7話 女二人、宿の中で。男一人、宿の外で

 フィリアとノルンの口喧嘩のようなものは終わりに近づいていた。口喧嘩と言ってもフィリアから見たものでノルンにとっては面白い反応をする亜人だと思いながらおちょくっているに過ぎない。


「……もっと頭を鍛えなさい」

「余計なお世話です。貴女こそもっと愛想笑いを覚えて下さい」

「……ニッコリ」

「うぐぐ」


口元を吊り上げるノルンだが、目が笑っていない。その反応で遊ばれていることにようやく気付いたのか言葉に詰まり、アマトに助けを求める。


「アマトさん、こんな人と一緒に旅なんて無理ですよ。はっきり言ってあげて下さい」

「君何か昨日と言ってること変わってないか?」

「……矛盾」

「う…………」


 確かにフィリアの主張は昨日アマトに対して言ったことと全く別の理論になっている。

 しかしフィリアにとってノルンが旅に加わることが何を意味するのか。元々フィリアがアマトに同行している理由は非常時におけるアマトの安全確保、護衛だ。ただでさえ昨日の野盗に襲われた際に役に立てなかったところに知人との再会。自分は用済みなのではないか、旅の二日目で既にそんなネガティヴな思考に陥っているが故にこれほど強く反発しているのだ。


「でもこの人にもあの外套来てもらうつもりですか?」

「……言われてみればさすがに目立つか、かと言ってそのままではなぁ」

「ほら、そうでしょう?」

「……分かった、諦める」


 理想に近い結果に安堵するフィリア。それを表情に出さずに余裕ぶった態度であやすようにノルンに話す。


「はい、聞き分けのいい人ですね」

「……いい人?」


 しかし平静を装って出した言葉にノルンが反応した。それまでとは違い突き刺すような目線でフィリアを見つめる。


「……私は26」

「……え?嘘!?」


 驚きの声を上げる。もともとフィリアは女性としては高身長だが、ノルンはそのフィリアより頭一つ分ほど小さい背丈である。別段低身長ではないがアマトと一緒に居たフィリアはついノルンを子ども扱いし不興を買ってしまった。


「調子に乗るなよ19が」


 殺意が込められていると感じるほど低い声でそう言い残し部屋を出て行った。

彼女の話から察するに受付嬢の仕事に戻ったのだろう。


「調子に乗っちゃったね」

「調子に乗りました」


 あくまでも軽い態度を崩さないアマトに対し、直接言葉を向けられたフィリアは全身を震わせながらなんとか言葉を絞り出した。


 ☆☆☆


「つまりこれでコーロニアと呼ぶわけだ」

「はぁ、難しいですね」

『たっだいまー!』


 日が頭上に昇る頃、宿の一室で暇つぶしに文字の読み方を教えていたアマトとフィリアは入り口からやたら快活な言葉がしたのを聞いた。アマトは言葉の主が誰か知っている、この宿の本来の主だ。


「帰ってきたか。ついて来い」

「は、はい!」


それに気づくとアマトはフィリアとともに一階に降りていく。階段越しにノルンとハスキーな男の声が言い争いをしている声が聞こえてきた。


「……遅い」

「わ、悪かったですよ。まさか、二日かかるなんて思っても見なくて」

「……まぁいい」

「あのう、実はあと一日留守を頼みたくて」

「……殺すぞ」

「ひいぃ!」

「あまり穏やかじゃないな」


 そこにアマトが割って入る。後ろについてきたフィリアは言葉を失った。何にか?入り口にいた男の容姿にである。甲高い声から予想できる姿とはかけ離れ屈強な肉体をした中年の大男。これは無いだろうと心の中で思うフィリア。それだけならまだしも腕を後ろで組むなど、一々所作が女々しいのだ。声と容姿の不一致は仕方ないとしても仕草を何とかできないのだろうか。


「あ、アマト様!?」


 一方でその男、ソールはアマトの姿を認めるとさらに慌て始める。向こうからすれば資金を貸した相手が突然現れたのだから無理もないが焦りすぎて足取りがおぼつかなくなり仕舞には土下座する有様。


