第30話
映画が終わって、私たちはモール内のレストランでお昼ご飯を食べた。
その席でも、星司さんは映画の感想をつぶさに語ってくれたけれど、私の頭は『すごくR-15だった』と『また星司さんに弄ばれた』以外の感想がすべて駆逐されてしまっていて、徹頭徹尾、生返事だった。
責任の一端は星司さんにあるとはいえ、映画もランチもお金を出してもらってしまっているので、このままじゃいけないよね、ということで、とりあえず入場特典を星司さんにそっくり差し上げたところ、
「加奈……! キミを弟子にして、本当に良かった……!!」
と肩を震わせていて、セリフだけなら私としてもすごく喜ばしいものだけれどこんな場面でだけは聞きたくなかった。
レストランを出た私たちは、そのままモールを見て回ることにした。
「気になるところがあったら入るか」
「そ、そうですね」
二人並んで、たまに言葉を交わしながら、目的地もなくブラブラ。
なんか、こういうの、良い。
スケジュールがきっちり決まったオトナのエスコート的なデートとはまた異なる、気の置けない信頼感というか、そんなものを感じて、これはこれで、鼓動が早くなる。
さて、そんな私たちのノープラン道中。
近隣でもいっとう大きなショッピングモールだけあって、入っているお店もたくさんだ。
服屋さん一つ取っても、レディース・メンズ、高級ブランドのお店から私でも手が出せるくらいのお手頃価格のお店まで、よりどりみどり、ではあるのだけれど――
『星司さん! こっちとこっち、どっちが似合いますかっ?』
『そうだな……これなんかどうだ?』
『えっ!? それ、こことか透けてて、すごい大胆な……!?』
『ああ。それを着た加奈が見たいんだ』
『……もうっ。星司さんの、え・っ・ち♡』
……だとか。
あるいは、雑貨屋さんの前を通りがかれば――
『あーっ! このカップ可愛い!』
『そうだな。じゃあ、色違いで二つ買って、事務所に置くか』
『そ、それって……ペアなかんじの……!?』
『嫌、か?』
『嫌じゃ……ない、です……♡』
……だとか。
そんな
『この服、【好きな魔法少女アニメのタイトルを入れてね!】の【好きな話数を入れてね!】で【好きなキャラの名前を入れてね!】が着てたのに似てるな』
とか、
『このカップ、【好きな魔法少女アニメのタイトルを入れてね!】の【好きな話数を入れてね!】で【好きなキャラの名前を入れてね!】が使ってたのに似てるな』
とか、そうなるに決まってるんだ、と思ってしまって、中々踏み出せない。
あと雑貨屋さんの妄想でハブにしちゃってごめんなさい優花さん。
「――きゃっ!」
そんなことばかり考えていたら、擦れ違う人と肩がぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて頭を下げると、相手の人も会釈を返して去っていく。
さすがに日曜日の昼下がりだけあって、家族連れや友だち連れ、そしてカップルなど、モールは非常に混んでいた。
――こんな時、本当のカップルだったら、はぐれないように手を繋いだりするんだろうな。
なんて、星司さんに期待しても、だし、自分から繋ぐ勇気もないし、とちょっといじけてしまう。
「加奈」
ぎゅっ、と手に温かな感触。
信じ難いことに、星司さんが、私の手を握った。
「ひ、ひゃいっ!?」
思わず変な声で返事してしまう。
星司さんはそのまま、私の手を引いて、人波を掻き分けてずんずん進んで行く。
――いきなりそういうの、ズルいですってば……!
私は引っ張られるがまま、背中を追いかけた。
* * *
「まだだぞ。まだ離さずだ……!」
「……」
「もう少し……もう……今だ!」
「……」
(ボタンから手を離す私)
(動きを止めるクレーン)
(みゅんみゅん鳴きながらアームが下りて獲物の箱を持ち上げる)
「そのまま、そのまま……頼むぞ……!」
――ガコッ!
