第10話「わたしメリーさん……10秒間のディープキスで互いの口内を行き交う細菌の数は8000万匹なの」


「見るのじゃ。ヴラドの未来を担う少女たちじゃ」


 古城の一室で、十数人の少女たちが小さなガラス板を磨いていた。

 丸みを帯びたガラス板に、粉末状のガラスが混じった砂粒をこすりつけて磨く。

 練乳まみれのヴララは、上機嫌で解説するのだ。


「この工房では、ガラスを素材とした『レンズ』の製造を行っておる」

「レンズ?」


 メリーさんは首を傾げる。

 レンズといえば、眼鏡に望遠鏡に顕微鏡と色々な製品使われる部品だ。

 つまり、需要はかなりある。

 さして広くない、乙女が働く工房を見渡しながら。

 ヴララは、領内の貧乏家庭から処女を駆り集めた目論見を語った。


「解説じゃが、わっちが領内の貧困家庭から処女を集めたのは」

「貴様の中二病のせいであろう」

「自分がバンパイアという設定を守るため、処女を集めて」

「城内のメイドから証言が取れました。フルーツジュースを『処女の生血』と言い張っていると」

「のじゃー! 真面目に聞くのじゃ!」


 ヴラド領は、寒冷な山岳森林地帯だ。

 山岳ゆえ平地も少なく、農民は小さく不便な畑で貧しい暮らしを続けていた。

 冬の寒さも厳しいので、冬季は作物をまともに育てられない。

 だから、冬場の農民は引きこもり生活を過ごすが、その結果何が起きるのか。


 そう、やることがない。

 だからこそ、ヤるしかないのだ。


 ヴラド領の農民は、子沢山で知られていた。

 土地が養える人数には限界があるので、生まれた子供の多くは領外に売られるも同然に移住していく。

 とくに女性は悲惨で、領外の売春宿へ家畜のように売られるケースもあった。


 その事実に心を傷めたヴララは、農民が引きこもる冬季に現金収入を得る方法を模索した。

 そのひとつが、細かい作業が女性向きで、研磨道具と木製の雛形があれば始められる、レンズの製造だった。


「レンズは需要があるのじゃ。望遠鏡、虫眼鏡、顕微鏡、いずれもこの世界では、希少で価値のある品じゃ」


 剣と魔法のファンタジー世界で、ヴララはレンズ工房を立ち上げようとしていた。

 その初めとして、領内で最も貧困な家庭から少女を集める。

 その少女を教育して、領内の生まれ育った村に返す。

 生まれ故郷に戻った少女が教官となり、さらなるレンズ職人を量産する。

 領内の各村で冬の間に作られたレンズは、城下町にある工房へと集められる。

 城下町の工房には最高の技術を持つ職人が集められ、大雑把に磨かれたレンズに仕上げ加工を施す。

 こうして完成したレンズは、それぞれの製品に組み込まれる。


「どうじゃ。このレンズ産業の育成計画こそ、わっちが貧乏家庭から処女を集めた理由じゃ」

「ふん。幼女に見えて、なかなかの経営スキルを持っているようだな」


 説明を黙して聞いていた冥介は、ヴララに提案した。


「ヴララよ。ヴラド領への融資だが、滞りなく行うことを約束しよう」

「恩に着るのじゃー! これで領民は救われるのじゃ!」

「ただし、融資額を変更する」

「……のじゃ?」

「俺がヴラド領に融資する額は150億Gではない――500億Gだ」

「……マジのじゃ?」


 冥介たちが、ヴラド領を金の力で蹂躙してから――数カ月後。

 ヴラド領に、大量の銅貨が持ち込まれた。

 ありとあらゆる種類の銅貨で、他にも雑多な銅製品もあった。

 ヴラド領に運び込まれた銅貨は、地球から持ち込んだ『ソーラー発電所』の電力で稼働する電気炉に放り込まれる。

 特別設計された電気炉に入れられた銅は融解して、同じく炉に入れられた鉛と混ざって液状の合金になる。

 液状になった合金は、銅は固体化するが、鉛は融解状態を保つ、絶妙な温度に下げられる。

 すると、溶けた銅は固体化して、炉の上層に浮かぶ。

 低層には液状の鉛がたまるが、それには『金』と『銀』が含まれているのだ。


 なぜ銅貨と鉛しか入れてない炉から、金や銀が取れるのか?