「申し訳ございません!なにぶん最近は入用で……」

「まあそれはいいが、何故この宿を留守にしていた?」

「その、実家の商売が人手不足とのことで……」

「それでたまたま居合わせたノルンに宿を任せたと?」

「……その通り」

「まったく、もう少し経営者としての手腕を磨いたらどうなんだ?」


 話からおおよそソールという男の人となりは察することは出来た。

一言で言えば不器用、生真面目なのだ。話に出た実家の手伝いも誰かを雇うなりこの宿で働く人に任せるなりフィリアでさえすぐに考えつく。それが思いつかないというより自分で抱え込んでその発想を持たないのだろう。悪い人間ではないのだろうが、ここまで不器用では滑稽を通り越して哀れにすら感じる。

そしてフィリアにはその後ろ向きな思考にある種の共感を持っていた。まぁ、だから何だとすぐに振り切ったが。


「……ノルン、受けてやってくれ」

「……留守を?」

「そうだ」

「……アマトが言うなら」


 そんな姿を見かねてなのかアマトは助け舟を出す。だがフィリアはその言い回しに妙な違和感を覚えた。すぐには分からなかったがアマトの次の一言でその違和感の正体に気が付く。


「その間にいろいろとこっちで用意しておく」

「……任せた」

「おぉ…!有難う御座います!」


 アマトはノルンが旅に加わる前提で喋っているのだ。そしてノルンもその気であった。

ノルンはアマトからの頼みとあって少々浮かれ気味に返答し、ソールは聖人に対し接するように深々と頭を下げる。

 一方のフィリアは内心の動揺を必死に隠していた。これから先の旅に本当にノルンが加わるとなると一大事である。しかも我が身可愛さに反論したあの時よりもノルンの心証は悪いに違いない。

何かいい考えを思いつかなくては、しかし残念ながら都合よく思いつくものではない。そうなってしまえばもうお手上げだった。さっきまでの非礼をを詫び、何とか険悪な関係にならないように努めなければ、そう心で決める。


「あの、私もノルンさんの手伝いをさせてくれないでしょうか」

「君が?まぁ構わないが……」

「……異論はない」


 フィリアの言葉に多少の困惑を見せたアマトだがすぐに許可する。

ノルンは眉一つ動かさなかったため何を思ったか分からなかったがとりあえず拒絶されなかったことに胸をなでおろした。


「それではよろしくお願いいたします」

「私も出るが、彼女たちに任せればいいさ」


 そういってアマトとソール、二人の男は外へ出て行く。

残った二人は受付嬢として隣同士で座り微妙な空気を作り出していた。

 アマト、ソールの二人が出て行ってしばらく、残った二人(当然ながらフィリアは奴隷服のままでは誤解を招きかねない為あり合わせの服に着替えているが)は受付に並び座っていた。

文字通りの意味でただそれだけである。というのもこの宿、客が全くと言っていいほど来ない。少なくともフィリアが受付に座った時点から今に至るまで玄関扉が開いたことがない。戦乱とは縁が遠く感じられるこの街では庶民向けの宿は流行ることがないのかもしれないがそれでも寂しすぎる。


「……」

「……」

「……」


 ノルンと同じ立場になれば自然と会話に持っていけるだろうと考えていたフィリアだったが完全に裏目。

かれこれ五時間となりあった椅子に座り続け、何のアクションも起こせない、起こさないままの状態を保っていた。


「あの……」

「……何?」


 やはり、というべきかこの閉塞感に先に耐えられなくなったのはフィリアだった。ノルンとの関係改善に努めなければならないと考えている以上彼女から動くのは必然的だった。

 一方のノルンはそれまでと変わらず、不機嫌なようでその実はどうなのかどうか分からないポーカーフェイスを続け、退屈しないように本を読んでいる


「の、ノルンさんはその……」

「……」

「アマトさんの何なんですか?」

「……婚約者」


 わずかながら頬を赤らめながら言い放った。


「婚約者ですか?」

「……表向きには」

「へぇ……」


 その答えで昨日からの疑問はほぼ解消される。アマトと話す際ににのみ見せた態度、そういった感情とは縁がない生き方をしてきたフィリアにもすぐに理解できた。表向きにそうだと言葉で言っていてもノルンはアマトに個人としての好意を抱いている。 


