銀色の虹の果てに

ぺんぎ

Prologue

『始まりの始まり』 1-1



 ――むかーし昔、人が生まれるよりもずっと昔、世界は一つの大陸でした。

 世界は楽園エデンと呼ばれ、聖の神様が創った生き物と魔の神様が創った生き物が、平和に暮らしていました。

 ところがある日、一人の頭の良い魔の生き物が、聖と魔、両方の神様の力を持った魔神・レブルスを創ってしまいました。

 二つの神様の力を持ったレブルスはその強大な力に耐えられず、やがて世界を滅ぼし始めました。

 これを止める為に、聖と魔の神様たちは激しい戦いの末、なんとかレブルスを世界の中心に封じ込めました。

 しかし、その時には既に世界の半分が滅んでしまい、それはレブルスを封印した後も止まりませんでした。

 神様たちは楽園を半分に分け、滅んだ世界をさらに半分に分けて自らが支えることでようやく、世界の死を抑えることに成功したのでした。

 神様たちは、聖の神様が管理する世界をエルセイン、魔の神様が管理する世界をエルノワール、生き残った世界をエルスペロと呼び、エルスペロの中心に生命いのちの樹を植えることで、エルスペロの生命の力を滅んでしまった二つの世界に少しずつ分けるようにしました。 

 さらに、二つの神様たちはエルスペロの生命の力を少しでも取り戻す為に、力は弱いけれど賢い知恵を持った「人間」という新しい生命を創り、ほんの一握りの者たちに加護を与えて世界を繁栄させるように言い、精霊の王たちにそれを見守るように言いました。

 そして多くの力を使った神様たちは、いくつかの種族と共に滅んだ世界を支える為に去っていったのでした。

 そうやって生き残った世界は、神様たちの加護を授かった数少ない人々の力と、その他の多くの人々の知恵によって、少しずつ繁栄していきました。

 しかし、長い時が経ったある日、突然大きな地震と共に大陸が五つに分かれてしまいました。世界を分けた時の力に耐えられなかったのです。

 火山が噴火し、海が荒れ、大雨が降ったかと思えば、何日も暑い日が続きました。そして、急に変わった土地や気候に耐えられず多くの生命が失われ、それでも生き残った生命たちは、それぞれが住みやすい土地へ移っていきました。

 かつてエルスペロを任された精霊の王たちは、神様の加護を授かった人々を多く失い絶望していた人間を不憫に思い、生き残る為に精霊の加護を授け、再び世界を繁栄させるように言いました。 

 生き残った人々は精霊たちを敬い、感謝の気持ちを込めて、五つの大陸に精霊たちの神殿を造りました。

 そしてそこで、いつの日か世界が元に戻ることを祈りつつ、再び世界を繁栄に導いていくのでした――



「……おしまい」

 小さな明かりのみが点いた暗い部屋の中、パタン、と本を閉じながら、長くて綺麗な黒髪を持った女性が言った。

「かごってなんなの?」

 隣に寝転がっていた男の子が、暗い部屋でも一目で判る黄金色の髪を揺らしながら訊ねた。

「うーん、そうねぇ。たとえば……」

 かたわらの女性‐セフィーナは、そう言いながら男の子の黄金色の髪を撫でた。艶があって、先程丁寧に櫛を通してあげたのにもう所々が撥ねている。そんな髪を見て、良く見知った人物を想い返しつつ話を続ける。

「……アレンのこの綺麗な金色の髪は、光の精霊にすごく愛されている証なの。この世界の人たちはみんな少しずつ精霊の加護を授かっているんだけど、その中でも特に強い加護を授かった人たちの髪や瞳は、アレンみたいにその精霊を象徴する色になるの。アレンなら光の精霊、シャルちゃんなら火の精霊みたいにね」

