真章26~不伝~怪力乱神御伽噺~7本腕の司祭~


七本腕の司祭から目の前の女へ。

~なんだこの女は。

 変な機械一つ、変な悪魔一人を従えて、この国に喧嘩を仕掛けてきた。

 悪魔の魔術で国民全員がバリアに封じられ、機械が作り上げた炎の壁が救援を封じ込めてしまった。

 これだけでも充分恐ろしい事なのに、次は我等の願いの贄であるダンスを奪うと最大級の罪に今、手を伸ばそうとしている。

 そうはさせない。

 そんな大罪、許すわけにはいかない。

 我等の正義が、それを許すものか。



~デビルズヘイヴン・祭壇~


轟々轟々轟々轟々。


祭壇の周囲を、真っ赤に燃え上がる炎の壁が揺らめきのたうち外との繋がりを絶ちきった。

 その中で少女リンベルと司祭ミールバイトは横たわる青年を挟んで対峙する。


「小娘ぇっ!貴様よくも、よくも我等が神聖なる儀式をここまで滅茶苦茶にしてくれたな!

 許さない、赦さないぞ!」

「その台詞は全部返してあげる!

 よくも私達の国をぐちゃぐちゃにしてくれたわね!許さない!

 だからダンス、早く起きてよ!」


リンベルはダンスを起こそうとするが、彼の体はピクリとも動かない。

 しかしその瞳には、リンベルの顔が映し出されていた。


(リンベル!リンベル!

 くそ、体が動かない、声が出ない!こんな近くにいるのに・・・こんなにはっきり姿が見えるのに!)


ダンスは必死に手足を動かそうとしていた。しかしまるで体全部石になったかのようにピクリとも動かない。

 それに気付いたミールバイトはニヤリと笑みを浮かべる。


「フフフ、無駄だ。お前にはもう『服従の魔術』により動けないんだからな。

 我等によって造られた道具なんだから道具らしく黙っておれ」

(ミールバイトォ!)

「小娘、貴様には散々邪魔されたが、我等の計画を止められると思うな!

 魔神召喚の儀式は既に完成している!

 今頃結界の内側では仲間達が術式の詠唱をずっと続けている!

 後は魔神様が出るのを待つだけだ!

 ハハハ、ハハハハハハハ!」


ミールバイトは高笑いしながら、リンベルに向かって走り出す。それに気付いたリンベルは後退し、ミールバイトから距離を取る。


「っ!」

「ハハハハハハァ!所詮小娘!所詮人間!所詮道具!所詮雑魚だぁ!

 我等は世界と戦う鋼より強固な意志を持つ信仰者だぞ!?

 貴様のような甘ったれた我が儘に負ける道理があるものか!ここで貴様を呆気なく殺し、それをしょうめギャハァッ!」


べらべら喋る司祭の股関を、リンベルは一切の躊躇なく思い切り蹴飛ばす。

 彼は激痛のあまり、七本ある腕で患部を抑える。


「ごちゃごちゃ五月蝿い!

 あんた達の思想なんて知った事か!」


悶絶して動けないミールバイトの側を通り過ぎ、ダンスへ駆け寄って無理矢理起こそうとする。


(私はダンスを助ける!

 必ず・・・必ず助けるんだ!)



「貴様、よくも俺の娘をたぶらかしたな!」

「お主が言えた口か!?皆を地獄へ引きずり降ろそうとするお主が!」


炎の結界の外側では、魔王とベルが空中で戦っていた。

ベルは六枚もある翼で空を飛び、魔王は『ライ・エアー』というエンジンの付いた盾に足を固定させて空を飛んでいる。

 風が強く吹き荒れ、轟々(ゴウゴウ)と形ない決闘場を響かせていく。


 魔王は『触れた物を反射させるグローブ』で殴ろうとするが、剣の達人であるベルはそれを警戒し、距離を計りながら近付いていく。

 少しずつ詰められているのに気付いた魔王はグローブを解除し、距離を取ろうとするが後ろで待機している兵士達が槍を持って飛びかかる。


「終わりだ、偽物魔王が!」

「愚か者に我を侮辱する権利は無い!