「……それだけ?」


 初めてフィリアの前で驚いたような表情を見せるノルン。


「あ、はい。すみません無神経なことを聞いて」


 話して分かった、ノルンは信じられる人間だということを。それが分かればもうフィリアから聞くべきことは何もない。次は彼女が問いに答える番だ


「……貴方は?」

「あ、私は……」


自分の過去を語るべきか迷ったがこれから旅をする相手に隠し事は失礼と思い自身の過去を打ち明ける。多少浮かれて出た行動にも見えるがノルンを信頼したいという気持ちの表れなのだろう。


「……まさか」

「それが私の全てです」

「……全て?」


その言葉に動揺したのか、ノルンは手に持っていた本を落とした。その音にフィリアが隣に目を向けるとノルンもまたフィリアの方をみていた。自然と向かい合う形になりフィリアはノルンの表情が強張っていることに気付く。しかし、それは奴隷を見る侮蔑とは違う、まるであってはいけないものを見るかのような拒絶の様な表情。


「あの、どうしたんですか?」

「……殺す!」

「え?」


 考えるより先に体が動く。フィリアは体をのけぞりその勢いで地面に倒れこむ。それまでフィリアが座っていた椅子にはナイフが突き立てられていた。それが出来る人間は今は一人しかいない。ノルンだ。


「なっ…何するんですッ!?」


 抗議を上げようとするが勝手に話すなと言わんばかりに首元を押さえつけられる。その眼にははっきりとした敵意が見て取れた。


「……何故アマトと一緒にいる?答えろ」


 そう言って首を絞めていた手を放す。


「ゲホッ、私は、アマトさんに旅に誘われて……」

「……何が目的なの」

「だから、アマトさんに恩を返したいんです!それだけなんです!」

「……気に入らない!」


 しかし、理由を言ってもノルンの敵意は収まらないどころかさらに怒気を強めていく。


「……二度とアマトに姿を見せるな」

「どうしてですか!どうして……!」


 脈絡もなく、ただ怒り、憎しみの感情をぶつけられてはたまったものではない。


「……何が恩返しだ」


 捨て台詞のようにそう言い残して受付から部屋へとノルンは去っていく。

いったい何がノルンの琴線に触れたのか理解できないまま、フィリアはしばし呆然とたたずんでいた。

 何がそこまでノルンを不快にしたのか、フィリアはしばらく考え込んで一つの答えに至った。

ノルンがアマトの部下ならば、あの場所にノルンもまた居たのではないだろうか。

アマトがフィリアに手を差し伸べた先、彼女の記憶から抜け落ちた欠片を知っているのではないかと。そう思い至れば行動は早かった。



 ☆☆☆



 宿を出たアマトはコーロニアの厩戸の中にいた。目的は勿論馬車である。と言っても商人から購入するわけではない。宿を出るときに言った通り、準備である。手始めに移動手段、アマト、フィリアに加えてノルンまで加わればフィリアの指摘通り目立ってしまう。

 それならば姿を見せなければいい。ノルンがどうやってフリューゲル領の中核である街ウィルゼールからコーロニアまでやって来たのか。アマトは当然のこと理解している。

それが厩戸まで来た理由である。


「悪くない」


 目的の馬車を一目見て感想を漏らした。その馬車は貴族が使う様な凝った飾り付けは無く、第三者の目には商人の使う荷馬車が貴族の猿真似をして屋根を付けたものと映るだろうものだった。


「これならあのルートにも耐えうるか」

「誰だ!」


 内装や材料を手で触れて確かめるアマト。しかし馬車に気を取られて周囲に気が回らなかったせいか背後から声を掛けられることになる。


「……何?その声は」


 しかしアマトにはその声に聞き覚えがあった。馬車から降りその姿を確かめる。対面した相手は物腰の分かりやすそうな初老の男性、服装も御者のそれだが佇まいは完全に執事のものだ。


「アルベルトさん?」

「まさか、おお、こんなところでアマト様のお姿を見られるとは……」


 アルベルトと呼ばれた老人はアマトの姿を視界にとらえると警戒を解き穏やかな笑みを浮かべる。


「驚いたのはこちらです。なぜあなたが?」

「ええ、ノルン様のお忍びの行脚ということで私めが指名されたのですよ」

「ッ…あいつは……申し訳ない、隠棲されているというのに」

「いいえ、どうせ日なたでうたた寝する生活にも退屈していた所でしたので」


 アルベルトの一族はアマトやその親兄弟にに以前より仕えてきたフラーズの名門家系であり、自身もアマトの父に生涯仕え続けた片腕である。年老いた今は隠居生活を送っているがその血脈は孫であるグリフィスという男に受け継がれている。


