真章20~不伝~怪力乱神御伽噺~真実の欠片、リンベル編



堕天使の狂王から、昔の私へ。

何故お前が私の前に立っている。

何故お前が俺の前に立っている。

お前は捨てたはずだ。疾とく消えろ。

捨てられたから戻ったのさ。戻ってしまったんだ。

私はお前を忘れた。疾く消えろ幻影。

俺は絶対忘れない。お前が捨てた存在はいつまでもお前の影にこびりつき、お前が後ろを振り返る度に闇と共に思い出すのだ。

黙れ、ならばお前は私の闇か。振り払うべき宿敵か?違うだろう?

貴様は只の染みだ。私の染みだ。

疾く、私の中から消え失せろ!

……俺から、一つだけ言わせてもらう。『あの時出来なかった事をやれ』。

黙れ『俺』!私からさっさと失せろ!


一人部屋の中で叫ぶ私を正気づけるように、部屋の扉が数回叩かれる。

そして、私にとって最大最悪の怪物が入室してきた。



〜デビルズヘイヴン・王の間に設置〜


「失礼します、問題の侵入者を連れて来ました」


兵士が恭しく頭を下げながら入室し、その後に手枷を付けられたリンベルが入室してくる。

その様子に恐怖は無く、豪華絢爛な部屋をキョロキョロと見回していた。


「な、何なのこの国?悪魔や堕天使が一杯いるし、祭りみたいなのをやってるし……」

「お前が問題の侵入者か」


不意に声をかけられ、リンベルは長い髪を揺らして部屋の中心に目を向ける。

そこには豪華な服を着た、顔の整った青年が立っていた。

背中に黒い翼が生えて無ければ、彼が堕天使だとリンベルには分からなかっただろう。


「堕天使……本の中でしか見た事ないけど、初めて見たわ」

「お前、名前はリンベルと言ったな。リンベル・コッコ。

そうだな、兵士よ」

「は……ハイッ!」(あれ、コッコなんて名前知らないが……?)

「君は良く頑張った。

だから彼女の手枷を外し、元に戻りたまえ」

「は、はい!」


兵士は急いでリンベルの手枷を外し、「失礼しました!」と言葉を残して高速で退室していった。

残されたリンベルは冷や汗をかきはじめる。


(……あれ?

え、なんで私自由になってるの?

まさか破廉恥な事するつもり!?

今更だけど凄い不安になってきた!)

「……怖がる必要はない、リンベル。

君は」

「あー、えーと……王様。どうも初めまして、私リンベル・コッコと言います、あはは今日は何か楽しそうな日みたいですね、皆騒いでて私つい侵入しちゃいました、アハハハ……」


リンベルはぎこちない笑みを浮かべながら視線を左右に動かし、少し離れたテーブルの上に重そうな水差しを見つけ、心の中で笑みを浮かべる。


(よし、近付いたらあれで殴ろう)

「……君が何を考えてるか知らないが、私は私の用件を果たすだけだ。

何故この国に侵入しようとした?

地上の侵略に怯え迷いこんだか?」

「あ、違います。

いや、確かにそれもあるけど……ある人を探しているんです」

「それは誰だ?

昔から知っていた人か?」


ベルは一歩近付き、リンベルは一歩テーブルに近付く。


「違います、知ったのは最近で……でも、大切な人なんです」

「その人がどんな過去を持つ人か、君は知ってるのか?」


ベルはまた一歩近付き、リンベルは数歩テーブルに近付く、あと少しで水差しに手が届きそうだ。


「いいえ知りません、ですが、私はあまり聞きたいとは思いません。

それに、何があってもその人の側にいたいと思っています」

「実に素敵な考えだ、もう1ついいだろうか?」


ベルは一歩近付き、リンベルは横飛びしてテーブルの前に着地する。すぐ後ろの水差しには何時でも手が届きそうだ。

だが水差しをすぐ掴める喜びよりも、少しずつ近づいてくる堕天使の笑顔に恐怖を覚える。


「なん、でしょうか?」

「リンベル……君は大切な人を見つける為ここに来た、と言ったな。

ではこれはもしだが……見つける事が出来たら、その時はどうする気だ?」

「そ、そんなの決まってるわ!

