第13話・労働と報酬

 太陽センセーの指導で、さっそく窯づくりにはいった。仕事内容は単純かつ地味なものだ。だが、思った以上にきつい。重機などは一切ないので、すべてが人間の肉体によって、開墾され、崩され、運ばれ、積み上げられる。名人は「ここ掘れ」と言う。オレたちは「わんわん」とスコップをふるう。原始的労働。筋力の盛大な乱費。オレたちはたちまち汗みどろ、泥まみれのボロぞうきんのようになった。

 まず古い登り窯のしっぽをハンマーでどつき壊して、耐火レンガをほどきにかかった。つくるは難し、ほどくは固し。巨大な構築物を、最小単位のレンガピースにまでバラバラにするのは結構な手間だ。さらにその一個一個から、バリをとる。使いこんだ窯のレンガには、マキの灰が溶けた自然釉やら、高温で固まった泥やらがコチコチにこびりついているのだ。そいつをグラインダーや鎌でこそげ落としてきれいにし、再度積めるように面をフラットにしなければならない。レンガのリサイクルだ。ピカピカになったら、それを隣で築造中のアナ窯へ運ぶ。

 一方、アナ窯では別働隊が活動中。ひたすら穴ぼこ掘りだ。そして掘り下げた底をならし、その上にレンガを敷きつめて底面の水平をだす。さらに山の斜面の竹林を切り開いて穴の容積をひろげ、土砂を頭上に掻い出す。掻い出された土砂が小山を築くと、全員が集められ、バケツリレーがはじまる。土砂をてんこ盛りにしたバケツは、手から手へずっしりずっしりと渡り、山深くの崖下に捨てられる。空になった最後のバケツがもどってくると、また古い窯にハンマーをふるう・・・。その作業内容はもうタコ部屋の人足さながらだった。

 学校の訓練でくたびれはてた週末に、これほど肉体を酷使する作業をつづけるのは、正直しんどかった。しかしそのしんどさにも平然と耐えられたのは、なににもまして得るものが大きかったからだ。自分の興味を掘りさげ、未知の世界をのぞき見るのは実に楽しいことだった。窯の構造から用途、焼成時の熱の動線、酸化焼成と還元焼成の仕組みにいたるまで、窯焚きに必要ななにもかもを、つくりながら教わった。親子陶芸家から受ける懇切丁寧な説明は、学校の授業よりも勉強になるほどだった。実践が頭に刻みこむ記憶と理解の深さといったら、デスク上での何万の文字数もおよばない。濃密な時間を体験して、日に日に成長していく実感が自分を満たした。

 しかも、本当に実になる勉強はその後だった。日が暮れて、疲労しきった筋肉を山からかつぎ下ろすと、太陽センセーはほがらかな笑顔で秘密基地のあちこちを案内してくれた。お手製のろくろマシーンや窯、その他不思議な発明品を指さしながら、誇らしげに説明をはじめる。

「使い方よりも、なぜこの道具をつくろうと着想せねばならなかったか、という根本的な疑問に考えおよばさねばいかん」

 道具の用途などの話題でも、自然とこのひとの話は陶芸の本質的な部分に向かった。ひとつひとつの発明には、それぞれに必然性があるのだ。状況を変えなければならなかった意味が。便利だからではない。そこからしか生み出し得ない特別な理由があるはずなのだ。ゆらゆらゆれる蹴ろくろでなければつくれない風合いがあり、曲がった枝を削り出したヘラでなければ描けないフォルムがあり、手製のカンナでなければ削れない質感がある、といった具合だ。いい焼き物をつくりたいという一心が、太陽センセーを突き動かす。このひとは寝ても覚めても焼き物のことを考えている。その姿勢にこそ薫陶を受けた。とてもマネできるものではないけれど。

 また太陽センセーは、すさまじい知識量を頭の中にストックしていた。棚板の素材、電対の構造など、どんな些末なことを訊いても即座に答えを返してくれる。それに歴史や人物についても、おそろしく博識だった。素材の組成や成分の調合法などはいうまでもなく、化学式までも。しかもそれらをガクモンではなく、物語で表現してしまう。その感性と、話し聞かせる技術にも舌を巻いた。言葉のひとつひとつにうたごころがあるのだ。だから聞き入ってしまう。センセーは語りかける表情に、子供の無邪気と達人の洗練を交互にひらめかせた。近寄りがたいオーラを放つかと思えば、一転してひとなつこい笑顔で場の緊張をほぐしてみせる。なんとも魅力的なひとだった。

 たとえばこうだ。冗談めいた語り口で太陽センセーの講義はすすむ。そこでこちらが急所を突くような質問をする。すると師は、わが意を得たり、と目尻にしわを刻む。いたずらっ子のような笑みだ。

「なかなかよいところに気がついたの」

「教えてください、センセー」

 こちらが乞うと、すぐに真顔にもどる。そして哀しげにつぶやくのだ。

「それは言えん。秘伝なのじゃ・・・」

 峻厳な態度。未熟な若者はおのれの甘さを思い知る。ところが、

「・・・しかし、今回だけは特別に教えてやろう」

 空気がピンと張りつめる。やがてセンセーは重い口をひらき、奥義をささやきはじめる。オレたちは目を輝かせ、耳を立て、しっぽを振り、センセーの小声を必死にひろっては全身で吸収した。そんなときの言葉は、一言半句も漏らすことなく記憶回路に刻みつけられた。

 だがセンセーは、秘伝なる情報を伝え終わると、また無邪気な子供にもどって、こうオトシをつける。

「どうじゃ。秘伝と言われれば、こんな老いぼれの話にも聞き耳を立てよう?」

 これで今の話は生涯忘れまい、と。そしてからからと笑うのだ。それは秘伝でもなんでもなく、素人に学習させるための技術だったわけだ。それどころか、こちらがその話題に水を向けることさえ想定し、筋書きをコントロールしていた節もある。すべてがセンセーの術中なのだ。格のちがいを見せつけられる。オレは脱力しつつも、この魅力的なひとに出会えたしあわせを噛みしめた。

 窯づくり名人は、芸術家にして、科学者、発明家、エンジニア、鍛冶屋、鋳物屋、大工、茶人、柔道家、料理人、弁士、教師、そして博愛者、という奇跡のひとだった。豊かな創造性と、ひらめきや好奇心を作品へ具体化するための知識と技術を持ち、あふれる情熱によって実現してしまう。さらにそれを包み隠さず開陳するおおらかな性格、ひとを惹きつける語り口・・・それらすべてをあわせ持つ太陽センセーは、まさにスーパーマンのように思えた。

 若葉家の酒盛りは、言葉のやり取りと笑い声が絶えなかった。オレはそんな夜、いつまでもつづく杯の満たし合いにくらくらしつつ、自分のゆく先におぼろな光が射すのを見たりした。ぶ厚い雲間から落ちるそれは、もちろん「太陽の光」だった。

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