 それは、異世界の銅に金や銀が含まれているからだ。


 銅には、鉱石由来の不純物が微量に含まれている。

 平成の地球では、精錬の過程で徹底的に取り除かれる、それら不純物の中には、金や銀といった貴金属も含まれる。

 精錬技術が未熟な異世界では、銅に含まれる銀や金を分離して取り出す技術がなかった。

 それに目をつけた冥介は、アルミ通貨の暴落で無用の長物と化した『造幣局』を改築して、他国の銅貨から金や銀を産出する鉱山を作り上げたのだ。

 溶かした銅貨はまた貨幣に鋳造され、これまでと同じ価値で世界に流通することになる。

 集めて溶かして同じ価値で輸出するので手間賃はかかるが、この過程で手に入る貴金属の差益は十分な儲けを生み出した。


 また多量の燃料を消費するので環境負荷が大きい金属工業だが、これも地球産の技術でカバーすることに成功した。

 井戸娘が『2兆円』で買収した、倒産寸前の大手家電メーカーを活用したのだ。

 最先端の液晶工場だの、大規模な太陽光パネル製造プラントだの、ガラパゴスなスマフォだの、プラズマボムスターだの。

 素晴らしい技術でゴミを量産し、優れた技術者をリストラする、ダメな日本企業の典型例。


  その名も――シャアプ。


 真紅の彗星の異名を持つ日本の家電メーカーは、色々あって倒産寸前に陥っていた。

 それに救いの手を差し伸べたのが、個人資産が1兆円を超える都市伝説系の女子高生だった。

 ブラウン管をこよなく愛する彼女が、液晶大手のシャアプを買った理由は後述するが、この時に出てきたのだ。


  買う前に気づけなかった、クソみたいな不良債権が。


 日本で、世界で。

 太陽光発電システムが、売れに売れまくるバブルの頃。

 株式会社シャアプは、太陽光パネルの製造に力を入れていた。

 太陽光パネルの製造に必要なシリコン素材も、めちゃんこ大量に注文してた。

 それはもう、何年も先の分まで注文しまくっていた。

 需要がマックスで製造も材料供給も追いつかない時期に、シリコン素材をマックスな価格で何年分も。


  そして、太陽光バブルが弾けた。


 残ったのは、赤字を垂れ流す太陽光パネル製造工場と、シリコン素材をクソ高値で何年も購入し続けるクソ契約だった。

 ようするに、在庫の太陽光パネルを異世界に赤字で輸出したのだ。


 こうして。

 異世界の小さな自治領――ヴラド領は。

 潤沢に投入される平成の技術で、目覚ましい発展を遂げることになる。


 冥介が曰く、ヴラド領はモデルケースだ。

 とりあえず、小規模な領地を平成の技術力で蹂躙して、ゆくゆくは国家を建設。

 数年以内に異世界の征服を企んでるとのことだが、メリーさんが地球の各国政府に「あいつはヤバイの!」と涙ながら直訴したおかげで、現在のところ平成技術の異世界への輸出は穏やかになっている。

 また、地球上のあらゆる組織は、異世界へ過剰に干渉したり、不当に財産を収奪する行為を禁じると、ルール策定で決まったので、メリーさんも胸を撫で下ろしたという。


 良かったね……


 冥介が企んでいた『地球産の麻薬による異世界支配計画』とか実行されなくて。

 最近は『新興宗教による異世界支配計画』とか、ほざいてるけど。



 冥介たちは、最初にトリップして、殺害の限りを尽くした王城に戻っていた。

 畳が敷かれた王城の一室で、冥介は言うのだ。


「メリーよ。なろうテンプレでは『知識チート』というのがあったな?」

「ええ、前世や転移前の知識を異世界で活用して、技術が中世止まりの異世界を開拓するという」

「ふん。優れた知識で悪を倒して、正義の名のもとに幸せを手に入れる――勧善懲悪かんぜんちょうあくな物語など、くだらん! 他者を圧倒する知識や技術があるのなら、他者を撃破して隷属させるのが覇道であろう! そうだ! 俺が求めるのは開拓すべき世界ではない! 異世界の富を簒奪さんだつする『植民世界』と『奴隷世界』である!」

「あんた、どんだけ完全超悪かんぜんちょうあくを目指すつもりよ……」


 メリーさんが呆れている横では。

 たぶん歴史の教科書に乗るであろう、都市伝説系で幼妻の色気がある女子高生が。


「ふふふ……うふふ」


 異世界に住まう、ありとあらゆる種族の美少女を集めた『異世界百合喫茶』を作るという。

 心の底からロクでもないことを計画していたという。



「しかし、メリー。このたびのなろうテンプレ展開も、クソであったな!」

「だいたい金の暴力と、九條君を起因とした超展開と、練乳チューブのせいよ……」

「まあいい。次のなろうテンプレ展開に移る! 次のテンプレ展開は――」

「既に決めてあるわ」


 冥介に促されて。

 テンプレな悪役令嬢モノを執筆した過去がある、都市伝説のメリーさんは答えた。


「異世界モノにおける序盤最大のイベント――ギルド登録よ」

「ほぉ?」

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