ここから脱出して、元の生活を取り戻すだけよ!」

「……」


ベルは何も言わなくなり、頭を一度下げる。

リンベルはこっそり背中の水差しに手を伸ばそうとして、


「ありがとう、その一言が聞きたかった」

「え?」


ベルはリンベルの前で膝を挫き、ひれ伏している。

あまりに突拍子な対応にリンベルは目を丸くする。


「ちょ、ちょっと顔を上げて……」

「先ずは、この話を聞いてくれ。

私は今、懺悔と共に真実を語る」


ベルは頭をゆっくりと上げる、その表情には悲しさと喜びが満ちていた。

そして狂王は事実を語り始める。


〜堕天使の狂王・ベルの独白〜


私は堕天使ベル。

神を愛し他者を憎み殺しすぎて、神に嫌われて堕天使となってしまった。

私は神を今まで通り愛せなくなり、未来の奴等と取引をして新しい神を造り上げそれを愛でようとしていた。

だが、僅か数十年前、ほんの気紛れでアタゴリアンに降り立った時、一人の女性に出会い恋に落ちた。

一目惚れだった。神よりも愛してしまったかもしれない。

だからなのか私は女性にもその父にも自分の正体を語れなかった。

そして私は結婚し、一人の子どもを身籠った。

私は喜んだが、妻と義父は恐怖した。

何故なら赤子の背中には天使の証である純白の翼があったからだ。

義父は私に聞いた。「お前は天使なのか?」

私はこう言うしかなかった。「いえ、私は天使ではありません」

義父は重ねて聞いた。「ではお前は怪物なのか?」

私は重ねてこう言った。「違います、私は怪物ではありません」


そして、義父は私に武器を向けた。

「出ていけ、悪魔め。

俺から娘を奪った悪魔め、今すぐ出ていけ」

俺はそれを否定したくて何かを言おうとして、目の前に躍り出た女性に言葉を阻まれ、嘆願の思いで出た言葉は彼女の名前。


「フェザー……」

「俺の娘に触るな、悪魔め!」


義父だった男の一言を聞いて、俺はあの時感情に任せて思い切り手を振り上げた。

だけどその時赤子が泣いて、二人が赤子の前に立ち塞がって、俺に……私に向けて叫んだのだ。


「もう二度と、ここに来ないで」


私はその言葉に何も言えず、立ち去る事しか出来なかった。

去り際にさよなら、リンベルとだけ言って、私はアタゴリアンを去った。


〜そして話は今に戻る〜


リンベルは首を横に降った。



「嘘、でしょ?

貴方が父の訳が無い。

大体、私の背中に天使の翼なんて無いわ」

「当たり前だ、赤子の頃に二人が君の翼を切って捨てたのだから。

だが傷痕は君の背中に残ってる筈だ」

「ち、違うわ……きっとリンベル違いよ、私は違う…」

「君は機械に触れないだろう?

それは君が天使だからだ。

天使の体に流れる微量な魔力が機械に誤作動を起こさせる」

「…………!」


今度こそリンベルは黙ってしまう。

機械を触る事が出来ないのは確かだし、背中に傷痕が残ってるのも当たっているからだ。

ベルは話を続ける。


「リンベル、お前に会いたかった」


男の笑みは柔らかく、だがどこか悲しそうな笑みを浮かべていた。


「出来るならここで君を抱き締め頬にキスの1つでもしたい所だ……だが、今はそんな事をする暇は無い」


そう言いながら懐から一枚の紙を取りだし、リンベルに渡す。

リンベルは中身を見ずにベルに訊ねる。


「これは?」

「この国の外に出るための瞬間移動の術の魔術が記されている。

これを使って逃げたまえ」


ベルは柔和な笑みを浮かべたまま、リンベルに歩み寄る。

急いで水差しに手を伸ばすが、持ち上げる事が出来ない。


「君は私の大切な娘だ。

他の誰にも傷付けさせはしない。

だからわざわざ『車』の1つに細工までして君をここに運ばせたのだからな」

『私の父は魔術師だった。だけど機械での国の発展を望む祖父と何度も衝突して……私と母を置いて出ていったの』


いつの日かダンスに話した身の上話を思い出しながら、リンベルは水差しを握りしめる。水差しは重くはないが、ベルにそれを持ち上げてぶつける事は出来なかった。

片手に持った紙が風にでヒラヒラと揺れる。


「何度でも言おう。

君は私の大切な娘だ。

だが今まで何も出来なかった、これはせめての償いなんだ。

早くその呪文を唱えてこの地獄から逃げるんだ」

『私はもう十数年出会ってない、だから私は父を探す為に旅をしたいのよ!』

「地獄……そうね、確かに地獄だわ。

私にとってこの国は、地獄でしかなかった」


リンベルは水差しから手を離した。

そして両手で紙を持ち、

力の限りを込めて紙を細切れに引き裂いた。


「な!?」

「馬鹿にしないでよベル。

私は、私は貴方に会いに来たんじゃない」

『だから、ダンス!