「シャルもなの? じゃあ、お母さんも?」

「えぇ、そうよ。お母さんは闇の精霊の加護を強く授かっているの。だから、アレンの綺麗な金色の髪と瞳は、お父さんに似たのね……どうかしたの、アレン?」

 柔らかくてサラサラな自分の髪を優しく触りつつアレンに目を向けると、何故か少しだけ拗ねたような顔をしていた。それをおかしく思い、何か変なことでも言ったかと考えてみるが、特に思い当たる節はない。

「……お母さんに似たとこもあったらよかったのに」

 その言葉に少しだけきょとんとして、しかしすぐに柔らかな笑みを浮かべた。父親のことが嫌いなのではなく、両親を同じだけ愛しているからこそ、片方にだけ似たことが不満のようだ。

 そんな想いを感じて、さらに愛しくなる我が子をそっと抱き寄せる。

「あら、お母さんはアレンがお父さんに似てくれてとっても嬉しいわよ? それに目や鼻の形はお母さんにそっくりって、この間シャルちゃんのお母さんも言っていたんだから」

 そう言うと、むくれた顔が笑みに変わったのを感じた。その様子がまた愛しく感じられ、同時に解り易い子だとも思う。

「さ、今日はもう遅いから寝なさい」

「はーい。おやすみなさい」

「おやすみなさい、アレン」

 セフィーナは明かりを落とし、目を瞑った。そうして意識を闇に傾けていると、

「……あっ、あといっこだけ気になったんだけど」

 そんな言葉が聞こえてきたので、目は開けず、耳だけを傾ける。しかし、

「ほろんじゃった世界に行った神様たちって、いまはどうしてるの?」

 という子供の誰もが疑問に思い、且つ誰も答えられないことを訊いてきたので、寝たフリをすることに決めた。



    †   †   †



「……っていうのを昔聞いたことがあるよ?」

「ふーん……でも、その割にはそこまで他の子たちと違う感じはあんまりしないわね」

「でもシャルはもう下級魔法使えるでしょ?」

「あんなの、まだ簡単な魔法しか習ってないし、そもそもアレンだって使えるじゃない」

「でも他に使える子ってそんなにいないと思うけど……」

「わたしとしてはもっとこう、他の子に比べて魔力が異様に高いとか、上級魔法も詠唱なしで唱えられるとか、そういうのが欲しいのよ」

 わかってないわね、と言って、燃えるような緋色の髪をポニーテールにした少女‐シャルは、テーブルの上に置いてあるクッキーを一つ取る。

 そんな無茶なと思いつつも、その後にどうなるかが解っているのでアレンは口には出さない。代わりに自分も一つ取って口にすると、キッチンの方から声が聞こえた。

「そういうのはね、シャル。具体的に実感するようになるのは、十三歳くらいからなのよ。お母さんもそうだったしね」

 オープンキッチンの向こう側から、シャルと同じ緋色の髪に、髪と同色の瞳を持った女性―フェルナが顔を出した。アレンの母とは違い力強く、それでいて長く美しい髪を後ろに流し、カチューシャをしている。その整った顔立ちは、まさにシャルの数十年後を彷彿させる。

「じゃあ、お母さんは具体的にどんな感じだったの?」

 シャルは自分の母親と同じ色の瞳を向けた。

「それはその時のお楽しみでしょ」

 ニヒヒ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべる自分の母親に、シャルはむっとする。いつもこれではぐらかされているのだ。

「でもシャル、精霊の加護っていうのは結構重要なのよ?」

「何に? 冒険?」

 まだむっとしているシャルはつっけんどんに返した。

「それもあるけど、なんてったって恋愛するうえで結構関わってくるのよ、これが」

「………」

 真面目な顔して何を言っているのかと呆れながら、何も言わずに傍らに置いてあったジュースを飲むが、

「おばさん、どういうことなの?」

「あら、アレン君気になる? ははーん、さては気になる子でもできた?」

「――っ!?」

 などと言い出し、思わずむせてしまった。

「しゃ、シャルっ、大丈夫!?」

「ゴホッ、ゴホッ……何でもない」

 慌てるアレンから顔を背け、顔が赤くなっていない事を祈りつつ話の続きを促した。

「それで、どういうことなの? 仕方ないから聞いてあげる」

 その様子にフェルナは素直じゃないなと苦笑しつつ、同時にそこら辺は完全に父親に似たのだと確信して、もう少し素直になって欲しかったなぁ、と内心で肩を落とす。しかし、これはこれで面白いから良いやと一人で納得した。

