第二十二話「決戦② 結界の終わり」

/↓


「――ハア、何回聞くつもりなんだよ神崎ィ。僕の能力は『ガラクタを弾丸に変える』だよ。鳥頭ってわけじゃないだろお前」


 いつも通り、棘のある態度をとる崎下トオル。だがそれでいい、それがいい。自分の意見に真っ向からぶつかってくれるのは、仲間内ではトオルだけなのだ。色々なヤツがいるから、この再現にちじょうは楽しいのだ。かけがえがないのだ。



「……ま、鳥頭ならそれでもいいけどさ。もしお前が忘れていても、僕は覚えているからさ、安心するといいよ。いやでも思い出すだろうからさ」


 ――だからこそ。これ以上彼らを、俺の我儘に付き合わせるわけにはいかない。いかないのだ。だから――――


 この思い出を、しかと胸に刻み付けたのだ。


/↑




「――――え」


 瞬間。アケミの胸を、極小の鉄塊が突き抜けた。強靭な肉体を持つ吸血鬼に対する不意打ちにしては、余りにも脆弱な攻撃――されど、その攻撃は余りに小さく余りに速く、なにより、アケミにとっては未経験初遭遇の一撃であった。それゆえの混乱――――それが、アケミの反応を一瞬遅らせた。そして――


「が――ぁ、あ――――」

 

 『鎖』が、かつての廃工場での戦い、その再現の如くアケミを拘束した。


「――――く、ぁ、ぁ……カイ――アンタ……っ!」


 その勢いは明らかに削がれている。幾重にも張り巡らされた鎖は、アケミの心と体を無慈悲にも拘束した。

 幾重にも張り巡らされた戦略は、僅かな差でカイが上手であったのだ。


「…………なるほど。俺の頬を叩いた時、俺の血を採取していたんだな」


 自身の能力をアケミが使用できたメカニズムを、現在吸血鬼としての側面を併せ持っている彼女の状態を鑑みて、カイは自分なりに分析した。――既にカイは、立ち上がっていた。


 アケミはそれが怖かった。恐らく一度も受けたことがないはずの記録攻撃を耐えきったカイの精神的防御力に。そして、常に冷静かつ冷徹で在り続ける様に。アケミは耐えがたい恐怖を感じたのだ。


「……アンタ、なんでそんなに耐え続けるのよ……どうして誰にも頼らず一人で耐えてるのよ……何がアンタを、そうさせるのよ……」


 かつてと同じように、怨嗟にも似た叫び声がアケミを襲う。カイはそれを一瞥し、憐れむように言葉を発した。


「……君こそ、辛いのなら泣けばいいんだ。なにもかも放り出して、不安を叫べばいいんだよ」


 それだけ言って、カイは屋上へと続く階段へ向かっていった。



 ――そして、二階にはアケミだけが残った。耐えがたいはずの孤独、耐えがたいはずの恐怖。カイが抱えている歪みを叫び続けたアケミだったが、自分こそ、それらに抗い続けているということを、今更自覚した。


「…………」


 わかっているつもりだった。割り切れているつもりだった。今の自分を受け入れているつもりだった。――けれど、『つもり』だけだった。

 アケミの独白は、少しずつ声となっていく。徐々に慟哭となっていく。今まで耐え続けていた心のダムが、決壊したのだ。


「こわい――こわい、こわいこわいこわい……! いつまでこのままなのかわからないのがこわい! このまま一生朝日を浴びられないんじゃないかと思うとこわい、こわいこわいいやだいやだいやだいやだいやだいやだよぉ誰か助けてよぉ……!」


