第26話・越前

「おはよー」

 夏休み。あるドピーカンの早朝。クセ者ぞろいの15名が某地点に集結した。「越前・マキ窯焼成合宿」の参加メンバーである。

 みな誇らしげに、各自の車から大きな段ボール箱を運びこむ。ここ数週の間につくりあげた力作だ。どの顔も、瞳に野心をみなぎらせている。意欲・興奮・ドキドキ・ワクワク・うっしっしがかくせない。ただ、そこには不安も同居していた。この4月に同じ地点からスタートを切ったクラスメイト。それは友達同士などではなく競争相手なのであり、この合宿は共同作業というよりは出し抜き合戦なのだ。だれもが傑作の確信を胸に秘め、周りに先駆けて抜きん出てやろうと腹の底で考えていた。学校では全員が同じ製品をつくっている。だから、おたがいの作風も知らなければ、自由な造形を見たこともない。みんなテキの手の内が気になって仕方がないはずだ。しかし作品の仰々しいこん包のように、心の焦燥もひた隠しにし、ニタニタ笑いや慇懃無礼な謙遜で腹をさぐり合う。まったくいやらしい性格だ。ただ、それは作家として当然の姿なのだった。

 持ち寄った段ボール箱は、たちまち見上げるほどの小山を築いた。だが、ここで問題が発生する。窯の容積にかんがみ、あらかじめスペースのひとりあたまの持ち分は制限されていた。ところが開けてびっくり、だれもがそんなことはおかまいなしに、巨大かつ膨大な作品群を持ちこんでいたのだ(オレ含む)。窯のサイズは決まっている。窯の収容能力を、作品の量が上まわった場合、当然おさまりきらない。だれかがワリを食うことになる。丹誠こめてつくりあげた作品が、窯に入りきらずにはじき出されるのはたまらない。メンバーはひとの荷をのぞきこみ、牽制の表情を交わし合った。窯詰め時の陣取り合戦に嵐が吹き荒れること必至だった。

 この時点で作品の峻別などできないし、今さら引きさがれるものでもない。とりあえず、すべての荷を幌つきトラックに積みこむことになった。幌からあぶれたものは、各自の車の空きスペースにつっこむ。持ちこまれた作品たちは、素焼き(本焼きの準備段階である低火度焼成)すらされていない。つまり、まだ固まっていない。成形を終えて土が乾いただけの状態なので、非常にもろい。いわば砂のお城のようなものだ。ギュッと握ればかんたんにくだけるし、水に触れれば溶けてしまう。荷のあつかいには、生まれたての小鳥を運ぶような慎重さが要求される。恐ろしい作業だ。

「落っことさないでね、そっとね」

「だれだよ、こんなデカイものつくったのは」

「そこ持っちゃダメー!」

 怒号と悲鳴が飛び交う中、なんとか積みこみが終わった。いよいよ出発だ。

 いなか道から市街地をへて北陸道にのり、炎天を見上げながらゆっくりゆっくりとキャラバンは進む。各自号はイージードライヴだが、危うい荷が満載の幌つきトラックは万全を期して、はるか後方をさらに安全運転で走った。隊伍無視の超ビビり走行だ。そのため、すぐにちぎれて置いてきぼりになってしまった。

 昼をまわった頃、オレたち先行隊は高速を降りた。それからさらに海沿いを走り、山間部に分け入り、稲田を縫うように進む。ようやく目的地に到着した。

「よーし、着いたー。ここでーす」

 コーディネーター役の女子が、あぜ道の脇に建つ一軒の古民家を指さす。それを見て、だれもがギョッとした。そしておたがいに顔を見合わせた。

「へー・・・」

「ここかー・・・」

「なるほど、そういうことか・・・」

 そんな言葉を漏らすのがやっとだ。現地でまず一行を出迎えたのは、ボロボロに荒れて傾いたあばら屋だったのだ。人が足を踏み入れなくなってから相当の年月がたっているらしい、絵に描いたような廃屋だ。オレたちは草ボーボーの庭に呆然と立ちつくした。

ーまさかここで何日間も寝泊まりするってのか・・・?ー

 話がちがう・・・ような気もしたが、「宿泊費はタダ」というふれこみだったので、今さら文句も言えない。立てつけの悪い引き戸を開け、恐る恐る中に入ってみた。土間にはカビくさい空気が充満している。床板は腐り、タタミに体重をのせると底を踏み抜きそうだった。ホコリ、クモの巣、昆虫の死骸、ネズミの足音、階上の闇、生ぬるい悪臭、漂う怨霊・・・オレたちはそれらの気配に身震いしつつ、家屋内の空気を入れかえ、掃除をし、バルサンを焚いた。

 そんな作業が終わる頃、北陸道をこわごわ這い進んできた別動の幌つきトラックがようやく姿を現した。作品の到着だ。みんないっせいに飛びかかり、幌の裂け目から自分の荷を降ろす。そしてこん包を解いて、いとしい我が子にケガがないか確かめては、その土塊を抱きしめた。