「この世界には大きく分けて六つの属性の精霊達がいる、ってのは学校で習ったわよね?」

 アレンとシャルは揃って頷いた。それは基礎学院の一年生で習ったことなので、既に四年生の二人は当然知っていた。

 フェルナはテーブルの椅子に腰掛けると、紙とペンで図を描き始める。

「六つの属性には相性と眷属けんぞくっていうものがあって、相性は、四大元素の火、風、地、水を円にして考えると、火は風に強く、風は地に強く、地は水に強く、水は火に強いっていう風になるの。もっともただの原則であって、実際は相性の悪い属性でもより強い魔法を使えば克服はできるんだけど」

「光と闇は?」

「光と闇はお互いが同じくらい強いんだけど、この二つは特別。どうしてだと思う?」

 言ったところで二人は視線を下に向けて考える。が、答えは出ないので視線を戻した。

「ホントのところを言うと、大本おおもとの属性はこの二つだけなのよ。光は聖の神、闇は魔の神から創られて、そこから四大元素、さらにその下に森や氷みたいな派生属性が生まれたの」

「魔の神って魔物の神のことでしょ?」

 と、シャルが顔をしかめた。

「そうだけど、魔っていうのは別に邪悪って事じゃないの。魔物にも色々いて、確かに知能の低い魔物は人を襲う事が多いけど、ドラゴンみたいな人よりも優れた知能を持った魔物もいるし、ドワーフなんかは今でも街に自分達が作った物を売りにくるのよ? それこそ、世界が一つだった頃は全ての生き物が共存してたんだし」

「へぇー」

 アレンは今まで知らなかった事柄を知ることで未知の世界が広がっていくのを感じて、なんだか楽しくなってきていた。

「それじゃあ本題ね。さっきも言ったけど、元々は光と闇しかなくてそこから他の属性が生まれたわけだけど、光と闇の精霊王達はそれぞれが四大元素を二つずつ生み出して、自分の下に置いたの。これが眷属ね」

 フェルナはまた新たに図を描いていくと、

「光は火と地、闇は風と水。それぞれの精霊達はその眷属との相性がすごく良いの。そしてこれは人にも言える事よ」

 いつの間にか聞き入っている二人の顔を見た。

「同じ属性もそうだけど、この眷属の関係にある属性同士の人は自然と惹かれ易いの。必ずしもそうってわけでもないんだけど、その法則で一緒になる人達がほとんどってわけ。だから、貴族なんかはそれを重要視する家が多いのよ」

 聞き終わって、アレンはふと疑問に思った。

「あれ、でもうちのお父さんとお母さんは光と闇で正反対だよ? これも例外ってこと?」

 シャルも確かにと思った。眷属やら相性やらを考えると、光と闇は合わないのではないか。

 しかしフェルナは微笑ましげに顔を綻ばせた。

「それはね、あんたんとこの親は本当にお似合いだったってことよ」

「どういうこと?」

 どうにも要領を得ない答えに、シャルがいぶかしんだ。

「光と闇の精霊王っていうのはね、仲の良い夫婦なの。セフィーナ達は本当に仲が良かったから、まさしくお似合いだったってわけ。あんたが生まれてからも本当に幸せそうにしてたし、それはも同じ。それに、眷属以外とは仲が悪いわけじゃなくて、ただ単に眷属同士の方が惹かれ易いってだけなの。火と水だって仲は良いのよ?」