(見事に手前の穴から足元に落っこちてくる箱)
「よしっ!」
(嬉々として拾い上げる星司さん)
……まあ、そんなオチな気はしていた。
星司さんが私を連れて、血相変えて駆け込んだのは、ゲームセンターだった。
店先に置かれたクレーンゲームの一機、人気の魔法少女アニメシリーズ『魔法少女ティンクル☆リリィ』のフィギュアが、丁度とても取り易そうな状態だったらしい。
「やったな! これぞ師弟の連携技!」
フィギュアの箱を入れてもらった袋を提げつつ、星司さんは逆の手を掲げる。
その姿に、私は、ふっと気が抜けてしまった。
そうだった。
分かっていたじゃないか。星司さんは、こういう人なんだって。
魔法少女に目がなくて、子どもっぽくて、強引で、鈍感で――。
そんな星司さんと、遊びたいって思ったんだった。
どうやら私は、デートという単語に舞い上がって、夢を見て、高望みしていたみたいだ。
「……やりました、ねっ!」
星司さんと、勢いよくハイタッチをする。
私は、とびきりの笑顔だった。
「次、なにやりますか!」
「そうだな……よし、あっちだ!」
「はいっ!」
二人して、ゲームセンターの猥雑な光と音の中に飛び込んでいく。
それから私たちは、子どもみたいにはしゃぎ倒した。
「この魔法少女にこのコスチュームを組み合わせると強いんだ」
「へええ~……あ、じゃあこのステッキも良くないですか?」
「フッ……流石、お目が高いな。コンボ成立だ」
「やったあ!」
魔法少女の着せ替えカードゲームに、小さな子供に混じって並んだり。
「『リリカルプロダクション総選挙の三代目チャンピオンは?』……誰ですっけ」
「三代目か……ううむ……ピンキー、何だったか」
「あっ! ピンキー・ティアーですよ!」
「おお、ナイスだ!」
対戦クイズゲームの魔法少女ジャンルで、協力して一番を取ったり。
「いくぞ……はっ!」
「なんのっ、やっ!」
「甘いぞ! 必殺、ドリーミィ・ライトニング・シュートッ!」
「なら私も! 必殺、デラックス・加奈・リフレクトーっ!」
「ぐはアーッ!」
血で血を洗う、エアホッケー合戦を繰り広げたり。
吹っ切れてからの私は、とにかくハイテンションでゲームを楽しんだ。
「次はあれを撮るか!」
「いいですよっ! フィギュアでもぬいぐるみでも……うぇっ!?」
星司さんの向かう先は、『カワイくキメる、アタシ流!』なんてキャッチフレーズでモデルっぽい女の子のアップが掲げられた、縦長の筐体。
周りでは、女の子たちがキャッキャと騒いでいたり、男の子が照れくさそうに女の子に引っ張られていたりしている。
プリクラだった。
『取る』じゃなくて、『撮る』だった。
あんな狭い空間に二人きり、写真を撮ってデコって互いに持ち合って、なんて、いつもだったら顔から火が出るようなものだったけれど、
「と、撮りましょう! 超、撮っちゃいましょう!!」
恐るべし、ハイテンション。
* * *
「本当、いい加減にしてくださいよ……!」
筐体を出て早々、私は星司さんに説教しなければならなかった。
この鳥海星司と言う男は、密やかな筐体の中で、とんでもないものを撮ることを私に強要したのである。
「……すまん」
口では謝っているけれど、星司さんはどことなく不服そうだった。
「あ、あんなの、撮ったって誰にも見せらんないじゃないですか……!」
思い出しただけでも、顔が火照ってしまいそうだ。
年頃の男女が撮る、他人に見せられないようなプリクラと言えば、答えは一つ――
「だって、撮りたいじゃないか……すたおと変身した加奈のツーショット……」
そう――魔法少女プリクラ、略してマホプリ(造語)。
星司さんは私に「この場で変身しろ」とか言い出すので、もう、本当に焦った。
断る私の手を握り締めて懇願してきたりするので、私は真っ赤になりながらもよく振り切ったものだ、と我ながら感心する。
私も興味がないと言ったらウソになるけれど、というかすたおとプリクラ撮るとかすごくやりたいけれど(中身が星司さんだと知ってても)、そんなもの、撮れるはずがない。
誰が見てるかも分からないし、機械にデータが残ってしまうかもしれないし、すたおが出てる間の星司さんの抜け殻をどうするか問題もあるのだ。
「っていうか、ダメだからってすぐ抜けようとしなくたっていいじゃないですかっ!」
