第2話 一緒に帰ろうか?

 校舎の入口、大型の絵画が飾られている壁の前に、細っそりとしたショートカットのシルエットを見つけた。小鹿野おがのさんだ。

 両手で顔を覆ったまま、入口に背を向ける形で立ちつくしている。

 その姿を確認できてホッとしたけど、なんて声をかけたらいいのかちょっと迷った。

 ええい、迷っていても仕方ない! 思い切って声をかけるのだ。

「あ、あの、小鹿野さん?」

 恥ずかしいことに声が裏返ってしまったぞ。

 小鹿野さんは、ゆっくりと手を離して私の方を見た。

「あ、あたし、三宅昭子みやけあきこ。同じクラスの。憶えてないかな? さっき廊下でぶつかりそうになった……。」

 小鹿野さんの目に理解の色が広がるのを確認して、話を続けた。

「あのさ、さっきはどうしたの? 急に飛び出してきて。私ね、トイレに誰かいるのかと思って中に入ったけど、誰もいないし、何があったのかわからなくてそれで……。」

 小鹿野さんの表情が急に曇りだした。くちびる噛んで視線をそらす。これはいけない!

「あ、言いたくなければ言わなくていいんだよ。ただちょっと気になったから……。あ、ほら、小鹿野さんクラスでもあまりしゃべらないし……。」

 あーバカバカ私のバカ! 今の言い方自分でも失敗したと思う!

「あ、あ、あ、あのさ、今日、一緒に帰ろうか? 電車で来てる? 家、どこらへん?」

 無視されたらどうしようと思ったけど、小鹿野さんは駅名をポツリとつぶやいた。ホントにビックリした! いや応えてくれたことにじゃなくて……。

「ホントに! 私も鶴ヶ島! あのね、私の家はね、東口を出て……」

 小鹿野さんは家の場所を教えてくれた。それを聞いて、今まで出会った事が無いのも納得した。

 私たちの住んでいる地域は、ちょうど埼玉県の川越市と鶴ヶ島市の境の近辺で、小鹿野さんの家は私の家からは近いみたいだけど市が違う。だから小学校でも中学校でも、一度も会った事が無かったのだ。

 でも同じお店は当然知っていた。あんな場所に珍しい本格的イタリアンのお店も知っていた。その向かいにあるカラオケボックスも、日用雑貨がそろってるドラッグストアもよく行くらしい。小鹿野さんの表情が明るくなった。よかった。じゃあ今日一緒に帰ろうよと言ったらオッケーしてくれた。よし、カバン取りに教室戻らなきゃね。私は小鹿野さんの手を取って教室へ歩きだした。だけど小鹿野さんは足を止めて、私の目を見てつぶやいた。

「ゴミ箱?」

 あ、いけない忘れてた!

 私は廊下を走りだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る