第28話・窯詰め

 東の空がようやく白みはじめる午前5時、窯詰めは開始された。

 作品の量があまりに膨大なため、まずは詰めるものの選抜から行わなければならない。持ちこんだ作品の中から各自、これだけはどうしても焼いてくれ、というものをすくいあげるのだ。作品はどれも思い入れのあるものなので、これがいい、あれはいらない、などと決められるものでもないが、窯の容量が決まっている以上は、そしてそれと知りつつオーバーキャパで制作した以上は、仕方がない。そこで各々、必ず焼いてほしい自作品ベスト5までをともかく選び、提出することにした。その分だけは、とりあえず窯詰めが保証されるわけだ。ほかの作品は補欠となり、窯詰めされる可能性が低くなる。

 次の問題は場所取りだ。全員が「自然釉がたっぷりとかかる最前列がいい」と声をそろえる。それはマキ窯を焚くからには当然ともいえる要求だった。

 ここで「自然釉」の説明をしなければならない。「釉」というのは釉薬(うわぐすり)のことで、土くれの作品の表面にほどこすガラスコーティングをいう。我々が食卓で使っている器は通常、人工的に調合されたこの釉薬というものをかけて焼かれていて、きれいな彩色と同時に、非吸水性や強度という点でも重要な役割を担っている。しかし今回窯詰めする作品群には、釉薬をかけない。かわりに「自然釉」というものが登場する。

 自然釉は、無釉で焼く「焼き締め」作品を覆う天然の釉薬である。釉薬が自然に「付着する」と言いかえることもできる。人工の釉薬をかけなくても、マキ窯では天然の施釉現象が期待できるのだ。どういうことかというと、つまりこうだ。マキ窯では、焚き木を燃やして温度を上げ、その火力で焼成をする。その過程で焚き木は燃えつき、灰となる。それが熱気の対流にのって窯内に飛散し、作品上に降りつもる。作品を包みこんだ灰はやがて高温によって融けはじめ、土と一体化する。むずかしく言えば、土の中の珪酸と灰の中のソーダ分が結合してガラス化する。こうして作品は天然のガラスによってコーティングされ、さらに含有した鉄分によって黄色やグリーン、ときには水色のような発色を呈し、素地を美しく装飾する。これが「自然釉」という現象なのだ(逆に言えば、この自然現象を人工的に再現しようとして、釉薬が開発されたわけ)。

 このようにマキ窯焼成は、電気やガス、液体燃料などを使った焼成ではありえない特殊な効果が得られる。作品に天然の彩色をもたらし、強度と非吸水性をあたえてくれる自然釉は、マキによる窯焚きの主目的のひとつだ。そんな事情もあり、だれもが灰をいちばんかぶる棚の最前列に作品を置きたがるわけだ。それは特等席なのだ。ところがその席数はごくわずか。さらに火道がタテS字に曲がりくねった無量窯が相手ときている。どの地点まで自然釉が届いてくれるかもわからない。最前列に、少なくとも最上段の棚に置かなければ、焼きあがりははなはだ心もとなくなる。アリーナ席の確保は、作品の生き死にに関わる重大な問題でもあった。

 こうなると、窯詰めの責任者にはプレッシャーがかかる。今回のリーダーは、前もって行われた打ち合わせのとき、全会一致でツカチンが選出されていた(というよりも、オレが立候補する前に、なんとなく空気でヤツということになってしまっていた)。

 ところが、さあ窯詰めにはいろうかという間際になって、ある奇妙な問題が浮上した。ツカチンがこんなことを言いだしたのだ。

「わるいけどオレ、マキ窯なんてはじめてだからね・・・」

ーバカな!ー

 タバコの煙をくゆらせつつ半笑いで、驚天動地のカミングアウト。あわてて参謀のヤジヤジと協議に入るものの、このおっちゃんもマキ窯未経験で知識なし。・・・つまりぶっちゃければ、このメンバーの中でマキ窯を焚いたことがあるのは、ある人物ひとりきりだった。

