第4話 サイコロ

神奈川県横浜市伊勢佐木町の路地裏は居酒屋やスナックなどの水商売が、長屋みたいに連なっていた。夕方の時間帯になると開店前もあって、どの店も準備に忙しそうだった。世の中はいつの時間も働いている。休むことなく、働くことに必死な時代なんだ。僕も少なからず、そのレールに滑車を装備された足で走っていた。整備されたレールではないかもしれないが、それでも見様見真似で、それぞれのレールを走っていた。


辿り着く先は朧気おぼろげでカタチとして無い。カタチを形として造るのは自分自身。いや、自分次第なんだろう。そんな朧気なカタチを追いかけるように、僕は伊勢佐木町の路地裏と男の背中を追いかけるのだった。背中で語るとはこういうことなんだ。


19歳の僕が自然に感じ取った瞬間でもあった。そして連れて来られた場所を目の前にして、僕は不安と後悔に近い怖さで立ち止まった。前を歩いていた男も立ち止まり、背中で語りかけてくる。このまま一緒について来るか?それとも二度と後ろを振り返ることなく戻るか!?


サイコロを投げた賭博師が丁か半、そんな投げかけをしてるみたいだ。決めるのは自分自身と自分次第と男の背中は語るーー誰かに決めてもらえば、きっと楽なことで、言い訳だってできる。だけど、自分自身と自分次第だったら、誰も責めることはできない。責任を取ることを教えてくれたかもしれない。そんな声が男の背中から聞こえた。


「ボウズ、お前の人生は右足と左足を交互に動かすことなんだよ。それが人間としての極意みたいなもんだ。俺にも右足と左足があるようにな……」男はそう言うと、薄汚れたピンク色の建物へと入った。


もう何も深くは考えなかった。僕は、僕の無意識に任せて右足と左足を交互に動かした。それは単純に見れば歩くこと。そして自分自身と自分次第で決めた、道を突き進むことだった。


割れたコンクリートの階段を見上げた時、薄暗い二階から男の背中越しに、湿った空気が流れ落ちてきた。冬の季節が近寄る中、僕の首筋にうっすらとへばり付くような汗が滲んだ。緊張と不安が汗となって、身体を震わせていた。男の背中が二階の角を曲がり切った時、誰かの声が耳に聴こえた。


どうやら男に向かって挨拶を交わしているようだ。僕は右足と左足に声をかけた。あの曲がり角の向こう側へ行こうーーと。僕のちっぽけな人生の軌道を変える出来事が待っている。


19歳の冬の間際、僕はサイコロを転がすように曲がり角を歩いた。決めるのは自分自身と自分次第である。

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