第20話・ケズリ

 切っ立ち湯呑みの制作はつづいていた。しかし泣くほど苦労したほんの半月前のことがウソのように、ある時点から湯呑みの壁は薄くまっすぐに屹立するようになった。呼吸をとめ、視線を一点に落とし、左手の指先に神経を集中させる。おなじみ「ろくろ首」というのは、首がにょろろ~んと伸びるおばけだが、なるほどあれだ。指先が筒の腹をきれいにすべると、そのアタマはぎょっとするほどの勢いで上昇してきて眼前に迫った。伸びる伸びる。擬音で表現すれば、ぴょるるるる~、である。ついに口べりまでを完璧に挽ききり、オレは快感にひたった。

 名前どおりに切り立ったその姿は、玉取りしたときのちっちゃな土玉からはおよそ想像がつかないほどのタッパがあった。見込みから口べりまで完全に同径同厚の筒形。横から見ると、指のすべった航跡が水平方向に並んで(厳密には水平ではない。指はらせんをのぼっていくのだから)、正確な等間隔を刻んでいる。あわてず、遅れず、途切れることなく、リズミカルに走るシュプール。底点の茶だまりから頂までをコイル状にめぐるたった一本の線が、この湯呑みを形づくったわけだ。オレは菊練りの構造を思い起こし、あの巻貝型のらせんがもつ意味を、実感として理解した。確かに、練りや殺しをふくめてここに至るまでのすべての作業が、深い意味合いにおいて連結していた。永い歳月を費やしてつちかわれた人類の叡知が昇華し、この美しい器形を世に生ましめたのだ。

ーかっこいい・・・ついにこんなパーフェクトな形が挽けるようになったんだなあ・・・ー

 うっとりするような出来映えだ。クラスの他のだれが挽いたものよりも光り輝いて見える。まるで宝石だ。そんないとおしい切っ立ち湯呑みを前に、オレは恍惚した。周囲に見せびらかし、記念撮影まですませた。・・・それが焼きあがると「くんれん製品」として一個50円で叩き売られようとは、まだ知らされていない頃のできごとである。

 だが切っ立ち湯呑みは、この時点ではまだ完成とはいかない。「ケズリ」という作業がのこっている。器は、挽きっぱなしで成形完了というわけではないのだ。

 ケズリ作業は、1・高台(器の裏の、輪っか型に出っぱった部分)の削り出し、2・厚い部分をそぎ落として重量バランスの調整、3・かっこよくするための仕上げ整形、などの意味をもつ。しかし合理的に事を進めるために、できることなら2の重さ調整と3の整形をはぶきたい。うまく挽けば、そんな作業は必要ないのだ。だからこそろくろ挽きの段階で、極力薄く、かつ根っこから口までを均等厚に、しかもなるべく美しく同じ形に、という技量が求められるわけだ。そのあたりを雑につくってしまうと、ケズリに大変な時間と手間を要することになる。

 ただ、重さ調整と整形をはぶいたとしても、1の高台の削り出しが実にむずかしい。そのあたりを説明していこう。

 まず、挽きあがった器を半乾き程度に乾燥させる。ウェットすぎると刃がねっとりと食いこんでささくれが出るし、またドライすぎても硬くて刃が立たなくなる。ちょうどいい頃合いというものがあり、そのあたりは制作者の作品管理のしかたが問われる。

 まん丸の口べりがかっちりと動かない程度に乾いたら、シッタ(湿台)という道具が登場する。これはとんがり帽子のような形をした粘土製の台で、ろくろ挽きした器をひっくり返して固定するために使う。シッタももちろん手づくりだ。器の口径に合わせて毎度各自でろくろ挽きし、水気を飛ばしてから使用する。

 さてケズリ作業だが、まずろくろの中心にシッタをすえつける。そのとんがり部分に、器をさか立ちにはめこんで回す。そしてそいつに直接カンナをあて、厚底部分から高台の形を削り出していくわけだ。背の高い切っ立ち湯呑みは、シッタのてっぺんを心もとなくくわえこんで乗っかっているにすぎない。不安定さを補助するものはなにもない。はめこむというよりは、口の内径をちょこんと引っ掛けただけのあやうい状態だ。その状態でろくろを高速回転させ、逆さになった湯呑みの底に刃物をあてる。こうして器の余分なぜい肉をそいでいき、高台は形づくられる。

 図8

 まったく怖ろしい行為ではないか。削っている最中にカンナ(バターナイフを曲げたようなケズリ用刃物)の刃が、限界よりほんの少しでも深く土肌に食いこめば、たちまち口のグリップは外れ、湯呑みちゃん・一巻の終わり、となる。かといって表面を刃先でなでているだけでは、いつまでたっても高台は土中からフォルムをあらわさない。ギリギリの抵抗を見切ってえぐりこむしかない。まるで肝だめしだ。ろくろ上のシッタはハイスピードで回っているので、刃がわずかでもつまずくたびに、湯呑みは実際にすごい勢いで飛んでいった。そしてはるか遠方に破壊の音を聞くこととなる。恥ずかしいったらない。かといって回転速度を落とすと、エッジの立ったシャープな高台を削り出すことができない。ジレンマだった。

 さらに、高台の内側の堀をどこまで深く削れるか、というチキンレースの様相も呈する。攻めすぎて底を掘り抜き、穴をあけた経験は数知れず(「お、植木鉢か?」 by イワトビ先生)。かといってビビりすぎると、底が厚く残って重量オーバーとなり、臆病者あつかいされる(「お茶飲むたびに筋肉がついてまうぞ」同)。腹を決め、ノンブレーキで突っこむしかない。

ーチキンとは呼ばせねえ!ー

 祈りと呪詛とを同時に吐き散らしつつ、ろくろのアクセルを踏みこみ、震える手でカンナを立てた。ケズリは、まさに勇気と根性試しの場だった。

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