パレットなSummer Festival!(5)

 るりさんの声は耳を通り、一直線にあたしの胸まで届く。


 凛とした彼女の声は、重たい感情が泥のように溜まった胸中にすっぽりと綺麗な穴を空けた。

 すると、先程まで感じていた後悔や羞恥心、申し訳のなさが心の底から抜け落ちていき、あたしは何気なく、すぅっと息を吸い込んだ。

 軽くなった胸の内に、もう先程までのような息苦しさは感じない。

 肺に入り込む部屋の空気は、冷房が効いていて涼しく心地も良い。

 けど、そんな心地よさを感じる一方で、あたしは胸の隅っこの方にるりさんへの呆れや落胆といった気持ちを抱いていることに気付いていた。


 でも、たぶん……この呆れや落胆を彼女に引き出されたからこそ、あたしは今、こんなにも胸の内が軽いのだろう。

 そんなことを考えながら、ふと視線を机上へと逃がし、転がっているシャープペンを所在なく見つめてしまっている。

 るりさんに抱くこの想いが何なのか……。

 安堵とむかつきを抱き合わせたようなこの気持ちの正体がわからなかった。

 しかし、ついほんの一瞬、自分に姉がいればこんな感じだろうかと想像してしまい――想像してしまった気恥ずかしさにボッと頬が熱くなる。

 咄嗟に、心の中で『そこまで心を許した覚えはない』と、強がった。

 その後、そろりそろりとるりさんに目線を戻し、何も言わずにつんと唇をとがらせてしまう。


 つまるところ、あたしはまだまだ真宋るりという人に、ちっとも折り合いをつけられずにいるのだ。


 思い切ってサイコロを振ったはいいが、止まったマスが『振出しに戻る』だった。

 今のあたしは、そんな心境だ。

 だから。


「はあぁ……」


 あたしは、絵の具みたいなため息を吐いた。

 綺麗な色も、汚い色も全部混ぜ合わせた、絵の具みたいなため息を。

 そうしたら、なんだか体の力が抜けた気がして、ふっと肩が落ちる。

 その拍子に視線が下がり、るりさんが背を丸めてできた服のしわに目がいった。

 だが、そんなものを眺めていても楽しい訳もない。

 あたしは顔を上げ、ジロリッとさすような目線を彼女に向けた。

 そして、今後のためにと口を開く。


「軽口くらい構わないです。けど、あたしで遊ぶのも『ほどほど』にしてくださいね」


 別に怒ってなどいなかった。

 ただ、軽く釘を刺すつもりでそう言ったんだ。

 でもまあ、悪びれる様子のないるりさんには何を言ってもぬかに釘なんだろう。

 だって――


「うん、ごめんね。ちゃんと『ほどほど』にするよ」


 ――不平不満があるのだとしかめ面を向けているあたしに、今もこの人は嬉しそうに笑みを向けているのだ。

 頬杖ついて微笑むその姿は、まるで大人の余裕というものを体現している様だった。

 それを見てあたしはふてくされたい気持ちになり、彼女と同じように頬杖をつく。


 よくよく考えれば、この人に『ほどほど』だなんて言うのは、免罪符を手渡したも同然だった。

 ついさっきの発言を取り消したい気持ちで、空いたばかりだった胸がまた満たされていく。

 今日ほど誰かに『勝てないな』と思った日もない。

 きっと、あたし達はこんな関係をこれからも続けていくんだろう。

 変えることのできない勝ち負けも曖昧な、あたしが勝てない関係を。

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