 次々と剥き身にされる作品たち。それらは窯詰めのための待機場所であるガレージにひろげられた。ところがガレージのせまいスペースは、たちまち器の大群に征服された。やがてその押し寄せる怒濤は、前庭に食卓としてしつらえられた巨大なコンパネまで呑みこんで、生活エリアをもおびやかしはじめる。浸食はどこまでもつづき、一面、足の踏み場もない状態だ。ほどいてみて、あらためて知る作品の膨大さ。芸術家たちの身勝手をリアルなビジュアルで見せつけられる。

ーこりゃ、とても窯に入りきらねーぞ・・・ー

 翌日の窯詰めを思うと、途方に暮れそうになった。

 その作品群を、越前のマキ窯が迎え撃つ。しかしオレたちの前に姿をあらわしたその窯は、どの文献でも目にしたことのない不思議な姿をしていた。独創的すぎる外観と仕組みは、制作者が自ら考案したものにちがいない。その名も「無量窯」。幅はせまいが奥行きの深いカマボコ型で、高さは大人の上背ほどもある。そして二階屋根の上にまで届こうかというのっぽエントツ。しかし特筆すべきは、窯内部の三層構造だ。三階建ての各フロアに分かれ、上段から中段、下段へと順ぐりに炎がめぐる迷宮になっている。複雑怪奇。こんな難敵が、我々素人集団の手に負えるのだろうか?

ー理屈がわからない・・・ちゃんと焼けんのか?ー

 太陽センセーに教えてもらったマキ窯の常識を、ことごとく覆す破天荒な構造。世の中にはスゲー窯もあるもんだ。井戸を出て大海を見た蛙の心境だ。

 さてここで、窯の焼成メカニズムについて簡単に説明をさせてもらう。伝統的な焼き物の窯は主に、熱源から上昇して伸びる熱の流れを、天井や壁のカーブによって作品方向へと導く。たとえばマキ窯の場合、炎は燃焼スペースからいったん上にのぼって丸い天井にぶつかり、跳ね返って下へとおりる。そうして作品にまんべんなく熱を降り散らすのだ。登り窯でよく目にするドーム型やカマボコ型の屋根構造には、こうした理由がある。さらに上から下へと作品の肌をなめるように焼いた火先は、窯の底にぶつかって再び束ねられ、地を這って奥の煙道へと向かう。だから陶芸の窯は、エントツの吸い口がいちばん下につき、そこから空に伸びている。

 図10・※倒焔式の窯という。赤矢印の方向に炎が流れる。

 これは基本形で、実際にはさまざまなバリエーションがある。だから窯焚きは、それぞれの窯の構造を見て炎の流れを読まなければならない。と同時に、窯詰めする作品の大きさや置く場所によって、火道をコントロールする必要がある。作品は、焼成の対象でもあるが、炎にとっては障害物でもあるのだ。作品のすき間で道をつくり、窯のすみずみまで効率よく熱をゆきわたらせなければならない。そこで、事前に窯詰めの構成(作品の配置)を考え、意図的に焼き方を決めておくことが重要となる。シンプル(単純)な造りの窯は、理屈も火の動きもシンプル(大雑把)なので、かえって炎が読みづらく、御しにくい。窯焚きをする人間の「腕一本」勝負なところがある。逆に特徴のある窯は、窯の制作者の意図がピンポイントではっきりしているため、おのずと作品の位置も焚き方も決まってくる。

 ところが越前でオレたちの前に立ちはだかる無量窯は、実にややこしい構造をはらんでいて、経験不足の職人見習いには制作者の意図を読むことすらできなかった。設計図によると、この窯内の炎はS字に流れる。言っている意味がなかなか伝わらないと思うが、つまり炎は、棚で上中下三段に隔てられた窯の内側をS字クランク(というより二つのヘアピンカーブ)をクリアしながらゴツゴツと進んで、長大なエントツを通り抜けて空に出る。

 図11・※恐るべき無量窯

 こんな摩訶不思議な窯は、あの窯づくり名人・太陽センセーですら「見たことないわい」ということだった。どんなものを焼きたくてこの構造にしたのか、皆目わからない。メカニズムの合理性が理解できないのだ。うまく焚けるかはおろか、炎がちゃんと迷路の最後尾まで届くかどうかもわからない。不安でいっぱいの初対面となった。

 無量窯の窯詰めは、中に組まれた棚板をいったんすべて解体するところからはじめなければならなかった。焚き口と燃焼室の二枚の壁を取り去り、入り口から煙道までを筒抜けのカラ箱にして、そこから一切を組み立てなおすのだ。しかも窯詰めも、かなり煩雑な手順で行わなければならない。立体パズルだ。それは、炎を窯のすみずみまで等分にゆきわたらせる「ベストな作品配置」の設計と、とてつもない労力、そして途方もない時間が必要な作業だと予感させられた。

 翌日半日で窯詰めを終えて午後にはさっさと火を入れようと意気込んでいたオレたちは、一転して激しい憂鬱におそわれた。ただでさえ身勝手なメンバー(オレ含む)が持ちこんだおびただしい作品数に困惑しているのだ。窯詰めのさらなる手間を考えるとげんなりしそうになる。しかし現実はシビアだ。長丁場の棚組み&窯詰めと同時進行で、残酷な作品の取捨選択と場所取り合戦を行わなければならない。翌日午前9時と設定していた窯詰め開始予定は、夜明け時刻に変更された。

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