 『ライ・アート』!」


魔王と兵士達の間に鏡の盾が現れる。

 だが兵士は笑みを浮かべながら突進していく。なぜならその槍で突けば、魔術の効果を打ち消す効力があるからだ。

 この槍で盾を突いて、魔王を串刺しにする・・・それが兵士の考えだった。

 だが魔王もその考えには気付いていたので更なる呪文を詠唱する。


「我は猟師、愚者を駆り立て愚者を貪る猟師なり!

 鏡の盾よ!その姿を変え愚者を捕縛しろ!『ライ・アーミ』!」


魔王の詠唱に合わせ鏡の盾が変化し、透明な網に変わる。兵士達はしまった、と叫んだがもう遅い。

 六人近い兵士が網にかかり、両手足が網に絡まり動けなくなる。


「ぐぅ、動けない!」「しまった!」「く、苦しい!」「ぎゅー、おすな!」「ベル様、助けてー!」「おのれ、偽物魔王の分際で!」


「ハハハハ!

 兵士諸君、その程度の策で我に勝てると思うな・・・うわっ!」


兵士を見て笑う魔王だが、直ぐに飛んで体勢を立て直す。すぐ側までベルが剣を構えて飛び掛かって来たからだ。

 突いた時に風が吹き、兵士達はその風に乗って何処かへ飛んでいった。


「その程度の力で俺に敵うと思うなよ、偽物魔王!

 先程からピラミッドを覆う結界やら兵士とまともに戦える程の魔力を持っているみたいだが、もう尽き始めているんじゃないか!?」

「・・・・・・」(否定できないな。

 リンベルから分けられた魔力を使って何とか戦えてはいるが、それも尽きて来た・・・あと一回しか、ライ・アートを発動できない)


魔王はニヤリ、と笑みを浮かべる。

己が逆境を隠すために。


「心配御無用だ、王よ!

 我は門前不動の魔王ゆえ、たとえ魔力が尽き両手両足がもげようと、リンベルを狙う者は噛み殺す程の脅威はある!」


魔王はベルを睨みながら叫び、ベルは剣を構えて叫びに応える。


「たかが門しか守れぬ半端者の分際で、何を誇るか三流!

 我等は世界を殺すと誓った狂信者だ、そんな小さな脅威、一撃で潰してみせよう!」


ベルは剣を突き立て、魔王に突進する。

 魔王も急いで鏡の盾を展開した。


「『ライ・アート』!これで・・・」

「脆い!」


ベルは腰を低くし、剣と両足に魔力を込める。

 そして魔力と殺意が充ちた剣で、思い切り盾を突き刺す。

 魔王は『あの剣ではこの盾を壊せない』と考えていた。

 だが、その盾に罅が入り、次の瞬間には粉々に砕け散ってしまう。

 砕けゆく盾から顔を出したのは、鬼神の如き表情で真っ直ぐ魔王を見据え、魔王が先程の考えを捨てた時にはもうその剣は右肩を貫いていた。

 銀色に輝く剣を血が汚していく。

 強風が魔王の体を突き抜けて轟々と響き、それをかきけす程の悲鳴を響かせていく。


「ぐぅぅわあああああ!!」

「終わったな、偽物め」


ベルは剣に力を加え、剣を引き抜こうとする。しかし、剣はびくとも動かない。


「?」

「侮ったな、王よ」


魔王はマフラーで隠した顔の奥で脂汗を流しながら笑みを浮かべる。

 そして、左手で思い切りベルの顔面を殴り飛ばす。何かが折れる音が響いてベルは口や鼻から血を流しながら吹き飛んだ。


「がはぁっ!

 くそ、貴様どこまで俺の邪魔をする気なんだ!」

「我が誓いは絶対なり。

 我が力は・・・いや、簡単に言わせて貰う。お主では我等に勝てぬ、ベル」




「ダンス、しっかりしてダンス!起きなさい、よ!」

「・・・!・・・!」


リンベルは祭壇の上でダンスを起こそうと必死だった。しかし体を掴もうとすると激しく抵抗し、逃げようとしない。


「ダンス、何で起きないのよ!