「いや、俺のプリクラとかいらんだろう」
「そんっ……!」
そんなことないです、とストレートに伝えるのが恥ずかしくて、
「……もうっ!」
「痛っ」
ぺちん、と、ヘナチョコなパンチを脇腹に見舞うのだった。
「ハァ……怒鳴ったら、喉渇いちゃいましたよ……」
「ああ、なら待っていろ。買ってくる。何がいい?」
「何でもいいんで、お願いします」
今回のことは全面的に星司さんが悪いので、私は遠慮なく使い走りにいかせる。
立ち並ぶ筐体と行き交う人波に消える背中を見送る。
でも、ちょっとだけしょんぼりして見える背中に、なんだか、自然と笑みが浮かんでしまう。
さっきの一件は困らされたし、ちょっと怒っちゃったりもしたけれど。
なんだかんだ、とても楽しかったなあ……なんて。
「――ヘイ、カ~ノジョっ!」
「わあっ!」
どしーん、と、後ろから腰に抱き付かれてしまい、私はたたらを踏む。
聞き覚えのある声に振り向けば、
「……雛ちゃん! 穂波ちゃんも!」
「へっへっへ……奇遇ですなあ~」
「やっほ」
私の腰にしがみつく雛ちゃんは楽しげに笑って、その後ろから、穂波ちゃんが片手を挙げて歩いてくる。
そういえば昨日、二人と「明日遊ばないか」みたいな話になって、私は先約があるからと断ったんだった。
まさか、同じ場所に来ていて、こうやってバッタリ会うことになるとは。
「すごい! すごい偶然だね!」
私は、ちょっと興奮気味に言う。
自然と同じ場所に足が向いてしまうって、なんだか、親友っぽいな、みたいな。
そんなお花畑思考だった所為で、肝心なことに、まだ気付いていなかった。
「……ね、加奈」
つい先日、『恋する乙女状態』(命名:雛ちゃん)から復活した穂波ちゃんが、探り探り、といった調子で、口を開く。
「さっきの人って……カレシ?」
「ぶっ!?」
鈍器か何かで後頭部を殴られたかのような衝撃で、思わず噴き出してしまう。
み――見られてた!?
「カレシできたなら言えよな~! 水臭いぞ~~コノォ~~!」
雛ちゃんは抱き付いたまま、肘で私の腕をグリグリ。
「あっ! ひょっとして、
「ああー、あったなあ。なるほどねえ」
「い、いやっ、ちがくてね!?」
私は激しく狼狽しつつも、なんとかごまかそうと、全力で頭と口を回転させる。
「せっ……あ、あの人は、そういう、恋人っ……とかじゃなくって!」
「じゃあなんだってんだぁ~? ネタは上がってんだ! 観念しろぅ!」
「何キャラだよ」
「えーとえーっと……あ、そうっ! これ!!」
二人がじゃれてる隙に名案を閃いた私は、ポシェットから映画の半券を取り出す。
「この映画がね!? なんか、来た人に特典を配ってて! それの頭数で、ね!?」
一応、ウソは言っていない。
我ながら会心の切り抜け方を思い付いたものだと自画自賛しかかった私に、なぜだか雛ちゃんと穂波ちゃんは顔を見合わせて、目線で何かを会議してから、
「えっと……加奈?」
「う、うん」
「加奈が見た、次の番かな……その映画、あたしらもさっき見て来たんだけどさ」
「あの、クッソエロいの、二人で見たんだ……?」
完全に自爆だった。
「……にゃーーーーっ!?」
私は悲鳴を上げて、湯気と言うよりもいっそぶすぶすと黒煙を吐くように、真っ赤な放心状態になってしまう。
「……えっとね……そうなんだけど、そうじゃなくってね……なんていうかね……」
ボソボソと、聞こえるのか聞こえないのか、意味があるのかないのか、うわ言じみて繰り返す。
そんな哀れな私を見かねたのか、二人は再度顔を見合わせてから、
「あー、うん、オッケー。あの男の人はカレシじゃない、ね」
「分かったから、ほれ、戻って来ーい」
「う、ううっ……ありがとう……」
あまりの不甲斐なさに滲みかけた涙をぐしぐしと拭う。
「で、でもなー!」
雛ちゃんが、励まそうとしてくれていたのか、おどけた感じで言い出したのは、予想外な言葉だった。
「カレシじゃないって、もったいないっつーか、な! 穂波!」
「えっ……?」
「あ、あたしに振るの?」
私は口をぽかんと開けて、雛ちゃん、穂波ちゃん、と見る。
話を振られてしまった穂波ちゃんは、私と目が合うと、頭を掻きつつ言葉を紡ぐ。
「あー、その……ほら、加奈があんな言い争いっていうか、怒鳴ったりとかさ」
「パンチしたりな!」
「そう――そういう、こう、素が出せる相手、みたいな?