 涙が、止めどなくあふれ出る。抑えきれなくなった感情が、体中からあふれ出す。


「本当は嫌なの! このままなのは嫌なの! でも引き受けなきゃ、私が受け取らなきゃ――あ、ぁぁ、あああああ…………」


 涙は枯れることなく、流れ続ける。アケミは、今はただ泣いていたかった。だから、泣き続けることにした。


 月だけが、彼女を見ていた。




3/


 ――エレベーターを使わなかったことに、自分でも驚いていた。


 今までの俺だったならば、最短・最高効率を選びエレベーターに乗り込んでいたであろう。だというのに、何故か俺はそれを拒んだ。


「――恐れているのか? ……は、今更すぎるだろ」


 自嘲の念を抱きながら小さく笑う。笑ってしまったのは、恐れの理由があまりにも自分自身から出てきた感情だと思えなかったからだ。


 何を恐れたのか? アギトと再び対峙すること? そうではない。それについては、とっくに覚悟が決まっている。なんなら、アギトは、アイが海へ向かうことを止めることすらしないだろう。あの男の感情はずっと俺だけに殺到していたから。任務で来たのには違いないのだろうが、それでいてアギトは、極めて個人的な感情での前に立ちふさがったのだ。


 あの時見えた彼の過去。実のところほとんど何も見えなかった。彼の心は、愛しい誰かとの別離によって砕けてしまっていたのだ。……その上でなお、彼は再び立ち上がったのだ。別離を新たな起点として、不屈の精神を新たに生み出したのだ。


 ……結局のところ、彼は俺とアイに、彼自身を重ねていたのだった。今まさに成されようとしている別離。その行く末を、彼はその無理矢理蘇った心で観測しようとしていたのだ。


「……こんだけ見てしまったらな。そりゃあ俺への攻撃も苛烈になる」


 だから、アギトに倒されるならそれはそれで俺としては別に良かったのだ。それで事態が解決するのならば、俺はもうそれでも良かったのだ。


 ――けれど。


 けれど何か? そうだ。それこそが恐れの理由。こんなにも大層な理由を考えついておいてなお、俺は未だズルズルと決断を躊躇してしまっていた。


「それでも俺は――それでも俺は、アイと一緒にいたい」


 それが恐れの理由。覚悟が決まっていようとも、それでも俺は、黒咲アイと別離することを恐れていたのだ。

 それでも、もう猶予はない。もう決めなければならない。二つに一つ、俺は――


『なら、やっぱりこの世界にいようよ』


 ――ふと顔をあげると、階段の踊り場に奇妙な影が立っていた。それは黒い影のように見えたが、実態はそうではなかった。俺の眼がその理由を告げる読み取る。――これは結界内に蓄積された、アイの思念――その集合体なのだ。


「……そうか、これが影衛か」


 結界内で溜まりに溜まったアイの残留思念。それらが混ざりすぎて影の如き漆黒にまで凝縮された果ての人型思念体。


 ――影衛かげえ・シャドウセンチネル。


 かつて二崎の地で具現化され、そして町を荒野に変えた異常現象。当然、実物を見るのは初めてだ。戦い方など知らない。……いや、知っていたとして、これには勝てない。万に一つも、俺では勝てない。なぜならこれは、この世界の実質的な支配者である黒咲アイの一部であるからだ。

 他の影衛と俺が戦えるかはわからない。だが、黒咲の思念から発生した、何よりも――黒咲の思念のみでこれほどの濃度となった影衛を、俺は倒すことができない。この、フェイクユートピアの中における絶対のルールとして、

 【誰一人として黒咲アイを傷つけることができない】

 という確定事項がある。他ならぬ俺が決めたことだ。俺にそれを破る事はできない。俺にはそれだけはできない。アイを傷つけることだけは決してできない。それは長い間俺の中で育まれてきた想いの根幹であるがゆえに。


「俺な、黒咲にだけは甘いからさ」


 その言葉のとおりに、影衛の一撃で俺は窓から外へと投げ出される。――ざまあない。これが選択を渋り続けたツケだとでも言うのだろうか。


「――ああ、これはないな。この終わりだけはない」


 言うだけならタダだろうと、最後の最後に独りごちる。いざ終わるとなるとあっけないものだ。それでも、もっと他の終わり方があっただろうに。……情けないことに。この期に及んで大小様々な悔恨が浮かんでは消えていく。まるで泡沫の夢のようだ。


