桜花物語【K-魔人転生】

あきない

00章 『サクラサクトキ』

00-1.サクラ

【語り部:智樹(20歳大学生)】



 綺麗だな……。


 キャンパスライフ。人生の夏休みとも形容されるこの大学生活4年間。このバカンスを謳歌すべく、宮城から上京して2年が経つ……。


 周囲には、いくつかのグループが形成され、それこそ人生を謳歌するがごとくばかみたいに遊びまわり、彼らは、そのリア充ぶりを恥ずかしげもなくSNSで披露している。


 でもインドア派の僕は、旅行だとか飲み会だとかの誘いを面倒だと何度か断っているうちに、いつしか声もかけられなくなった。今はもう、1人、達観した(人生とはなにか、を考える)ふりを続けるだけの惰性で送るような生活が日常として落ち着いた。


 『 なるべくラクして生きられればいい……』これが行き着いた答え。


 だけど、3週間前、そんな屑にもならない僕の人生観が一気にふっとんだ。


――故郷での震災。


 目的なく生きていた僕にも、ひとつ、目的があった事に気づいた。


 ただ、生きる。


 いつからか始めていた、楽して日々を『生きる』ための歌舞伎町でのバイト。女性の相手をして、お金をもらう。今思えば、その目的を果たすいきる為の一点に置いては、この仕事を選んだ事は最良の選択であったのだと思う。

 念のため言っておこう。この仕事は本来、決して楽ではない仕事である。だが、僕の場合は優遇されていた。


 僕には事情があり、オーナーの計らいで黙っていても上客を回してもらえる。


 まぁ、おかげ様でここでも気の置けない仲間というものができずにいるのだが……。



 某日――。

 オーナー夫人の誕生パーティー。


 東京駅徒歩1分のビルディング、36階のレストラン。

 窓からは満開に咲き誇る皇居の桜を見下ろすことができる。


 ふと考える。なにやってんだろ……。


智樹ともきくん、どうしたの?」


 もうすぐ40代への階段を上りきるであろう、今日のパーティの主役、香保里かおりさん。


「カオリさん…」


 名は体を表す。うまいこと言ったもんだ。香水の香りがきつい。


「いや、なんでもないです。」

「やっぱりご実家が気になる?そうよね…」

「ええ、まぁ」

「でも、今日は私の誕生パーティー。今だけは何も考えずに、楽しんで。私の為に、ね!」


 彼女の人生で何度目の誕生日なのだろうか。誰もその話題には触れる様子はない。


 ま、いいけど。


 そんな、何を祝ってるのかもわからないこのパーティーには、政界、財界、あらゆる業界の有名人の顔ぶれがあった。


 今だけは何も考えずに、ね。今だけってか、こいつら普段からなにも考えてないんじゃないかな、きっと……。


「……はい。ありがとうございます。」

「うん。……あとで、もっと楽しみましょうね」


 もっと、ね。

 僕と彼女と特別な関わり合いがある。そう、関係。


 バイトを始めたのも、渋谷のBARで彼女に声をかけられたのがきっかけ。彼女の父親がクラブの出資者で、婿入り養子の彼女の旦那がそこのオーナー。クラブで一番大きな顔をしているのは彼女。


 彼女に連れられてオーナーの元を訪れたときも、それはそれは満面の笑みを浮かべ、ゴキゲンに「よろしく」と迎え入れられた。


 それからの日々を僕は、客と、ではなく彼女とのアフターで過ごすこととなる。そんな僕を見てオーナーがかけてくれる優しい言葉。「いつもありがとうね!」

 

「やあ、君が期待の新人君か」

「いや、さすがに賢そうだ。頼もしいね」


 残り香にさそわれてやってきたか、大物(の馬鹿)の連中。


「すみません、ちょっと飲みすぎてしまったようで…失礼します」


 僕は額を抑えつつ窓際のカウンターに席を移す。こんなやつらと言葉を交わすのなんて、正直めんどい。


 窓の外に目をやる。これでもかというほど咲き誇る桜たち。

 ここにいるどの人間よりも、この桜たちのほうが、よっぽど立派だ…。



 バラ科サクラ亜科サクラ属の植物、サクラ。

 一年の間で、この短い期間に全精力をそそぎ、その華やかな姿を披露する。


 この場にいる誰よりも、生きている価値はきっと高い。

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