炎上の王都

 夜の海からの帰還中、己の住むくにを視認できるところまで来たときにルリは愕然とした。

 不吉な赤い光が立ち上っている。

 》──ルリ!!《

 刀──日向が悲鳴を上げた。

 》──どうして気づけなかったんだ!! 俺としたことが……!!《

 呆然としている場合ではない。

 ただ走るだけでは気が済まず、能力を行使して瞬間移動を繰り返した。

 》──くそっ! みんな何で伝えてくれないんだよっ!!《

 日向が相変わらず悲痛な声を上げているがルリにそれを構っている余裕はなかった。

「みんな…………ッ!! サラ! カラ!! ……ヒスイ!!!」

 中央の屋敷のあったあたりで巫女の警護をしていた女性三人が倒れていた。

 ルリの呼びかけが虚しく響く。外傷おびただしく既に息をしていない……。

 彼女たちの周囲にはそれぞれの相棒である武器たちが無残な姿で転がっていた。

 》───こんなに、なってまで、何にも伝えてくれなかったのかよ……!!《

 日向は悲鳴を上げ続ける。

 すると転がっていた武器──式神たちが光を発して姿を変じた。それぞれ、猫や狐などの姿を取っていて金や銀の色に輝いている。だが……。

 》──……お前ら……!《

 日向がますます泣きそうな声を上げた。彼ら彼女らの姿は大変悲惨なものだった。受けたダメージが如実に姿に現れている。ただ、どれだけ外傷が酷かろうと死滅まではしないようだった。そのうちの一人がルリと日向に向けて苦しそうに言葉を紡ぐ。

 》──ルリ、日向……ハリと月代がまずい……多分あいつはあの子と姐さんのところに……。《

 》──わかったよ、もう休んでくれ!! 姿を取って意思疎通とかきついんだろ!? いいから、≪鎮魂の森≫へ行ってくれ!! もう、誰もいなくなるなよ……!!《

 》──王は殺され……巫女さまが、連れ去られた……守れなかっ……《

 最後まで言い終えることなく、三つの光の塊はただの光の球となって空へ飛んでいき、見えなくなる。

『強制送還』

 ルリの仕業のようだった。

 印を組み終えた姿勢のままぽつりと呟いた彼女の目には燃えたぎるような怒りの色。

 》──……急ごう!!《

 その声にルリは当たり前だというように、きびすを返して邑のはずれ──ハリが居るはずの場所──を目指し始めた。

 刀は光の猫へと変じてそれを追う。

 道々たくさんの遺体に出会う。弔っている暇もないことを口惜しく思いながらもルリは式神たちを強制送還しながら目的地を目指していた。

(…………もう、生きているものはいないのか……!?)

 気ばかりが焦る。ハリ、どうか無事で……。

 連れ去られたという巫女を救出しにも行かなければならない。そのためにはまず生き残っているものと合流せねば。

「けれどなぜ連れ去ったのだ……くにを滅ぼしたいのならそのまま殺してしまうはず……」

 まだ巫女が生きているという可能性があることは不幸中の幸いと呼べるのかもしれないが、不可解といえば不可解だった。

 》──分からねぇ……だがロクなことない気がするぜ……早く助けないと……《

「違いない」

 日向もルリも同じく焦っている様子である。

 と、その時だった。

 ふらり、ふらりと足元のおぼつかない様子でこちらへと向かって歩いてくる人影に気づく。

 両目を始め体のあちこちを当て布で覆った……あれは……。

「……ハリ!!」

 思わず駆け寄る。

「ハリ、無事か?! 月代は……!?」

 案ずるように体を支えると、ハリは緊張がとけたのかその場に崩れ落ちる。数日前のあやかしとの戦闘で大怪我を追ってしまった彼は歩くのすら困難なはずで、荒い呼吸を繰り返しながら一生懸命何かを伝えようとしている様子である。

「ル……リ! ごめ……逃げろ……!!」

 必死でつむいだ言葉はそれだけだった。

 何を言っているんだと、ルリが返そうとした時。

 何がなんだか分からないうちに体が弾き飛ばされていた。

 気づいたときには全身を尋常ではない痛みが襲っていた。

 赤い色が広がっていく。

 ぼんやりとそれだけ目に入れて、危うく意識を手放しそうになる。だがそのような場合ではないのだ。意地に意地を重ね、意識を手放すまいと足掻く。

「ルリーーーーーー!!!!」

 猫化した日向が何故か悲愴な叫び声を上げながらルリの元へ走ってくる。

「ひな……ハ……は……」

 日向、ハリはどこだ。

 そう言おうとしたのにうまく言えない。

「喋ってんじゃねぇよ!!!」

 また泣いている。さすがは式神たちのなかでも一番若いだけはあるな。そういうことをぼんやり思う。

 その場にあった住居の残骸に突っ込んだらしく、ルリの体のあちこちを、住居を構成していたはずの木材が貫いていた。

 自分の体がどういう状況にあるのかはぼんやりと察していたが、どうも危機感が沸いてこない。これは一体なんなのか。

 小さく咳き込むと、そのま大量の血液が吐き出されてしまう。

「おや。死にそびれましたか……これは失礼」

 そこへ、場違いなほど陽気な、知らない声が聞こえてきた。

「どうやらあの男の子が盾になってしまったようですねぇ……」

 そうだ、ハリは……?

「ご安心を、すぐに後を追いかけさせてあげますから」

 その科白せりふに一気に意識が覚醒する。

 ──おのれ!!

「しかし火の国二十五衆、聞いていたより面白くもなんともありませんねぇ……これは私一人でも充分だったのかもしれません」

 ゆっくりと近づいてきながら、余裕そうにそいつは喋る。

(───日向、私の考えていることが分かるか)

 音にはせずにそう話しかける。

 日向は一瞬張りつめたように黙り込むが、諦めたように力を抜いた。

 》────てめーは、最後までめちゃくちゃだな……《

(今更というものだ)

 そうしているうちに相手はルリのすぐそばまで近づいてきて、その獲物をルリに突きつけていた。

「それではさようなら。小さなただの女の子」

 抵抗などできる余力はなく──衝撃と大きな喪失感。相手の獲物は間違いなくルリの心臓を貫いていた。

 確かにそれでルリの命は終わらされる。けれどそこからだった。死してなお彼女は動く。

 ぐぐぐ、と右手で相手の得物をつかんだ。

 信じがたい状況に相手が少しひるむ。

『封印の楔、発動。狼藉者の命を生け贄えに、この地に永遠なる平穏を』

 その場が青い光に包まれる。

 命の終わる瞬間の力を利用して、ルリが行使できる強大な術。

 このくにの中を徘徊して略奪と破壊のかぎりを尽くしていた連中の姿が青い光に襲われあっという間に燃え尽きる。

 そして光の消えたあとには、ただただくすぶるくにの残骸。

(────モモさま、どうか、ご無事で……)

 そしてルリの魂は、≪鎮魂の森≫へと回収された。

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