「――ああ、泡沫から続く言葉、他にもあったな」


 ……そこまで口にして、ようやく気づく。何もわかっていなかったことに。今まであれだけ強く彼女のことを大切に思っていたというのに、今の今までそれがどういった感情によるものだったのかに、まるで気づいていなかった。


「馬鹿野郎だなほんとうに。――俺、これまで一度もあいつに『好き』だって言ったことがなかった」


 その感情を、この期に及んでようやく知った。

 今まで知らなかった感情の名前を、こんなことになってやっと知ることができた。


 ――ああ、もっと早く、知れていたならば。


 彼女をもっと、俺の狭い目線だけでなく、もっとずっと、もっとちゃんと、慮ることができたかもしれないのに――


 今更溢れてくる後悔の念。だがそれは、落ち行く俺にはもうどうにもならないこと。

 せめて、彼女がこれを期に、ひとりで一歩を踏み出せるようになってくれたら――


「たわけ。そのように導くのはお前の役目だろうが」


 声。知っている声だ。

それは偽りの楽園においては頼れる父の声。

そして現実においては俺に名を与えた組織の男の声。


 黒き翼をはためかせ、神崎の名を持つその男が院内よりその姿を現した。


「障害は取り除いた。今から踊り場に戻してやってもいいが、このまま屋上まで飛んでいくのもまた良いな」

「……結界に無理矢理入り込んできたってのに、敵に回ることもなかったな。ありがたかったが不思議だったよ」

「何。ガキの不始末の面倒を見るのもオレの務めゆえな」

「なんだそりゃ」

「……結界の起点であるお前たち以外は、最早能力行使も限界だ。ゆえに、この羽をお前にやる。それで決着をつけてこい」

「待て。アンタはどうなる」


 俺がそう答えた時、すでに俺の背中からは黒翼が出現していた。神崎ツヨシの姿を探す。


『フン。ここでは亡霊が如き存在だ。夜闇に紛れて漂うことにするさ』


 そんな、どこか軽快な声だけがこだましていた。


 ――屋上への到達とともに、黒翼は役目を終えて霧散した。




4/


 月光照らす屋上に、黒咲アイはいた。月光に濡れた髪が瑞々しくて、こんな状況だというのに思わずドキリとしてしまう。

 ――彼女が、こちらに気付いた。


「――信じてたよ、神崎君」


 その声は、俺でさえ恐ろしさを感じるほどに蠱惑的であった。彼女のこんな姿を見るのは初めてだ。彼女の心だけは絶対に覗かないと固く心に誓っているため、こういう時にどうすればいいのかが分からない。

 ――けれど。それでも、何とかしなくてはならない。彼女を説得しなければならない。でなければ、さっきまでの戦いが空しいだけのものとなってしまう。風宮アケミの叫びが完全に意味を失ってしまう。俺はそう思えて仕方がない。


「信じてたって、何を?」


 そう問いかけると、黒咲は笑い始める。以前俺に見せた微笑ではなく、恐らくは――これも一種の――心からの笑みだ。歪んだ笑みではあるものの、彼女は今、遠慮をしていない。自身を抑圧していない。その上での笑みなのだ。


 だから、彼女を否定しきれない自分もいる。ここまで自分の思ったことを表現できている黒咲は、この再現世界によって培われたのだろう。……だからこそ、俺は彼女の精神的成長を否定したくない。その思いが、ここにきて俺の戦意を削り取り始めてもいるのだ。


 そんな迷いが、俺の心に葛藤をもたらす。

 そんなまとまりきらない心のまま、黒咲の返答を聞く。


「神崎君が、負けずにここに来るってこと。……やっぱり、私の神崎君だ。どんな状況でも負けることなく、私のところに来てくれる。――私、貴方が帰ってきてくれることだけが生きがいだから」

「………………」


 その返答が、どうしようもなく悲しい。彼女が俺を心から欲している……それは確実なのだろう。俺のことを本気で好いてくれている……それも確実なのだろう。

 

