第一章 出会いと再会と出会い②

 あっという間だった。

 昼休み開始を知らせるチャイムと共に、まるで嵐が吹き荒れてすぐに去ったかのように、クラスの中から生徒がほとんどいなくなった。教室に残っているのは、弁当やコンビニ袋を持参している生徒たちだけで、僕を入れても五人しかいなかった。

 僕はあまりにも呆気ない出来事に、思わず連続で瞬きをしてしまう。

 みんな、歩くのが早い。

 唖然としていると、クラスに残った内の一人、茶髪の女子生徒がチラチラとこちらを見ていることに気がついた。

「え」

 腰まで伸びた茶色い髪、チラチラとこちらを見ている瞳は、髪の毛よりも透明な茶色い瞳。

 そんな彼女の横顔を見て、思わず「まさか」と呟いていた。

 いや、でも、そんなこと。あり得るのだろうか。

 きっと他人の空似だと、この世に三人はおんなじ顔の人がいるというのはよく聞く話だし、ああいう髪型や顔立ちの女子高生はよくいるものだから、懐かしい気持ちになるのはおかしいと。

 僕は自分に言い聞かせるが、それでももしかしたら? と心が問いかけてきて、僕は思わずその女子生徒を観察でもするかのように眺めていた。

 すると、僕の視線に気づいた女子生徒は困った顔をしてジッと見つめ返してくると、口を開いて閉じて引き結び、意を決したかのようにして立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。

 僕は正面から見たその顔に、ああ、と懐かしい思い出と共に確信する。

 女子生徒は僕の席の横に立つと、若干かがみこむようになり、はらりと落ちる茶髪を耳に掛けながらゆっくりと口を開いた。

「くーや、君だよね」

 懐かしい声。

 僕はなんて言うのが正解なのか探しながら、恐る恐る答えを口に出す。

「うん。そうだよ。花桜梨、ちゃん」

 いつ以来だろうか。彼女の名前を呼ぶのは。久しぶりに呼ぶその名前が恥ずかしくて、僕は照れてしまう。

 女子生徒は晴れ晴れとした笑顔を浮かべると、両手を合わせて飛び上がるかのように喜んだ。

「わあ、やっぱり。名前を見たとき、もしかして、と思って、そのあとにくーやの顔を見て面影があったから、ずっと気になって話しかけるタイミングを見計らっていたんだけど、なかなか難しくって……。でも本当に空也だった! あ、ごめんね、思わず空也って。何だろう。小学生の時は、くん付で呼ぶのが普通だったけど、中学高校ときて、くん付で呼ぶのが、少し恥ずかしくなっちゃって……」

「あ、僕も、ちゃん付けで呼ぶの、恥ずかしくって」

「じゃあ、再会を記念して、呼び捨てで呼び合うことにしようよ!」

「え、いやそれは逆に」

「いいじゃない、空也! うん、なんだかこっちの方がしっくりくるなぁ」

 笑顔に気圧されて、僕は迷った結果、うんと頷いていた。

「またよろしくね、花桜梨……」

 あの時僕を救ってくれたその笑顔を。

 事故のせいで離ればなれになってしまい、もう見ることはかなわないだろうと思っていたあの笑顔を。

 転校先で、いま自分に向けられていることに、僕はすっかり落ち着いていた。

 よかった、と。

 転校してきて、本当によかった! と。

 彼女と一緒にいられるだけで、僕はとても幸せだ――と。


 これから何が起こるかなんてこの時の僕にわかるはずがなく。

 僕は新しく楽しい生活を送りたいと思っていたものだから。

 ただ、純粋に心の底からの笑顔を、僕はこの時浮かべていた。

 嬉しくって、嬉しくって、仕方がなかったものだから。



 新宮花桜梨。

 彼女と出会ったのは、小学校四年生の一学期だ。

 新学期と同時に転入してきた彼女は、すぐに「いじめ」に気づいて僕を救ってくれた。

 学校ではもちろん、登下校も一緒にしていたものだから、ぼくをいじめてきた奴らは彼女と離れることになった小学校五年生の終り頃まで、僕に手出しをすることができず、その一年間いじめはなかった。

 彼女は責任感が強くまっすぐで人思いでとても優しかった。

 だからだろう。転入してきたばかりだというのにすぐにクラスに溶け込み委員長まで上り詰めた彼女は、女子からは慕われていて人気が高く、男子からは淡い思いを抱かれている少女だった。

 そんな彼女といつも一緒にいた僕に、さすがのいじめっ子も手出しをすることは憚られ、いじめは起きなかったのだと思う。

 彼女は本当に優しかった。

 何もないところで躓いた僕を気にかけてくれたり、道端で弱り果てていた猫を看病してあげたり、コンビニにある募金箱には必ずといっていいほど五円玉を入れていた。

 彼女の笑顔はとても素敵で、いつもクラスの花になっていた。

 その傍にいる僕は、何だったのかはわからないが、そんな満開の花の傍にいられただけでとても幸せだったんだ。

 小学校五年生の終り頃、彼女は事故に合って、それっきり行方が分からなくなってしまい、会えずじまいだった。

 だからまさか転入してきた先で、僕を救ってくれた人がいることが嬉しくて。

 僕は午後の授業中、自分の席から見ることのできる彼女の横顔をずっと眺めていた。

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