霧幻冬のヘキサグラム

宇野壱文

序章 She × He

プロローグ――『二人目』

 この世には「天才」と呼ばれる人間が存在する。

 常人より一段高い才能。並外れた結果を残す人々を、人はこぞってそんな風に呼ぶ。

 そんな、まさか、素晴らしい! これこそ神より与えられた才能、君こそ天才だ! ……子供の頃こう呼ばれていた人間のひとりやふたり、心当たりが無いだろうか。あるいはきみ自身がそうだろうか。

 しかし子供の世界なんて狭いもの。中学、高校に上がった頃には己が井の中の蛙であったことを嫌でも思い知るものだ。

 だが、それでもなお周囲に埋もれることのない者がいる。それこそがそう、本物の天才と呼ばれる者である。彼らは常人が努力なしには出来ないことをいとも簡単に出来てしまうのだ。なんてスゴイ、マーベラス!

 ――馬鹿め、浮かれていられるのも今の内だ。

 あいつは天才だからと、大半のものが勝つのを諦めてしまうかもしれない。しかし中には努力して、努力して、努力し続けて天才に勝ってしまう者もいるのである。怠惰な兎は亀に負ける運命なのだ。その運命を覆すためには、天才だって努力と無縁ではいられないのだ。

 ……さて、ここで一つ問いたい。

 天才って、その程度のものなの?

 努力さえすれば、誰でも得られる程度のものなんでしょ?

 それって要するにさ、人よりちょっと物覚えがいいだけの、ただのヒトじゃない?

 本当に違うモノっていうのはさ、そんなんじゃないんだよ。

 初めから、到達できる地点が違う。

 初めから、違う地点に立っている。

 きっと、それは「天才」なんて呼ばれない。

 それは、神に愛された者じゃなくて。

 それは、神に恐れられるモノだから。

 それは、『化け物』と呼ばれるんだろう。

 というか、まあ体験談だし。

 だから、そんな『化け物』なわたしだから。

 あそこに行けるのはわたししかいないって、確信出来ちゃったワケで。



 そして私は地獄に飛び込んだ。

 文字通り、「飛び」込んだ。

 当然、洗礼を受ける。ゴウ、という轟音とともに風が身体に叩き付けられる。肌を刺すような痛みを覚えながら宙に浮いたままこの場に留まる。

 留まっている、つもりだけど自信はない。わたしの力で位置を固定してはいるけど、この風だって普通じゃないから当てにはならない。

 目視も効かない。視界は真っ暗闇に包まれている。まだ日の入には早すぎる時間だっていうのに。

 闇と言っても、誰もが想像するような黒の空間じゃない。

 白い。

 白い闇ホワイトアウト

 雪や雲で視界が覆われる現象で、間違っても真夏の市街地で起きる現象じゃない。

 どんどん身体の感覚が鈍くなっている。体表が冷たくなっている。

 ただ強風で体力を奪われているというわけじゃない。この風そのものが冷たい。

 どころか、吹き荒れる風に雪と氷が混ざっている。

 否だ。

 氷のほうが主だ。

 氷雪が起こす嵐に、この町は飲み込まれてしまった。

「ついさっきまで、カンカン照りでヒーコラ言ってたのになぁ」

 少しは涼しくなってほしいとは思ったけど、凍えたいとは思わない。でもこのままだとすぐに全身のありとあらゆる感覚が奪われて何も出来ずに凍死確定だ。

 その前に。

「助かったよ」

 。風雪の影響を受けず空に立つ。手足の感覚がいくらか鈍くなったのはそのままだけどこれ以上の悪化は防いだ。

 直接対面するまで少しでも力を温存しておくとか、甘い事を言ってられる相手じゃないと胸に刻んだ。ぶっちゃけ下手に節約しようとした方が力の消費が大きかった気もするし。

 その片手間に、迫ってきていた体積にしてわたしの十倍はある氷の塊を粉粒にまで砕いた。

「……街がどうなったか、知りたいかな」

 次の瞬間、地上に降り立った。

 全く酷い有様だった。

 建物は大小関わらず瓦礫の山と化していた。元の街の面影なんてもうどこにもない。

 足元に落ちてた一抱えほどの大きさの瓦礫を踏んでみた。ぐしゃりと崩れた。

 ふむ、と頷いて目を遣った。人が。ただし下半身だけ。たまたま崩れず残っていた。

 外縁部でこれだ。本命がいる中心部はどうなっているか。

 この吹雪なのに降り積もっている雪がまだ薄いのは何故だろう、と思いながら辺りを見渡していたら、

「…………」

 不意に、何となく、絶妙なバランスで今にも崩れそうで崩れていない瓦礫が気になった。うぅん、こういうのってある意味芸術。ちょん、と最後の一押しをして一気に崩れ落ちるカタルシスを堪能したいと、きっと誰だって思うハズ。

 そんな誘惑と一緒に、外側に押し除けた。

「へえ、豪運」

 子供がいた。

 手足を投げ出して倒れていた。半開きの目は虚ろで、何か映してるのかも分からない。手から伸びたリードは、一メートル程先で引き千切れていた。

 そして次の瞬間、その場から消失した。

 『霧』みたいに隔絶されてはない、と。よかったよかった。

「いるもんだねえ、生存者」

 生きてるのか死んでたのか確認しないまま逃がしちゃったけどね。とりあえず人の形は残ってたし、生存確認する時間も惜しかったから。とはいえ、そっか。まだ発生から五分と経ってないんだし、ありえなくもないんだね。

 ……他にもいるかなあ。

「三分だけ探してみよっか」

 人命救助に来たわけじゃないけど、この程度は現場裁量のうちだろう。――どうせ、それ以上は保たない。

 それに、それっぽっち待たせたところで怒る相手じゃない。

 彼方へ、この氷嵐の中心部へ目を凝らす。もちろん、闇の中視界が通るわけじゃないんだけど。

 なのに、そこに在る。それが、わかってしまう。

 この世界の、王がいる。


「おめでとう――ご愁傷さま。

 わたしの、『同類』」


 ごうごうと、風が唸る。自分の声ですらまともに聞こえない。

 それでも、確かに聞こえていた。

 風に混ざる、死神の慟哭が――

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