第三章 【死神】①

 僕がこの忘隠町にやってきて、ちょうど二週間が過ぎようとしていた。

 慣れない町並みにも少しずつ慣れてきた頃。

 最近この街を賑わせているニュースがあった。

 五日前の午後。女性が路上で気を失って倒れているのが発見された。

 三日前の早朝。今度は男性が気を失って倒れているのが発見された。

 そして昨夜。十九時過ぎに、中学生が公園で気を失っているのが発見された。

 この事件で死んだ人こそいないものの、すべての人が何者かに襲われたらしい。

 らしい、というのは、本人たちは覚えていなかったため、推定とされている。

 彼らが気を失った原因は未だにわかってはいないが、三人とも酷く体力を消耗していたことは明らからしい。

 この事件があったからか、静かだった忘隠町は、ここ数日少し騒がしかった。



「おはよう」

「ああ、おはよう」

「空也君、おはよう!」

 教室に入って自分の席に向かおうとしたとき、扉付近で龍太郎と夕芽が会話をしていたので挨拶をすると、二人はちゃんと挨拶を返してくれた。まだ転校してきたばっかりの頃、挨拶になれずにどもってばかりいたけれど、今ではどもらないで何とか言葉にできるようになり、安堵と共にため息をつく。

「奏太は、まだだよね」

「あいつはいつも遅いからな。たまに早く来るが、それは自分の好奇心を満たすことのできる何かがあるときだけだ」

「奏太の好奇心って、何がツボなんだろう」

「それは分からん。あいつが中学の時にここに越してきたころからなぜか一緒にいるが、あの阿呆の考えは理解できん」

 奏太って、中学の時に忘隠町に越してきたんだ。知らなかった。

「あたしはりゅうの考えも分からないわ」

「それはこちらの台詞だ。お前の考えも分からん。どうしていつも俺に話かけてくる。お前は友達がいないのか? いや、いるな。いつもつるんでいるやつと話した方が楽しいだろ」

「まあ、せっかくこのあたしが、いつも寂しく一人でいる龍之介を気にかけて、話してあげているのにその言い種はないんじゃない」

 この二人はよく一緒にいる、というわけではなく、いつも夕芽は友達数人と漫画の話で盛り上がっていることが多い。反面、龍之介は自分の席に座り一人で本を読んでいるか、奏太や夕芽、それから僕としか会話をしているのを見たことがない。どうして他のクラスメイトとは会話をしないのだろうか。

 龍之介と夕芽はよく一緒にいるが、奏太曰く、二人は恋人同士ではないらしい。幼馴染と最初に言っていたけれど、奏太が言うには二人は従妹だということだ。それも龍之介は、夕芽の家族と一緒に暮らしている。どうして一緒に暮らしているのか、それは口の軽い奏太でも知らないことだと言っていた。

 転入生としてこのクラスにやってきてから二週間。僕でも、この二人の微妙な距離感に気づいていた。

「で、俺達に何か用か?」

「ううん。挨拶をしたかっただけで」

「そうか。じゃあ、俺達は先生に呼ばれているから行くぞ。夕芽、漫画は置いていけ。歩きながら読んでいると転ぶぞ」

「えー。りゅうが受け止めてくれたらいいじゃない」

「俺はそんなに優しくない。もういい、とっとと行くぞ」

「あ、ちょっと待って」

 先に龍之介が教室から出ると、そのあとを夕芽が漫画を持ったまま後について行く。それを見送り、僕は自分の席についた。その際、花桜梨と目が合ったので互いにお辞儀をする。



 すべての休み時間に奏太が話しかけてきて、騒がしいなぁと思ったことぐらいしか特に何事もなく、すべての授業が滞りなく終わった帰りのホームルーム。

 先生が教壇に立ち、クラス中を見渡して口を開いた。

「えーっと。最近ニュースでやってるので、忘隠町で事件があることを知っている人がほとんどじゃないかしら。今朝、委員長とも話したのだけど、今日から必ず二人以上で下校するようにしてください。家が近いものどうしでね。誰も一緒に帰る人がいない、という場合は委員長に頼んでね」

 先生がそう言った瞬間、クラスの中から「そんな寂しい奴いねー」「え、事件なに?」「てか委員長と一緒に帰んの嫌なんですけどー」「俺いつも一人で帰ってるんだけどッ! 龍之介! 一緒に帰ってくれよぉ!」「先生、尼野がうるさいです」などという言葉が聞こえてきた。

 うるさく騒いでいる奏太を無視して、先生は笑顔でホームルームを締めくくる。

「じゃあ、そういうことだから。今日はこれで解散ね。また明日」

「はーい。先生さようならぁ」

「一緒に帰ろー」

「ごめん、用意まだ。ちょっと待ってて」

「誰かああああああ俺と一緒に帰ってくれよぉおおおおおおおおッ! 龍之介! っていない!」

 僕は用意してあった鞄を持って立ち上がり、そこで固まってしまった。

 誰と帰ればいいのだろう。

 いつもは大体奏太と一緒に校門まで行き、そこで分かれるのだけど、先生は家の近い者同士で一緒に帰れと言っていた。奏太の家は反対方向だ。騒がしい奏太は、片っ端からクラスメイトに声をかけているが、軽くあしらわれている。

 そうこうしている内にも、クラスメイトは大体いつものメンバーで集まって教室を出て行く。僕が話しかける隙がない。

 奏太が般若のように男女関係なく話しかけまくっているのをぼんやり眺めていたので、自分の書けられる声があることに気づかなかった。

「――や。く、う、や」

 耳元に息がかかり思わず飛び退く。ばばっと耳を押さえる。

 花桜梨が横から覗きこんでいた。

「あ、ごめん。そこまで良い反応するとは思わなくって」

「え、あ、いや、こちらこそすみません」

「なんで空也が謝るの」

 うふふと花桜梨が笑う。僕は思わずその顔に見入ってしまった。

「友達とは家が反対方向でね、一緒の方向なの空也しか知らないの。だから、途中まで一緒に帰らない?」

 思ってもいなかった提案に、僕は反射的に頷く。

「もちろん! 花桜梨さえよければ!」

「ありがとう。助かっちゃった」

 両手を合わせて嬉しそうにしている花桜梨を見ていると、僕も嬉しくなってくる。

 僕と花桜梨が話しながら教室を後にした時、後ろから鼻息の荒いだみ声が聞こえてきた。

「ぐ、う、や」

 奏太だ。僕の肩を掴んでくる。

「帰るのか?」

「う、うん。奏太は……」

「俺は、一人だ。誰も一緒に帰ってくれねぇんだよチックショー」

「尼野君? よかったら途中まで一緒に」

 花桜梨の言葉で目を光らせ、奏太が生き返ったゾンビのように、花桜梨の両手を掴む。

「ぜ、是非一緒に帰らせてください!」

 勢いが怖い。さすがの花桜梨も顔を引き攣らせている。

 こうして、校門から猛ダッシュで一人家に帰って行く奏太を見送り、僕と花桜梨は隣り合わせで下校をした。


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