 ――けれど。


「ねえ、神崎君。このままこの世界を続けよう? このままここで暮らそう? 何も新しいことの起きない世界だけど、同時に永遠でもあるんだよ? 私たちはここで、永遠を生きられるんだよ? それってとても素敵なことだと思うの」

「…………違うよ」


 ――ああ、けれど彼女は。


「――ねえ、神崎君。何か答えてよ。私、貴方がいないと駄目なの。貴方がいないと寂しくて、辛くて、壊れちゃうの。……だから、ねえ」


「――――――それは違うんだよ」



「何か答えてよ、神崎君…………っ!」


 俺の声を、聞いちゃいない。

 

「――なあ、黒咲」

 言いかけた時だった。


 ――ぐしゃり、と。

 突如として、俺の背後にあった貯水タンクが見えない何かに握りつぶされた。――黒咲が、この再現世界の創造者故に得た権利だ。

 彼女は、この再現世界のあらゆるものを自由にできるのだ。


「……ねえ神崎君、私こんなに強いんだよ。この世界だったら、今まで守ってもらってた分――いいえ、それ以上に貴方を守れるのよ。今までは神崎君のやりたいことを尊重してたからあまり使わなかったけれど、本気を出せばこんなことだってできるんだよ?」


 己の力を誇示する黒咲。――ああ、だけどそれは矛盾している。確かに君の力なら俺を守ることだってできるだろう。

 ――でも、一体何から守るというのだろう。


「黒咲――この止まった世界で、一体何から俺を守るっていうんだ」

「………………」

 

 沈黙する黒咲に追撃をかけるべく、俺は前に歩み出る。

 ――ああ、心が痛い。俺がやるべきことは、きっとこれではないのだろう。


「なあ、黒咲。停滞は何も生まない。何も生まないというのは、何も失わないこととは違うんだ。何も生まれない永遠。その末路は――停滞の果ての摩耗なんだよ」


 何も生まれない日々に、一体何の意味があるというのだろう。何も起こらない日々に、一体何の喜びがあるというのだろう。今までの日々が、どうしてまぶしいものだったのか、彼女は気付いていない。


「黒咲。人の心は、変化がなければ腐っていくんだ。肉体が腐らないとしても、永遠の停滞は、俺たちの心を腐食させていくんだ。君の精神的成長も、停滞の中ではその歩みを止めてしまうんだ。――だから」


 ――この先を言えば、互いに歯止めが利かなくなるのだろう。……だとしても、そうだとしても、俺はこの続きを言わなくてはならない。再現世界の崩壊、その先に待つのはあの――破界の担い手。この再現世界であの男を発見することはできなかった。ならば、対話の機会すらなかったということ。であれば、この後俺に待つのはあの男との戦い。再びあの顎を受けて、無事で済むはずがない。


 ……けれど、黒咲だけは別だ。彼女の能力は解析しきれていない。俺はともかく、そして、俺のアギト評が的外れであったとしても、彼女は無事で済む。やつらは、黒咲を殺せない。――それだけは確かだ。永遠の停滞の末に待つ腐敗を考えれば、彼女にはそうならない道を歩んでほしい。――それが、俺が彼女に抱く思いなのだ。


「――俺のことよりも、君自身の未来を選んでくれ」

「――――――っ」


 黒咲は一瞬だけ身を震わせる。その目は涙で輝いていた。


「……黒咲」

「――――嫌よ」


 だが、彼女の答えは拒絶。俺のいない世界は、嫌だという。こんな状況でなければ、この上なく嬉しいこと。けれど、今は違うのだ。このままじゃ、駄目なのだ。


「わかってくれ、黒咲。俺はただ、君に生きていてほしいんだ――」

「貴方のいない世界で生きていたって、なんの意味もない――――!」

「――――――」


 悲痛な叫びともとれる――彼女の訴え。……俺に生きていてほしいと、彼女はただそれだけを叫び続けている。ただそれだけなのに、俺の体は、俺の心は動かない。彼女の言葉で、能力ではなく言葉で、俺は動けなくなっている。


