第2話 独白

彼女と出会ったのは運命だったのかもしれない。

当時の僕は、人見知りで臆病で周りの人間が嫌いだった。


僕は極力人と話さず目立たず。

それが僕にとっての日常だった。

勿論ストレスが溜まる。


そんな僕を癒してくれるは絵だけだった。

絵を描くことが何よりの癒しで僕の全てだった。

キミと出会うまでは………。


僕は学校には一番でくる。

本当に誰も来ない夜明け前に。

理由は三つ。

一つ目は誰もいないから。

二つ目は夜が明ける瞬間を屋上で独り占め出来るから。

三つ目は教室の黒板に落書きが出来るから。

勿論描き終えたら消すけど。


夜が明ける瞬間、僕は学校の、いや、世界の支配者になった気分になる。

誰にも壊されない僕の世界だ。


「ハァ~、今日も誰もいない。世界がいつもこれくらい静かならいいのに……」

屋上で僕は腕を大きく広げ新鮮な空気を吸い込む。

「フゥ。さてと今日も僕の傑作を描きに行こうか。」

僕は屋上の階段を下り静まり返った廊下を靴音を鳴らしながら歩いていく。


「おはよう」

誰もいない事が解っていながらも、いつも通り優しく迎えてくれる教室に

挨拶をする。

黒板へ向かい歩きながら、気を引き締める。

いつもこの黒板に僕は自分の心を描く。


最初は誰にも馴染めずに嫌で嫌で来たくも無かった。

この学校の美術部がとても有名だから。

唯それだけの理由で僕はこの学校に決めた。

昔から描くのは好きだった。

描いているときは周りの物は止まっているように静かで穏やかだ。

生きているものさえもスローモーションになったように僕の目には見えるんだ。

その静かな時の中でも命は鼓動する。

その瞬間を目に焼き付けたくて、残したくて僕は絵を描き続ける。

それが僕の生まれてきた理由、「使命」だとも思っている。


そうそう、自己紹介がまだだった。

僕の名前は色島色葉しきしまいろは

女の子みたいな名前だと思った奴はちょっと出てこい。

ぶん殴ってやるから。


まぁ、母さんも生まれる直前までは医者から女の子だって言われていたらしいし

母さん譲りのベビーフェイスに身長も小さい。

背の高い父さんの遺伝子は母さんには勝てなかったらしい、本人と一緒で…。

そんなわけで、この名前と容姿で小さい時はいじめられた。

女の子にはとても好かれていたけど。主にお医者さんごっこで。

あれは思い出すべきことではない。墓場まで持っていく秘密だ。


唯、負けん気は父さん譲りだった僕は父と母に頼み、

映画で見た空手を習いに行かせてもらった。

あれは本当はカンフーだったらしいけど。

僕はめきめき上達した。周囲が引くほどに………。

見た目は母さんにだけど運動神経は父さんがくれたらしい。

ちなみに父さんは合気道有段者だ。


本職は料理人で小さい店を構えているのだが、一度食材の運搬で腰を痛め

鍛えねばと思い近くの合気道の教室に通い始めたらしい。

そしてはまり症なのが功をそうし、あっと言う間に先生より強くなってしまった。


「もう少し手を抜いてやればまだ、あの教室でまなべたんだけどなぁ。ははは」

あまりの上達の速さに、腕試しにと試合を組んだ先生の後悔の顔が浮かぶようだ。

顔知らないけど…。

そんな訳で見事あっさり先制を倒してしまった父さんは免許皆伝みたいな

資格をとり、その教室は主であった先生の敗北で生徒が減少し潰れてしまったそうだ。

その先生はかなり落ち込んではいたものの、元々自分でも限界は感じていたようで

昔からの夢だったたこ焼き屋の屋台をだし、今じゃチェーン店まで出す程大きくなったらしい。

「人生はどう転ぶかわからないねぇ。」

全く悪びれずに言い放つ父さんに、僕は空いた口がふさがらなかった。


でもその話を聞いたとき、僕は確かに感じていた。

本当にやりたい事をやろうと思えば、

それが運命になるんじゃないかと………。


昔話が長くなってしまった。

僕にとっての使命、いや「運命」はそれが絵を描くということなんだろう。

だからこそ、中途半端にやりたくないんだ。


この使い古された黒板は「世界」

赤と青と黄色と白のチョークは「命」


僕は、この「世界」に「命」を描くんだ。

この世に軽い命なんてないと思う。

それが物であり、人であり、例え嫌な奴であってもみんな生きている。

大切な命の鼓動があるんだ。


「ふぅ~、よし、行こう」

軽く息を吐き教卓を横にずらし、カラフルな「命」を右手に持つ。

今日のテーマは「さくら」

テーマはその時の気分だ。

僕は緑の「世界」に「命」を吹き込んでいく。

最初は白で枝を、次は黄色と青で塗りこむ。

赤は白と混ぜて鮮やかなピンクに………。

大体二十分位だろうか、緑の「世界」が春を迎えた。


「よし」

チョークまみれになった手をティッシュで拭き僕は満足げな表情をしていた。

僕の独白だからこの表現はおかしいんだけど、

その時の僕は彼女にはそう見えたらしい。

そう、朝日が出たばかりの誰もいないはずの教室に

いるはずのない人物がいたんだ。


茶髪のショートボブ、体は陸上で日焼けしたのだろう健康的でどこか色っぽい。

身長は僕より少し大きいくらい、多分160センチ位だろう。

顔は僕と同じ感じで子供っぽいけど唇は綺麗な桜色。

だけど笑う時に猫みたいな眼になる彼女が…。

いたずらが大好きでお節介でその癖寂しがり屋な猫みたいな彼女がそこにいた。


「わぁ~、すごいねぇ」

「へ、ぇ?」

聞こえないはずの声が聞こえ、思わず間抜けな声を出して振り返った先に

猫のように目を丸くして、でも口元は意地悪く笑って

僕を見ている「キミ」がいた。


これが僕と「キミ」とのファーストインパクト。


















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