や、あたしらに気を遣ってるとか、そういうんじゃないんだけど……そんな加奈って、やっぱり珍しいなって思うからさ」
「『素が出せる相手』! それな! やっぱりポイント高いじゃないッスかねぇ~、穂波センセェ~?」
「なんだよ先生って……」
「う、うう~っ……」
二人の言葉に、引いたはずの頬の熱がぶり返してくる。
蘇った熱さは、前にも増して強くて、しかも、中々消えなそうだった。
「……おっ、あの人、帰って来たっぽい」
「じゃ、あたしらは行くよ。また学校でね」
「う、うん……」
* * *
「あのっ、私、本当、大丈夫ですって……!」
「いいや、大事になってからでは遅い」
星司さんは戻って来てすぐに、真っ赤なままの私に気付いた。
そこで、熱でもあるのか、と額に触れてきたのがトドメだった。
私もなんだか、ふらりと身体がよろけてしまったりして、私の体調を慮った星司さんの強硬な主張によって、今日はお開きにすることになった。
心配してくれるのは嬉しいけれど、もっと遊んでいたかったな、なんて、贅沢な悩みである。
駅まで強引に手を引かれて、その所為で熱も引かないまま。
何を言っても聞き入れてもらえないしで、最終的には無言のまま歩いて、今は二人、カタゴトと電車に揺られていた。
途中、目の前の座席が空けば、黙って私の肩を押して席に座らせてくる。
そんな星司さんに、私はペコッと頭を下げて、そのまま、顔を隠すように俯いてしまう。
人混みで手を引かれたときもそうだったけれど、いつも星司さんの強引さは、魔法少女関連か子ども気質かのどっちかにしか起因しない、はずだったのに。
今回は年相応の保護者としての、師匠としての、あるいは男としての強引さで、今回こそ、本当に、ズルい。
こんな不意討ち、ズルすぎる。
互いに無言の空間で、私は、先程の雛ちゃんと穂波ちゃんの言葉を思い返していた。
『彼氏じゃないって、もったいないっつーか』
『そういう、こう、素が出せる相手、みたいな?』
二人の言葉は、きっと、正しい。
一緒に並んで歩いて、一緒に騒いで遊んで、星司さんの奇行を咎めている時でさえ。
私は、とても、とっても、幸せだった。
この感情を、端的に言い表すならば。
それはきっと――『恋』、になるんだと、思う。
私は、星司さんに恋をしていた。
――でも、星司さんは?
疑問、というか、恐怖、って言ってしまってもいいのかもしれない。
魔法少女にしか興味を示さない、私の師匠は。
今日のことを、私と同じく、尊く感じてくれたんだろうか。
私のことを、どう思っているんだろうか――?
電子音が頭上に降ってくる。
間もなく私たちが降りる駅に着くことを告げていた。
「ほら、降りるぞ」
「……はい」
当然のように、星司さんは私に手を差し伸べてくる。
その手を、迷いながらも取って、星司さんに導かれて、駅の改札を出る。
「加奈の家は、確か、ここから十分くらいか――送ろう。行くぞ」
「……」
「加奈?」
私は、本当に、熱に浮かされていたのかもしれない。
私の身体は、私の制御下を離れてしまっていて。
気付けば私の口は、ひとりでに動いていて。
「星司さん……星司さん、あの、私のこと――」
「――星司?」
すぐ近くから響いた声に、愛しき人の名を呼んだ女性の声に、私の言葉は途切れてしまい、想いは、行く宛を失う。
私と星司さんは同時に、声のした方向を振り向く。
そこにいたのは、大小、二つの影。
大きな方は、銀色の髪を肩まで伸ばした、セーターにパンツルックの女性。
フィクションから切り取って来たかのような、美しい人だ。
長ネギが飛び出た買い物袋を提げていて、その所帯感が、なんだかミスマッチに思えてしまうくらい。
口を開きっぱにしていて、おそらく、声の主はこちらの人か。
もう片方の手は、傍らの小さな影――金髪をサイドに括った女の子の手と繋いでいる。
女の子は、小学校の高学年くらいか。パーカーにチェックのスカート、白いタイツ。瞳の蒼さは、外国人を思わせる。
こっちの子も、小さな買い物袋を提げていた。
銀の女性は眉間に皺を寄せていて、金の少女は、こちらの方を思い切り睨んでいた。
「……
星司さんの言葉は、絞り出したようなかすれた声で。
そして――気が付けば、星司さんの手は、私の手を離していた。
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