「…………だから、お願い。神崎君、一緒にこの世界で生きようよ……ここなら、貴方も無事でいられるから――だから、だから――――」


 その言葉が、この上なく俺の心に響いてくる。これまでに、彼女がここまで俺に何かを言ってくれたことがあっただろうか。ここまで感情を爆発させたことがあっただろうか。


 ――その事実が、寧ろ俺の硬直を解いていっていることに気が付いた。


 ――その時、なんだか心が晴れ渡った気がした。……いや、したのではない。


 心が、クリアに晴れ渡ったのだ。こんな心象風景は初めてだ。これほど心を震わされたことはない。

 ――その発端は、明確だ。俺は今、その言葉を声に出そうとしていた。


「その前に、俺からも言いたいことがある」

「――――え」


 突然語気を強めたからか、黒咲は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 言うなら今しかない。今こそ、俺は改めて、再現世界の俺ではなく――正しく俺として、その言葉を伝えなくてはいけないのだ――――――


 だから、言おう。何、別に奇をてらう必要もない。思ったままのことを言えばいいんだ。ただ純粋に、彼女に対して抱いた思いを告げるだけでいいんだ。今までまともに、そして取り繕うばかりで素直に言ってこなかったその言葉を伝えるべく、俺は口を開いた――――――




「アイ――――大好きだ。世界中の何よりも大好きだ……!」




 ――思えば、ここまでストレートに思いを伝えたことなどなかった。正直な話、怖かったのだ。ここまでストレートに思いを告げるというのは、能力を使わずに行わなければならない。それはつまり、心を読まないということ。

 ――俺は、それがどうしようもなく恐ろしかったのだ。人の心を読まないということは、確かに傷つけることはない。けれど、物心ついたころからその力を持っていた俺には、その能力を封じるということはとてつもなく恐ろしいことだったのだ。


 ――だというのに、どうしてか黒咲に対してだけは能力を行使したことはなかった。それは、自身の恐怖心よりも、彼女への親愛の情が上回ったからなのだろう。そんな大切なことに、今まで気づくことができなかった。いや、俺自身が、それを恐れたのだ。現状からの変化を恐れたのだ。だけど、アイとの問答を重ねるうちに、俺の中でも変化が起こったのだ。変化を望むようになったのだ。


 ――だからこそ、この感情を腐敗させるわけにはいかない。この再現世界から脱出し、未来に向かって踏み出さなければならない。変化を受け入れたのならば、未来へ進まなければならない。それが俺の答えだ。彼女に見せたい未来なのだ。


「かん――ざき、くん」


 ぼろぼろと涙を流しながら、アイは俺に歩み寄ってくる。


「わたし、わたしね、自分でもわからないぐらい今嬉しいの――嬉しくて涙が止まらないの――初めてだったからかな、神崎君が心を開いてくれたのが――」


 俺は、他人に心を開くのを恐れていた。心を見透かしているのは自分だというのに、他人もまた俺の心を覗き見ているような気がして、それが不安で、心を閉ざしていた。


 だけど、この再現世界で、多くの出会いがあった。その出会いは、俺の閉ざされていた心をこじ開けてくれた。――ああ、だから、この数か月は決して無駄ではなかったのだ。そして、アイへの思いも、虚ろなものではなかったのだ――――。


 だから、言わないと。

 彼女が未来を歩けるように。

 彼女が希望を抱けるように。


「だから、元の世界へ帰ろう。帰って、二人で海を見に行こう」


 その願いは叶わないのかもしれない。――でも、自然と口から溢れ出た。自然と紡ぎだせたのだ。鮮凪アギトを乗り越えて、二人で海を見ることを、俺は確かに誓ったのだ。




 ――だから。


「進もう、二人で。進もう、未来へ――」

「――はい」


 誓いはここに。心を閉ざしていた俺たちは、ようやく心を開き、本当の意味で未来へと歩み始めたのだ。


 今ならあの顎も倒せそうな気持ちになる。――いや、倒すのだ。未来のために。俺たちの明日のために。




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