 それを聞いて、アレンはなんだか安心した。幼いなりに心のどこかでセフィーナが寂しい思いをしているのではないかと心配していたのだ。

「それから精霊の加護の事だけど、どれほど魔法を上手く扱えてもそれを自分一人の力だなんて思っちゃだめよ? これは私の師匠せんせいが仰ってた事なんだけど、『私達は、常に精霊達に見守られているの。この生命を授かった時から、再び大地に還ったその後まで。だから、どれ程小さな加護でもそれに感謝し、精霊達の言葉に耳を傾けなさい。そうすれば、おのずと彼らは私達に力を貸してくれるわ』ってね」

「……良くわかんないんだけど?」

「まあ、あんた達もいつかわかるようになるわ」

 イマイチ良く解っていない二人に苦笑しつつ、フェルナはその頭に手を置く。

「以上で終わりっ。それにしても良かったわねぇ、シャル?」

「何が?」

 不思議そうに首を傾けたシャルに、苦笑が意地の悪い笑みに変わった。

「そりゃあもちろん、アレン君と相性が良い事よ。光と火なんて、まさにお似合いじゃない」

「なっ!?」

 途端にシャルの顔が髪と同色になった。

「アレン君もこんな子で良かったらいつでも言ってね。どこへなりとも連れてって良いから」

「ちょっ、お母さん!?」

「あら、何かしらシャーロットちゃん?」

 当の本人を前にしてアレンにまで話を振るフェルナを止めるべくシャルが口を挟んだが、否定したくないけど認めたくもないというなんとも言えない状態に陥ってしまった。

 せめてもの報復にとキッと母親を睨むが本人は不敵な笑みを浮かべていて、こうなってしまっては口では勝てないと解っているので、

「知らない!」

 結局逃げるように席を離れるしか、選択肢が残されていなかったのだった。

「あっ、シャル待ってよ!」

 アレンも急いで立ち上がるが、

「おばさん、ごちそうさまでした」

 きちんとお礼を言うのも忘れない。

 自分の娘と違いしっかりしている少年を見て、フェルナは顔を綻ばせた。

「またいらっしゃい。シャルー! 今日はどこまで行くのー?」

「いつもの神殿前の広場! アレン早くしなさいよ!」

「今行くよ! それじゃおばさん、おじゃましました」

「あっ、アレン君!」

 突然、フェルナは駆け出そうとする少年を引き留めた。

「さっきの相性の話なんだけど、何も恋愛に限った事じゃないの」

 言いつつ立ち上がってそのまま近付き、

「多分これから先、いろんな人と出会う事になると思うわ。その中で、やっぱり相性の良い子達は自然とあなたに惹かれて来ると思うの」

 まだ小さなその手をしっかりと握り、しゃがんで、その黄金色の瞳に目線を合わせた。

「その子達はもちろん大切にしてあげて。でも、それ以外の子達とも、分け隔てなく接してほしいの」

 そして、まだ穢れを知らないその純粋な心に、想いを託す。

「光と闇の精霊王は夫婦だけど、本当に仲の良い親友でもあるの。あなたにもきっとそういう人が現れるから。ううん、もしかしたら、もうすぐ傍にいるのかもしれないわ。それに二人にとって、他の精霊達は子供のようなものだから」

 最後に、瞳と同じく太陽のように眩しい黄金色の髪をクシャッと撫でた。

「それから、シャルの事、これからもよろしくね。あのは確かに強い娘だけど、いざという時は護ってあげてね」

「うん!」

 少年は、幼くも力強い瞳でそれに応えた。

「よろしいっ」

「アレーン? 置いてくわよー?」

 ニカッと笑って立ち上がると、玄関から声が聞こえた。その声には若干の苛立ちが籠っている感じがした。

「そろそろ行かないと。後でなに言われるかわかんないし」

 とは言っても既に文句を言われるのは確定しているので、後は程度の問題である。

「いってらっしゃい」

 今度こそ駆け出した少年を、フェルナは我が子のように優しく見送った。

「……いらない心配だったかな」

 一人残ったフェルナは、リビングでそう呟きながら少年のまっすぐな瞳を思い出し、

「ホント、どっちにもそっくりよね」

 親友達の顔を頭に思い描きながら、上機嫌に家事を再開した。


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