私と一緒に旅をしましょう!』


リンベルは無表情に紙を何度も何度も引き裂いた。記憶の中では笑みを浮かべるのを感じながら、一人で生きる手段が書かれた紙を何度も引き裂いた。


「私一人で脱出?ふざけないで。

私、言った筈よ!

私は何があってもその人の側にいたいって!

私が彼を置いて逃げるものですか!」


細切れになった紙を投げ捨て、部屋に小さな紙吹雪が舞い落ちる。

記憶の中の夢と共にバラバラになって、落ちていく。


「私の心は常に彼と共にある!

ダンス・ベルガードと共にね!」

「ダンス・ベルガードだと!?」


ベルはその言葉に震え上がる。

まさかここでその男の名が出てくるとは思わなかったからだ。

リンベルは一歩ベルに近付く。


「ベル。貴方は王様なのよね?

ならば教えて、彼は今何処にいるの!?

知らない筈が無いわよね、絶対ここに来ている筈よ!」

「な、何故そう言える?」

「女の勘!!」


全く根拠の無い理由を堂々と叫ぶリンベル。だが事実なのでベルの心は震え上がる。


「私の話を聞いてなかったのか?

ここは地獄だ、危険が一杯あるんだぞ!いつ殺されてもおかしくないんだ!」

「それは彼も同じ事よ!

私一人逃げて彼を置くなんて出来ない!

私は、彼と一緒にいたいのよ!

……聞かせて」


リンベルは少しずつ表情を変えていく。

驚愕から、恐怖へ。恐怖から、悲しみへ。悲しみから、憤怒へ。


「黙れ……貴様は私のものだ。

私だけのものだ!」


握りしめる右手拳を開き、細く長い爪が指の先から現れる。


「あんな供物に私の大切な娘をやるものか!

力づくで……」


従わせてやる、と言い切る前にリンベルは水差しを手に取り、扉にむけて思い切り投げつける。


バリイイイン!!


「どうしました!」


水差しの割れる音を聞いて、すぐ外で待機していた二人の警備兵が現れる。

リンベルはベルを睨み付けたまま話をする。


「私が王を殴り脱出しようと思ったけど阻まれました。

その時に水差しが扉に当たり割れたのです」

「な……貴様、このごに及んで脱出を企てるとは、なんて腹黒い奴だ!

来い、牢屋にぶちこんでやる!」

「望む所よ、何日たとうが私は必ずダンスを見つけて見せる……」

「来い!王様を傷付けようとは無礼千万!二度と牢屋から出られないと思え!」


警備兵が無理矢理リンベルを引っ張り部屋から連れ出していく。

一人残った兵が心配そうに王に近づき、声をかける。



「王よ、大丈夫ですか!?」

「………………」

「王よ!」

「……ああ……怪我は無い……あと、あの女は……丁寧に扱え、まだ話し足りない事が……あるから……」

「了解!メイド達、この部屋を綺麗にしていけ!

侵入者のせいで綺麗な部屋が台無しだ!」


そう言いながら警備兵は部屋を出ていき、代わりにメイド達が部屋を掃除していく。

すっかり怒気の無くなった王は椅子に座り、頭を抱える。


「何故だ……何故リンベルまで、私から離れようとする……神も、フェザーも、何故私から離れたのだ……私はこんなに、皆の事を大切に思っているのに……。

何故、何故、何故なんだ……」


王は震えながらメイド達が騒がしく動く部屋の中心を見つめる。


『俺の体はどうなってもいい。

だが、俺の心は彼女と共にいたい』

『私の心は常に彼と共にある!

ダンス・ベルガードと共にね!』


「ふざけるな……共になどさせるものか……!」


王は立ち上がり、腰に差した剣を手に持つ。それを見たメイド達が恐怖に怯え、部屋の隅に追いやられていく。


「あの二人を会わせるものか!

二度と、二度と会わせないようにしてやる!」


王は失せた怒気を剣に込め、何もない空間を切り裂いた。

誰もいない空間を、ベルにとっては忌まわしい記憶が、虚空に消えていく。




続くか?続かないか?

それは、魔神の供物だけが知っている。

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