 早く逃げなきゃ、皆に殺されちゃうのよ!」

「教えてやるよ、お嬢ちゃん」


後ろから声が聞こえて振り返ると、そこには痛みから回復したミールバイトが立っていた。平手でリンベルの肩を殴り、祭壇から吹き飛ばす。


「きゃっ!」

「ダンスは服従の呪文でこの場から動けないのさ。

 さっきあんた達が必死にここまで来た時も、こいつはピクリとも動かなかったぜ」

「そんな、なんて酷い事を・・・きゃ!」


ミールバイトの七本ある手の一本がリンベルの首を掴み、無理矢理引き上げる。


「当たり前だろう、こいつはただの道具なんだから。

 道具が主人に逆らっちゃ、いけないだろう?」

「この・・・ダンスは、道具なんかじゃ・・・くぅぅっ!」

「なんか言ったかお嬢ちゃん?

 まあ良い、てめえもここで絞め殺してやるよ」


ミールバイトは七本ある腕でリンベルの両手を掴み、両足首を掴み、余った手でリンベルの首を更に強く絞めていく。


「ここまで好き勝手やったんだ、そろそろ罰の一つでも受けて貰うぜ」

「が・・・ぁ・・・あ・・・・・・ああ・・・!」

(こんな、こんな所で・・・ここまで来て!

 助けて、ダンス・・・お願い、助けて・・・!)


自然とリンベルの頬から涙が流れていく。

それは頬を伝い、風に吹かれて炎の中に消えていった。




風が強く吹いていた。轟々轟々轟々と猛々しく吹き荒れている。

自分の肩に刺さった剣を抜きながら、魔王は哀れみを込めて静かに宣言した。

 血が流れ出て服が赤く染まるが、彼は気にも止めなかった。

 ベルも血を吹きながら魔王に対峙する。

 風が吹き荒れ、互いの体を強く打ち付けている。


「何を馬鹿な事を言っている?

俺の得物を手に入れたぐらいで」

「勝てぬよ、何故ならお主はリンベルの父親だからだ」


その言葉を聞いた瞬間、互いを強く打ち付け続けていた風がぴたりと止んだ。

 僅か数秒の重い静寂が二人を包み、ベルは笑みを浮かべる。


「・・・何を、騙る気だ?」

「真実だ。

 お前はリンベルの父親だろう。

 だから我には勝てない。

 我がリンベルを守っているからな」


その瞬間、ベルの拳が魔王の顔面に向かう。魔王はそれを避けようともせずに直撃し、骨がへし折れる音が響く。

 ベルは笑みを浮かべたが、顔面を殴られたにもかかわらず魔王は優しくその手を掴む。


「我の言葉を止めようとしても無駄だ。

 もうお前自身気付いている筈だろう?

 殺意であれ愛情であれ自分ではリンベルに手を伸ばす事が出来ない事に」

「・・・黙れ・・・」

「いいや、言ってやる。

 ベル、お前は今、この国で最も哀れな男だ」

「黙れ黙れェ黙りやがれぇぇえええ!!」


ベルの両手から、鋭い爪が現れ魔王の体を切り裂こうとする。

 だが魔王は剣を前に出し、その刃を防いだ。銀に輝く剣は爪の刃を受けてなお刃こぼれ一つしていない。


「貴様、俺の得物を返せ!」

「その前に、その刃に映る自分の顔を見るんだな」

「はあ、何を言って・・・」


言いながらベルは自然と刃に映る自分の顔を見てしまう。そこには涙を流すベルの姿があった。


「・・・・・・え?」

「自分で気付いてないのか?リンベルを手放してからずっと流していた、自分の涙に!」


剣を降ろし、魔王の顔が目前に映る、筈なのに、視界がぐにゃぐにゃと揺れている。

 ぐにゃぐにゃと歪んだ魔王が叫ぶ。


「ベルよ、お前は先程リンベルを離した時、本当の敵に気付いたのだ。

 自分で築き上げた憎しみこそが、本当の敵だという事にな!」

「な、何をふざけた事を言っている?

 俺が、俺が泣いている?敵が憎しみ?何をふざけた事をほざく!

 敵はお前だ!

 俺を騙し、俺の目的を邪魔する敵なんだ!こんな涙・・・まやかしだ!」

「・・・王よ、気付いてないのか?

 お前は本当は自分の憎しみに操られていただけなんだ。

 リンベルを手にした時、それを手に入れた時、憎しみを手放す事が出来た筈なのに、な・・・」

「黙れェ偽物が!