「杉山くん!・・・マキ窯を焚いたことがあるって、こないだ鼻高々で自慢してたよね?」

「そういえば!」

 ここにきてようやく、その重要人物の名前がみんなに思い起こされた。それは手の内のすみっこで忘れ去られていた、輝けるジョーカーだ。

「そうだ。聞きもしないのに、言ってた言ってた」

「うんうん。こざかしくチョー得意げにしてたっけ」

「しかも山奥にひそんで、コソコソと登り窯つくってるらしいじゃん。だったら・・・」

「そーよそーよ、あんたやんなさいよ」

 このド素人に、窯焚きの指南役があてがわれようとしている。責任重大な立場だ。いいのだろうか・・・?

「えー?オレが~?マジで~?ガチで~?いいの~?」

 リーダーと呼ばれてもてはやされることが大好きなオレは、戸惑ったふりをしつつ、露骨にほくそ笑んだ。このバカどもを奴隷に仕立てて、アゴでこき使うのもわるくない。

「しょうがないな~・・・いや~、やるだけやってみるけどさ~」

 ウズウズ感はかくしようもない。このおいしい話を、いそいそと引き受けた。

 こうして、デザイン科のFさんちのアナ窯焚き、太陽センセーんちの登り窯づくりの現場で、見、聞き、体験したことを、余さずメンバーに伝授してさしあげた。さらに、素人なりに火道を考えて焼成の構想を練る。それを了承したメンバーは交代で、指南役サマの意図にそって作品を詰めることになった。なかなか気分がいい。

 窯詰めは、陶製の棚板に高さが同じような作品をぎっしりと並べる。ただし、おたがいの肩が触れ合ってはいけない。自然釉によってくっついてしまうからだ。ギリギリすれすれに詰めていく。そして「ツク」という陶製の支柱を棚板上の三点に置き、作品の頭すれすれにまた棚板を渡す。そうして積み上げていくのだ。作品をサイズと構成意図とで取捨選択しながら、火の通り道も加味しつつ、下から一段一段、奥から一列一列、手前に向かって棚組みしていく。肉体労働でもあり、頭脳労働でもある。

 さて、作業は順調に進むが、おさめる作品点数の逆算がむずかしい。残りスペースと未納作品の大きさとのすり合わせをミスると、誰かの勝負作(最前列狙い)が追い出される恐れがある。最後にきて「入らねー!」ではすまないのだ。スリルあふれるギャンブルだ。

 日は高く昇り、窯小屋には暑熱が充満する。なおも作業はつづく。その日差しも西に傾き、暮れはじめ、電灯がともる。棚はだんだんと組みあがっていき、ツカチンのシーサーも、ヤジヤジの大作も、バランスよくおさまっていく。他のメンバーのものも着々と詰められているようだ。ところがそこに油断があった。みんなに任せきりにして現場を離れている間に、ふと気づくと、窯詰めは最前列まで終えられていたのだ。それはいいのだが、だれもが自作品を詰めるのに一生懸命だったせいか、肝心のオレのものがずいぶん詰めきれずに残されてしまっている。配慮なのかエクスキューズなのか、最前列に何個か入れてくれてはいたが、ボロアパートでともに夜を明かした大きな勝負ツボが何個も、窯のかたわらにわびしげにたたずんでいる。この時点で窯に入っていないということは、つまり焼かれずにそのまま持ち帰ることを意味する。