「ところで、孫…グリフィスはどうしていますかな?」

「優秀ですよ。いささか指示待ちのきらいがありますが十分です」

「おお。それはそれは」


 アマトもアルベルトに好感を持っているため、穏やかな談話が続く。近況はどうかなど、親子に見える二人の会話は途切れることがなかった。


「フラーズの勢いは停滞気味です。安定と言えば聞こえはいいですがこのままでは現状の維持すらできないでしょうな」

「ええ、正直辛いところです。中途半端な連中が足を引っ張り合う構図は傍目からは醜悪に尽きる」

「若い衆も今の制度では力が育たないのは問題ですな」

「老人連中が真逆かと言えばそうでもない。欲の皮が張った牛蛙ばかりだ」

「牛蛙ですか……」

「ん?……あっ!いえいえ、アルベルトさんは例外ですから!」


 しかし途中からフラーズ王国の話題に変わる。現状の貴族諸侯の行動、現国王の才覚など、本人の耳に入れば投獄間違い無しのブラックな話題を平然とした顔で議論している。


「少々便利な言葉ですが、それが全てではないということもお忘れなきように」

「ええ、私はフラーズに愛着は無いですが、曲がりなりにも貴族であり騎士である以上全力を尽くすまでです」

「代々あなたの家に仕える身としてその言葉は頼もしい限りです」


 アルベルトが深く辞宜をする。


「それはどうも。ところで相談なのですが」


 そう言ってアルベルトに顔を上げさせる。


「この馬車を譲ってはくれないでしょうか」

「は?それは構いませんが一体」


 アルベルトの疑問にアマトは答える。それはこれからのアマトの旅の行き先が大きな理由となっていた。


「……よろしいのですか?」

「ええ、またとないいい機会だ。自分の目で現実は見ておきたい」

「分かりました。くれぐれもご注意を」

「ありがとうございます。それと実はもう一つ、アルベルトさんに頼みたいことが……」



 ☆☆☆



(馬車の交渉は予想外にうまくいったな。アルベルトさんがいたことはいい意味で予想外だったが、ノルンの奴…………)


 宿への帰路、アマトは外套で薄笑いを隠していたが、すぐに困ったような表情に切り替わる。


(まあ結果が避ければすべて良しが今の僕の信条だ。問題は無いか)


 達観したような表情、百面相のように次々と雰囲気が切り替わっていく。

そしてしばらく無言で歩き続け、宿へ戻る。

 その間、これからの旅の道のりについて思案している。


(馬車で動く以上、ザンドラを通った後は高速化の代償に険しい道は取れなくなり残りは十二通り。最も安全な方法はエグリスを経由することだが……)


 そうこう考えているうちに宿を通り過ぎようとしていた。


(しかし、ここは本当に閑散としているな……隠れ場所としては最適だが宿屋としてどうなんだ?)


 最後に憐れむような表情を見せながら宿の扉に手を掛け開いた。


(ん?玄関口に誰もいないのか。不用意な)


 宿の受付にはアマトが手伝いをするよう頼んだノルン、自ら手伝いを申し出たフィリアの両名が居なかった。


「帰ったぞ、二人ともいないのか?おーい!」


 アマトが宿の中にいるのか確かめるために外に聞こえない程度の声を上げる。

その声に反応して出てきたのはノルンだった。



 ☆☆☆



「ノルンさん……」

「……私は謝る気はない」

「教えてください。私の何がそこまで貴方を不愉快にしているのか」


 しばらく心を落ち着かせ、ノルンが居る部屋へ入るフィリア。そこに至るまでどれほどの勇気が必要だっただろうか、自分が何故この女性に嫌われているのか。それを知らなければならないと必死に脳裏に焼き付いた恐怖を振り切った。


「…………」

「答えてください!」


 ノルンは椅子にもたれかかり昨日からの本の続きを読んでいたが、フィリアが入った途端に不機嫌な顔になる。しかしノルンもまた思うところがあったのか読書を中断し立ち上がりフィリアの方を向き対談に応じる。