 人間を辞めて悪魔としても中途半端な存在の癖に、俺に指図するんじゃない!

 貴様みたいな偽物のでき損ないに、我々の何が」

「黙れ」


たった一言。魔王が静かな声で命令した。

それでもう、ベルは逆らう事が出来ない。

魔王の恐ろしい眼光を、見てしまったからだ。


「なあ・・・!」

「黙れといったのだ、ベル。

 ・・・手伝ってやるから」


魔王は思い切りベルの肩を殴り飛ばす。

 ベルは六枚もある翼をぴくりとも動かさず、バリアの上に落下し、炎の結界の手前で止まる。


「・・・・・・」


それでも、ベルはぴくりとも動かなかった。黙って、炎を見つめている。


「リンベル・・・俺は、私は・・・本当は・・・」


魔王もまた、空から炎の結界の向こう側を見る。そして、ようやく首を絞められているリンベルに気付いた。


「リンベル!?」



風がまた強く、先程より遥かに強い風で吹き始めていた。そもそもここは人工的に作られた山の頂き、風は強くまるで嵐のように吹き荒れ、炎は嬉しそうに逆巻いていく。


轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々


嵐が吹きすさび、炎が揺らめいていく。

 ベルも炎の隙間から、絞め殺される娘の姿を見てハッと起き上がる。


「止め(轟々)、ミ(轟々轟々)イト!

 や(轟々轟々)だぁ!」


風が強く、ベルの叫びはかきけされていく。ミールバイトはその手を緩めない。


「死ね、小娘!

 我等が憎しみの恐ろしさを、思いしれ!!」

「が・・・がぁ・・・ぁ・・・!」



轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々

轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々

轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々轟々


「止めろ、ミールバイト!

 もう、やめてくれ!それは私の娘なんだ!止めろ、止めるんだぁ!」

「その手を離せ!!『ライ・アート』!」


魔王も鏡の盾を出して炎の結界を無理矢理突破しようとする・・・が、なにも出てこない。


「しまった・・・魔力切れで、もう盾が作れない!」

「ミールバイトォ!!止めろォ!」


ベルがもう一度、大きく叫ぶ。

 その言葉に呼応するように、ピラミッド全体が緑色に発光する。


「!?」

「おお、この光は!待っていたぞ!」


笑みを浮かべたのは、ミールバイトだった。

 彼はあっさりとリンベルを投げ捨て、祭壇へ走る。

 リンベルは、ぴくりとも動かなかった。

 魔王は空から近づこうとするが、炎と煙が熱く近づけない。更に風が吹き荒れ、火の粉が撒き散らして魔王を遠退けようとする。

 魔王は悔しさを叫びに変えて、何とでもリンベルに届かせようとする。


「リンベル!リンベル!起きろ、起きるんだ!ここまで来たんだぞ!

 頼む起きてくれ!死ぬんじゃない!」

「ふははははははははは!

 皆の者!魔神が動きだすぞ!我等の憎しみと怨みを晴らす魔神が、今デビルズヘイヴンに蘇る!

 全て終わりだ!全て!なにもかも!みなみな等しく終わってしまえ!!」

「うおおおお!」「魔神様!魔神様!魔神様!魔神様!魔神様!」「デビルズヘイヴン万歳!ベル様万歳!」「ベル様万歳!ベル様万歳!」


バリアの内側で民衆達がベルを祝福していく。その言葉を聞いて、ベルは頭を強く抱えた。涙を流しながら、叫びすぎて潰れた喉から出た言葉は、謝罪と後悔だった。


「あああ、止めろ、止めてくれぇ!

 私を、私を祝福しないでくれぇ!」


この時、国民全員が謳っていた。

ある者は歓喜を謳っていた。

ある者は後悔を謳っていた。

ある者は祝福を謳っていた。

ある者は友の名を謳っていた。


だから、誰も気付かなかった。

目の前で大切な人を傷つけられなお動けないダンスの胸中を、誰も知る事は出来なかった。

 そして、それは誰も知らない真実を封印していた蓋を知らず知らずのうちに開けていた事に、ダンス本人さえ気付かない。

それは、風と共に現れる・・・。


続くか?続かないか?

 答えは誰も知らない真実だけが、知っている・・・。

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