第12話 巫女の遺産

 目覚めは最悪だった。

 枕にした鞄は高さが合わないし、毛布もなく、下は岩。体中が凝り固まり、すっかり冷え切っていた。

 ぼそぼそと朝食を済ませた三人はこのまま洞窟を進むことにした。水はまだ残っているし、もしかしたらあの教会に魔獣が残っているかもしれない。この洞窟を抜けたほうがまだ安全のような気がした。

 そしてテオの光源を頼りに洞窟を進み続けた。

 もうどれだけの時間洞窟にいるか分からなかった。長いこといる気がするし、実はそんなにいない気もする。外の様子が全く分からない分、いくらでも考えられた。

 やがて、三人に外の明かりがぽっかりと現れた。

「良かった。外に通じていましたね」

「そのようですね。閉じ込められずに済みそうです」

 そうして三人は約一日ぶりに太陽の下へ躍り出たのである。

 まぶしい日差しが三人に降り注ぐ。目などまともに開けられず、しばらく洞窟の中で目を慣らしてからようやく外の様子をうかがうことができた。

「花畑?」

「青い花ですね」

「待ってください、これってもしかして……!」

 あの壁の絵に散々描かれていた青い花。間違いない。細部までとてもよく似ている。

「ソルロの花じゃないですか……」

 そう、そこに咲き誇る青い花は失われたはずのソルロの花だった。

 花畑の中にぽつんと一軒の家が立っている。洞窟からその家へと一本の道らしき筋が延びていた。三人はその筋を辿り、青いソルロの花の間を抜ける。家の中を窓から覗き込んでも、人の気配はなかった。試しに扉をノックするも、返事はない。

「鍵はかかっていませんね」

 家の規模からしてもそもそも鍵はなさそうだ。

 あっさりとその家に入り込めた。やはり、誰もいないようだった。

「空き家でしょうか?」

 家中がほこりまみれで、くもの巣もすごい。洞窟の入り口があった教会よりも酷かった。きっとノーグル村が壊滅する四年よりもずっと前に空き家になったのだろう。

 ノラはベッドのある一室に足を踏み入れた。床もベッドもほこりまみれで、休むなら外の方が良さそうだ。そう思っていると、サイドテーブルに一冊の本が置かれていることに気が付いた。ほこりを軽く払って開くと、手書きの本だった。いや、これは日記だ。綺麗な文字が並び、現代語であった。

 どうやらこの家の前の住民のようで、女性が一人で住んでいたようだ。この花畑を作り、人々に花を売って生きていた。

 祭りに大事な花を売っていた?

 ノラには不思議だった。そういうものは無償で提供するものではないかと思ったからだ。

 そして読み進めていくとようやく気が付いた。

「これ、巫女の日記なんだ」

 ローザの子どもの頃にいたという巫女。彼女が書いたものだった。日付を見ても毎日付けたものではなく、気まぐれに書き込まれていた。二、三日間隔もあったが、年をまたいでいることもある。

 巫女はここでソルロの花を育て、祭りのときに人々に花を売る。その花を売ったお金で麦や芋や野菜、酒に肉を買い、つつましく生きていた。巫女を修道女のように考えていたノラには巫女の日記は衝撃だった。いや、そもそもここは教会の教えが広まっていないから修道女と同じ生活というのもおかしなものだ。

 彼女は巫女として、ソルロの花の栽培に生涯を捧げた。そして、その結果がこの花畑だった。

 日記には、彼女の言葉が残されていた。

「花は私のすべて。私の生きた時間、生きた証、財産そのもの」

 この家を取り囲む花畑は彼女の遺産だった。

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