた。突拍子もない話で、信じられないはずのことなのに、馬鹿にすることなく真剣な目で俺を見ていた。

 ひとしきり自分の半生を語り終えると、生まれてからこれまでのことを走馬灯のように思い浮かべた。

 脆弱で、どうしようもないはずなのに幸せだったと胸を張って言えるような幼少期を。

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