ーなにー!?どういうこと?こんなことって?ー

 しかしメンバーのだれもがしれっとして、作業完了に安堵の表情を浮かべている。オレは自分がワナに落ちたことを知った。

ーまあ仕方がない・・・調子にのったバツか・・・ー

 悔しいが、今さら並べかえるわけにもいかないだろう。あきらめざるをえない。

 そのとき、この無量窯の焼成を指導してくれる酔っぱらいオヤジ・なるみさんが現れた。今回、学生に呼びかけてマキ窯焼成の機会をつくってくれた奇特なひとだ。彼が言った。

「窯詰め終わったかあ?じゃ、棚を組んだ部屋を閉じて、燃焼室をつくるべ」

 燃焼室とは、マキを燃やしてひたすら炎をつくるスペースだ。焚き口からマキを放りこまれる第一室がその役割を担う。そのせまい空間で効率よく温度を上げて、炎を第二室(作品を窯詰めしたタテS字の部屋)に供給するのだ。

 独立した燃焼室を設けるのは、Fさんちとも、太陽センセーんちともちがうやり方だ。まず手前に露出している三段の棚のうち下二段を閉じて、いちばん上の段だけ口を開けておく。焼成時、燃焼室から手前上部(露出した一段目)へ飛びこんだ炎は、奥の壁にぶつかって下降、二段目に突入する。そして手前に向かってUターンし、燃焼室とをへだてる壁に当たる。火先はさらに三段目に落ちて奥へ折れ、さらに進み、エントツの吸い口から排出されるというわけだ。

 図12・※1はマキを放り込む焚き口。2が第一室=燃焼室。3が第二室=作品の焼成室。4はエントツ。

 そこまで足の長い炎をつくるのは可能なのか?それがこの窯焚きの最大の難関だ。それはさておき、棚の二段目三段目をレンガで閉じた。すでに夜は更け、時刻は午前0時をまわったところだ。ようやくハードだった作業が終わる・・・

「さ、窯詰めする作品を持ってこい」

 そんなタイミングで、なるみさんがキテレツなことを言いだした。オレたちはきょとんとした。意味がわからない。もう窯詰めできるスペースなど残されていないはずだ。酒と疲労困憊で頭がおかしくなったんだろうか?

「あの・・・作品の棚はもう満杯なんすけど・・・」

「バカ。そうじゃなくて、燃焼室の脇にもういっこ棚を組むんだよ。空いたスペースがもったいねーだろ」

 はっとした。

ーそうか!そういや燃焼室内にはかなり作品が置けそうな余地があるなー

 そこを使わない手はない、というわけだ。

「わかったら、さっさと作品を持ってこい。あまってんだろうが」

 あわてて作品をさがしにいった。ガレージを探索すると、制作者の選抜からもれたB級C級品だけが残っている。そしてそして、なんというおあつらえ向き!窯詰め時に無視され、外へと追いやられたオレの愛しいツボたちがそこにいたのだ。

ー神風が吹いた!おまえたち、方舟のファーストクラスに乗っけてもらえるぞー

 それらをかき集めて、燃焼スペースの両脇にしつらえた即席棚に並べていった。その場所はまさに火のまっただ中で、例えるなら土俵際の砂かぶり(灰かぶり?)席・・・いや、むしろ舞台ソデといっていい。特等中の特等席だ。自然釉の期待もふくらむ。他のメンバーの羨望のまなざしに背中を焼かれながら、オレは自作のツボを二個三個と並べていった。ひんしゅくを買っているのがまざまざと感知できたが、かまうことはない。残り物に福がきただけなのだ。

 プラチナ席の窯詰めをすませると、さらに手前に、最後の外壁をつくる。空気供給装置=ロストルと焚き口(図13)をレンガで組みあげながらの作業なので、ひどく煩雑で手間がかかる。眠い目をこすり、くたくたのからだにムチ打つ。それでも、若葉家の窯とまったくちがう無量窯の構造を頭に叩きこみつつ働いた。

 こうして、ついについに窯は閉じられた。筒抜けだった窯が作品を満腹にはらみ、各種装置も取りつけて、ようやく焼成準備完了となったのだ。この日二度目の朝が白々と明けはじめていた。しかし休む間もなく窯に火が入り、さらに長い長い三昼夜の焼成がはじまるのだった。

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