「……ガイリアの元奴隷」

「そうです、救ってくれたのはアマトさんです。だから」

「……だから恩返しに命を奪おうとしたとでも?」


 フィリアは言葉を失った。言われたことの意味が分からなかった。だがノルンは構うことなく畳みかけるように言葉を紡ぐ。

 その内容はフィリアの人生の救済の後の空白の出来事。


『大丈夫だ、ここには君を傷つける者はいない』


 フリューゲル領ウィルゼールの大通り。フラーズから大陸全土に伝えられたガイリア王国の奴隷酷使という事実はそれだけで大勢を決してしまうほどの破壊力を持っていた。まともに戦う力を失ったガイリアから奴隷解放という条件を勝ち取ったフリューゲル軍は戦功こそ挙げられなかったものの『戦わずして勝つ』を実践したことに皆が満足そうな表情を浮かべていた。

 その中には当時からアマトと共に行動していたノルンも居た。彼の傍らで解放された奴隷たちを見て回っている。


『……悪手だった。身内受けが良くてもこのままでは他の国にあの地を取られる』

『それでもいいさ。私たちの目的は西ではないだろう?』


 その歓待気分漂う広場の中でも『フリューゲル子爵』は徹底して政治をしている。

 そんな中、二人の目にふとある者が目に留まった。木陰に座り込み虚空に手を伸ばし、かと思えば手のひらを見返して顔を覆うという奇行を見せる桃色の髪の亜人。


『……』


 明らかに苦しんでいる。周囲もそれを目の当たりにしても皆が余裕を持てるはずもなく視界の外に追いやっている。

 見かねたのはノルンが先だった。より正確にはアマトの意を汲んで部下が勧めるという体裁を整えたのだ。


『人をやれと?まったく』


 アマトは近くで俯いていた亜人の少女に優しく語りかけ、手を差し伸べる。


『大丈夫、ここには君を傷つける者はいない』


 争いは終わり、兵士は勝利の美酒に酔いしれ、奴隷は解放された喜びに涙を流す、そんな中での何気ない一幕だった。


『いや…イヤアアアァァァ!』

『なっ…?ぐあっ!』


 だが、その場は一転して凍り付く。子爵に話しかけられた少女は生まれ持った爪で子爵の額を抉った。それを傍から見ていた兵士は少女を敵とみなして切りかかる。

 しかし、その少女はその場から逃げ去っていった。


『う……』


 一気に凍り付いた空気の中でノルンは何も言わずアマトを介抱する。

だが彼女の中では密かに黒い感情が渦巻いていた。

 何故傷つける何故裏切る何故仇で返す理解できない仮にもアマトに救われた一匹の亜人であろうだのに何だアレは許せない許せるはずがない許してなるものか。

次に見つけた時には必ず……


「嘘、私が、アマトさんを……」

「……嘘じゃない、それが真実」

「私は、私が……」


 フィリアに告げられた真実。それは今までのフィリアの存在意義すら根底から奪いかねないものだった。

 絶対に受け入れられない事実。だがフィリアはそう言うことだったのかと納得してしまっていた。


「……分かったか!」

「がっ……!」


 殺意こそ込められていないものの殆ど全力の勢いで振り下ろされた杖を振り下ろしノルンは呆然自失のフィリアの頭部に直撃させる。


「お前は!」


 頭を反射的に抱え、地面に伏せるフィリアの腹部を狙い蹴り飛ばす。


「アマトの救いを跳ね除けておいて!」


 最後に蹲り無防備になった背中を踏みつけ、最大級の罵倒を浴びせる。


「平然と隣に居座るゴミクズなんだ!」

「あ、あ……」


 その言葉で耐えられなくなり、フィリアはその場で気を失うこととなった。


「……ふん」


さて、どうしたものかと気絶したフィリアを見ながら考えるノルン。今の彼女には明確な殺意はなかった。確かにアマトを裏切った亜人はフィリアで間違いない。ならば今この場で完全に息の根を止めるのは造作もないことだ。

 しかし、どうしても頭の中で引っかかる部分がある。それが何か分からずさらに苛立ちを募らせる。


『帰ったぞ、二人ともいないのか?おーい!』

「……アマト、どうして?」

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